ハント級駆逐艦

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ハント級駆逐艦
HMS タインデール
HMS タインデール ハント級 Type I
基本情報
建造所 ジョン・ブラウン・アンド・カンパニー
Cammell Laird
Fairfield Shipbuilding and Engineering Company
ホーソン・レスリー
Scotts Shipbuilding and Engineering Company
Alexander Stephen and Sons
Swan Hunter
ジョン・アイ・ソーニクロフト・アンド・カンパニー・リミッテッド
J. Samuel White
ヴィッカース・アームストロング
ヤーロウ・シップビルダーズ
運用者  イギリス海軍 (72隻)
 ギリシャ海軍 (7)
 ポーランド海軍 (3)
 ノルウェー海軍 (3)
Free French Ensign 自由フランス海軍 (1)
第二次大戦終結後に受領した国
 西ドイツ海軍 (2)
 エクアドル海軍 (2)
 エジプト海軍 (2)
 デンマーク海軍 (1)
 イスラエル海軍 (1)
 インド海軍 (1)
建造期間 1939年 - 1943年
就役期間 1940年1963年
建造数 86隻 (うち23隻喪失)
要目
要目はType IType IIType IIIVType IVの各節を参照
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ハント級駆逐艦は、第二次世界大戦中にイギリス海軍が運用した護衛駆逐艦である。

概要[編集]

ハント級は大量生産に向いた低コストの小型駆逐艦で、当初は魚雷装備を持たずUボートに対抗するための装備に重点がおかれていた。しかし、対艦戦闘での打撃力不足からⅢ型からは魚雷発射管が装備されるようになった。時期により改良された4タイプが建造された。英本土周辺や地中海の護衛作戦に大きな役割を果たした。

計画[編集]

背景[編集]

第二次世界大戦前の1938年、イギリス海軍は2種類の駆逐艦を必要としていた、一つは大型の艦隊型駆逐艦で、もう一つが輸送船団の護衛を行うための護衛駆逐艦であった。当時のイギリス海軍は戦争時の護衛艦として、低速ではあるが対空・対潜能力に優れたスループ第一次世界大戦時に建造した旧式駆逐艦を改造した高速護衛艦を用いる予定であった。しかし、当時新型の艦隊型駆逐艦の建造状況は年に9隻という状況であったため旧式駆逐艦の代替が追いつかず、護衛艦として改装できる旧式駆逐艦にも限度があった。そのためイギリス海軍は、艦隊型駆逐艦とスループの中間に当たる艦として低コストな小型高速護衛艦を検討し始めた。これが後のハント級駆逐艦である[1]

設計[編集]

当時駆逐艦設計部門長であったコール造船官は「このような艦は安価にならず、砲兵装の供給不足も起きているため、最初の艦が就役するのは最初の設計図が出来てからから2年半はかかる」と指摘したものの設計作業は進み、1938年9月には「QF 4インチ連装両用砲」2基と12.7mm4連装機銃2基を搭載した25ノット艦案、加えて4連装魚雷発射管を1基搭載した30ノット艦案の2つが固まった。両案は悪天候時にも航洋性を保つため、フィンスタビライザーの搭載が予定されていた[2]

同年9月28日には30ノット案を元に両用連装砲3基とし魚雷発射管を取りやめる認可が軍令部長によって裁可され、改設計案がまとめられた。しかしこの改設計案を見た艦艇設計局のグッドオール局長は全長を83m、建造費を当時建造中であったJ級K級駆逐艦並の39万ポンドに抑え、合わせて兵装と航続力についても再検討するよう命じた。この結果航続力は就役後に航続力不足に悩まされるほど必要最低限なレベルに削減されたが、ソナーや爆雷の装備、弾薬量の増加、乗員増加によるスペース確保等の追加要求により最終的な予定建造費は40万ポンドまで膨らんだ[2]。この時点での計画兵装は4インチ連装両用砲3基、12.7mm4連装機銃2基、爆雷投射機2基、投下軌条1条、爆雷20個であり、18,000馬力で最大速力29ノットであった[3]

許容された問題点[編集]

