ベイ級フリゲート

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ベイ級フリゲート
HMS Bigbury Bay (K606) IWM FL 2044.jpg
基本情報
艦種 フリゲート
運用者  イギリス海軍
 ポルトガル海軍
 フィンランド海軍
就役期間 イギリス 1945年 - 1971年
同型艦 26隻
前級 リバー級
準同型艦 ロック級
次級 41型 (レパード級)
61型 (ソールズベリー級)
要目
基準排水量 1,600トン
満載排水量 2,420トン
全長 93.57 m
最大幅 11.76 m
吃水 3.89 m
ボイラー 水管ボイラー×2缶
主機 レシプロ蒸気機関
推進器 スクリュープロペラ×2軸
出力 5,500馬力
速力 20.25ノット
航続距離 7,000海里 (15kt巡航時)
燃料 重油730トン
乗員 157名
兵装45口径10.2cm連装高角砲×2基
56口径40mm連装機銃×2基
・56口径40mm単装機銃×2基
70口径20mm単装機銃×2基
ヘッジホッグ対潜迫撃砲×1基
爆雷×50発
FCS ・Mk.VI測距方位盤
AFCC射撃盤
レーダー ・291型 早期警戒用
293型 目標捕捉用
・285型 射撃指揮用
ソナー 探信儀 (ASDIC)
電子戦
対抗手段
短波方向探知機(HF/DF)
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ベイ級フリゲート(ベイきゅうフリゲート、英語: Bay-class frigate)は、イギリス海軍フリゲートの艦級。ロック級をもとに、対潜兵器と引き換えに対空兵器を強化した防空艦仕様の派生型である[1][2][3]

来歴[編集]

第二次世界大戦の勃発に伴う護衛艦のニーズ増大に対応するため、イギリス海軍は、戦前から建造されていたブラックスワン級スループハント級駆逐艦に加えて、まず沿岸護衛艦としてフラワー級コルベット、ついで航洋護衛艦としてリバー級フリゲート、これを元に急速大量建造に対応したロック級フリゲートと、戦時量産に対応した護衛艦の建造を進めてきた[2][3]

1943年3月1日の将来建艦委員会(Future Building Committee)において、戦術・幕僚業務課長(Director of Tactical and Staff Duties Division, DTSD)は、対日戦への投入を想定して、リバー級とロック級を防空艦に改装する計画の立案を指示された。極東では、潜水艦の脅威に対しては既存の護衛艦で十分に対処できると見積もられていた一方、経空脅威への対処は不十分と考えられたためである[3]

1943年4月26日には幕僚要求事項(TSD 2546/43)が作成されたが、その後も検討が重ねられ、1944年6月、ロック級を元にした改設計案(TSD 3122/44)として認可された。1944年5月には、すでに発注済だったロック級30隻を防空艦に変更するよう発注がなされた。これによって建造されたのが本級である[3]

設計[編集]

上記の経緯より、基本設計はロック級とほぼ同一となっており、実際、必要時にはロック級と同様の対潜艦として再改装できるように配慮されていた。ただしレーダー関連の機器室がスペースを取るため、上部構造物は拡大されている[3]

レーダーとしては、早期警戒用の291型レーダー目標捕捉用の293型レーダーが搭載されている。293型レーダーの搭載に伴い、これで捕捉した目標情報を射撃指揮に直接活用するためのTIU-2の専用区画としてTIR(Target Indication Room)が設置された。レーダーピケット艦を兼任することも検討されたものの、航空管制室(Aircraft Direction Room)を設ける余地がなかったため断念された[3]

砲熕兵器としては、当初計画ではレーダー管制式の56口径40mm連装機銃を主兵装とすることが検討されていたが、新型の信管調定機を付した4インチ砲のほうが優れていると判断され、艦首尾に45口径10.2cm砲(QF 4インチ砲Mk.XVI)を連装高角砲架Mk.XIXと組み合わせて1基ずつ配することとなった。射撃指揮装置としては、285型レーダー装備のMk.VI測距方位盤と、対水上用のAFCC射撃盤が搭載された。なおこの測距方位盤はスループ向けとして開発されたものであり、艦隊駆逐艦向けのMk.VI両用方位盤との技術的な関連はない[3]

またこれを補完する高角機銃としては56口径40mm連装機銃2基が搭載されたほか、例えば「エサード・ベイ」ではこれに加えて56口径40mm単装機銃2基と70口径20mm単装機銃2基を搭載した[3]。なお70口径20mm単装機銃の搭載数は2基から6基までの幅があり、また40mm単装機銃を搭載していない場合は8基を搭載した艦もあった[1]

