ステンレス鋼

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ステンレス鋼製のカトラリー

ステンレス鋼(ステンレスこう、: stainless steel)とは、クロム、またはクロムニッケルを含む、錆びにくい合金鋼である。ISO規格では、炭素含有量 1.2 %(質量パーセント濃度)以下、クロム含有量 10.5 % 以上のと定義される。名称は、省略してステンレスともよく呼ばれる。かつては不銹鋼(ふしゅうこう)と呼ばれていた[1]

定義と名称[編集]

ステンレス鋼は、後述のように、クロムが一定以上含まれることによって耐食性を発現する合金鋼である[2]。様々な特性を加えたステンレス鋼が開発され、現在では多くの種類がステンレス鋼として存在している[3]。現在のステンレス鋼の定義は、クロムの含有量が10.5 %以上、炭素の含有量が 1.2 % 以下の合金鋼、とされる[4][5]。また、鋼または合金鋼の一種であるため、鉄の含有量は半分の50 %以上であることもステンレス鋼の定義の一部と解される[6]

上記のステンレス鋼の定義は、1988年に世界税関機構によって定義の国際統一として導入され、現在に至っている[6]国際標準規格 (ISO) や 日本産業規格 (JIS) でも、同様の定義が現在では採用されている[7] [8]。歴史的には、クロム含有量が約12 %以上でステンレス鋼として十分な耐食性が得られると認識されてきた[9]。国際統一定義以前では、定義上は炭素含有量には特に触れずに、クロムの最低含有量は約13 %や約12 %とされていた[5][10]。定義のクロム含有量が10.5 %に引き下げられた理由は、技術の向上によって炭素、窒素硫黄などの耐食性を低下させる元素の含有を低く抑えれるようになり、クロムの最低含有量が 10.5 % で十分となったためである[11]

名称の「ステンレス鋼」は、英語の名称 “stainless steel” の直訳に由来する[12]。stainless steel という名は、ステンレス鋼を最初に実用化した一人であるイギリスのハリー・ブレアリーによって[13][4]、より正確には、ブレアリーの鋼の耐食性を確認した刃物技師のアーネスト・スチュアートによって名付けられた[14][15]。スチュアートがブレアリーの鋼を「変色しにくい(stains less)」と評したことに端を発する[14]

正式には「ステンレス鋼」だが、略してステンレスという名で呼ぶことも一般化している[16]。かつては不銹鋼という日本語名でも呼ばれていた[17]。業界用語として、さらに略してステンと呼んだり、ステンレス鋼のJISの材料記号がSUSであることからサスと呼んだりもする[18]

歴史[編集]

紀元前に製造法が発明されたは、人類の文明を支える主要な材料として永く利用されてきた[19]。鉄は地球上で豊富な存在量を誇り、鉄鋼材料はあらゆる分野で利用されている材料である[20]。一方で、鉄には錆びるという欠点があった[21]。錆びない鉄鋼の実現は、古くからの欲求だったであろうと考えられる[22][23]。ステンレス鋼の工業的発明は20世紀初頭の出来事である。しかし、19世紀中にも多くの重要な基礎研究があり、それらをもとにステンレス鋼の発明が達成できたといえる[24][25]。1900年代には、フランスのレオン・ギレフランス語版やドイツのフィリップ・モンナルツが鉄・クロム合金の組織や耐食性についての特筆すべき学術的な成果をまとめ、ステンレス鋼発明の土台が整いつつあった[26]

イギリスで発明されたステンレス鋼について伝えるニューヨークタイムズの記事(1915年1月31日)

1910年代に入ると、ステンレス鋼が発明、実用化された。後述のようにステンレス鋼は金属組織別に分類され、オーステナイト系ステンレス鋼は1912年にドイツのベンノ・シュトラウスドイツ語版エドゥアルト・マウラードイツ語版によって発明された[27]。マルテンサイト系ステンレス鋼は、1913年に上述のイギリスのハリー・ブレアリーによって発明された[28][29]。ステンレス鋼の発明者として一人を挙げる場合は、ハリー・ブレアリーを挙げることが多い[30][31][15]。フェライト系ステンレス鋼も同時期に発明された[32]。フェライト系ステンレス鋼の単独の発明者の定説はないが[32]、フランスのアルバート・ポートヴァンドイツ語版、米国のクリスチャン・ダンチゼン、米国のエルウッド・ヘインズ英語版などがフェライト系ステンレス鋼の発明者として挙げられる[33][29]

実用化後から、ステンレス鋼は耐食性およびその他の特性を活かして、産業用から家庭用まで様々な用途で需要を伸ばしてきた[34]。新たな機能・特性を持った鋼種の開発が行われ、ステンレス鋼の種類も豊富に増えていった[35]。オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼は1930年代に、析出硬化系ステンレス鋼は1940年代に実用化されている[36]。同時に、ステンレス鋼の量産化と生産技術の向上も進められてきた[35]。特に、1940年代の酸素脱炭法のステンレス鋼製造への適用、さらに1960年代後半のVOD法AOD法の発明は、ステンレス鋼の生産性・品質を大きく向上し、製造コストを低下させた[37]。1950年から2019年までの統計によれば、ステンレス鋼の全世界生産量は平均 5.8 % で増加を続けてきた[38]。近年でも、製造法の改良・開発、耐食性・強度・加工性を改良あるいは兼備した鋼種の開発、省エネ・省資源化を目指した鋼種の開発などが続けられている[39][40]

基本金属組織と合金元素[編集]

ステンレス鋼に添加される合金元素は、定義のようにクロムを必須とする。さらに、各種特性向上のためにニッケルモリブデンケイ素窒素アルミニウムなどの他の元素も添加される[41]。また、リン硫黄のように、場合によっては有効だが基本的に有害な不純物元素も含まれており、普通は製造上できるだけ取り除かれる[42]炭素はステンレス鋼にとっての不純物元素であり[43]、有効に活用されることもある合金元素でもある[44]。一部の種類のステンレス鋼を除き、ステンレス鋼の炭素含有量は 0.03 % を下回ることもある低濃度で造られるのが特徴である[45]

フェライト(α)とオーステナイト(γ)の結晶格子の様子。マルテンサイト(α′)の結晶格子は α とほぼ同じで、わずかに立方体から直方体となる[46]

ステンレス鋼の金属組織をミクロに観察すると、その主な金属組織の種類には、体心立方構造フェライト体心正方構造マルテンサイト面心立方構造オーステナイトの3つのがある[47]。合金の金属組織は、含有する化学成分の種類と濃度、加熱・冷却・一定温度保持などの熱履歴、加工履歴などによって決まる[48]。フェライト、マルテンサイト、オーステナイトは結晶構造が異なっており、結晶構造の違いがステンレス鋼の材料特性に密接に影響する[49][50]。特に物理的性質と機械的性質が、金属組織の種類によって変化する[51]

フェライト、マルテンサイト、オーステナイトという3つの相は全般でも存在する相だが、単純な炭素の2元合金が常温でオーステナイトになることは普通はない[52][53]。常温でオーステナイトを主要な相とする鋼種があることは、ステンレス鋼の特徴の一つである[54]

鉄・クロム系2元状態図。左端の閉じた γオーステナイト)の存在領域が γ ループ。

ステンレス鋼の基礎となるのが、クロム系の状態図である[55]。2成分系合金の一般的な状態図は、縦軸を温度、横軸を2つの元素の質量比として、温度と質量比によって決まる熱力学的平衡状態の金属組織を示している[56]。鉄・クロム系2元状態図によると、クロム濃度 0 % のとき約 900–1400 °C の範囲で組織はオーステナイトである[57]。クロム濃度を 0 から増やすと、オーステナイトが存在する温度域は狭くなっていき、ついにはオーステナイトは存在しなくなり、組織は融点までフェライト単相となる[57]。このように、濃度を増やすとフェライトが生成する方に寄与する元素を「フェライト生成元素」「フェライト形成元素」「フェライト安定化元素」などと呼ぶ[58]。クロムの他にも、フェライト形成元素にはモリブデンチタンニオブケイ素などがある[59]

一方、鉄・クロム系2元状態図上では、クロム濃度が低い範囲でオーステナイトが存在する。この高温域にあるオーステナイト(γ)の存在領域を「γ ループ」などと呼ぶ[60]。鉄・クロム系に炭素もわずかに加わったより実際に近いステンレス鋼を想定すると、γ ループより低い温度では、オーステナイトはフェライトと炭化物に共析反応で分解される[61]。しかし、γ ループから組織を急冷すると、組織はマルテンサイトに変わる[62]。すなわち、急冷によって共析変態が阻止されてマルテンサイト変態が代わりに起こる[61]。マルテンサイトには炭素が過飽和に固溶され、組織中に転位が高密度に存在するようになる[63]。これによって、マルテンサイトの組織は高い強度硬度を持つ[63]

鉄・ニッケルの2元合金状態図

フェライト生成元素とは逆に、濃度を増やすとオーステナイトが生成する方に寄与する元素を「オーステナイト生成元素」「オーステナイト形成元素」「オーステナイト安定化元素」などと呼ぶ[58]。ステンレス鋼に加えられるオーステナイト生成元素の代表例がニッケルである[64]。鉄・ニッケル2元系の状態図を見ると、ニッケル濃度が高いほどオーステナイトの領域が広がっていく[65]。このようなオーステナイト生成元素を利用し、ステンレス鋼のある種類では常温でもオーステナイト組織のままとすることができる[66]。オーステナイトの組織は、高い延性非磁性などの特徴を持つ[67]。ニッケルの他には、炭素窒素コバルトマンガンなどがオーステナイト生成元素である[64]

シェフラーの組織図ドイツ語版の一例。A はオーステナイト、F はフェライト、M はマルテンサイトを意味する。

以上のようなフェライト生成元素とオーステナイト生成元素の量がステンレス鋼の組織を主に決める[68]。フェライト生成元素とオーステナイト生成元素の量から起きる主要な相を図示したのがシェフラーの組織図ドイツ語版である[69]。これは、横軸をクロム当量(フェライト生成元素)、縦軸をニッケル当量(オーステナイト生成元素)として組成と組織の関係を示したもので、クロム当量とニッケル当量とは、

クロム当量(Creq) = %Cr + %Mo + 1.5 × %Si + 0.5 × %Nb
ニッケル当量(Nieq) = %Ni + 30 × %C + 0.5 × %Mn

のような形で、クロムのフェライト生成能あるいはニッケルのオーステナイト生成能と同じになるように重み付けし、各々の元素含有量を足し合わせたものである[70]。ここで、%X で元素 X の質量パーセント濃度を意味する。シェフラーの組織図は、元々は溶接時の溶着金属の組織に対するものだったが、一般的にステンレス鋼の相を組成から予測するのにも実用上有効である[69]。当量からステンレス鋼の組織を予測する手法については、シェフラーの組織図以外にも様々な手法が提案されている[71]

分類[編集]

現在では多くの種類のステンレス鋼が存在している[3]。用途・目的に応じて、適当な鋼種を選択することが重要である[72]。大別分類としては、主要成分別と金属組織別がある[73]

主要成分による大別[編集]

前述のように、ステンレス鋼に含まれる合金元素としてはクロムが欠かせない。さらに、クロムに加えてニッケルも主要合金元素として含むステンレス鋼も主流である[74]。主要な合金元素がクロムのみであるステンレス鋼、および主要な合金元素がクロムとニッケルのステンレス鋼、これら2つを

  • クロム系ステンレス鋼Cr系ステンレス鋼
  • クロム・ニッケル系ステンレス鋼Cr-Ni系ステンレス鋼

という[74]。クロム系ステンレス鋼とクロム・ニッケル系ステンレス鋼の2種類が、主要成分による大別分類として定着している[68]

ただし、主要合金元素の組み合わせとしては、クロム系とクロム・ニッケル系以外もあり得る。かつて日本産業規格にあった SUS 200 番台のステンレス鋼などはニッケルを減らしてマンガンも主要成分としているので、Cr-Ni-Mn系のステンレス鋼といわれる[75][76]。ステンレス鋼の主要成分は金属組織の決定に直結し、後述の組織別分類にも関わってくる[77]

金属組織による大別[編集]

前記のように、金属組織の状態は材料特性に特に影響する。そのため、金属組織別にステンレス鋼を大別するのが学問的にも順当で、材料特性を理解しやすい[78]。常温における金属組織によって大別すると、ステンレス鋼は以下の5つに分類される[8][79]

この中で析出硬化系ステンレス鋼は主要な相ではなく組織の析出硬化の有無による分類なので、その母相によってさらに「マルテンサイト系析出硬化型ステンレス鋼」「オーステナイト系析出硬化型ステンレス鋼」のように細分もされる[68]

以下、特に断りがない限り、「マルテンサイト系」「フェライト系」「オーステナイト系」「オーステナイト・フェライト系」「析出硬化系」という表記は上記の5種類を指す。

マルテンサイト系ステンレス鋼[編集]