設計案を確認する為に行われた模型による水槽実験では、船体抵抗が予想以上に大きく根本的な設計をやり直す恐れが出た。再計算が行われた結果、出力と速度関係問題はなくプロペラ形状の調整で当初の性能が発揮されること、加えて波の打撃による船体疲労も許容範囲であり再設計は必要ないことが確認された。この時主設計者のバッサン造船官は、「本級は他の全駆逐艦より勝る船体形状である」と語ったという[4]。1939年1月には対空兵装の強化として、12.7mm4連装機銃に変えて「QF 2ポンド4連装対空砲」を追加搭載し、爆雷数も30個に増加した。更に、これらによる速度低下を防ぐため出力は19,000馬力へと引き上げられた[3][4]。その結果復元性が悪化し乗員スペースが減少、更に建造費が2万ポンド増加するなどの問題が現れたが、これらも許容範囲内とされたまま、ハント級の設計案は1939年2月8日に認可されることとなった[4]

認可された同日に設計図は5つの造船所に送られたが、造船所は「設計案の機関重量270トンや船体重量460トンは軽すぎであり、それぞれ290トンと475トンに増大するべきだ」と海軍側に指摘した。この事態は海軍側でも認識されており、グッドオール局長自身の見積もりでも船体重量が487トン程度になると考えられていたが、製鋼所で鋼材を公称寸法に加工できれば重量削減が可能であるという指摘があったため、承認を行っていた。また造船所はハント級の建造費についても、「(当時J級・K級より高額な建造費となっていた)L級駆逐艦よりトン単価が高くなる」と指摘した。海軍側と造船所の調整により使用する鋼材をD鋼に変える等の対策が行われ、建造費も先述の対策や量産効果もあって39万7000ポンドまで減少することとなった。これらにより 1939年3月にはハント級の設計問題は解決したという合意が海軍側と造船所でなされた[5]

各種艦型[編集]

Type I[編集]

Ⅰ型は1939年6月に9隻が起工されたのを皮切りに建造が始まり、39年末の時点で建造計画数は59隻にまで達していた。第二次世界大戦が開戦した時点では18隻が起工しており、1番艦「アサーストン」は1939年12月12日に進水、翌年2月に公試を始めた。ところがこの公試の結果艦各部の重量が超過した結果重心が上昇しており、復元性が危険な域まで達していたことが分かった。アサーストン以外の22隻は復元性改善対策の改正内容決定するまで建造中止とされたが[6]、砲兵装を維持したまま復元性改善対策を行うには工程が進みすぎていた[7]

戦時中の緊急対策としてアサーストンは4インチ連装両用砲は1基降ろされて上部の構造物が低くされると共にバラストを搭載した[6]。この結果満載排水量が増加し速度も低下したが復元性は改善され[7]、アサーストンは1940年3月に就役。残りの22艦も同様な改正を含めて建造が再開され、1941年末までに23隻が完成した[8]

Type I
基本情報
建造数 20隻
要目
排水量 1,050英トン (1,070 t) 標準
1,340英トン (1,360 t) 満載
全長 85 m (278 ft 10 in)
8.8 m (28 ft 10 in)
吃水 3.27 m (10 ft 9 in)
推進器 2 Admiralty 3-drum boilers
2軸 パーソンズ ギヤードタービン, 19,000 shp
速力 27.5 ノット (50.9 km/h)
26 kn (48 km/h) full
航続距離 3,500 nmi (6,500 km) at 15 kn (28 km/h)
1,000 nmi (1,900 km) at 26 kn (48 km/h)
乗員 146名
兵装

QF 4インチ Mk. XVI 両用砲×4門(Mk. XIX 2連装砲架に搭載)
QF 2ポンド対空砲 Mk. VIII×4門(MK.VII 4連装銃架に搭載)
エリコン 20mm機関砲×2門(P Mk. III 単装銃架に搭載)

