ヴィクラント (空母・2代)
ヴィクラント (空母・2代) | |
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![]() 海上公試中のヴィクラント(2021年8月4日) | |
基本情報 | |
建造所 | コーチン造船所 |
運用者 |
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艦種 | 航空母艦 |
級名 | ヴィクラント級航空母艦 |
前級 | ヴィクラマーディティヤ |
モットー |
जयेम सं युधि स्पृध (Jayema Sam Yudhi Sprdhah、 我に仇なす者を完膚なきまで打ちのめす)[3][4] |
艦歴 | |
起工 | 2009年2月28日 |
進水 | 2013年8月12日[5] |
就役 | 2022年9月2日[6][2] |
要目([5]) | |
満載排水量 | 40,662 t[1][2] |
全長 | 262.5 m[1][2] |
最大幅 |
62 m[4] 60.84 m(飛行甲板)[1] |
水線幅 | 32.5 m[1] |
吃水 | 8.4 m[1] |
機関 | COGAG方式[2] |
主機 | LM2500ガスタービンエンジン×4基[7] |
推進 | スクリュープロペラ×2軸[4] |
出力 | 120,000hp[1][2] |
速力 | 最大28ノット[1][2] |
航続距離 | 8,000海里[3][4] |
乗員 |
1,656名(うち士官196名)[3] または1,645名(うち士官196名)[4] |
兵装 | |
レーダー |
|
ヴィクラント(Vikrant)は、インド海軍の航空母艦(空母)。現在インド海軍が推進しているADS(Air Defence Ship,防空艦)計画の1番艦で、インド初の国産空母[8]である。STOBAR空母であり、同級2隻を含めた計3隻の建造が予定されている。
艦名の「Vikrant」とは先代の同名空母と同じくヒンディー語で「勇敢な」「強い」の意味である。艦のモットーも、先代から継承している[3]。
艦歴[編集]
元々は先代「ヴィクラント」の後継艦として推進されていたが、1990年頃に予算不足で立ち消えになった国産空母建造計画がベースである。建造計画が白紙になった後、先代「ヴィクラント」が退役してインドの保有空母が「ヴィラート」1隻のみとなったことによる洋上航空兵力の低下を受け、建造計画を見直した上でADS(Air Defence Ship, 防空艦)計画として復活し、IAC-1(Indigenous Aircraft Carrier 1、国産空母1号)の計画名で建造されることとなった[7]。
当初は満載排水量17,000トン程度の軽空母を建造する計画だったが、度重なる計画見直しにより最終的には満載排水量45,000tの、通常動力型としては比較的大型の空母に拡大した[9]。また当初、艦載機にはハリアー IIを想定していたが、後にMiG-29Kを搭載するSTOBAR方式の空母に設計が変更された。これはインド海軍のSTOVL機運用経験や「ヴィクラマーディティヤ」の導入経緯が影響していると言われている。
2004年に建造契約が締結され[4]、2005年4月11日からコーチの造船所で材料の切り出しが始まった。2008年に竜骨を据え付けて正式に起工する予定であったが、この時点で建造は遅れ始め、2009年2月28日に起工式が開催された[4]。「ヴィクラント」の建造は、インド海軍が2008年採択した「2015年から2030年までのインド海軍国産化計画」に基づき、コーチン造船所をはじめ200社の国内企業が建造に関与する一大プロジェクトとなった[4]。起工後、ヴィクラントは2010年に進水、2013年の就役を予定していた[4]が、造船所のインフラが不十分なことや、ロシア製鋼材の製作遅延による国産品への代替と生産ラインの用意、品質のばらつき[3]、さらに減速ギヤボックスをはじめとする各種搭載機器の不調[7] などにより、建造計画の大幅な遅延が発生した。2012年6月には、他の船の建造のためドックを空ける必要があり、建造途中でドックより引き出された。2013年8月12日にヴィクラントの進水式が行われた[10]。 しかし、この時点では飛行甲板などの艦上構造物はおろか船体後部も未完成であったため、隣の整備用ドックに移されて建造が進められ、2015年6月10日に改めてドックアウトした。以降、艤装作業が進められたが、当初は326億1,000万ルピーだった建造費が2015年半ばに6倍の1,934億1,000万ルピーにまで高騰している[7]。艤装品の調達に時間がかかり[1]、2014年には2019年の就役に延長された。その後もロシア製艤装の調達遅れから、2016年11月の会計検査院の見解では、完成が2023年まで延びる可能性が指摘された[3][4]。