マルテンサイト系ステンレス鋼とは、常温でマルテンサイトを主要な組織とするステンレス鋼である[80]。高温ではオーステナイト単一組織、またはフェライトが少し混じったオーステナイト組織で、その状態から急冷して焼入れを行うことによってマルテンサイト変態を起こしてマルテンサイト組織にする[81]。焼入れ後は、残留応力の除去や靭性の回復を行うために通常焼戻しを行う[82]

マルテンサイト系のクロム含有量は 11 % から 18 % 程度までの範囲で、クロム系ステンレス鋼の一種に分類される[62]。また、他のステンレス鋼と異なり炭素を積極的に含むのがマルテンサイト系の特徴で、0.15 % から最大 1.2 % の炭素がマルテンサイト系に含有される[45]。ステンレス鋼の中では、クロム含有量が比較的少なく炭素含有量が比較的多いという組成となっている[83]。「13Cr鋼」や「13クロムステンレス」など呼ばれるクロム量約 13 % の鋼種が、マルテンサイト系の代表的な鋼種である[84][85]。焼入れではなく完全焼なましを施した場合のマルテンサイト系の組織は、炭化物を多く含むフェライト組織となる[86]

フェライト系ステンレス鋼[編集]

フェライト系ステンレス鋼 AISI 430 の金属組織写真

フェライト系ステンレス鋼とは、常温でフェライトを主要な組織とするステンレス鋼である[87]。高温ではフェライト単一組織またはオーステナイトが少し混じったフェライト組織で、そこから焼入れ処理をしても主要組織の相変態が起きることはない[88]

フェライト系のクロム量にはおよそ 12 % から 30 % 程度までの種類がある[89]。マルテンサイト系と同じくニッケルを主要合金元素とはせず、クロム系ステンレス鋼に分類される[90]。「18%Cr鋼」や「18クロムステンレス」など呼ばれるクロム量約 18 % の鋼種が、フェライト系の代表的な鋼種である[91][85]。炭素含有量は比較的少なく、一般的には0.12 %以下である[92]。特に、炭素および窒素の含有量を 0.03 % 以下のような極低量まで低減し、さらにチタンやニオブなどの炭化物安定化元素を添加し、性能を高めたフェライト系鋼種は「高純度フェライト系ステンレス鋼」など呼ばれる[93]

オーステナイト系ステンレス鋼[編集]

オーステナイト系ステンレス鋼 304 系の金属組織写真

オーステナイト系ステンレス鋼とは、常温でオーステナイトを主要な組織とするステンレス鋼である[94]。上記で述べたとおり、通常は常温ではオーステナイトは残存しないが、オーステナイト生成元素を添加することでオーステナイトが安定化して常温で存在可能になる[95]。通常、高温で材料全体をオーステナイト化・合金元素を十分に固溶させ、急冷して完全なオーステナイト組織にする[96]

オーステナイト系は、主要合金元素としてクロムとニッケルを含むクロム・ニッケル系ステンレス鋼の一種である[97]。「18-8(じゅうはちはち)ステンレス」など呼ばれるクロム約 18 % ・ニッケル約 8 % の鋼種が、オーステナイト系の代表的な鋼種である[85][98]。オーステナイト系は、ステンレス鋼全体の中でもっとも広く使われている鋼種で、使用量、種類も多い[99][100]

オーステナイト系は常温でも主要組織をオーステナイトとするが、添加される合金元素組成によって存在するオーステナイトの安定度が異なる[101]。オーステナイト安定度が低い場合は、塑性加工が施されたり、低温下に置かれたりすると、一部のオーステナイトがマルテンサイトに変態する[102]。このような鋼種は「準安定オーステナイト系ステンレス鋼」と呼ばれる[103]。一方、オーステナイト安定度が高い場合は加工などを施しても相変態が起きず、このような鋼種を「安定オーステナイト系ステンレス鋼」と呼ぶ[104]

オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼[編集]

オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼 UNS S32205 の金属組織写真

オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼とは、常温でオーステナイトとフェライトの両方が並存する組織から成るステンレス鋼である[105]。2つの相から成るので「二相ステンレス鋼」などとも呼ばれる[68]。フェライト・オーステナイトの割合は成分と熱履歴によって変わるが、それぞれの存在割合をおおよそ同じにするのが一般的なオーステナイト・フェライト系ステンレス鋼である[106]。オーステナイト生成元素とフェライト生成元素の調整によって、オーステナイトとフェライトを並存させる[107]

オーステナイト系と同じくニッケルも主要合金元素として含み、オーステナイト・フェライト系はクロム・ニッケル系ステンレス鋼の一種に分類される[68]。オーステナイト・フェライト系の代表的鋼種の場合で、クロム約 25 %、ニッケル約 4.5 % が含まれる[77]。耐食性の目安である耐孔食指数(PREN)の高低によって、「汎用二相ステンレス鋼」「スーパー二相ステンレス鋼」「ハイパー二相ステンレス鋼」と細分される。[108]。さらに、合金元素量を節約しながら、オーステナイト系標準鋼種と同等の耐食性を出すことを狙いとする「リーン二相ステンレス鋼」というカテゴリもある[109]

析出硬化系ステンレス鋼[編集]

析出硬化系ステンレス鋼とは、アルミニウムといった元素を添加して母相析出させ、析出硬化と呼ばれる材質の硬化現象を起こして用いるステンレス鋼である[110]。「PHステンレス鋼」としても知られる[111]。一般的に使われている析出硬化系の母相の種類は、オーステナイトとマルテンサイトの2つである[112]。硬化を起こす微細な析出物を母相中に分散・現出させて、析出硬化を起こす[113]。析出物の大きさは、光学顕微鏡では視認できず、電子顕微鏡などを使って確認できるレベルである[114]

ニッケルも主要合金元素として含むため、析出硬化系はクロム・ニッケル系ステンレス鋼の一種に分類される[75]。析出硬化系の代表例が "17-4PH" と呼ばれるマルテンサイト系析出硬化型の鋼種で、クロム約 17 %、ニッケル約 4 % を含み、析出硬化性元素として銅約 4 % を含む[115]。析出硬化系は母相の種類・性質に応じて細分され、「マルテンサイト系析出硬化型ステンレス鋼」「セミオーステナイト系析出硬化型ステンレス鋼」「オーステナイト系析出硬化型ステンレス鋼」の3つが一般的である[116]。セミオーステナイト系析出硬化型ステンレス鋼とは、オーステナイトの不安定性を利用して成形し、最終的にはマルテンサイト化させて使用する鋼種である[117]

規格による分類[編集]

ステンレス鋼の種類は、世界各国の国家規格や団体規格、および国際規格で規定されている[118]。最初期に規定したのはアメリカ鉄鋼協会英語版(AISI)で、3桁の数字と末尾の記号でステンレス鋼の種類を体系付けした[119]。マルテンサイト系とフェライト系には400台を、オーステナイト系には300台を割り当てている[120]。もっとも使用されている18-8ステンレスには "304" という記号が割り当てられている[121]

AISI規格の命名体系はアメリカのみならず世界各国でも採用され、カナダ、メキシコ、日本、韓国、イギリス、ブラジル、オーストラリアなどがAISI規格体系を基にした国家規格を制定している[122]。一方、アメリカでは、AISIは鋼種の規格活動を1960年代に終了している[123]。アメリカ国内では、AISI規格はアメリカ試験材料協会アメリカ自動車技術者協会の規格に採用されて今でも残っており、さらに、金属・合金コードの統一を目指すユニファイド・ナンバリング・システム英語版(UNS)でもステンレス鋼についてはAISI規格体系を基にしている[124][125]

主な規格における18-8ステンレス鋼[126][127][128][123]
国・地域 規格 記号
アメリカ AISI 304
アメリカ UNS S30400
イギリス BS 304S11 / 304S15 / 304S31
フランス AFNOR Z6CN18-09 / Z7CN18-09
ドイツ DIN X5CrNi189 (1.4301 / 1.4350)
イタリア UNI X5CrNi1810
スペイン UNE F.3541 / F.3551 / F.3504
スウェーデン SS 2332 / 2333
ロシア GOST 08Ch18N10
インド IS 04Cr18Ni11
中国 GB S30408 (OCr18Ni9)
日本 JIS SUS304
韓国 KS STS304
ヨーロッパ EN 1.4301 / 1.4350
国際規格 ISO X5CrNi18-10 (4301-304-00-I)

18-8ステンレス鋼(JIS SUS 304 と同等の鋼種)を例にして、主な規格の材料記号を上記に示す。この内、イギリス、ドイツ、フランスなどの規格は、現在では欧州標準化委員会のEN規格に統合されている[129]。ステンレス鋼のEN規格は、ドイツのDIN規格の命名体系を採用している[130]。国際規格のISOもDIN規格の命名体系を採用している[130]

日本産業規格(JIS)を例にすると、ステンレス鋼の指定は以下のような具合である。まず、頭に大まかな分類記号が付く[131]。"SUS" がステンレス鋼材全般(棒材、線材、管材、板材、帯材、形鋼など)を意味しており、他には鋳鋼品を意味する "SCS" や、溶接用ワイヤを意味する "SUSY" などがある[132][133][134]。次に、鋼種を指定する記号が続く[135]。これはAISI規格に由来する3桁の数字から成り、さらに意味づけされたアルファベットが数字の後に続くこともある[135]。"SUS304L" であれば SUS304 をより低炭素にした種類を意味する[135]。鋳鋼については独自の体系で整理されている[136]。これらの一連の記号によって、満たすべき化学組成および機械的性質の範囲などが指定される[137][129]。さらに必要であれば、製品形状を示す記号を末尾に付ける[135]。"SUS304-B" であれば SUS304 の棒材を、"SUS304-HS" であれば SUS304 の熱間圧延帯材を意味する[138][139]

耐食性[編集]

ステンレス鋼の耐食性は、化学組成、組織の状態、熱履歴によって変動する[140]。優れた耐食性を持ち、「さびない材料」のイメージを一般に持たれるステンレス鋼だが、実際の耐食性は鋼種によって幅広い[141]海水中でも腐食しない高耐食なものから、野外に放置すると数日で錆が出だすものまで存在する[141]。主要組織別の分類でいえば、オーステナイト系の耐食性が優れ、マルテンサイト系の耐食性は悪いと、大まかに評される[140]。ただし、このように主要組織別分類で耐食性を大まかに評価できるのは、化学組成と熱履歴によって主要組織が決まるからである[140]。実際のそれぞれのステンレス鋼の耐食性の決定には、特に化学組成が主要な影響を与える[142]。耐食性に有効な合金元素を添加することに加えて、不純物元素を減らすことも耐食性向上に必要となる[143]

湿食[編集]

ステンレス鋼が関わる腐食には、大きく分けて「湿食」と「乾食」という2つの形態がある[144]。湿食は水溶液腐食とも呼ばれ、水溶液が作用で起こる腐食である[145]。乾食は気体腐食とも呼ばれ、高温の気体の作用で起こる腐食である[145]。湿食は典型的な腐食現象で、地球上の金属の腐食のほとんどが湿食で起きている[145]

不働態化[編集]

炭素鋼を中性の水に浸しておくと、すぐに錆びが発生し、腐食が進む[146]。一般的に、腐食はアノード反応とカソード反応の組み合わせによって起こる電気化学な機構を原理とする[147]。中性水溶液中の鉄の腐食で起きているアノード反応とカソード反応の典型例が

  • アノード反応:Fe → Fe2+ + 2 e
  • カソード反応:1/2 O2 + H2O + 2 e → 2 OH

で、アノード側で鉄 (Fe) が Fe2+イオンとして溶けだし、腐食が進む[148]

一方、ステンレス鋼を同種の環境においても普通は腐食することはない[149]。このとき、ステンレス鋼の表面には「不働態皮膜」と呼ばれる特殊な皮膜が生まれており、この被膜がステンレス鋼を腐食から保護している[146]。不働態皮膜は化学的に安定かつ緻密に表面を覆っており、もしステンレス鋼表面が傷つき皮膜が破壊されても、通常は瞬時に再生する[150]。このように、熱力学的には腐食が本来は進むはずの環境で、不動態皮膜によって腐食が著しく遅くなり、腐食が実質的に止まることを「不働態化」と呼ぶ[151]。不働態化した状態を「不働態」と呼ぶ[152]。不働態化は普通の鉄でも起きる[153]。例えば、鉄を硝酸水溶液に浸したとき、一定以上に硝酸濃度を高くすると不働態化して鉄の溶解が止む[153]。ステンレス鋼が鉄と異なる点は、ステンレス鋼の不働態化は通常の環境でも起きているという点である[154]。これによって、ステンレス鋼の高い耐食性が実現している[154]

