日産・サニートラック

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サニートラックSUNNY TRUCK )は、日産自動車が製造していた小型ボンネットトラック。通称「サニトラ」。

概要[編集]

大衆車ダットサン・サニー」の一バリエーションとして登場。当初はダットサンブランドで販売されていたが、1985年より日産ブランドに変更された。日産自動車での小型自動車のブランドであるダットサンの型式は、10の位の数字が乗用であれば1商用であれば2と規定されていたため、本車の型式はサニーの共通記号である「B」を冠し、B20となった。当時の軽積載トラックで多く見られた、キャブ(運転席)とベッド(荷台)が一体となっているワンピースボディを採用している。

ライバル車のトヨタ・パブリカピックアップとともに、フルモデルチェンジもされず長年にわたって生産が続けられていたが、1980年代以降、そのノスタルジックなスタイルと優れた動力性能、低廉な維持費などから愛好家の注目を集めるようになる。FRという駆動方式を採用している事や、OHVの割には高回転域までストレスなく吹け上がるA型エンジンが搭載されていることから、チューニングカーのベースとしても高い人気がある。TSレースに参戦していたB110サニーと機構の大部分を共有しているため、チューニングパーツや流用の効くパーツも豊富であり、チューニングののノウハウも広く知られていることも人気の要因のひとつである。一方で、クラシカルなスタイルを活かし、キャルルック痛車VIPカーなどのスタイルのドレスアップも人気がある。

2代目B120型はグループAの「規定サイズ以上の後席を設置していること」という規定を満たせず、1983年からのレース車両カテゴリ規定におけるグループBに該当する車両となり、そのホモロゲーションを受けていた[1]。1980年代のアフリカで開催されたラリーでは、実際にアウディ・クワトロランチア・ラリー037などに混ざる形でサニートラック 1200(公認車両名は『ダットサン・サニーピックアップ B120』)が数台出走していた[要出典]

製造は当初村山工場が担当[2]し、1970年2月以降は愛知機械工業に移管された。

初代(1967年-1971年)B20型[編集]

初代サニートラック
後期型

1967年2月 - B20型発表。ベースはサニーB10型。ダットサンブランドの車両として販売された。

2代目(1971年-2008年)B120型[編集]

前期型(1971年-1977年)[編集]

GB120型 2代目サニートラック ロング
前期型

1971年2月 - B120型を発表。ベースはサニーB110型。初期型はフロントグリルがサニーセダン及びバン(1970-71年の前期型)と共通の、ステンレス製の3ピース構成である。

変速機は3速コラムM/Tと4速フロアM/Tでグレードはスタンダードとデラックス。インパネのコンビネーションメーターは長方形である。1972年1月にセダンがマイナーチェンジ後もトラックのフロントグリルは変更されなかった。

1972年 - 南アフリカでの販売を開始。

1973年4月 - ロングボデー車(GB120型)追加。グレードはデラックスのみ。

同年5月 - 乗用のB110型が3年4か月で生産終了、B210型に移行する。

1976年1月 - 昭和50年排出ガス規制により、型式がH-B120型となる。

中期型(1977年-1989年)[編集]

GB121/GB122型 2代目サニートラック ロング
中期型

B120型をB121型へマイナーチェンジ。ヘッドランプ規格型丸形2灯式のまま、フロントグリルのデザインが変更された。B110型サニークーペと共通だが、塗りわけが異なっている。また、サイドの車名ロゴエンブレムも変更された。
室内では、インテリアカラーがブラウンに統一された。メーター周りも変更され、サニークーペB110型前期用の丸形メーターとなった。

1979年10月、昭和54年排出ガス規制に適合し、型式がJ-B121型へ。ハーフホイールカバーが廃止。

1981年10月、昭和56年排出ガス規制に適合し、型式がL-B122型へ。

1985年1月、59年騒音規制対応及び車名を「ニッサン」に変更。

1986年11月、一部改良。フロント合わせガラスの採用と同時に駐車灯が廃止される。

後期型(1989年-2008年)[編集]

GB122型 2代目サニートラック ロング
後期型
海外仕様 1400バッキー

1989年11月に、ビッグマイナーチェンジ。フロントにディスクブレーキを採用し、エンジン改良、三元触媒を搭載し、昭和63年排出ガス規制対応、NOx規制適合車両(型式R-B122、R-GB122)となった。現在施行されている改正NOx・PM法にも適合している。外観上も規格型角形2灯式ヘッドランプの採用とフロントグリルのデザイン変更が行われた。インテリアには部分トリコット生地シートが採用され、内装色もグレー系に統一された。

1994年3月、バネットトラックとの統合により日本国内販売を終了。販売終了後もマニアの間では根強い支持があり、改造やドレスアップを施した車両も多い。 旧車然としたレトロなスタイルではあるが、近年まで製造されていたためにレストアにも事欠かない。

南アフリカ共和国では1400 バッキー(BAKKIE)という名称で、B120型のまま2008年7月まで生産が継続されていた。同年9月29日には後継となるNP200が発売されるが、1400も在庫完売まで併売されていた。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ FIA Historic Database
  2. ^ 日本経済新聞 1966年12月21日 4面参照。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]