福井ミカ

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福井 ミカ(ふくい みか、本名:福井光子1949年4月17日 - )は、ロックバンドサディスティック・ミカ・バンドのボーカル、コーラス(当時は加藤ミカ)。日本では1994年に『ジャラン・ジャラン』というセルフ・プロデュース作品を世に出した。加藤和彦の元夫人である。

来歴[編集]

もともと加藤和彦の大ファンで、ある日、楽屋に押しかけて、いきなり「加藤さん、ギター教えて下さい!」と迫ったという。その後、恋仲になり、1970年7月に結婚。加藤がロックバンドを編成する際に、ボーカル、コーラスとして参加。サディスティック・ミカ・バンドの結成に至る。

ボーカルに難ありと言われながらも、「タイムマシンにお願い」ではメインボーカルを担当。

伝説のアルバムとなった『黒船』のプロデューサー、クリス・トーマスと、イギリスツアー中に恋愛関係になり、その後加藤と離婚、ミカ・バンドも解散した。

離婚後、ミカはロンドンに在住し、料理研究家として活動。

クリス・トーマスがプロデュースしたバッドフィンガーの『Wish You Were Here(素敵な君)』収録の「Know One Knows(誰も知らない)」での日本語のスポークン・ワーズもミカが担当した。

また、デヴィッド・ボウイの1980年製作アルバム『Scary Monsters』の1曲目「It's No Game, Pt.1」において、日本人女性のナレーションをミカに依頼したが、断られたというエピソードがある。

一時期は、作詞家として、織田哲郎の楽曲を提供した。

エピソード[編集]

YMOのアルバム『増殖』の「Nice Age」の中でニュース速報を読んでいるのは福井ミカである。ミカは1980年に公演のため来日したWingsと同行し帰日。しかしこのときポール・マッカートニーがドラッグを所持していたため拘置(のちに強制退去)され公演は中止になった。予定されていたYMOとのセッションも実現しなかった。『増殖』の録音中だったYMOがなにかメッセージをということで、ニュース速報という形でポールの妻リンダのメッセージがミカのナレーションで入れられた。この中の「22番」というのはポールの拘置中の番号で、「Coming Up Like A Flower」は同年4月になって発表されたポールのシングル「カミング・アップ」で歌われるフレーズである。

作品[編集]

アルバム[編集]

  • ジャラン ジャラン(1994年) - 音楽プロデュース・作曲・作詞

著書[編集]

  • ラブ&キッス イギリスは暮らしの達人
  • ミカのチャンス・ミーティング - 中村俊夫との共著

テレビ番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 加藤和彦と共演、神戸・六甲

関連項目[編集]