不働態化する合金の分極曲線模式図[155]。青色実線がアノード分極曲線、赤色点線がカノード分極曲線。交点Aが活性帯に留まる場合で、交点Bが不働態化する場合。

不働態化の様子は、金属の「アノード分極曲線」から読み取ることができる[156]。アノード分極曲線とは、ある電解質溶液に対象の金属を電極にして浸したときに流れる電流密度電極電圧の関数として表した曲線で、この曲線における電流密度は金属の腐食速度を意味する[157]。平衡電位から電圧を増やしていくと、電流密度も上昇していく[158]。しかし不働態化を起こす金属の場合、ある電位で電流密度がピークを打ち、その電位を超えると電流密度が急激に下がりだし、電流密度が低いレベルで一定を保つようになる[152]。この低いレベルで電流密度が落ち着いている状態が不働態である[154]。不働態になる前のピークの電流密度を「臨界不働態化電流密度」、臨界不働態化電流密度を示すときの電位を「不働態化電位」、不働態化しているときの電流密度を「不働態維持電流」という[159]。そして、さらに電位が増えると、ある程度以上の電位で電流密度が再度増えだし、不働態皮膜が溶解して活性状態に戻る[160]

このアノード分極曲線における臨界不働態化電流密度が、金属が不働態化する上で重要な特性値となる[161]。一般に、金属が不働態化するには、臨界不働態化電流密度よりも大きな電流がカソード反応から提供される必要がある[161]。不働態化するには、環境側によって決まるカソード分極曲線がアノード分極曲線の臨界不働態化電流密度のピークを乗り越え、不働態域に行き着いて平衡状態になる必要がある[162]。よって、臨界不働態化電流密度が低ければ低いほど、金属は不働態化しやすい[157]。クロムを鉄に添加すると、クロム含有量を増やすにつれ、臨界不働態化電流密度が下がり、不働態化電位が低くなって不働態域が広がる[163]。すなわち、あまり酸化性が強くない環境でも不働態化しやすくなる[163]。さらに、クロム含有量を増やすにつれ、不働態維持電流も小さくなり、不働態が安定する[164]。このクロムの効果が、ステンレス鋼の定義においてクロムの一定以上の含有を必須としている理由である[5]。鉄に添加して有効な不働態皮膜を発生させることができるクロム以外の元素は現在まで見つかっていない[11]

電界放出型走査電子顕微鏡で撮影された SUS304 の不働態皮膜断面。"Substrate" が素地で、沈着された白金 "Pt" と炭素 "Carbon" の間に 3.8 nm の不働態皮膜が確認できる[165]

ステンレス鋼が作る不働態皮膜の詳細は現在も様々な手段による解析が行われており、まだ正確には解明できていない面もある[166][167]。不働態皮膜の厚さは、組成や環境にもよるが、1 から 3 nm ないし 1 から 5 nm と極めて薄い[167][168]。そのため、皮膜が肉眼で見えることはない[169]

ステンレス鋼の不働態皮膜の構造は2層構造となっており、外層側が水酸化物、内層側が酸化物となっている[167][170]。内層酸化物は3価クロムイオン (Cr3+) が濃縮して構成しており、ステンレス鋼の素地と皮膜は、酸化物イオン (OH) を介して結合していると考えられている[168][2]。この内層酸化物が、不動態皮膜の耐食性を主に生み出していると考えられている[167]。解析結果の一例だが、水和オキシ水酸化クロム (Cr-O-OH-H2O) と呼ばれる錯化合物が主体として皮膜を構成しているというモデルが考えられている[166]。また、不動態皮膜は非化学量論的化合物であり、明確な結晶構造を持たない[167]。クロム量が多いほど、非晶質構造の度合いが大きくなる[167]

ステンレス鋼が弾性変形しても、不働態皮膜もそれによく追従して破壊されることはない[171]。上記でも述べたとおり、もしステンレス鋼表面が傷ついて皮膜が機械的に破壊されても、瞬時に再生する性質を持つ[150][172]。また、ステンレス鋼の不働態皮膜は半導体型で、クロム 20 % 程度までではn型半導体、それ以上ではp型半導体となっている[173]

鉄・クロム合金に、さらにニッケルやモリブデンなどの他の元素を加わえても、耐食性向上の効果がある。ニッケルは、臨界不働態化電流密度と不働態維持電流を小さくする[164]。モリブデンも臨界不働態化電流密度を小さくする[164]。しかし、いずれの元素も不働態化電位を高くする[164]。モリブデンは不働態中には存在しないが、不働態皮膜の再生を助ける働きをすると考えられている[11]

全面腐食[編集]

腐食の形態を進行範囲の大きさで分けると「全面腐食」と「局部腐食」の2つに分かれる[174]。全面腐食は、表面全体がおおむね均一に腐食して失われていく形態で、局部腐食は、材料の一部分で腐食が局部的に進行する形態である[174]。ステンレス鋼は、その不働態化能力によって全面腐食に対しては比較的強い[175]。ステンレス鋼の腐食による事故・事例の中では、全面腐食によるものの割合は少ない[176]。発生予測が効くため、腐食の中では危険性は少ない方である[177]

ステンレス鋼の全面腐食は、表面が不働態化できず、全面が活性状態となる環境で起きる[178]。アノード分極曲線上でいえば、不働態に移る前の電位に比例して電流が急増していく領域のことを「活性帯」といい、この活性帯で全面腐食が起きる[179]。一度不働態になった金属に対して酸化剤の pH が下がっていくと、あるところの pH 以下で不働態を維持できなくなる[180]。この pH の値を「脱不働態化pH」といい、SUS304 の場合で 2 程度である[181]。ステンレス鋼の全面腐食は、一般的に pH 2 以下の酸環境で主に起きる[181]。脱不働態化pH をさらに下げるには、クロム、モリブデン、ニッケルの添加が有効である[181]。主な酸に対する大まかな全面腐食耐食性の傾向を以下に示す[182]

主な酸に対する全面腐食耐食性[182]
酸の種類 濃度
(%)
温度
(°C)
13Cr鋼 18Cr鋼 18Cr-8Ni鋼 18Cr-12Mo鋼
塩酸 1 20 × ×
10 20–35 × × × ×
硫酸 0.5 20 ×
50 20–30 × × × ×
98 30
硝酸 1 20–50
5 85–沸点
65 沸点 × ×
酢酸 1 沸点
50 20–50 ×
100 沸点 × × ×
〇:浸食度 0.1 mm/年 以下、△:浸食度 0.1–1.0 mm/年、×:浸食度 1.0 mm/年 以上

ステンレス鋼の塩酸に対する耐性は、表にも示すように乏しい[183]。塩酸はステンレス鋼を不働態化させるほど十分な酸化力がなく、全面腐食を引き起こす[184]。ステンレス鋼がもっとも苦手とする環境が塩酸といえる[183]。希塩酸に対して使われる場合もあるが、塩酸濃度が低い場合でも後述の孔食応力腐食割れの可能性がある[185]

硫酸に対しては、中濃度では全面腐食が起きる[183]。十分な高濃度または低濃度の硫酸に対してのみ、ステンレス鋼の使用が推奨される[184]。高温化した硫酸に対しても全面腐食が起きる可能性があり、0.5 % 硫酸でも温度が 100 °C で耐食性が落ちる[186]硝酸については、中濃度以下であればステンレス鋼は良好な耐食性を持つ[187]。一方で、高濃度や高温度の硝酸に対しては大きな腐食が起きる[187]。代表的な有機酸である酢酸に対しては、沸点温度になると腐食しないために高耐食ステンレス鋼が必要となる[188]。ただし、実際の酢酸には不純物や共存成分が混じり、それらが腐食を促進する[189]

アルカリ性環境については、希薄なアルカリ水溶液に対しては不働態化して良好な耐食性を示す[190]。ステンレス鋼で実際に問題となるのは苛性ソーダによる腐食である[184]。苛性ソーダに対してはニッケルが有効で、ニッケル含有量が多いほど耐食性が向上する[191]。クロム・ニッケル系ステンレス鋼の SUS304 の場合で、濃度 50 % 以下、温度 80 °C 以下であれば腐食に耐え、それ以上の条件になると全面腐食が進む[192]

孔食・すきま腐食[編集]

ステンレス鋼の場合、全面腐食よりも、材料中の一部分で腐食が進む局部腐食の方が実用上の問題となることが多い[193]。特にステンレス鋼で問題となる局部腐食は「孔食」「すきま腐食」「粒界腐食」「応力腐食割れ」などがある[193]

孔食試験後のオーステナイト・フェライト系に出来た孔食の様子。写真は高温暴露の影響を調べており、(a)は固溶化熱処理後の試験片、(b)(c)(d)はそれぞれ 350 °C、450 °C、500 °C で5500時間時効されたもの[194]

孔食とは、全体的には腐食が進んでいない状況にもかかわらず材料中の一部分が穴状に浸食する形態の腐食である[195]。具体的な破壊モデルは種々提案されているが、不働態皮膜が電気化学的あるいは機械的に局所的に破壊されると、そこから孔食が発生する[196][197]ハロゲンイオンを含む水溶液環境中で孔食は起こりやすく、特にステンレス鋼の場合は塩化物イオン(Cl)が含まれる水溶液中で孔食が起こりやすい[198][199]。外部との液交換が難しいピット(孔)中では、ピット中の溶存酸素が消費されて、ピット中は溶解金属イオンが過剰な状態となる[200]。電気的中性を保つために、外部の Cl電気泳動でピット中に引き寄せられ、ピット内で金属塩化物ができる[200]。金属塩化物はすぐに加水分解して、ピット内部の pH はさらに低下し、ピット内部で腐食が進む[200]。塩化物イオンの場合はこのような機構によって孔食が進むと考えられている[200]

孔食に対するの耐食性向上には、クロムモリブデン窒素ケイ素タングステンレニウムなど添加が有効である[201]。特に、クロムとモリブデンが耐孔食性向上の元素として挙げられる[202]。合金元素量から耐孔食性の指標を計算するものとして、耐孔食指数 (Pitting Resistance Equivalent Number, PREN または Pitting Resistance Equivalent, PRE) が知られている[202][203]。よく使われる PREN の式は

PREN = %Cr + 3.3 × %Mo + n × %N

と表される[204][203]。窒素(N)の影響力を意味する係数 n の値は研究者によって異なり、n = 16 がよく使われる[204][203]。ただし、オーステナイト系には n = 30 の方がより適当ともいわれる[204]。フェライト系の場合は n = 0 で計算する[204]

304系ステンレス鋼上の非金属介在物から形成された孔食の様子。塩酸酸性の塩化第二鉄溶液による浸漬試験後のもので、縦列が浸漬時間を示す。横列(a)(b)(c)は非金属介在物の種類別[205]

また、ステンレス鋼中の非金属介在物は、孔食発生の核となり、有害であることが知られる[206]。特に硫化マンガン(II) (MnS) の介在物が有害である[196]。このため、組成の制御や表面処理による MnS の除去が耐食性改善に有効である[207]。使用上の対策としては、できるだけ Cl 濃度および温度が低い環境で使用することが望ましい[208]。また、例えば台所周りに付着した塩や醤油などといった、ステンレス鋼表面に付着したハロゲンイオンが放置されずに除去されることが重要となる[141]

すきま腐食とは、だいたい 0.01 mm 程度の微小なすきまで起こる腐食で、すきま内部で局所的な腐食が進む[209]。ステンレス鋼表面に付着した異物の下から、あるいはボルト・ナット締結部やフランジ継手のような構造上のすきま部から、すきま腐食が起きる[199][200]

すきま腐食では閉鎖環境として機能するすきまが最初から存在する点が孔食と異なるが、すきま腐食の腐食進行機構は孔食と本質的には同じである[210][211]。対策も同様に、クロムやモリブデンの合金元素添加、低 Cl 濃度環境での使用が有効である[211]。また、構造上のすきまができるだけないように配慮することも必要である[212]

粒界腐食[編集]

オーステナイト系に発生した粒界腐食の様子。

粒界腐食とは、多結晶体中の個々の結晶の境目である結晶粒界で局部的に腐食が進む現象である[213]。ステンレス鋼の粒界腐食は、粒界付近にクロムが欠乏した領域が存在することによって起きる[213]。粒界では、結晶粒内と比較して析出が進行しやすい[214]。また、炭素はクロムと結合しやすい性質を持っており、ステンレス鋼が高温に加熱されると、ステンレス鋼中の炭素とクロムが結合して粒界でクロム炭化物 (Cr23C6) ができる[215]。生成したクロム炭化物の周辺ではステンレス鋼中のクロムは欠乏する[215]。クロム欠乏帯では 10 % を割るような低クロム濃度になっており、耐食性が乏しく、そのため粒界腐食が起きる[213][216]。粒界腐食が進行すると結晶粒の脱落が起き、強度にも悪影響を及ぼし得る[200]

著しく鋭敏化した304系の組織写真。一般的に、鋭敏化したステンレス鋼ではクロム炭化物の析出によって粒界が太く見える[217]