爆雷×40発(爆雷投射機×2、爆雷投下軌条×1)
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  • アサーストン英語版 (Atherstone)
    • 建造: Cammell Laird, Birkenhead
    • 起工: 1939年6月8日
    • 進水: 1939年12月12日
    • 竣工: 1940年3月23日
    • 経歴: 1945年除籍 、1957年11月25日解体
  • バークレイ英語版 (Berkeley)
    • 建造: Cammell Laird, Birkenhead
    • 起工: 1939年6月8日
    • 進水: 1940年1月29日
    • 竣工: 1940年6月6日
    • 経歴: 1942年8月19日爆撃を受け大破沈没
  • キャティストック英語版 (Cattistock)
    • 建造: ヤーロウ, Birkenhead
    • 起工: 1939年6月9日
    • 進水: 1940年2月22日
    • 竣工: 1940年7月22日
    • 経歴: 1946年3月26日除籍、1957年7月2日解体
  • クリーブランド英語版 (Cleveland)
    • 建造: ヤーロウ, Scotstoun
    • 起工:1939年7月7日
    • 進水:1940年4月24日
    • 竣工:1940年9月18日
    • 経歴: 1945年9月除籍、1957年解体
  • エグリントン英語版 (Eglinton) HMS
    • 建造: Vickers-Armstrong, Tyne
    • 起工:1939年6月8日
    • 進水:1939年12月28日
    • 竣工:1940年8月28日
    • 経歴:1945年売却、1956年5月28日解体
  • エクスモア英語版 (Exmoor)
    • 建造: Vickers-Armstrong, Tyne
    • 起工:1939年6月8日
    • 進水:1940年1月25日
    • 竣工:1940年11月1日
    • 経歴: 1941年2月25日にローストフトでSボートS-30の攻撃により沈没。
  • ファーニー英語版 (Fernie)
    • 建造: John Brown & Company, Clydebank
    • 起工:1939年6月8日
    • 進水:1940年1月9日
    • 竣工:1940年5月29日
    • 経歴: 1945年から1947年まで標的艦。1947年除籍。1956年11月7日解体
  • ガース英語版 (Garth)
    • 建造: John Brown & Company, Clydebank
    • 起工:1939年6月8日
    • 進水:1940年2月14日
    • 竣工:1940年7月1日
    • 経歴: 1945年12月除籍、1958年8月15日解体
  • ハンブルドン英語版 (Hambledon)
    • 建造: Swan Hunter, Wallsend
    • 起工:1939年6月8日
    • 進水:1939年12月12日
    • 竣工:1940年6月8日
    • 経歴: 1945年12月除籍、1958年2月4日解体
  • ホルダーネス英語版 (Holderness)
    • 建造: Swan Hunter, Wallsend
    • 起工:1939年6月29日
    • 進水:1940年2月8日
    • 竣工:1940年8月10日
    • 経歴: 1946年5月20日除籍、1956年11月20日解体
  • コッツウォルド英語版 (Cotswold)
    • 建造: ヤーロウ, Scotstoun
    • 起工:1939年10月11日
    • 進水:1940年7月18日
    • 竣工:1940年11月16日
    • 経歴: 1946年6月29日除籍、1957年9月11日解体
  • コッテスモア英語版 (Cottesmore)
    • 建造: ヤーロウ, Scotstoun
    • 起工:1939年12月12日
    • 進水:1940年9月5日
    • 竣工:1940年12月29日
    • 経歴: 1946年2月28日に除籍
元イギリス鑑のHMS メンディップだったエジプトのイブラヒム・アル=アワル, 1956年にイスラエルに鹵獲されINS ハイファとなった。
  • メンディップ (Mendip)
    • 建造: Swan Hunter, Wallsend
    • 起工:1939年8月10日
    • 進水:1940年4月9日
    • 竣工:1940年10月12日
    • 経歴: 1946年5月20日除籍。1947年に中華民国海軍に売却され、"リン・フー"と呼ばれた。1949年にエジプト海軍英語版に売却され、"モハメド・アリ・エル・ケビル"と呼称され、1951年に"イブラヒム・アル=アワル"に改名された。第二次中東戦争時の1956年10月31日、イスラエル海軍により鹵獲され、"INS ハイファ"と呼ばれるようになった。1968年に標的艦となり、ガブリエル対艦ミサイルにより沈没した。
  • メイネル英語版 (Meynell)
    • 建造: Swan Hunter, Wallsend
    • 起工:1939年8月10日
    • 進水:1940年6月7日
    • 竣工:1940年12月30日
    • 経歴: 1945年9月11日から1946年12月まで標的艦。1954年に除籍。エクアドルに売却され、"Presidente Velasco Ibarra"と呼ばれた。
  • ピッチレイ英語版 (Pytchley)
    • 建造: Scotts, Greenock
    • 起工:1939年7月26日
    • 進水:1940年2月13日
    • 竣工:1940年10月23日
    • 経歴: 1946年8月除籍、1956年12月1日解体
  • クァントック英語版 (Quantock)
    • 建造: Scotts, Greenock
    • 起工:1939年7月26日
    • 進水:1940年4月22日
    • 竣工:1941年2月6日
    • 経歴: 1945年12月除籍。1954年にエクアドルに売却され、"Presidente Alfaro"と呼ばれた。
  • クォーン英語版 (Quorn)
    • 建造: J. Samuel White, Cowes
    • 起工:1939年7月26日
    • 進水:1940年3月27日
    • 竣工:1940年9月21日
    • 経歴: ノルマンディー上陸作戦時の1944年8月2日、ドイツ軍の爆薬搭載モーターボートの攻撃により沈没。
  • サウスダウン英語版 (Southdown)
    • 建造: J. Samuel White, Cowes
    • 起工:1939年8月22日
    • 進水:1940年7月5日
    • 竣工:1940年11月8日
    • 経歴: 1945年9月8日から1946年まで標的艦。1946年5月22日除籍、1956年11月1日解体
  • タインデール英語版 (Tynedale)
    • 建造: Stephens, Linthouse
    • 起工:1939年7月27日
    • 進水:1940年6月5日
    • 竣工:1940年12月2日
    • 経歴: 魚雷による攻撃を受け1943年12月12日に沈没。
  • ワッドン英語版 (Whaddon)
    • 建造: Stephens, Linthouse
    • 起工:1939年7月27日
    • 進水:1940年7月16日
    • 竣工:1941年2月28日
    • 経歴: 1945年10月除籍、1959年4月5日解体

