内海桂子

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内海 桂子
桂子・好江(1955年。右が内海桂子)
内海桂子・好江(1955年。右が内海桂子)
本名 安藤 良子
生年月日 (1922-09-12) 1922年9月12日(95歳)
出身地 東京都
血液型 A型
言語 日本語
方言 江戸弁
コンビ名 内海桂子・好江(1950年 - 1997年
芸風 都々逸漫談軽口
事務所 マセキ芸能社
活動時期 1938年 -2020年
配偶者  既婚
弟子 笑組
ナイツ
公式サイト プロフィール
受賞歴

1958年 第4回NHK新人漫才コンクール優勝
1961年 芸術祭奨励賞受賞
1980年 日本芸能実演家団体協議会功労賞表彰
1982年 芸術選奨文部大臣賞受賞
1987年 第15回日本放送演芸大賞功労賞受賞
1988年 花王名人劇場功労賞受賞
1989年 紫綬褒章受章
1990年 第7回浅草芸能大賞受賞
1994年 第45回放送文化賞受賞
1995年 勲四等宝冠章受章

2001年 第1回笑芸人大賞受賞

内海 桂子(うつみ けいこ、本名:安藤 良子1922年9月12日[1] - )は、日本芸人漫才師女優漫才協会名誉会長、マセキ芸能社所属。

来歴・人物[編集]

弟子の内海好江と約半世紀に亙って音曲漫才コンビ内海桂子・好江1950年 - 97年)を組んで人気となった。今村昌平との縁で横浜放送映画専門学院(現:日本映画大学)の専任講師も務めた。

好江の没後は漫才協団会長として東京演芸界を率いる傍ら、最古参の現役ピン芸人として都々逸漫談、「名鳥名木 何の木に留めた」、「○○尽くし」等の軽口もこなす。笑組ナイツロケット団ら協会所属の若手の舞台に客演したり、デーブ・スペクターらと余興で漫才をする場合もある。2011年(平成23年)8月には、あした順子とでコンビを組んで『笑点』に出演。

桂子・好江の漫才コンビ時代から時流に敏感で、舞台でタイムリーな話題を織り交ぜているのは勿論、近年は公式HPやブログを立ち上げ自らの文章で更新する(共に2012年時点で現存はするものの更新していない)などチャレンジ精神も旺盛。2010年からはTwitterのアカウントを取得し[2]、自らの言葉でツイートを1日数回程度の割合で行っている(ただし、投稿をはじめとする作業はすべてマネージャーである夫が行っている)。

フリーアナウンサー大沢悠里からは実母と同年代生まれである事から「おっかさん」と頼られ、内海も現夫・成田常也からの求婚の際には「どうだかね」と相談し「いいんじゃないの、おっかさん」とアドバイスされるなど、よき関係を続けている。大沢悠里のゆうゆうワイドの投稿コーナー『お色気大賞』では、話の終わりのおちゃらかしに内海のお説教が放送される事がある[3]

年表[編集]

林家染団治一門の林家染芳(後の林正二郎)とコンビを組み、未婚のまま長女を儲けたが、染芳がヒロポン中毒になり別離。
染芳の他、10名ほど相方を替える。

一門[編集]

  • 1950年当時人気絶頂の初代内海突破にあやかって、勝手に『内海』の屋号を名乗っていたが、その後突破が低迷する反面桂子・好江の人気が出たため、突破の方から「桂子・好江はワシの弟子なんや」と言い出し、その結果内海一門の客分に迎えられた。従って獅子てんや・瀬戸わんやは弟弟子に当る。
  • 直弟子に笑組ナイツ等が居る。俳優志望だったウッチャンナンチャンの2人も、横浜放送映画専門学院在学中に桂子から漫才転向を勧められ、その後マセキ芸能社の後輩となったため、事実上弟子扱いされている。1997年の好江死去の際には、好江宅にウッチャンナンチャンの二人が弔問に訪れた。

著書[編集]

  • 『転んだら起きればいいさ―女芸人の泣き笑い半生記』 主婦と生活社、1989年、ISBN 4391111500
  • 『私は学校に行かれなかった―のびのび人生論』 ポプラ社、1991年、ISBN 4591037835
  • 『七転び八起き人生訓―ことわざは私の“師匠”だった』 主婦と生活社、1991年、 ISBN 4391113929
  • 『桂子のネジ巻き人生七十年』 PHP研究所、1992年、ISBN 4569536506
  • 『ひょうたんから愛―恋文の三百通に寄り切られ』 主婦と生活社、1992年、ISBN 4391114860
  • 『七年目の本気―内海桂子の「青春」』 法研、1995年、ISBN 4879541192
  • 『さあ、もう一歩踏み出してみようよ』 海竜社、1998年、ISBN 4759305653
  • 『桂子八十歳の腹づつみ』 東京新聞出版局、2001年、ISBN 4808307391
  • 『「東京漫才」列伝』(富澤慶秀との共著) 東京新聞出版局、2002年、ISBN 4808307723
  • 『悩むヒマありゃ、動きなさいよ! 死ぬまで現役、90歳!!』 牧野出版、2012年、ISBN 4895001547

出演歴[編集]

テレビ[編集]

バラエティ・トーク番組

ドラマ

ラジオ[編集]

映画[編集]

MV[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 戸籍上は1923年1月12日
  2. ^ 開運!なんでも鑑定団2012年1月29日放送分。
  3. ^ 「ふざけんじゃないよ! 黙って聞いてりゃいい気になって。悠里、いい加減にしろよ! 何バカな事言ってるんだよ、恥を知れ恥を。 水でもかぶって頭冷やしておいで!」と流れ、大沢が「はい、済みません」と反省したり、ごくまれに「俺が言ったんじゃないですよ」「そこまで言わなくてもいいじゃないか!」と」逆ギレするパターンなど
  4. ^ 高田文夫のラジオビバリー昼ズ、ニッポン放送、2012年12月13日。

関連項目・人物[編集]

外部リンク[編集]