クロム欠乏帯の発生のように、粒界腐食が起きやすい材質になることを「鋭敏化」という[214]。縦軸を温度、保持時間を横軸として、鋭敏化するか否かを温度と時間の関係として描いた線図を「TTS図 (Time-Temperature-Sensitization)」や「鋭敏化曲線」という[218][219]。オーステナイト系の場合、およそ 400 °C から 800 °C の温度域でクロム欠乏帯による鋭敏化が起きる可能性がある[220]。この温度域での保持時間が短時間でも発生し、この温度域を徐冷するだけでも鋭敏化の可能性がある[220]。フェライト系の場合、およそ 900 °C 以上からの急冷で起こる[220]。オーステナイト系とフェライト系の温度条件の違いは、組織中におけるクロムの拡散速度、炭素の拡散速度、炭素の固溶量が異なることによる[221]。ただし、フェライト系の鋭敏化は比較的軽微で、特に問題となるのはオーステナイト系の鋭敏化といえる[219]

素材状態では、適切な熱処理を施すことによってクロム炭化物は素地に溶けて、クロム欠乏帯を作らずに済む[222][223]。しかし溶接の必要がある場合、高温に上昇する溶接部の熱影響部で鋭敏化が起き得る。上記の温度条件の違いにより、オーステナイト系では溶接金属から少し離れたところで、フェライト系では溶接金属の直近で鋭敏化の可能性が高い[224]。このように溶接熱影響部で起きる粒界腐食は「ウェルドディケイ (weld decay)」と呼ばれる[225]

ステンレス鋼の鋭敏化に対する材料側の対策としては、クロム炭化物の元となる炭素の低減が有効となる[226]。また、ニオブやチタンのような、優先的に炭素と安定な化合物を作る合金元素の添加も有効である[226]。溶接上の対策は、できるだけ入熱が小さい溶接条件を選定することである[227]。変形の危険もあるが、溶接後に再度の固溶化熱処理を実施することも対策となる[227]

応力腐食割れ[編集]

UNS S31603 の人口海水環境応力腐食割れ試験で起きた割れ[228]

応力腐食割れとは、腐食環境に引っ張る力(引張応力)が重なったときに割れが起きる現象である[229]。非腐食環境の引張り強さ未満の応力でも腐食作用が加わることで割れが発生し、最終的には破断に至る可能性もある[230]。広義の応力腐食割れは、アノード反応溶解が割れを助長する「活性経路腐食型応力腐食割れ」と、材料中の水素原子が原因となる「水素脆性型応力腐食割れ」に分かれる[231]。応力腐食割れの事例全体の中でも発生事例が多いのが、ステンレス鋼の応力腐食割れ、特に塩化物環境で起きるオーステナイト系の活性経路腐食型応力腐食割れである[232][233]。オーステナイト系使用上の大きな問題点の一つが、応力腐食割れといえる[212]

塩化物応力腐食割れの場合、塩化物濃度、溶存酸素、温度が高いほど割れが発生しやすくなる[234]。高温高圧の塩化物水溶液を扱う熱交換器などで起きるものが、オーステナイト系の応力腐食割れの代表例である[235]。実際の環境で起きたステンレス鋼の応力腐食割れの事例によると、多くは 70 °C 以上の環境温度で起きている[236]。塩化物以外では、苛性ソーダなどの高温アルカリ水溶液でステンレス鋼の応力腐食割れは起きる[237]

固溶化熱処理されたステンレス鋼であれば、結晶粒内を割れが進む「粒内割れ」が塩化物環境の活性経路腐食型応力腐食割れの形態となることが多い[238]。ステンレス鋼で起こる応力腐食割れの多くは粒内割れである[239]。一方で、ステンレス鋼が鋭敏化していると、結晶粒界を割れが進む「粒界割れ」が生じ得る[240]。粒界割れ型の応力腐食割れの場合は、200 °C から 300 °C の高純度高温水でも発生する[241][242]。粒界割れ型の応力腐食割れを防ぐためにも、材料の鋭敏化を防ぐことが重要となる[243]

フェライト系とオーステナイト・フェライト系は、オーステナイト系と比較すると応力腐食割れが生じづらい[244][245]。ステンレス鋼の中で材料を選ぶならば、対応策としてはフェライト系やオーステナイト・フェライト系が選択肢となる[246]。オーステナイト系の場合は、ニッケル含有量を 40 % 近くまで増やすと実用的なレベルまで耐応力腐食割れ性が高まるが、コストの面から選択が難しい[247]。また、引張応力が大きいほど応力腐食割れは起きやすくなるので、引張応力ができるだけ加わらない設計や施工が望まれる[247][237]

水素脆性型応力腐食割れは、単に「水素脆性」や「水素脆化」とも呼ばれる[231][248]。通常の腐食に起因した水素の侵入を原因とする水素脆性の場合は、その耐食性によって炭素鋼などよりもステンレス鋼の水素脆性は起きづらい[249]水素燃料機器の材料として、オーステナイト系ステンレス鋼が用いられることが多い[250]。しかし、ステンレス鋼であって、腐食に起因した水素侵入ではないため高圧水素ガス環境下では水素脆性の可能性がある[249]。高圧水素中の水素脆性評価によると、オーステナイト系 SUS316L やオーステナイト系析出硬化型ステンレス鋼 A-286 などのオーステナイト安定度の高い鋼種が脆化しづらく、オーステナイト系 SUS304L やマルテンサイト系ステンレス鋼は脆化を示す[249]。ただし、ステンレス鋼の水素脆性の機構自体がまだ未解明で、結論は得られていない[250]

異種金属接触腐食[編集]

異種金属接触腐食とは、異なる種類意の金属が接触するときに電池が形成されて、卑な方の金属で腐食が進む現象である[251]。ステンレス鋼の場合、鋳鉄銅合金といった実用されている他の構造材料に対して自然電位が貴であるため、実用上はステンレス鋼自身が異種金属接触腐食を起こすことよりも相手を腐食させることが多い[252]。異種金属接触腐食の影響要素としては、両金属の自然電位列上の関係や面積の比率、電解質溶液の電気伝導率や流速が関係する[252]。特に重要なのが面積比率で、卑な金属の面積が貴な金属の面積よりも小さければ小さいほど腐食が進展しやすくなる[253]。よくある例はステンレス鋼板を普通鋼のボルトで締結したような事例で、ステンレス鋼板側は貴で面積が大きく、普通鋼ボルト側は卑で面積が小さいため、ボルトの著しい腐食が起こり得る[178]

乾食[編集]

高温の気体の作用で起こる腐食現象である乾食、あるいは高温で起こる腐食現象全般の高温腐食についても、ステンレス鋼は汎用金属材料の中では優秀な耐性持つ材料といえる[254]。乾食は、発電所、石油化学プラント、自動車排ガス装置などの高温装置で関係してくる[255]。乾食は、主に「高温酸化」と「高温ガス腐食」に分類される[256]

高温酸化[編集]

高温酸化したオーステナイト系 UNS S32654 の表面の様子。(a)(d)が1時間暴露後、(b)(e)が3時間暴露後、(c)(f)が5時間暴露後の状態を示す[257]

鉄鋼材料を高温大気中に長時間さらすと、ぼろぼろの表面となることがある[258]。このような現象を高温酸化という[258]。高温大気環境中で生じる酸化現象で、空気中や酸素中の他に水蒸気中や二酸化炭素中でも生じる[256][259]。ステンレス鋼は高温酸化にも優れた耐性を持つ[256][258]。ステンレス鋼の耐酸化性の源は主にクロムによるもので、クロム含有量が多いほど高温酸化への耐性も向上する[260][261]。高温酸化が激しくなって使用が困難になる温度が炭素鋼では 500 °C 程度といわれるのに対して、ステンレス鋼では鋼種にもよるが 1000 °C 程度になる[262]

高温での耐酸化性や耐食性の源は、表面に形成される保護皮膜による[256]。この皮膜は保護性を持つ点では不働態皮膜と同じだが、組成も異なり厚みも大きく、不働態皮膜とは別物である[258]。ステンレス鋼のクロムが 20 % 以上の高含有量になると、酸化クロム(III)(Cr2O3)で出来た保護性のある酸化物皮膜が表面を緻密に覆う[263]。この酸化物皮膜中では金属イオンや酸素イオンの拡散が非常に遅く、ステンレス鋼の高い耐酸化性が得られる[264][265]。ただし、18 % 未満程度のクロム含有量が低い場合は、緻密で連続した Cr2O3 皮膜は形成されず、FeCr2O4 や Fe(Fe,Cr)2O4 の皮膜が形成されるに留まる[266]。しかし実用的には、SUS410のような11%クロムステンレス鋼やSUS430のような17%クロムステンレス鋼も 800 °C ないし 850 °C を使用限度温度として高温環境で使われている[267]

ステンレス鋼の耐高温酸化性に重要な影響を及ぼす合金元素は上述のとおりクロムで、Cr2O3 皮膜が破壊・剥離を起こした場合でも、クロム含有量が高いとただちに Cr2O3 皮膜を再生できる[268]。他の元素としては、ケイ素が耐酸化性を著しく改善する[269]。添加されたケイ素は皮膜層と母材の界面に二酸化ケイ素として塊状または連続層として存在し、Cr2O3 皮膜の形成を助力する[261][270]アルミニウムにも大きな改善の効果があるが、クロムとアルミニウムの含有量によって効果が異なり、その挙動は複雑である[271]。例えば クロム 14 % の鉄合金に対して 0.8 % から 2.0 % のアルミニウムを添加すると、酸化アルミニウム(Al2O3)の皮膜が Cr2O3 皮膜の下に形成される[271]。Al2O3 皮膜自体は緻密で保護性が高いが[272]、この場合は皮膜の剥離を誘発して酸化速度がむしろ大きくなる[271]。さらにアルミニウム濃度が高くなると、最外層に Al2O3 皮膜が形成されるようになり、酸化速度が著しく小さくなる[271]。逆にアルミニウム含有量が 0.3 % 程度の場合も、Al2O3 粒子が Cr2O3 皮膜の下に分散、内部酸化層となって、酸化速度を減少させる[271]

上述のように、高温酸化は水蒸気雰囲気中でも生じる。水蒸気中で起こる高温腐食を特に「水蒸気酸化」と呼ぶ[273]。火力発電のボイラーで 500 °C から 650 °C の高温蒸気に晒される管内面などで問題となる[274]。水蒸気酸化の進行は、水蒸気の解離によって発生した酸素分子によって、または水蒸気と鉄の直接反応によって進行するといわれる[275][273]。水蒸気酸化における酸化皮膜は、同時に発生する水素による欠陥、そこまで高くない温度、不十分な酸素源などによって不完全で保護性の低いものになる[276][277]。耐水蒸気酸化性に大きな影響を持つ合金元素はクロムで、多量添加によって耐水蒸気酸化性を向上できる[278][279]

高温ガス腐食[編集]

大気環境以外で生じる乾食は高温ガス腐食と呼ばれる[263]。ステンレス鋼に関わる代表的な高温ガス腐食が、高温硫化、浸炭、窒化、ハロゲンガス腐食などである[263]

高温硫化は、硫化水素ガスや亜硫酸ガスなどの雰囲気中で起こる[280]。高温硫化の挙動は、高温酸化と同じように、表面にできる皮膜の生成と成長に支配される[281]。高温硫化における皮膜は硫化物になるが、格子欠陥が多くてイオンが拡散しやすいため、この硫化物皮膜の保護力は小さい[282]。一般に、硫化速度は酸化速度よりもはるか大きく、酸化速度と比して1桁または2桁も速く硫化が進む[281][283]。硫化水素ガス雰囲気中では、実用合金全般でも最大の耐用温度は 600 °C が限界といわれる[284]。クロムの添加は硫化を抑制する効果があり、ステンレス鋼の耐高温硫化性は炭素鋼よりは優れる[285]。クロムの他にはアルミニウムやケイ素の添加が有効で、硫化速度減少の効果を示す[254][286][283]

浸炭は、一酸化炭素、二酸化炭素、炭化水素などの高温ガス雰囲気中で起こる現象で、炭素原子が内部に拡散して炭化物を形成する[262][287]窒化は、アンモニア雰囲気などの窒素を含む高温雰囲気中で起こる現象で、窒素原子が内部に拡散して固溶体や窒化物を形成する[288][289][290]。どちらも材質を脆化させたり、クロム欠乏帯をつくり異常酸化の原因となったりする[291][292]。浸炭に有効な合金元素には、保護性のある酸化物を形成するクロムとケイ素、炭化物を形成しないニッケルが挙げられる[293]。窒化の場合は、特に有効な合金元素はニッケルで、ニッケル含有量が多いほど耐窒化性が増す[294][292]

ハロゲンガス腐食は塩素ガスや塩化水素ガス中で起こる腐食で、激しい腐食性を示す[294]。塩素ガスや塩化水素ガスとの反応で生成される塩化物は低融点で容易に昇華するため、ハロゲンガス腐食の腐食速度は大きい[295]。SUS304の例で、塩素ガス中での耐用温度が約 310 °C、塩化水素ガス中での耐用温度が約 400 °C である[296]

強度・機械的性質[編集]

ステンレス鋼の機械的性質も、その組織の状態と組成によって様々に変わる[297]。多くの種類のステンレス鋼が存在するように、ステンレス鋼の機械的性質も幅広い[298]