対潜兵器としては、ロック級では新開発のスキッド対潜迫撃砲が搭載されていたのに対し、本級ではリバー級と同じヘッジホッグ対潜迫撃砲に差し戻された。ただし弾薬搭載量は10斉射分に増加している。また在来型の爆雷は、爆雷投射機4基と爆雷投下軌条2条、合計搭載数50発とされた[3]

同型艦一覧[編集]

艦名 進水 その後
ビッグベリー・ベイ
HMS Bigbury Bay
1944年11月16日 1959年、ポルトガル海軍「パチェーコ・ペレイラ」として再就役、1970年解体
バーグヘッド・ベイ
HMS Burghead Bay
1945年3月3日 1959年、ポルトガル海軍「アルヴァレス・カブラル」として再就役、1971年退役
カーディガン・ベイ
HMS Cardigan Bay
1944年12月28日 1962年解体
カーナーボン・ベイ
HMS Carnarvon Bay
1945年3月15日 1959年解体
カウサンド・ベイ
HMS Cawsand Bay
1945年2月26日
エナード・ベイ
HMS Enard Bay
1944年10月31日 1957年解体
ラルゴ・ベイ
HMS Largo Bay
1944年10月3日 1958年解体
モーカム・ベイ
HMS Morecambe Bay
1944年11月1日 1961年、ポルトガル海軍「ドン・フランシスコ・デ・アルメイダ」として再就役、1970年解体
マウンツ・ベイ
HMS Mounts Bay
1945年6月8日 1961年、ポルトガル海軍「ヴァスコ・ダ・ガマ」として再就役、1971年解体
パドストウ・ベイ
HMS Padstow Bay
1945年8月24日 1959年解体
ポーロック・ベイ
HMS Porlock Bay
1945年6月14日 1964年、フィンランド海軍「マッティ・クルキ」として再就役、1975年解体
セント・オーステル・ベイ
HMS St Austell Bay
1944年11月18日 1959年解体
セント・ブライズ・ベイ
HMS St Brides Bay
1945年1月16日 1962年解体
スタート・ベイ
HMS Start Bay
1945年2月15日 1958年解体
トレマドグ・ベイ
HMS Tremadoc Bay
1945年3月29日 1959年解体
ヴェリアン・ベイ
HMS Veryan Bay
1944年11月11日
ホワイトサンド・ベイ
HMS Whitesand Bay
1944年12月16日 1956年解体
ワイドマウス・ベイ
HMS Widemouth Bay
1945年10月19日 1957年解体
ウィグタウン・ベイ
HMS Wigtown Bay
1945年4月26日 1959年解体
ダンドラム・ベイ
HMS Dundrum Bay
1945年7月10日 通報艦「アラート」として1946年10月24日竣工、1971年解体。
ジェランス・ベイ
HMS Gerrans Bay
1945年3月14日 通報艦「サプライズ」として1946年9月7日竣工、1965年解体。
ペグウェル・ベイ
HMS Pegwell Bay
1945年9月24日 海洋観測艦「クック」として1950年6月竣工、1968年解体。
ルース・ベイ
HMS Luce Bay
1945年4月12日 海洋観測艦「ダルリンプル」として1948年2月10日就役。
1966年3月、ポルトガル海軍「アフォンソ・デ・アルブケルケ」として再就役、1983年退役。
ハーン・ベイ
HMS Herne Bay
1945年5月15日 海洋観測艦「ダンピア」として1948年5月就役、1968年解体。
サーソー・ベイ
HMS Thurso Bay
1945年10月19日 海洋観測艦「オーエン」として1949年8月就役、1970年解体。

参考文献[編集]

  1. ^ a b Robert Gardiner (1980). Conway's All the World's Fighting Ships 1922-1946. Naval Institute Press. p. 60. ISBN 978-0870219139. 
  2. ^ a b 阿部安雄「船団護衛のワークホース 米英の第2次大戦型フリゲート」『世界の艦船』第514号、海人社、1996年9月、 84-87頁。
  3. ^ a b c d e f g h i Norman Friedman (2012). “Wartime Ocean Escorts”. British Destroyers & Frigates: The Second World War & After. Naval Institute Press. ISBN 978-1473812796. 

関連項目[編集]