内海桂子
| 内海 桂子 | |
|---|---|
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内海桂子・好江(1955年。右が内海桂子) | |
| 本名 | 安藤 良子 |
| 生年月日 | 1922年9月12日(97歳) |
| 出身地 | 東京都 |
| 血液型 | A型 |
| 言語 | 日本語 |
| 方言 | 江戸弁 |
| コンビ名 | 内海桂子・好江(1950年 - 1997年) |
| 芸風 | 都々逸、漫談、軽口 |
| 事務所 | マセキ芸能社 |
| 活動時期 | 1938年 - |
| 配偶者 | 成田常也 |
| 弟子 |
笑組 ナイツ |
| 公式サイト | プロフィール |
| 受賞歴 | |
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1958年 第4回NHK新人漫才コンクール優勝 | |
内海 桂子(うつみ けいこ、本名:安藤 良子、1922年9月12日[1] - )は、日本の芸人、漫才師、女優。漫才協会名誉会長、マセキ芸能社所属。
来歴・人物[編集]
内海好江と約半世紀に亙って音曲漫才コンビ内海桂子・好江(1950年 - 97年)を組んで人気となった。今村昌平との縁で横浜放送映画専門学院(現:日本映画大学)の専任講師も務めた。
桂子の当時の相方と好江の母親が兄弟弟子という縁で、当時14歳の好江を預けられる形でコンビを組んだ[2]。好江とは14歳差で血縁関係はない。
好江の没後は漫才協団会長として東京演芸界を率いる傍ら、最古参の現役ピン芸人として都々逸や漫談、「名鳥名木 何の木に留めた」、「○○尽くし」等の軽口もこなす。笑組、ナイツ、ロケット団ら協会所属の若手の舞台に客演したり、デーブ・スペクターらと余興で漫才をする場合もある。2011年(平成23年)8月には、あした順子とでコンビを組んで『笑点』に出演。
桂子・好江の漫才コンビ時代から時流に敏感で、舞台でタイムリーな話題を織り交ぜているのは勿論、近年は公式HPやブログを立ち上げ自らの文章で更新する(共に2012年時点で現存はするものの更新していない)などチャレンジ精神も旺盛。2010年8月からはTwitterのアカウントを取得し、自らの言葉でツイートを1日数回程度の割合で行っている(ただし、投稿をはじめとする作業はすべてマネージャーである夫が行っている)[3]。
フリーアナウンサー・大沢悠里からは実母と同年代生まれである事から「おっかさん」と頼られ、内海も現夫・成田常也からの求婚の際には「どうだかね」と相談し「いいんじゃないの、おっかさん」とアドバイスされるなど、よき関係を続けている。大沢悠里のゆうゆうワイドの投稿コーナー『お色気大賞』では、話の終わりのおちゃらかしに内海のお説教が放送される事がある[4]。
年表[編集]
- 1922年 両親の駆け落ち先の銚子市にて出生、東京市浅草で育つ。
- 1923年 関東大震災に遭遇。
- 1930年 尋常小学校3年時に、神田錦町の蕎麦屋「更科」に子守り奉公に出される。
- 1935年 坂東小三寿らの手ほどきで三味線や日本舞踊を学んでいたところ、舞台からお呼びが掛り始める。
- 1938年 高砂家と志松・雀屋〆子の〆子の産休中の代役で、と志松(山形一郎)と組み、浅草橘館で漫才初舞台。
- 1941年 と志松との間に長男誕生(20歳、事実婚)。
- 1942年 と志松とコンビ解消。三枡家好子の芸名で遊芸稼業鑑札取得。女子勤労挺身隊北支慰問班に加わり、奥満州まで巡業。
- 1945年〜 吉原で団子の売り歩きや田原町のキャバレーの女給をしつつ、時折舞台にも上がる。
- 1946年 林家染団治一門の林家染芳(後の林正二郎)とコンビを組み、長女をもうけたため婚姻届を提出したが、戦後の混乱で染芳の本籍地・広島県呉市に届かず、未婚[5]。
- 1950年 林家染団治の紹介で、夫婦漫才荒川小芳・林家染寿の娘で、当時14歳の内海好江を弟子に取り、コンビ結成。