一般に、鉄鋼材料を強度・硬度を高める機構ないし原理には、次の5つがある[299][300][301]

固溶強化
添加された元素の原子が材料中に固溶されることにより、母材格子にゆがみが起こり、転位の運動が妨害されて強度が高まる機構[302]
加工硬化
転位強化ともいい、塑性加工によって組織中の転位を意図的に増大させ、転位同士がその運動を妨害することで強度が高まる機構[303]
析出硬化
分散強化ともいい、合金炭化物や金属間化合物の第2相が微細に分散して母相中に析出することで、転位の運動の障害となって強度が高まる機構[304]
粒界強化
細粒化強化ともいい、多結晶体中の結晶粒サイズを小さくすることで強度が高まる機構[305]降伏応力を上昇させ、延性-脆性遷移温度を低くする[306]
マルテンサイト変態による強化
基礎的な強化機構というより、上の4つが重ね合わさった強化機構である[307]。マルテンサイト変態が起きることで、上記4つの強化機構を同時に実現し、高強度化される[307]。特に炭素を過飽和に含有することによる固溶強化が大きい[307]

いずれの強化機構も、塑性変形の基となる転位の運動を妨げることで材質を高強度化させる[63]。ステンレス鋼の強度も、これらの強化機構を基礎とする[63]。一方、材質を高強度化すると、一般的に延性靭性が低下する[308]。延性・靭性が低下すると、材料が破壊されるときに脆性破壊となる[309]。機械・構造物の安全使用の観点からは、強度が高いことだけでなく、靭性が大きいことも望ましい[310]

常温における機械的性質[編集]

ステンレス鋼の機械的性質を評価するのに用いられる指標は、0.2%耐力引張り強さ伸び絞り硬さ衝撃値などである[311]。これらの内の0.2%耐力、引張強さ、伸びは引張試験で得られる材料特性で、材料の降伏点を代表する 0.2 % の塑性ひずみを起こす応力を、引張強さは材料の強さを代表する最終的な破断を起こす応力を、伸びは材料の延性を代表する破断までに材料が伸びる変形の程度を表す[312]。常温におけるステンレス鋼の各代表的鋼種の0.2%耐力、引張り強さ、伸びの例を下記に示す。

機械的性質の例
大別 鋼種・状態 0.2%耐力
(MPa)
引張り強さ
(MPa)
伸び
(%)
出典
オーステナイト系 AISI 304
固溶化熱処理
290 579 55 [313]
AISI 304
圧延率 50 % 冷間加工
1000 1102 10 [314]
フェライト系 AISI 430
焼なまし
345 517 25 [315]
マルテンサイト系 AISI 410
焼入れ・648 °C 焼戻し
586 759 23 [315]
AISI 410
焼入れ・204 °C 焼戻し
1000 1310 15 [315]
オーステナイト・フェライト系 UNS S32205
固溶化熱処理
450 655 25 [316]
析出硬化系 17-4PH
496 °C・4時間時効処理
1310 1207 14 [317]


ステンレス鋼の中で引張り強さ 1000 MPa を超える高強度の鋼種には、マルテンサイト系、析出硬化系、加工硬化させたオーステナイト系がある[318][319]。マルテンサイト系では、焼入れ処理で炭素を高濃度に含むマルテンサイト組織を得て、強さ・硬さの高い組織にすることができる。通常は焼入れ後に焼戻しも行う[320]。マルテンサイト系の最終的な機械的性質は焼戻し温度によって変わる[320]。高炭素鋼種 AISI 440C の例では、2000 MPa 近い引張り強さを得ることもできる[315]。析出硬化系は、時効処理によって微細第2相を分散析出させる析出硬化機構によって高い強度・硬度を得ている[321]。マルテンサイト系と比較すると、含有炭素量を減らせるので、耐食性や靭性をそれほど落とさずに済む[321]。オーステナイト系は加工硬化度が高く、さらに準安定オーステナイト系は塑性変形が加わると加工誘起マルテンサイト変態が起こるため、圧延加工を加えることで高強度・高硬度の特性が得られる[322]。加工硬化で高強度化させた後も充分な延性・靭性を保っているのも、加工硬化させたオーステナイト系の特徴である[322][323]

フェライト系、オーステナイト系、オーステナイト・フェライト系には、熱処理による硬化性はない[324]。フェイライト系は焼なまし状態で使用され、加工硬化を利用しないオーステナイト系は固溶化熱処理状態で使用される[325]低炭素鋼と比較すると、フェライト系の降伏応力と引張り強さは少し高めである[326]。フェライト系と比較すると、オーステナイト系は降伏応力が低めで、引張り強さが高めである[327]。ステンレス鋼の中では、焼きなまし状態のフェライト系のみが応力-ひずみ曲線上で明確な降伏点を示し、他の鋼種は明確な降伏点を示さない[328]

オーステナイト・フェライト系も固溶化熱処理状態で使用される[324]。オーステナイト・フェライト系の引張り強さと降伏応力は、フェイライト系とオーステナイト系よりも高めである[329]。これは、含有元素の影響と、オーステナイト・フェライト系の結晶粒サイズが微細なため起きる細粒化強化によるものである[330]

ステンレス鋼の延性・靭性については、オーステナイト系が特に優れている[331]。延性の程度を示す伸びが、標準的な炭素鋼やフェライト系では 20–30 % 程度であるのに対し、固溶化熱処理状態のオーステナイト系ではおよそ 45–55 % という値を示す[332]。靭性の指標である衝撃強さでも、オーステナイト系が優れた値を示す[333]。フェライト系の延性は高純度化によって改良される[334]。マルテンサイト系は、上述のとおり焼戻し処理次第で靭性の傾向は異なる。オーステナイト・フェライト系も、オーステナイト系と比較すると延性・靭性は低い[335]

高温における機械的性質[編集]

金属が高温環境下に置かれると、一般的に変形抵抗が低下する[336]。ステンレス鋼は、上記のように高温環境下でも耐酸化性や耐食性に優れる。さらに、高温状態でも高い強度を持ち、ステンレス鋼は耐熱用途に幅広く利用されている[337][256]。JISでは、いくつかのステンレス鋼をそのまま耐熱鋼の規格としても規定している[338]

オーステナイト系とフェライト系が、耐熱用として使用されるステンレス鋼の主流となっている[339]。代表的な耐熱ステンレス鋼でいえば、常温での降伏応力はオーステナイト系よりもフェライト系の方が高いが、およそ 600 °C 以上の降伏応力はフェライト系よりもオーステナイト系の方が高くなる[339]。そのため、より高温で使用する場合はオーステナイト系が、それ以外ではフェイライト系が重宝される[339]

オーステナイト・フェライト系は、600 °C 以上では、オーステナイト系とフェイライト系の中間的強度を示す[340]。高温強度を向上させる場合、ニオブ、窒素、シリコン、モリブデン、銅、タングステンなどの固溶強化元素の添加が行われる[341]。マルテンサイト系にもモリブデン、バナジウム、タングステンなどの添加で高温強度を高めた鋼種があり、限定的ながらも強度が必要な個所で使用される[342]

低温における機械的性質[編集]

一般の炭素鋼と同様、フェライト系、マルテンサイト系が低温環境に置かれると、靭性が低下し、脆性破壊を起こすようになる[343][344]。靭性が著しく低下する温度を延性-脆性遷移温度といい、フェライト系 AISI 430の例では、室温から約 70 °C までの間で衝撃強さが急激に低下する[345]。しかし、オーステナイト系はこのような低温時にも高い靭性を保つ[346]。鋼種によっては −200 °C 以下の極低温下でも使用できる[347]。オーステナイト・フェライト系も低温時には脆性破壊を起こすようになる[343]。ただし、フェライト系よりも延性-脆性遷移は緩やかである[348]

物理的性質[編集]

ステンレス鋼の物理的性質は金属組織の種類によってほぼ決まり、さらに合金元素添加量が影響する[51][349]。フェライト系とマルテンサイト系が類似した物理的性質を持っており、オーステナイト系の物理的性質はそれらとは異なる傾向を持つ[349]。析出硬化系も、最終的にマルテンサイト組織となる鋼種であれば物理的性質はフェライト系とマルテンサイト系に類似する[349]。2つの主要相を持つオーステナイト・フェライト系の物理的性質は、オーステナイト系とフェライト系のおおむね中間に位置する[350]。下記にステンレス鋼の物理的性質の例を示す。

物理的性質の例[351]
鋼種 オーステナイト系
JIS SUS304 
フェライト系
JIS SUS430 
マルテンサイト系
JIS SUS410 
オーステナイト・
フェライト系
JIS SUS329J3L 
析出硬化系
JIS SUS630
密度
(kg/m3)
8.03 × 103 7.75 × 103 7.75 × 103 7.82 × 103 7.86 × 103
比熱
(0–100 °C)
(kJ/(kg·K)
0.50 0.46 0.46 0.40 0.46
熱伝導率
(100 °C)
(W/(m·K)
16.3 23.9 24.9 12.5 18.4
線膨張係数
(0–100 °C)
(K−1)
17.2 × 10−6 10.4 × 10−6 9.9 × 10−6 13.7 × 10−6 18.4 × 10−6
比電気抵抗
(Ω·m)
720 × 10−9 600 × 10−9 570 × 10−9 850 × 10−9 800 × 10−9
ヤング率
(GPa)
193 200 200 189 196
磁性 弱磁性 強磁性 強磁性 強磁性 強磁性


質量と体積の比である密度は、ステンレス鋼の種類の中で違いは小さく、各々の化学組成でほとんど決まる[352][349]軟鋼と比較すると、ニッケルを多く含むオーステナイト系の密度がやや大きい[349]。ニッケルを主合金元素としないフェライト系とマルテンサイト系は、軟鋼よりもやや小さい[349]。モリブデンのような重い元素を合金元素として含めば含むほど、密度は大きくなっていく[353]

熱が伝わったときの温度変化の程度を示す比熱も、ステンレス鋼の種類の中で違いは小さい[354]。クロム系ステンレス鋼の比熱が軟鋼とほぼ同等で、クロム・ニッケル系がやや大きい[355]

熱の伝わりやすさを示す熱伝導率については、金属材料全般の中でもステンレス鋼は小さい[356]。フェライト系とマルテンサイト系の熱伝導率も炭素鋼より小さく、オーステナイト系の熱伝導率はさらに小さい[357]。一般に金属の熱伝達は自由電子を通じて行われるが、金属中の不純物が電子の運動を阻害して熱伝導率を低下させる[358]。ステンレス鋼の場合、含有するクロムやニッケルによって熱伝導率が小さくなっている[359]

温度上昇時の体積膨張の割合である線膨張係数は、主に結晶構造によって決まる[360]。フェライト系とマルテンサイト系は軟鋼に近い値を示すが、面心立方構造であるオーステナイト系のそれらの約1.5倍の線膨張係数を示す[360]。オーステナイト・フェライト系の線膨張係数は、フェライト系とオーステナイト系の中間程度となる[353]

物質の電気抵抗の大きさを示す比電気抵抗についても、その原理は熱伝導率と同じで、含有元素が多くなると抵抗が大きなる[361]。金属材料全般の中でもステンレス鋼の比電気抵抗は大きい[362]。このため、ステンレス鋼は導電用材料には向かない[355]。比電気抵抗はおおよそ熱伝導率と反比例の関係にあるが、析出硬化系は析出硬化熱処理によって組織が複雑化した影響で比電気抵抗がやや大きくなる[363][354]

弾性変形に対する抵抗の大きさを示すヤング率は、ステンレス鋼全般的に軟鋼とおおむね同じである[349]。組成や組織の違いよるヤング率への影響も小さく、ステンレス鋼の中での鋼種間の違いは小さい[353][364]非鉄金属材料と比較すると、ステンレス鋼のヤング率は高い部類に入る[349]

一般的な鉄鋼材料は強磁性で、いわゆる磁石にくっつく材料であるが、面心立方格子構造のオーステナイトは常磁性を示し、強磁場中でもごくわずかにしか磁化しない[365]。このため、オーステナイト系は非磁性材料である[366]。一方、フェライト系やマルテンサイト系は、一般的な鉄鋼材料と同様に強磁性材料である[367]。ただし、オーステナイト系も、加工誘起マルテンサイト変態が起こると磁性を帯びるようになる[368]。また、磁性の強さはフェライト量比率によって変わるものの、オーステナイト・フェライト系も基本的に強磁性である[75]

また、機械的性質と同様に、温度によって物理的性質は変化する。低温になるほど、密度は大きくなり、電気抵抗、熱膨張係数、熱伝導率、比熱は小さくなる[369]。弾性率は、低温になるほどヤング率は大きくなり、ポアソン比は小さくなる[370]

製造[編集]

原料[編集]