2019年11月には追加資金の投入で工程の加速が図られ[4]、12月に乾ドックで行われる作業が完了した[11]。2020年2月には艤装の工事が完了し[4]、IAC-P71の主要な装備艤装などのマイルストーンを達成したとコーチン造船所は発表した。また同時に、主要なシステム等の試験を進めており、2020年末に海上公試を行うと発表されたが[11]、予定は順延された。2021年8月4日、南部ケーララ州沖で試験航行が開始され[12]、2022年の就役が予定されているが、配備先となるアンドラ州のヴァルシャ海軍基地の竣工が間に合わないため、付近の造船所の埠頭を仮の定係地にする予定である[1]。
結局、ヴィクラントは当初の予定から約10年経過した2022年9月2日に就役した[6][2]。建造費は2,000億ルピーで、就役式でインドの首相ナレンドラ・モディは海軍力を高めるため予算増額など「あらゆることに取り組む」と述べた[13]。
設計[編集]
ヴィクラントの設計は、インド海軍設計局[4] が、フランスのDCNS社とイタリアのフィンカンティエリ社の協力のもと行われた[1]。フィンカンティエーリ社は、イタリア海軍の軽空母「カブール」やイギリス海軍のクイーン・エリザベス級航空母艦の設計も行っており、これらに似たデザインとなっている[5][7]。
艦体[編集]
甲板の数は、艦底から艦橋まで14層[4] である。当初、鋼材はロシア製のAB/Aグレード鋼を用いる予定だったが、納入の遅れから国防材料工学研究所とSteal Authority of India社が共同で開発した鋼材設備で同レベルの鋼材を製造することとなり、ヴィクラントはインド国産の鋼材のみで建造される初の軍艦になる[4]。艦首には、接岸作業用のスポンソンがある[2]。煙突は艦橋と一体化しており、外舷側に傾斜している[2]。
機関[編集]
主機は、LM2500ガスタービンエンジンを4基搭載する。ガスタービンエンジンはイタリアの造船メーカーフィンカンティエリ社が設計した航空母艦でも採用されており、影響が指摘されている[4]。なお、LM2500はインドでライセンス生産されたものを搭載する[7]。
航空艤装[編集]
艦首に発艦用の傾斜角14度のスキージャンプ[2]、船体後方から左前方へ伸びる着艦用のアングルド・デッキにアレスティング・ギア、右舷のアイランド前後にデッキサイド式エレベーターを1基ずつ装備している。なお、6カ所のヘリコプター発着スポットをロシア海軍と同様に塗装している。
2007年10月時点におけるの完成予想図によると船体左後方から右前方に向けて伸びる発艦レーンと、アングルド・デッキがX字型に交差しており、他国の空母とは異なる珍しいレイアウトを採用している。インド海軍とフィンカンティエーリがなぜこのような設計を採用したのか不明だが、このレイアウトはロシア製の「ヴィクラマーディティヤ」でも同じ配置を採用している[7]。発艦と着艦レーンが交差する場合、同時に発艦と着艦を行う事が困難になり、非常にタイトな航空管制が必要になるのではないかと懸念されるが、緊急時でもない限りは発艦と着艦を同時に行うことはない(一方のレーンで作業中は、もう一方のレーンを駐留場とすることで障害物をなくして事故を防ぐ)。就役時には、スキージャンプに向かって黄色の発艦レーンを2本施した[2]。
エレベーターは、第4世代ジェット戦闘機のなかでは中型のMiG-29Kが主翼を折り畳んだ寸法に合わせてあるため、横幅が狭く搭載機の大型化に対応できない可能性が指摘されている[1][5]。ただ、デッキサイドであるため寸法以上の機体も輸送可能であり、インボート式の「ヴィクラマーディティヤ」に比べれば発展性はある。幅についてもMiG-29Kの格納時の全幅は7.8mと格納時のSu-33の7.4mより長いため、ある程度対応可能である。
航空艤装はロシアのネフスキー設計局が設計した。アレスティング・ギアはサンクトペテルブルクのプロレタリア工場が製造した、ロシア海軍の「アドミラル・クズネツォフ」や、ロシアからインドが購入した「ヴィクラマーディティヤ」[8]と同型の制動装置である。制動ワイヤーの最大着陸速度は240km、制動距離は90-105mで、「ヴィクラマーディティヤ」と同じく3列を搭載する[4]。このほか、格納庫のターンテーブルや格納庫天井の整備用クレーンもロシア製である[4]。