- 1956年 猛稽古を重ねて臨んだ第1回NHK新人漫才コンクールで優勝ならず、ショックを受けた好江が睡眠薬自殺を図るが未遂に終わる。
- 1958年 第4回NHK新人漫才コンクールで漸く優勝。
- 1961年 芸術祭奨励賞受賞。
- 1980年 日本芸能実演家団体協議会功労賞表彰。
- 1982年 芸術選奨文部大臣賞受賞(漫才で初)。
- 1987年 第15回日本放送演芸大賞功労賞受賞。
- 1988年 花王名人劇場功労賞受賞。
- 1989年 紫綬褒章受章。
- 1990年 第7回浅草芸能大賞受賞。実娘と同い年で24歳年下である成田常也と事実婚生活を開始。
- 1994年 第45回放送文化賞受賞。
- 1995年 勲四等宝冠章受章。
- 1997年 好江が病死。ピン芸人に戻る。
- 1998年 リーガル天才より後継指名され、漫才協団第5代会長に就任。
- 1999年 24歳年下のマネージャー成田常也と出雲大社で結婚式を挙げ、正式に夫婦となる(77歳、戸籍上は初婚)。「棺桶担ぎ」、「墓守を雇った」と称した。
- 2001年 第1回笑芸人大賞受賞。
- 2007年 漫才協会会長職を青空球児に禅譲し名誉会長に退く。東京駅の階段で転倒、落下して手首を骨折。入院中に乳癌が発見され手術し、本復。
- 2010年 あした順子・ひろしの順子とコンビとして活動開始。コンビ名はAKB48((A)あした順子、(K)内海桂子、(B)ババア、(48)シワだらけ)[6]。
- 2010年8月 twitterを始める。
一門[編集]
- 1950年当時人気絶頂の初代内海突破にあやかって、勝手に『内海』の屋号を名乗っていたが、その後突破が低迷する反面桂子・好江の人気が出たため、突破の方から「桂子・好江はワシの弟子なんや」と言い出し、その結果内海一門の客分に迎えられた。従って獅子てんや・瀬戸わんやは弟弟子に当る。
- 直弟子に笑組、ナイツ等が居る。俳優志望だったウッチャンナンチャンの2人も、横浜放送映画専門学院在学中に桂子から漫才転向を勧められ、その後マセキ芸能社の後輩となったため、事実上弟子扱いされている。1997年の好江死去の際には、好江宅にウッチャンナンチャンの二人が弔問に訪れた。
著書[編集]
- 『転んだら起きればいいさ―女芸人の泣き笑い半生記』 主婦と生活社、1989年、ISBN 4391111500
- 『私は学校に行かれなかった―のびのび人生論』 ポプラ社、1991年、ISBN 4591037835
- 『七転び八起き人生訓―ことわざは私の“師匠”だった』 主婦と生活社、1991年、 ISBN 4391113929
- 『桂子のネジ巻き人生七十年』 PHP研究所、1992年、ISBN 4569536506
- 『ひょうたんから愛―恋文の三百通に寄り切られ』 主婦と生活社、1992年、ISBN 4391114860
- 『七年目の本気―内海桂子の「青春」』 法研、1995年、ISBN 4879541192
- 『さあ、もう一歩踏み出してみようよ』 海竜社、1998年、ISBN 4759305653
- 『桂子八十歳の腹づつみ』 東京新聞出版局、2001年、ISBN 4808307391
- 『「東京漫才」列伝』(富澤慶秀との共著) 東京新聞出版局、2002年、ISBN 4808307723
- 『悩むヒマありゃ、動きなさいよ! 死ぬまで現役、90歳!!』 牧野出版、2012年、ISBN 4895001547
- 『師匠!』集英社、2012年、ISBN 9784087814880
- 『機嫌よく暮らす―桂子師匠90歳、元気の秘密』内海桂子(著)石橋英明(監修)、マキノ出版、2013年 ISBN 9784837671930
- 『内海桂子90歳 アイアンボディの秘密』祥伝社、2013年、ISBN 9784396614607
出演歴[編集]
テレビ[編集]
バラエティ・トーク番組
- ばらえてい テレビファソラシド(1979年 - 1982年)
- 年忘れ漫才競演
- 知ればしるほど!!あおもり県(青森放送)
- ライオンのいただきます(フジテレビ)
- ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!(フジテレビ)
- マダムんむん(TBS)
- 絶対に笑ってはいけない名探偵24時(2015年12月31日、日本テレビ)
ドラマ
- 非情のライセンス 第2シリーズ 第10話「兇悪の星」(NET、1974年) - 子連れの主婦
- 続・続 事件 月の景色(1980年、NHK)
- ここまでは他人(1981年、TBS) - スエ 役
- 脱兎のごとく 岡倉天心(1985年、NHK)
- 友だち(1987年、NHK)
- 外科医有森冴子 パート1 第8話「有森クビになります」(1990年、日本テレビ)
- 春の一族(1993年、NHK) ‐ 津留川フサ
- 火曜サスペンス劇場「新任判事補シリーズ」(1994年-1996年、日本テレビ)
- 夏の一族(1995年、NHK)
- 大往生(1996年、NHK)
- 火曜サスペンス劇場 1996年殺人捜査(1996年、日本テレビ)
- 魚心あれば嫁心(1998年、テレビ東京)
- WITH LOVE(1998年、フジテレビ)
- 金曜エンタテイメント スチュワーデス刑事(1999年、フジテレビ)
- 月曜ドラマスペシャル「水上署の源さん 東京運河-信州斑尾高原連続殺人事件」(1999年2月、TBS) - 門脇美鈴
- 女子刑務所東三号棟(2000年、TBS)
- 天花(2004年、NHK) ‐ 田中サチ
- 火曜サスペンス劇場 事件記者・三上雄太(2004年、日本テレビ)
- 夫婦。 第3・4話(2004年、TBS)
- クロサギ 第7話(2006年、TBS) ‐ 玉城くら
- エラいところに嫁いでしまった!(2007年、テレビ朝日) - 山本ヨネ
- 冗談じゃない! 第6・11話(2007年、TBS) - 石野 役
- 刑事の現場(2008年) - 田中智美
- 新参者(2010年、TBS) - 亀田誠一の母親
- ラスト・ドクター〜監察医アキタの検死報告〜(2014年、テレビ東京) ‐ 川村正枝
ラジオ[編集]
- 大沢悠里のゆうゆうワイド 水曜パートナー(TBSラジオ、出演は1988年-1994年)
- 真打ち競演
- 小沢昭一の小沢昭一的こころ『漫才師・内海桂子について考える』(TBSラジオ、2010年8月23日 - 27日)
映画[編集]
- の・ようなもの(1981年、日本ヘラルド映画)
- 裸の大将放浪記(1981年)
- 長崎ぶらぶら節(2000年)
- ひとりね(2001年)
- 恋するマドリ(2007年)
- 能登の花ヨメ(2008年)
- の・ようなもの のようなもの(2016年)
MV[編集]
CM[編集]
脚注[編集]
- ^ 戸籍上は1923年1月12日。
- ^ “279号 注目の人 漫才師/内海 桂子さん”. Wendy-Net. 2019年6月19日閲覧。
- ^ “「95歳のつぶやき」が話題、内海桂子師匠がツイッターで紡ぐ“大切な日常””. oricon news (2018年8月24日). 2019年2月25日閲覧。
- ^ 「ふざけんじゃないよ! 黙って聞いてりゃいい気になって。悠里、いい加減にしろよ! 何バカな事言ってるんだよ、恥を知れ恥を。 水でもかぶって頭冷やしておいで!」と流れ、大沢が「はい、済みません」と反省したり、ごくまれに「俺が言ったんじゃないですよ」「そこまで言わなくてもいいじゃないか!」と」逆ギレするパターンなど
- ^ “内海桂子師匠が未婚のまま2人の子どもを産んだ理由”. 週刊朝日(AERA.dot) (2017年5月4日). 2019年6月19日閲覧。
- ^ 高田文夫のラジオビバリー昼ズ、ニッポン放送、2012年12月13日。
関連項目・人物[編集]
外部リンク[編集]
- マセキ芸能社によるプロフィール
- 内海桂子 (@utumikeiko) - Twitter
- 内海桂子 - NHK人物録
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