Type II[編集]

Ⅰ型に比べ戦時緊急計画で対空火力を増強したもの。

Type II
基本情報
建造数 37隻
要目
排水量 1,050 英トン (1,070 t) 標準
1,430 英トン (1,450 t) 満載
全長 85.3 m (279 ft 10 in)
9.6 m (31 ft 6 in)
吃水 2.51 m (8 ft 3 in)
推進器 2 Admiralty 3-drum boilers
2軸 パーソンズ ギヤードタービン, 19,000 shp
速力 27 ノット (50 km/h)
25.5 kn (47.2 km/h) full
航続距離 3,600 nmi (6,700 km) at 14 kn (26 km/h)
乗員 164名
兵装

QF 4インチ Mk. XVI 両用砲×6門(Mk. XIX 2連装砲架に搭載)
QF 2ポンド対空砲 Mk. VIII×4門(MK.VII 4連装銃架に搭載)
エリコン 20mm機関砲×2門(P Mk. III 単装銃架に搭載)

爆雷×110発(爆雷投射機×2、爆雷投下軌条×3)
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Type III[編集]

戦訓により魚雷発射管を装備したもの。

Type III
基本情報
建造費 352,000ポンド[9]
建造数 27隻
要目
排水量 1,050 英トン (1,070 t) 標準
1,435英トン (1,458 t) 満載
全長 85.3 m (279 ft 10 in)
10.16 m (33 ft 4 in)
吃水 3.51 m (11 ft 6 in)
推進器 アドミラルティ式重油専焼三胴型水管缶2基
+パーソンズギヤード・タービン2基2軸推進, 19,000 shp
速力 27 ノット (50 km/h)
25.5 kn (47.2 km/h) full
航続距離 2,350 nmi (4,350 km) at 20 kn (37 km/h)
乗員 168名
兵装