ステンレス鋼の原料には、の他に、合金元素として大量のクロム、さらにニッケルモリブデンマンガンチタンなども要する[371]。主な合金元素であるクロムとニッケルは、主にフェロクロムフェロニッケル、またはスクラップとして供給される[372]。フェロクロムとフェロニッケルは合金鉄の一種で、採掘されたクロム鉱石またはニッケル鉱石から製造される[373]。合金鉄は、不純物である炭素が取り除かれている低炭素なものほど価格が高くなる[374]。しかし、後述する精錬技術の発達により、廉価な高炭素フェロクロムおよび高炭素フェロニッケルも、現在ではステンレス鋼の原料として多量に利用可能になっている[375]。クロムもニッケルも資源が世界に偏在しており、需要供給バランス・産出国の経済情勢・国際紛争・為替レート変動などによって原料価格が大きく変動するため、これらの原料の安定確保とコストダウンがステンレス鋼メーカーにとっての課題である[375][376]

潰されたステンレス鋼のスクラップ

ステンレス鋼はリサイクルしやすい材料であり、ステンレス鋼スクラップの回収率は高い[377]。2006年の調査によると、生産された約2800万トンのステンレス鋼の内、その原料の約 60 % がステンレス鋼スクラップを利用できている[377]。特にオーステナイト系は、高価な合金元素を多く含み、磁性を持つため分別しやすいため、スクラップ活用が進んでいる[378][379]

原料としての鉄には、ステンレス鋼スクラップの他に、普通鋼のスクラップも活用されている[380]高炉を持つ銑鋼一貫製鉄所がステンレス鋼を製造する場合は、高炉で銑鉄を製造し、予備処理した上でステンレス鋼の原料として用いる場合もある[376][381]。集められたスクラップは使用前に成分検査や放射能探知検査が行われる[382]

製鋼[編集]

アーク炉の概略図

得られた原料は溶解される。炉には電気炉の使用が一般的で、特にアーク炉の使用が主流である[383][384]。ステンレス鋼スクラップ、フェロクロム、フェロニッケルなどの原料が電気炉に投入されて溶解される[375]。アーク炉の場合、アークによる熱は 3000 から 3500 °C に達し、原料はおよそ 1550 から 1800 °C で溶解される[43][384]

前述のとおり、高炉を持つ銑鋼一貫製鉄所がステンレス鋼を製造する場合は、電気炉でスクラップを溶解するのではなく、高炉で溶銑を製造して原料として用いる場合もある[376][381]。溶銑を転炉に移し、ステンレス鋼スクラップ、フェロクロム、フェロニッケルを加えて、ステンレス鋼の溶鋼が造られる[385]。高炉と転炉の間で、溶融還元炉にてクロム鉱石を直接投入する場合もある[383]。このような高炉法による製造は大量生産に向いている[376]。しかし、高炉法ではニッケルの溶解が難しく、ニッケルを主要合金元素とするオーステナイト系ステンレス鋼では電気炉法よりも効率が劣るため高炉法は用いられない[385]。高炉法の利用は、フェライト系ステンレス鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼などのクロム系ステンレス鋼に現在のところ限られている[386][385]

AOD炉

原料の溶解後、不純物を規定量まで取り除き、ステンレス鋼の組成を調整する精錬が行われる。この精錬工程がステンレス鋼製造における大きな特徴の一つである[383]。精錬過程では、最大の不純物である炭素を取り除く必要がある[43]。この過程は脱炭と呼ばれ、酸素を溶鋼中に吹き込み、炭素を一酸化炭素ガスにして大気中へ放出し、炭素を除去する[43]。ステンレス鋼の場合は含有する主合金元素のクロムのために、一般的な鉄鋼とは異なる脱炭精錬を必要とする[387]。クロムは鉄よりも優先して酸化する特性がある[381]。このクロムの優先酸化によって、特に低炭素域での脱炭の進行が阻まれる[383]。また、多量に酸化されたクロムがスラグ中に含有されてしまう[388]。高価なクロムをここから回収するためには、高価なフェロシリコンがさらに必要となる[388]。これらを回避して脱炭の効率を上げるには、炉中の一酸化炭素ガスの分圧(CO分圧)を下げることが有効である[383][388]。CO分圧を下げるために、酸素と共に希釈ガスを吹き込むAOD法と真空(減圧)環境を作り利用するVOD法がステンレス鋼製造では一般的に用いられる[387]

電気炉で溶解されたステンレス鋼は、AOD炉またはVOD炉へ移される[389]。ただし、溶鋼の炭素濃度が高い状態では、VOD法を適用しても脱炭効率が悪い[387]。そのため、VODを行う場合は事前に転炉で予備脱炭を行うこともある[387]。また、高炉法で造られた溶鋼も、転炉を経てAOD炉またはVOD炉へと移される[383]

加工[編集]

切断[編集]

ステンレス鋼板のプラズマ切断の例。板厚は 10 mm で、奥側が水プラズマ切断で、手前側がドライプラズマ切断。

素材を望ましい大きさや外形にするために切断加工が行われる。熱エネルギーを利用して材料を溶かして切断する方法を溶断といい、ガス切断が最も代表的な溶断である[390]。ただし、一般的に用いられている酸素・アセチレンによるガス切断はステンレス鋼を溶断できず、ステンレス鋼に対しては適用不可といえる[391]。ステンレス鋼中に多量に含まれるクロムは燃焼温度が高く、さらに燃焼生成物である酸化クロムも溶融温度が高い[392]。これらが酸素アセチレン切断による燃焼を妨げ、ステンレス鋼の酸素アセチレン切断を不可能にしていると考えられている[392]。ステンレス鋼用に発達したガス切断法が、パウダ切断と呼ばれる、鉄粉を切断酸素に混入させて、その鉄粉の酸化反応熱を利用する切断方法である[393][394]。板厚 600 mm までならば、そこまでの技術を要せずにパウダ切断でステンレス鋼を切断可能である[395]

他のステンレス鋼に適用される溶断には、アーク切断プラズマ切断レーザー切断がある。アーク切断は、アークを発生させてアーク熱で材料を溶融する切断法である[396]。アーク切断はステンレス鋼の切断法として発達したものだが、切断面の品質がよくなく、イナートガスアーク溶接を応用した方式のアーク切断を除いて使用は限定的である[397][398]。プラズマ切断は、プラズマガス気流の機械的なエネルギーとアークの熱エネルギーを利用する切断方法で、ステンレス鋼の切断の主要な方法の一つである[397][399]。使用ガスにはアルゴン・水素を使用すると切断面の品質が最もよく、ステンレス鋼ではアルゴン・水素が主流である[400]。プラズマ切断では 100 mm を超える板厚まで切断可能である[401]。レーザーを熱源とするのがレーザー切断で、適用板厚が小さいが、高精度な切断が可能である[402]。ステンレス鋼のレーザー切断の場合はアシストガスに窒素がよく使われ、切断面の酸化を起こさずに金属光沢のある断面を得られる[403]

溶断のほかには、一対の刃で挟んでせん断メカニズムにもとづいて切断するせん断加工がある[404]。鉄鋼メーカーが生産したコイルをさらに幅を小さなコイルや平板にするシャーリングや、プレス機械による打ち抜き加工がせん断加工の一種である[405][406]。ステンレス鋼のせん断加工の場合、材料強度が高めのため、普通鋼・軟鋼よりも大きな力を要し、十分な能力を持った機器の選定や刃型の管理がより重要となる[407][408]。せん断加工では、向き合う刃先のクリアランス(すきま)を材質や板圧に応じて適切に設定する必要がある[404]。良好な切断のためにはステンレス鋼でも種類に応じて設定クリアランスを変える必要がある[409]。板幅にもよるが、ステンレス鋼のせん断加工が実用されている最大板厚は 20 mm 程度である[406]

他の機械的な切断方法にはウォータージェット切断がある[399]。高速で噴射された超高圧水で材料を切断する方法で、熱影響や加工ひずみがないという長所があり、精密切断などに用いられている[410]

プレス成形[編集]

プレス成形は、ステンレス鋼板材を様々な形に成形する際によく利用される[411]。ステンレス製品の利用促進には、プレス成形技術の発展の寄与が大きいといわれる[412]曲げ加工深絞り加工張り出し加工打ち抜き加工ロール成形コイニング加工エンボス加工など、ほとんど全ての成形加工がステンレス鋼で可能である[413]。特に塑性変形能の高いオーステナイト系は、180度密着折り曲げのような厳しい成形や、複数の種類の成形から成るような複雑なプレス成形にも対応できる利点がある[414]

ただし、普通鋼などと比べると、ステンレス鋼は一般的に強度が高いため加工負荷が大きく、金型の異常摩耗や焼付きも起きやすい[415]。そのため、金型の材料や表面処理、潤滑油の選定がよりきびしくなる[415]。ステンレス鋼では、プレスを離した後に弾性変形分だけ元に戻ろうとする「スプリングバック」が大きく、特に曲げ加工で所定の曲げ角度を狙うときはこの大きなスプリングバックの考慮が必要である[416]。一般的に、オーステナイト系が大きな加工硬化を起こすためスプリングバックが大きく、オーステナイト・フェライト系も降伏応力が高めのためスプリングバックが大きい[416][417]

ステンレス鋼で特に問題となる成形欠陥が、オーステナイト系の「時期割れ」、フェライト系の「縦割れ」や「リジング」である[418]。成形性を向上させる場合、オーステナイト系の場合に重要なのが加工硬化特性である[419]。オーステナイト安定度を調整して適切な度合いの加工硬化を起こさせるようにすると、成形性が向上する[419]。フェライト系の場合は、炭素・窒素を減らす高純度化とチタンなどの合金元素添加が成形性向上に有効である[420]

また、ステンレス鋼の場合、その表面の美麗さを商品価値とすることが多い[415]。そのため、成形加工中に表面が損傷しないように特に注意を要する[415][421]。ステンレス鋼の成形加工では、潤滑油の塗布のほか、表面保護のために樹脂系のフィルムを表面に付けてプレス成形することもある[421]

切削加工[編集]

切削加工では、ステンレス鋼は一般的に難切削材料といわれる[422]。全ての切削加工自体はステンレス鋼に適用可能だが、普通鋼、銅、アルミニウムなどと比較すると切削しづらい[423][424]。フェライト系と焼なまし状態のマルテンサイト系は炭素鋼に似た切削特性といえるが、オーステナイト系の切削性が特に劣る[425]。快削性の硫黄鋼 AISI B1112 を100 とする被削性指数の例を以下に示す[426]

被削性指数の例[426]
種類 鋼種 被削性指数
硫黄快削鋼 AISI B1112 100
低・中炭素鋼 JIS S25C 70
オーステナイト系代表的鋼種 JIS SUS 340 35
オーステナイト系快削鋼 JIS SUS 304 60
マルテンサイト系代表的鋼種(硬化処理前) JIS SUS 410 50
マルテンサイト系快削鋼(硬化処理前) JIS SUS 416 65
フェライト系代表的鋼種 JIS SUS 430 50
フェライト系快削鋼 JIS SUS 430F 80

溶接[編集]

直流被覆アーク溶接によるステンレス鋼溶接ビードの様子。
TIG溶接によるステンレス鋼溶接ビードの様子。

一般に、溶接にはアーク溶接を筆頭に多く種類の溶接法が存在するが、ステンレス鋼でも同じ溶接法が用いられる[427]。鋼種による差異はあるが、ステンレス鋼を溶接・接合する自体に特段の困難はない[428]。ただし、ステンレス鋼は他の鋼と異なる特性を持っている面もあるため、それらの特性に適した溶接法を選択しないと種々の溶接欠陥を生むなどの不具合の原因となる[429]。その意味では、ステンレス鋼の溶接難度は高いといえる[430]

ステンレス鋼と炭素鋼は物理的性質がかなり異なる面もあるため、これらの性質の違いに配慮が必要である[431]電気抵抗については次のような影響がある。被覆アーク溶接では、高い電気抵抗のために溶接電流が高いと発熱が著しくなり、溶接棒が焼ける恐れがある[432]。そのため、通常は溶接電流を普通鋼よりもやや低くする[433]。一方、電気抵抗による発熱を利用して溶接する抵抗溶接では、この特性が利点として働く[434]。必要な電流が小さくなる[435]。ステンレス鋼の薄板材は鉄道車両から家庭機器まで広く使われており、これらのステンレス鋼薄板材の溶接には抵抗溶接が一般的に使われる[436]

熱伝導率線膨張係数については、特にオーステナイト系が炭素鋼と大きく異なるため溶接上注意を要する[431]。熱伝導率が小さいため溶接による熱が逃げにくく、その上、線膨張係数が大きいため熱が入った箇所が大きく伸びようとするため、溶接対象物の変形が起こりやすい[430]。また、このような溶接変形が拘束された結果、比較的大きな残留応力が残り、後の応力腐食割れの原因となることも多い[437]。溶接上の対策としては、固定具を用いる、溶接順序を工夫する、他の熱伝導率の良い金属を裏当てして熱を逃がす等を行う[438]

