武田広

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たけだ ひろし
武田 広
プロフィール
出身地 日本の旗 日本大阪府
生年月日 (1949-10-03) 1949年10月3日(69歳)
最終学歴 大谷大学
所属事務所 武田広ブロード企画
職歴 元日本短波放送(現・日経ラジオ社)アナウンサー
活動期間 1972年-
ジャンル バラエティー・情報 他
出演番組・活動
現在 一覧を参照
過去 一覧を参照
備考
1979年に日本短波放送退社後、東京俳優生活協同組合に所属。1988年にシグマ・セブンに移籍。2003年に独立。

武田 広(たけだ ひろし、1949年10月3日 - )は、日本の男性ナレーター声優大阪府出身。個人事務所の「武田広ブロード企画」所属。

経歴・人物[編集]

実家は寺で、跡取りの長男として生まれるも、古いしきたりや形式にとらわれない、自分を生かせる仕事がしたいと思いが強くなり、手に職をつければ家を出られると考え、自分の将来に思い悩みアナウンサー専門学校に通うことに[1]

1972年大谷大学を卒業後、日本短波放送(現・日経ラジオ社)にアナウンサーとして入社[2]。同期に後にフリーアナウンサーとなる大橋照子がいる。暇な時間に、放送局内ライブラリーにあったCM素材等、ありとあらゆる音素材を聞いて過ごしていたところの中で、ナレーターという仕事があると知る。アナウンサーとして数々の番組や外部メディアでのナレーションを担当し、1979年に退社[3]。1982年秋に『タモリ倶楽部』で、ナレーターとして初レギュラーを持つ。日本短波放送を退社後は、東京俳優生活協同組合に1988年まで所属し、1988年から2003年までシグマ・セブン所属だった。現在はフリーとして、数多くのバラエティ番組のナレーションを務めている。

演出家の菅原正豊とは、『タモリ倶楽部』の放送開始以来からの付き合いで、『出没!アド街ック天国』など、菅原が経営する番組制作会社ハウフルスが制作する番組のナレーションで数多く出演している。

大阪出身で、『出没!アド街ック天国』で関西特集があった時と、『いつみても波瀾万丈』で関西出身のタレントが出演した時の『波瀾万丈伝』の時には、大阪弁が出ることもある。アナウンサー出身だけに、油断するとアクセントが狂うことに注意している。

元々アナウンサー出身でナレーションの専門家であり、洋画やアニメの仕事はほとんどやらない。『世界まる見え!テレビ特捜部』でも、他の声優は吹き替えも担当するが、彼だけはナレーションに専念している。

出演作品[編集]

出演中の番組[編集]

太字はハウフルス制作番組。

過去に出演した番組[編集]

日本短波放送時代[編集]

  • ニュース等

単発番組[編集]

CM[編集]

吹き替え[編集]

その他[編集]

参考文献[編集]

  • 武田広 (2004年3月1日). 特集 番組の「色」を決めるナレーター列伝. インタビュアー:鈴木健司. pp. 16-17. 『新・調査情報passingtime』46号, TBSメディア総合研究所. 

脚注[編集]

  1. ^ 武田広 (2004年3月1日). 特集 番組の「色」を決めるナレーター列伝. インタビュアー:鈴木健司. p. 16. 『新・調査情報passingtime』46号、TBSメディア総合研究所. 
  2. ^ 武田広 (2004年3月1日). 特集 番組の「色」を決めるナレーター列伝. インタビュアー:鈴木健司. pp. 16-17. 『新・調査情報passingtime』46号、TBSメディア総合研究所. 
  3. ^ 武田広 (2004年3月1日). 特集 番組の「色」を決めるナレーター列伝. インタビュアー:鈴木健司. p. 17. 『新・調査情報passingtime』46号、TBSメディア総合研究所. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]