QF 4インチ Mk. XVI 両用砲×4門(Mk. XIX 2連装砲架に搭載)
QF 2ポンド対空砲 Mk. VIII×4門(MK.VII 4連装銃架に搭載)
エリコン 20mm機関砲×2門(P Mk. III 単装銃架に搭載)
• 21 in (533 mm) 魚雷発射管×3基

爆雷×110発(爆雷投射機×4基、爆雷投下軌条×3基)
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  • エアデール (Airedale)
  • アルブライトン (Albrighton)
  • アルデナム (Aldenham)
  • ベルヴォア (Belvoir)
  • ブリーン (Blean)
  • ブリーズデール (Bleasdale)
  • ボゥルブローク (Bolebroke)
  • ボーダー (Border) - ギリシャ海軍に貸与され、アドリアスと改名
  • カテリック (Catterick)
  • ダーウェント (Derwent)
  • イーストン (Easton)
  • エッゲスフォード (Eggesford)
  • エスクデール (Eskdale)
  • グレイスデール (Glaisdale)
  • ゴースランド (Goathland)
  • ハルドン (Haldon) - 自由フランス海軍に譲渡され、ラ・コンバタントと改名
  • ハザーリー (Hatherleigh)
  • ヘイドン (Haydon)
  • リンボーン (Limborne)
  • メルブレーク (Melbreak]
  • モドベリー (Modbury)
  • ペニラン (Penylan)
  • ロックウッド (Rockwood)
  • スティーブンストーン (Stevenstone)
  • タリィボント (Talybont)
  • タナトサイド (Tanatside)
  • ウェンズレイデール (Wensleydale)


Type IV[編集]

ソーニクロフト社の独自設計。

Type IV
基本情報
建造数 2隻
要目
排水量 1,175 英トン (1,194 t) 標準
1,561 英トン (1,586 t) full load
全長 90.22 m (296 ft 0 in)
9.6 m (31 ft 6 in)
吃水 2.36 m (7 ft 9 in)
推進器 2 Admiralty 3-drum boilers
2軸 パーソンズ ギヤードタービン, 19,000 shp
速力 26 ノット (48 km/h)
25.5 kn (47.2 km/h) full
航続距離 950 nmi (1,760 km) at 25 kn (46 km/h) (Brecon)
1,175 nmi (2,176 km) at 25 kn (46 km/h) (Brissinden)
乗員 170名
兵装

QF 4インチ Mk. XVI 両用砲×6門(Mk. XIX 2連装砲架に搭載)
QF 2ポンド対空砲 Mk. VIII×4門(MK.VII 4連装銃架に搭載)
エリコン 20mm機関砲×2門(P Mk. III 単装銃架に搭載)
ヴィッカース .50口径機関銃×4挺(Mk.V 2連装銃架に搭載。後にエリコン 20mm機関砲×4門に換装)
• 21 in (533 mm) 魚雷発射管×3基

爆雷×40発(爆雷投射機×2、爆雷投下軌条×1)
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  • ブレコン (Brecon)
    • 起工: 1941年2月27日
    • 進水: 1942年6月27日
    • 竣工: 1942年12月18日
    • 経歴: Paid off 4 December 1945 and broken up on 17 September 1962 at Faslane.
  • ブリッセンデン (Brissenden)
    • 起工: 1941年2月28日
    • 進水: 1942年9月15日
    • 竣工: 1943年2月12日
    • 経歴: Paid off 19 June 1948 and broken up on 3 March 1965 at Dalmuir.


脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 世界の艦船編集部 『世界の艦船 増刊第39集 「イギリス駆逐艦史」』 海人社、1986年8月。
  • 『歴史群像太平洋戦史シリーズVol.43「松型駆逐艦」』 学研、2003年11月。ISBN 4-05-603251-3
    • 大塚好古 『【特別企画①】大量建造された英米の新造護衛駆逐艦』。
  • M.J.ホイットレー 『第二次大戦駆逐艦総覧』 岩重多四郎(訳)、大日本絵画、2000年ISBN 4-499-22710-0

関連項目[編集]