上記のように溶接熱による鋭敏化も、ステンレス鋼特有の溶接施工の注意点である。その他の問題点としては、オーステナイト系の高温割れ、フェライト系の475°C脆化、マルテンサイト系の低温割れ、オーステナイト・フェライト系のオーステナイト量変化などが挙げられる[439][428]。割れなどを防ぐために溶接前に溶接対象物にある程度熱を加える予熱処理については、フェライト系やマルテンサイト系では行うが、オーステナイト系では延性に富むため不要でかえって有害になることが多いために通例は行わない[440]。溶接後の熱処理の熱処理についても、腐食環境で使用予定のある材料で耐食性を確実にしたいなどの事情がないかぎりオーステナイト系では行わない[441][442]。マルテンサイト系とフェライト系では延性回復の点から後熱処理を行う[443][444]

また、ステンレス鋼同士に限らない異種金属溶接が行われることもある[445]。実際の設計では、経済性も考慮してそれぞれの使用場所に応じて必要な材料が選定されるので、必然的に異なる材料の接合が必要となる[445]。母材と溶接材が異なる場合、溶着金属が母材組成によって希釈され、溶着金属の組成が変わってくる[446]。異種金属溶接ではこの点を考慮する必要があり、予想される希釈後の組成を基に上述のシェフラーの組織図から溶着金属の組織を予測し、適切な溶接材を決める[446]。ステンレス鋼が異種材溶接可能なのは、多くの他の鋼、ニッケルおよびニッケル合金、銅および銅合金などである[447][448]。フェライト系とマルテンサイ系を溶接する場合は、フェライト系の溶接材料を用いるのが、オーステナイトとフェライト系あるいはマルテンサイ系を溶接する場合は、オーステナイト系の溶接材料を用いるのが望ましいとされる[449]

熱処理[編集]

熱処理は、ステンレス鋼の製造過程の最終工程あるいは中間工程として行われる[450][451]。特にステンレス鋼の場合、その金属組織を最終的に決めるという点において熱処理工程は重要である[451]。熱処理は耐食性、機械的性質、さらには物理的性質にも影響する点でも重要性を持つ[450][451]

固溶化熱処理は、主にオーステナイト系およびオーステナイト・フェライト系に施される熱処理である[452]。具体的な温度は鋼種によって異なるが、おおよそ 950 °C から 1150 °C まで加熱した後に急冷する[452]。固溶化熱処理によってそれぞれの目的の金属組織にし、耐食性や機械的性質を回復させる[452][453][454]。特に固溶化熱処理は、クロム炭化物や窒化物を固溶させ、鋭敏化を防いで耐食性を確実にする効果がある[455]。析出硬化系の前処理としても行われる[456]

焼入れ焼戻しは、主にマルテンサイト系に施される[450]。焼入れは、おおよそ 920 °C から 950 °C まで加熱し、組織をオーステナイトにした後、油冷して組織をマルテンサイトにする[455]。焼戻しは、靭性を回復するために焼入れ後に引き続いて行われる熱処理で、約 600–750 °C に加熱して冷却する高温焼戻しと、約 150–200 °C に加熱して冷却する低温焼戻しがある[457]

焼なましは、フェライト系とマルテンサイト系などに施される[457]。 おおよそ 780 °C から 900°C に加熱し、空冷または徐冷する[457]。 フェライト系の場合は、焼なまし後そのまま使用に供される[458]。焼なましによって、靭性向上や加工ひずみ除去を行う[450]。一方、マルテンサイト系の場合は、成形や切削の前段階として焼なまし状態にすることが多い[459]。マルテンサイトにした後では硬くて成形や切削が困難になるため、これらの前に焼なましによって一旦フェライト組織にする[459]。その後に成形・切削し、それから焼入れ・焼戻しする[459]。また、有害な残留応力を除去する応力除去焼なましなどを、オーステナイト系に施すこともある[460]

時効硬化処理は析出硬化系特有の熱処理で、固溶化熱処理後の材料を加熱保持し、析出硬化を起こさせる[461]。熱処理工程は析出硬化系内の鋼種によって様々だが、いずれにしても最終的に析出硬化させる[462]。析出硬化型マルテンサイト系の JIS SUS304 の例では、望ましい硬さと靭性のバランスに従って時効硬化処理の条件が定められており、470 °C かつ1時間保持の条件から 630 °C かつ4時間保持までの処理条件がある[453]

ステンレス鋼の熱処理上気を付けべき点としては、フェライト系の475°C脆性やσ相脆化、マルテンサイト系の焼戻し脆性などがあり、適切な温度制御が求められる[463]。また、過加熱による結晶粒粗大化も注意点である[464]

表面仕上げ[編集]

ステンレス鋼は金属表面を晒して利用可能なため、様々な意匠用途に使われてきた[465]。このため、ステンレス鋼には多くの表面仕上げが開発されている[465]。新しい表面をつくるために、複数の表面処理が施されることもある[466]

表面仕上げ状態は、見た目のみならず耐食性にも影響し、この点でも表面仕上げは重要となる[467]。一般的には、表面が滑らかであるほど、腐食が起きにくくなるといえる[468]

圧延仕上げ[編集]

ステンレス鋼の板材は、基本的には圧延仕上げで製造され、市場へ供給される[469]。ステンレス鋼の場合は金属表面のまま利用可能なので、追加の表面仕上げを行わない圧延仕上げのままでも意匠用として利用できる[470]。規格に仕上げ内容を示す記号が割り当てられており、JISでいえば、よく使われているのがNo.1仕上げとNo.2D仕上げである[465]。JISまたはASTMに制定されているステンレス鋼の代表的な圧延仕上げと、その表面状態について以下に示す。

No.1
粗目の表面で、見た目は銀白色または白色、光沢の無い仕上げ[471][472][473]。指定の板圧まで熱間圧延した後、熱処理、酸洗でスケール除去を行った状態で、この表面状態となる[471][472][473]。この仕上げ材は、主に表面の光沢が求められない用途に使われる[472][474]
No.2D
鈍い灰色または銀白色で、光沢は少なく、つや消し調の見た目の仕上げ[471][472][474]。冷間圧延後に、熱処理、酸洗を行った状態[471][472]。あるいは、ダルロールで軽く圧延しても、この表面状態を得ることもできる[473]。広い用途で使われてる仕上げとなっている[472][474]。特に低めの光沢が求められる用途に使われ、屋根などの建材で多い[468]
No.2B
No.2Dよりも滑らかな表面で、銀白色のやや光沢がある見た目の仕上げ[471][472][474]。No.2D材を鏡面ロールで軽く圧延することで得られる[471][472][474]。一般用途向けの仕上げで、ステンレス鋼材の大部分はこの仕上げで市販されている[473][474][468]
BA
No.2Bよりも滑らかな表面で、光沢ありの見た目の仕上げ[473][474]。冷間圧延後に、熱処理を光輝熱処理で行った状態の表面[473][474]。さらに、鏡面ロールによる軽い圧延を行うこともある[472][474]。装飾品、家電、自動車部品、台所用品などで使われる[472][474]。さらに鏡面仕上げを行う場合も、BA仕上げの素材が使われる[468]

他のステンレス鋼向けの圧延による仕上げとしては、ダル仕上げやエンボス仕上げがある[470]。どちらも表面に凹凸を持つ圧延ロールで圧延することで素材表面に凹凸を転写する仕上げで、ダル仕上げは不規則な凹凸模様を与え、エンボス仕上げは規則的な凹凸模様を与える[475]。ファッション性を求める用途で使われる[476]。ダル仕上げの場合は、鈍く光沢を抑えた落ち着いた見た目になる[476]

研磨仕上げ[編集]

ゴベット・ブリュースター美術館英語版のレン・ライ・センターのファサード外板。316Lステンレス鋼の鏡面仕上げ材が使われている[477]

ステンレス鋼の表面仕上げに最も使われているのが、研磨による仕上げである[478]。研磨仕上げ材は主に外観を装飾する用途に使われ、普段目にするステンレス鋼製の装飾金物や台所用品の多くは研磨仕上げされている[479]

研磨仕上げの場合、研磨済みの板材やコイルが流通してそれが使われる場合と、プラントのタンクなどのように設備施工後に研磨するような場合もある[480]。研磨仕上げの主な方法は、研磨目を残すベルト研磨と鏡面を目的とするバフ研磨の2種類である[481]。硫黄系の研磨油は、研磨後にステンレス鋼表面に硫化物を生成し、耐食性を劣化させることがあるので注意を要する[482]。研磨仕上げも、規格に仕上げ内容を示す記号が割り当てられている。JISまたはASTMで制定されている代表的な研磨仕上げについて以下に示す。

No.4
研磨を行ったもので、光沢があり、細かな研磨目が残る仕上げ[471][472]。JISでは#150から#180の砥粒の研磨ベルトで研磨して仕上げる[471][472]。ASTMでは#120から#150を用いる[473]
HL
連続した線状の細かい研磨目が付いた仕上げ[471][472]。#150から#240程度の研磨ベルトで仕上げられる[471][472]。建材用途で一般的な仕上げで、建物の内装・外装に使われる[483]
No.6
光沢の低い、柔らかな感じの梨地(サテン)仕上げ[472][473]。仕上げ方法は、No.4仕上げ材をタンピコブラシで研磨するのが典型的な方法[472]
No.8
研磨目が残っていない、高い光沢を持つ表面仕上げ[471][472]。見た目は鏡面状で、鏡面仕上げに相当する[471][474]。細かい研磨剤で研磨した後、鏡面用バフで最終研磨して仕上げる[473]。装飾用や反射鏡に使われる[474]

他の研磨方法としては、小物の研磨に用いるバレル研磨や電解液に浸して表面を電解させる電解研磨がある[484]。ステンレス鋼の電解研磨には、リン酸硫酸硝酸が電解液としてよく使われる[485]。電解研磨と砥粒による機械的な研磨を複合させた研磨もあり、より高平滑な表面が得られる[486]

化学発色皮膜[編集]

化学発色皮膜による発色をさせたステンレス鋼のコースター[487]

ステンレス鋼は金属素地を露出させて使うのが一般的だが、ニーズの多様化に応える形で近年では着色したステンレス鋼も利用されている[488][489]。用途によっては銀色の金属光沢が持つ冷たい印象を嫌う場合もあり、そういった面からも着色したステンレスが求められる[490]

ステンレス鋼の着色方法には、後述の塗装のほかに、表面に厚さの異なる酸化皮膜を作り、光の干渉色を利用する方法がある[491]。この方法には様々なものが存在するが、実用的にはインコ法が主流である[470]。インコ法は、硫酸と酸化クロムの浴に浸漬して発色させ、さらに硫酸とリン酸の浴で浸漬・電解し、酸化皮膜を強固にする工程から成る[491]。できあがる酸化皮膜は「化学発色皮膜」と呼ばれる[492]。化学発色皮膜の組成はクロムに豊み、厚みはステンレス鋼元来の不働態皮膜よりも著しく大きい[491]。ただし、化学発色法による酸化膜は傷ついたら回復しない[493]。浸漬時間に応じて化学発色皮膜の厚みが変わり、厚みが増すに連れて発色が「ブロンズ → 青 → 金色 → 赤 → 緑」と変わる[470][493]。皮膜厚さは、ブロンズのときに 0.02 μm、緑のときに 0.36 μm 程度である[494]。現在では発色と硬化を同じ工程で行う技術も実用化されている[495][491]。以前は発色の不均一さを克服できなかったが、現在では前処理技術の向上などにより均一な発色も可能となっている[496]

塗装[編集]

白色塗装されたステンレス鋼でつくられた野外彫刻[494]ジャウマ・プレンサ英語版の「ノマド」。

かつては、ステンレス鋼を使うときにはその耐食性と金属的外観が好まれ、ステンレス鋼を塗装することほとんどなかった[497][488]。しかし、近年では塗装がなされたステンレス鋼も多く利用されており、「塗装ステンレス鋼」と呼ばれる[497][470]

塗装されたステンレス鋼の見た目自体は、普通鋼を塗装したものと変わらない[470]。ステンレス鋼に塗装を行う理由としては、装飾性のためにカラフルな見た目にしたいことの他に、腐食保護の信頼性の高さがある[498][488]普通鋼を塗装したものだと、塗膜が欠損したときにそこから現れる地肌に錆が生じるが、ステンレス鋼を塗装した場合、現れる地肌の耐食性が高いためこのような発錆が生じにくい[488]。他の着色法よりも加工コストが廉価という長所もある[474]。また、金属的外観を活かしつつ、汚れや指紋を突きにくくするために、クリア塗装やカラークリア塗装もステンレス鋼塗装に利用されている[499]

ステンレス鋼塗装に使われている塗料は、耐食性向上の観点を重視するときは、耐候性が高いシリコン変成ポリエステル、シリコン変成アクリル樹脂、フッ素樹脂の利用が一般的である[500]。ステンレス鋼は表面に不活性な不働態皮膜を持つため、一般的に有機皮膜との密着性が良くない[497]。脱脂して表面の汚れや油分を取り除く、ショットブラストや酸洗で方面に適度に粗くして塗料の食いつきを良くする、といった適当な前処理を行えば、一般的な鋼板などと同じように塗装できる[501]