艦載機[編集]
艦載機は、MiG-29K/MiG-29KUB艦上戦闘機20機とKa-28級艦載ヘリコプター10機を搭載する[7] が、最大で40機まで搭載可能とされる[4]。
固定翼機[編集]
MiG-29Kは最新のRD-33MKエンジンと対地・対艦攻撃が可能なN010「ジュークME」火器管制レーダーを搭載する改良型のMiG-29K(9.13)で、ヴィクラマーディティヤに搭載されている。なお、MiG-29KUBはMiG-29K(9.13)の複座型のMiG-29KUB(9.47)である。しかし、インド海軍のMiG-29K/KUBは電子機器に西側系の機器を搭載予定だったが、ロシアのクリミア侵攻に伴いロシアへの輸出禁止措置が取られたため、インドが部品と機体を輸入して、ロシア人技術者がインド国内で機器を設置するという折衷案が取られている[3][4]。この結果、機器が稼働するかどうかが不透明となった上に、MiG-29Kの性能自体(特にエンジンとフライ・バイ・ワイヤ)にもインド海軍が不満を持っているという情報がある[3][4]。
ヴィクラントにはMiG-29Kに加えヒンドスタン航空機(HAL)国産のテジャスMk1の艦載機型を搭載する予定だったが、同機は開発遅延と重量過大で2016年末に不採用となったため[3][14]、MiG-29Kと複座型のMiG-29KUBのみが搭載される予定である。テジャスMk1は2019年予算で8機(単座4機・複座4機)が発注されていたが、これらが不採用になったMk1なのか改良型なのかは不明である。
これらの問題から、インド海軍はさらに別の戦闘機に艦載機を変更することを模索しているが、イギリスのタイフーン、フランスのラファール[8]、アメリカ合衆国のF/A-18 スーパーホーネット[8]を次期搭載機として希望していると言われる。インドのこの希望により、アメリカ海軍航空システム・コマンドは2020年12月21日にパタクセント・リバー海軍航空基地でF/A-18Eによるスキージャンプ台からの発艦実験を行った[15][16]。また、早期警戒機には固定翼機のE-2Dが予定され2000年代末には購入も検討されたが、スキージャンプ式に決まったため導入は断念された[4]。
回転翼機[編集]
ヘリコプターは、Ka-31早期警戒ヘリコプターやKa-28対潜哨戒ヘリコプター、Ka-28の後継として2014年に16機が輸入されたS-70B対潜哨戒ヘリコプター[4]、さらに旧式のMk.42シーキングを搭載する。シーキングは旧式機だが、対潜哨戒型のMk.42Bにはシーイーグル空対艦ミサイルの発射能力がある[4]。なお、HALの国産ヘリコプターであるドゥルーブも対潜哨戒型を開発中だが、ローター折畳機構の不備や作戦能力の低さからインド海軍は採用していない[3][4]。
電子装備[編集]
対空レーダーには、イタリア海軍の「カヴール」にも搭載されているRAN-40Lフェーズドアレイレーダーが予定されている[4] ほか、艦橋にイスラエル製のEL/M-2248 MF-STAR多機能レーダーの搭載が予定されていた[5]。就役時にはRAN-40Lレーダーは搭載したが、MF-STAR多機能レーダーは未搭載である[2]。
兵装[編集]
搭載システム、搭載兵器に関しても紆余曲折がありはっきりしていない。当初はイタリア製のオート・メラーラ76mm単装砲 4門を搭載し[4]、イタリア海軍と同様のダルド・システムをCIWSに用いると予想されていた[5]。進水時に公表された完成予想CGでは、76mm単装砲は2基に減らされ、バラク短SAM(空対艦ミサイル)のVLS(16セル×2基)を搭載していた。
就役時点では、76mm単装砲はAK-630 30mmCIWS 4門[1] に変更され、さらにインド・イスラエル共同開発のバラク8中SAMのVLS(16セル×2基)が追加された。
比較表[編集]
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船体 | 基準排水量 | 不明 | 37,680 t | |
満載排水量 | 40,862 t | 45,500 t | 43,182 t | |
全長 | 262.5 m | 284 m | 261.5 m | |
水線幅 / 最大幅 | 32.5 m / 60.84 m | 不明 / 60 m | 31.5 m / 64.36 m | |
主機 | 機関 | ガスタービン | 蒸気タービン | 原子炉+蒸気タービン |
方式 | COGAG | ギアード・タービン | ||
出力 | 120,000 ps | 180,000 ps | 83,000 ps | |