めっき[編集]

溶融亜鉛めっきステンレスを使った[502]。鳴門市のトリーデなると

めっきもステンレス鋼に使われている表面処理である[503]。耐食性、装飾性、導電性の向上の目的から、めっきしたステンレス鋼が利用されている[503]電気めっき溶融めっきもステンレスに施工可能だが、めっきの密着を確実にする上でステンレス鋼の不働態皮膜が問題となる[504]。そのため、電気めっきではストライクめっきなどの前処理が必要となる[505]。ガス還元法による溶融めっきでも、前処理として別のめっきを行う[506]

耐食性を目的としたステンレス鋼へのめっきとしては、溶融アルミニウムめっきの例が知られる[507][508][509]。アルミニウムは自然電位がステンレス鋼よりも卑であるため、犠牲陽極として働き、ステンレス鋼素地の孔食防止などの効果がある[507][509]。自動車排気系部品で耐熱系フェライト系ステンレス鋼を溶融アルミニウムめっきすることで、304系並みの耐食性を付与させた例などがある[508]

装飾用には、金めっきや銀めっきが古くから用いられている[510]。溶融亜鉛メッキでいぶし瓦の色合いを出す亜鉛メッキステンレス製のなどがある[511]。導電性向上の観点からは、ニッケルめっきや金めっきが施される[511][510]。電気ニッケルめっきを施して導電性と耐食性を両立させたステンレス鋼が、ボタン電池などで使われている[511]

その他[編集]

他にも、ブラスト処理エッチング不働態化処理物理蒸着法(PVD)など、ステンレス鋼に適用される様々な表面仕上げが存在する。

ブラスト処理は、適当な材質の小さな粒を表面に高速でたたきつけてスケールの除去や素地の調整を行う処理[512]。表面仕上げとしては、ビーズブラストなどで方向性を持たない低光沢の表面を得るのに使われてる[469]。エッチングは、表面を部分的に溶かし、文字、絵、模様などをステンレス鋼の表面につくる処理である[513]。不働態化処理は、不働態化の程度を意識的に向上させたいときに行う処理で、硝酸などに浸漬して行われる[495][514]。PVDは、近年発達してきたドライプロセスによる表面処理の一種で、ステンレス鋼の場合は薄いセラミック層を蒸着させて色付けや耐久性向上のために使われている[494]

用途例[編集]

輸送機器[編集]

ステンレス車両 HHA DT5 の例。加工硬化された AISI 301 LN(EN 1.4318)を使用している[515]

鉄道車両では、車体(構体)がステンレス鋼製のステンレス鋼車両、またはアルミニウム合金製のアルミニウム合金車両の2種類が現在では主流である[516]。ステンレス鋼車両は、普通鋼製の車両と比べると塗装を省略することができ、保守の手間が少ない[516]。さらに、塗装と腐食代が省略できるため軽量化が可能となっている[516]。加工硬化しやすいオーステナイト系ステンレス鋼を低炭素化で耐食性を高めた鋼種が使われており、加工硬化による高強度化を利用している[517]。ステンレス鋼車両のコストは普通鋼製よりも高いが、アルミニウム合金車両よりも安いため、通勤車両を中心にステンレス鋼車両が多用されている[518]。ステンレス構体の製造には抵抗スポット溶接がよく用いられており、近年では、ゆがみが小さく溶接速度が速いレーザー溶接もステンレス構体に用いられている[519][520]

自動車分野では、エンジンで発生した燃焼ガスが排気されるまでの排気系部品でもっともステンレス鋼の利用がなされている[521]。エンジン直近で高温の排ガスを受け取るエキゾーストマニホールドでは、耐食性に加えて、耐酸化性や高温強度といった耐熱性や低い熱膨張係数などの特性が求められる[522][523]。排ガス規制の強化や燃費向上のために、エンジンの燃焼温度上昇が必要となり、それまで使われていた鋳鉄では耐熱性が不足することとなり、ステンレス鋼利用が進んだ[524]。種類としてはフェライト系ステンレス鋼が主に使われており、ニオブやモリブデンを添加して耐食性をさらに高めたものやタングステンを添加して耐熱性をさらに高めたものが開発・利用されている[524][525]

オートバイ(Buell 1125R)のフロントディスクブレーキのローター。ステンレス鋼を使用している[526]

オートバイでも、排気系のマフラーで排ガス規制に対応するためにステンレス鋼が使われている[527]。オートバイにおけるステンレス鋼使用で特に挙げられるのは、ディスクブレーキにおけるローターである[528]。自動車では炭素鋼鋳鉄が使われることが多いのに対して、オートバイでは外見の良さも重要なことからローターにはステンレス鋼を使うことが主流となっている[529][530]。ローターには強い摩擦力が働き、摩耗が問題となるため、ローターの硬度がある程度以上高いことが望ましい[531]。また、ブレーキ時の摩擦熱が発生するため耐熱性が求められる[530]。そのため、高硬度・耐熱性・耐食性のバランスがいいマルテンサイト系ステンレス鋼がローターで広く実用されている[532]

耐食性が高いステンレス鋼だが、船舶分野では使用はそれほど多くない[533]。船舶におけるステンレス鋼の主な使用箇所で挙げられるのは、ケミカルタンカーLNGタンカーにおけるタンク用材料で、ステンレス鋼の耐食性や低温特性を活かして使用される[534]。ケミカルタンカーでは、国際海事機関が定めた国際規則で一部の化学薬品用のタンクにはステンレス鋼の使用を義務づけている[535]

建築・土木[編集]

クライスラー・ビルディングの段型尖塔の外装はステンレス鋼を使用している。

建築物では、その見た目の良さを理由に外装用・内装用ともにステンレス鋼が使われている[536]。外装用としては、特に屋根用やファサード用にステンレス鋼が古くから使われてきた[537]。アメリカ合衆国ニューヨークにあるクライスラー・ビルディングは外装にステンレス鋼を採用した最初の著名な建築物として知られる[538]。クライスラー・ビルディングの尖塔にオーステナイト系ステンレス鋼が使われており、1930年代に建てられて海岸地帯に存在するにも関わらず、今日も輝きを保っている[539]。一方、建築物の荷重を支える構造材には普通鋼が主流である[540]鉄筋コンクリート用のステンレス鋼鉄筋などは実用化されており、構造材用にステンレス鋼適用拡大が検討されている[537][541]

建物内部では、ドアノブ蝶番、換気口、窓枠、クレセント、カーテンレール、手すりなど、様々な建築金物でステンレス鋼が使われている[542]。普通鋼や表面処理鋼が昔は使われていたが、腐食対策や高級志向から、ドアノブのような目立つ箇所からステンレス鋼が使われるようになった[543]。ビルの内装材としては、ヘアライン仕上げのステンレス鋼が良く用いられるが、入り口やエレベーター周辺では鏡面仕上げのステンレス鋼もアクセントとして用いられることもある[536]

ステンレス鋼製の高欄

ドーム球場コンベンション・センターのような大型建造物の屋根も、メンテナンスフリーや美観の向上のために、ステンレス鋼使用が浸透している[544]。初期にはオーステナイト系ステンレス鋼が使われていたが、屋根は日射や気温による温度変化が起こるため、長尺物である屋根は熱膨張率が低い方が好ましい[545]。そのため、低熱膨張率を持つフェライト系ステンレス鋼の高耐食性の鋼種も使われる[545][546]。他には、水門の扉体・戸当りや橋梁の高欄(手すり)で、美観維持とメンテナンスフリーのためにオーステナイト系ステンレス鋼が使われている[546][547][541]。公共施設や公園にある案内板といったものも、保全コストの削減のためにステンレス鋼化が進んでいる[548]

医療[編集]

ステンレス鋼製の外科手術器具

医療分野でも、手術器具から検査機器に至るまで、ステンレス鋼は多く使われている[549]。薬品、消毒液、血液、体液などに対して耐食性が必要なため、ステンレス鋼が適しており、衛生面からも好まれる[550][551]。種々の検査機器に対しては、非磁性であることも利点となる[551]メス鉗子などの手術器具にはマルテンサイト系ステンレス鋼が使われている[550]

人工関節用など、人体内で使用するインプラント用材料としても使われる[552]。体液は海水と同等の組成であるため、これらの用途にはモリブデンを含み耐食性を高めたオーステナイト系ステンレス鋼が利用されている[552]。ただし、ステンレス鋼中に含まれるクロムとニッケルにはアレルギーの問題もあり、優れた生体適合性を持ち軽量のチタンチタン合金への置き換えも進んでいる[549][553]冠動脈ステントなどでもチタンが代替材料として存在するが、加工性や溶接性の良さや廉価であることから、高耐食性のオーステナイト系ステンレス鋼も未だに使われている[554]

野外彫刻[編集]

ステンレス製の野外彫刻の例[555]。スコットランドのThe Kelpies

実用品以外の分野では、モニュメントパブリックアートとしての野外彫刻の素材として利用されている。野外彫刻で実用されている素材としては、石材、金属材、木材などがある[556]。ステンレス鋼を野外彫刻に使用する利点には、他の金属同様に可塑性があり加工しやすく且つ丈夫であること、耐食性が高くメンテナンス性に優れていること、光輝を持ち現代的な材質感が得られることが挙げられる[557][547][556]

ステンレス材に各種の研磨仕上げや表面処理を施すことで、多様な肌合いを表現することもできる[558]。鋼種としては、オーステナイト系の304がよく使われるが、沿岸部のような場所では高耐食性の316も使われる[559]。スコットランドにある巨大なステンレス製の彫刻 The Kelpiesケルピー)の例では、厚さ 6 mm のオーステナイト系316LのNo.8研磨圧延板材が約 150 トン使われて製作された[555]。室内の例では、日本の成田国際空港内にあるステンレス製オブジェ「時の花」で、厚さ 0.4 mm のオーステナイト系SUS304のBA仕上げ材が約 100 kg 使われて製作された[560][561]

リサイクル[編集]

ステンレス鋼は、他の工業材料と同様にリサイクル可能な材料であり、再融解してステンレス鋼製品の原料にできる[562]。ステンレス鋼に含まれるクロム、ニッケル、モリブデンなどの合金元素は枯渇性資源であり、ステンレス鋼のリサイクルの重要性は高い[563]。同時に、これらの貴重な元素が含有されているため、ステンレス鋼のリサイクルは経済的にも成立している[564]。推定で、使い終わったステンレス鋼製品の 80 % から 90 % がスクラップとして回収され、リサイクルされている[377][564]

特に、オーステナイト系ステンレス鋼(クロム・ニッケル系ステンレス鋼)は非磁性であるため、分別が容易という長所がある[378]。一方で、フェライト系ステンレス鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼(クロム系ステンレス鋼)は普通鋼と同様に磁性があり、分別しづらいという短所がある[378]。また、クロム系ステンレス鋼のスクラップとフェロクロムの価格差が小さいため、回収費用に対して割に合わないという課題がある[565]

これらの理由から、クロム系の大半は分別されずに、普通鋼スクラップとして回収されたり、クロム・ニッケル系とまとめて回収されたりしている[566][565]。2003年から2005年までの日本のステンレス鋼市場を対象に行われたマテリアルフロー解析の結果によると、クロム・ニッケル系ステンレス鋼としてのスクラップ回収率は 75 % から 98 % であったが、クロム系ステンレス鋼としてのスクラップ回収率は 12 % から 34 % に留まっていた[567]

クロム系の中でもフェライト系の利用量は、オーステナイト系に次いでおり、利用のさらなる拡大が予測されている[568]。そのため、フェライト系の分別回収を確立し、含有されているクロムをさらに有効活用することが期待されている[569]。今後のクロム系スクラップの回収率向上が、ステンレス鋼のリサイクルにおける課題の一つとなっている[570]

生産量統計[編集]

第二次世界大戦後の1950年頃のステンレス鋼の生産量は、世界でおよそ1,000,000トンであった[38]。2019年現在における世界のステンレス鋼生産量は、48,081,000トンとなっている[571]。国別・地域別の生産量では、2019年時点、一位が中国、次いでインド、日本という順になっている[571]。以下に、ISSFの統計による2001年から2019年までステンレス鋼生産量変移と、2018年時の国・地域別の生産量順位を示す。

2001年–2019年間のステンレス鋼全世界生産量変移[572][573]
2018年の国・地域別ステンレス鋼年間生産量[571]
国・地域 生産量(1,000トン
中華人民共和国
26,706
インド
3,740
日本
3,283
アメリカ合衆国
2,808
韓国
2,407
フィンランド/スウェーデン/イギリス
2,285
ベルギー/オーストリア
1,754
イタリア
1,484
台湾
1,172
スペイン
969
南アフリカ
550
ドイツ
433
ブラジル
386
フランス
310
その他ヨーロッパ
151
ロシア
96

出典[編集]

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参照文献[編集]

外部リンク[編集]