速力 | 28 kt | 30 kt | 27 kt | |
兵装 | 砲熕 | AK-630 CIWS×4基 | 20mm単装機関砲×8基 | |
ミサイル | バラク-8 VLS×32セル | バラク-8 VLS×48セル | アスター15VLS×32セル | |
SADRAL6連装発射機×2基 | ― | |||
航空運用機能 | 搭載機数 | 40機前後 | 30機前後 | 最大40機 |
形式 | STOBAR | CATOBAR | ||
飛行甲板 | スキージャンプ式+アングルド・デッキ | アングルド・デッキ | ||
カタパルト | ― | 蒸気式×2基 | ||
JBD | 2基 | |||
制動索 | 3索 | |||
エレベーター | 2基 |
後続艦[編集]
2020年には、2隻目の航空母艦の建造計画が発表された。艦名は「ヴィシャル」が予定され、6万5,000tのカタパルト搭載艦と報じられているが、就役は2030年代と予定されている[1]。
出典[編集]
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 「写真特集 世界の空母2020」『世界の艦船』第929集(2020年8月特大号)海人社 p.52
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 「インド初の国産空母「ヴィクラント」就役!」『世界の艦船』第983集(2022年11月号)海人社 pp.53-55
- ^ a b c d e f g h i j 小泉悠:インド新空母「ヴィクラント」のメカニズム『世界の艦船』863集(2017年8月特大号)海人社
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa 小泉悠:完成間近のインド新空母の「ヴィクラント」『世界の艦船』第929集(2020年8月特大号)海人社 pp.114-117
- ^ a b c d e f 「インド初の国産空母「ヴィクラント」進水!」『世界の艦船』787集(2013年11月特大号)海人社
- ^ a b “インド初の国産空母が就役、数少ない複数空母の保有国に”. CNN. (2022年9月2日) 2022年9月2日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 井上孝司「世界の新型軍艦総覧②空母」『世界の艦船』867集(2017年10月特大号)海人社
- ^ a b c d 「インド初の国産空母 来月2日就役/中国進出を警戒 海軍増強」『読売新聞』朝刊2022年8月27日(国際面)
- ^ Farley, Robert. “An Update on India’s Aircraft Carrier Aspirations” (英語). thediplomat.com. 2022年9月2日閲覧。
- ^ Kiran, Manjunath (2013年8月12日). “インド初の国産空母、「節目」の進水式 中国けん制”. AFPBB News (フランス通信社) 2015年12月11日閲覧。
- ^ a b “India's first Indigenous Aircraft Carrier 'ready' for basin trials in September”. The New Indian Express. 2020年8月22日閲覧。
- ^ “インド初の国産空母、試験航行開始 海軍力強化で中国に対抗”. AFP (2021年8月6日). 2021年8月11日閲覧。
- ^ 「インドで初の国産空母就役」『読売新聞』朝刊2022年9月3日(国際面)
- ^ Navy rules out deploying ‘overweight’ Tejas on aircraft carriers
- ^ “Boeing Super Hornet Demonstrates Ski-jump Launch Capability”. ボーイング. (2020年12月21日) 2022年1月29日閲覧。
- ^ 井上孝司「航空最新ニュース・海外軍事航空 F/A-18Eでスキージャンプ発艦試験」『航空ファン』通巻819号(2021年3月号)文林堂 P.115
参考文献[編集]
- 柿谷哲也『世界の空母』ISBN 4-87149-770-4
- アンドレイ・V・ポルトフ「脚光集めるインドの空母計画 ゴルシコフ改造艦と国産防空艦」『世界の艦船』
658号(2006年)94-99頁
- 写真特集「世界の軽空母ラインナップ」『世界の艦船』682号(2007年)