トライバル級駆逐艦 (2代)

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HMS アフリディ(1938年撮影)
HMS アフリディ
(1938年撮影)
基本情報
種別 駆逐艦
命名基準 世界各地の部族・民族名
運用者  イギリス海軍
 カナダ海軍
 オーストラリア海軍
建造数 イギリスの旗 16隻
カナダの旗 8隻
オーストラリアの旗 3隻
前級 I級駆逐艦
次級 J級駆逐艦
要目
基準排水量 1,850 トン
満載排水量 2,520 トン
全長 377 フィート (115 m)
全幅 36.5 フィート (11.1 m)
吃水 11.25 フィート (3.43 m)
ボイラー アドミラルティ式三胴型水管ボイラー×3基
主機関 ギヤード蒸気タービン×2基
推進器 スクリュープロペラ×2軸
出力 44,000 shp
最大速力 36 ノット (67 km/h)
燃料 重油:524トン
航続距離 5,700 海里 (10,600 km)
※15ノット巡航時
乗員 190名~211名
その他 兵装・電子装備については#装備の項目を参照
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トライバル級駆逐艦(トライバルきゅうくちくかん、Tribal class destroyer)は、イギリス海軍が用いた駆逐艦の艦級。艦名に世界各国の種族(tribe)の名を用いていることから、この名がある。

概要[編集]

背景[編集]

元来、イギリス海軍の駆逐艦は第一時世界大戦末期に建造したV・W級駆逐艦の基本配置を元として、基準排水量1,300~1,500トンクラスの船体に火砲は4.7インチ(120mm)砲を4~5門、4連装魚雷発射管2基装備するA~I級駆逐艦を建造していた。しかし1930年代に入って、日本海軍が新たに建造した吹雪型フランス海軍シャカル級ゲパール級等の大型駆逐艦が現れ、更にはアメリカ海軍ドイツ海軍も新型駆逐艦を建造していた。これらの新型駆逐艦はイギリス海軍のA~I級駆逐艦より軒並み大型であり、強力な火力を持つ事で、従来のイギリス駆逐艦は旧態化しつつあった。劣勢を感じたイギリス海軍は1934年頃からそれらに対抗すべく新型駆逐艦、特に砲力の強い駆逐艦の設計に着手した[1][2]

計画[編集]

最初期の要求は下記のようなものであった[2]

  • 主砲:4.7インチ平射砲10門
  • 速力:36ノット
  • 航続距離:15ノット/5,500海里
  • その他:夜間戦闘用の水雷兵装と低艦容
  • 計画排水量:ロンドン海軍軍縮条約での規定上限の1,850トン

これらを元に計画が練られ、第1案として対空射撃が可能であるとされた仰角40度の4.7インチ Mk.XII 連装砲を5基、4連装12.7ミリ機銃を2基搭載する35~35.5ノット案が作成された。一方、第2案として4.7インチ連装砲を4基とし、これに新開発のMk.VII 4連装ポンポン砲1基と4連装12.7ミリ機銃2基を組み合わせて装備する36~36.5ノット案も作成された[2][3]。更には4連装ポンポン砲2基もしくは同8連装1基を搭載する案も作成されたが、この案は重量過大として却下された[2][3]。最終的には第2案が採用され、魚雷発射管は4連装1基とすることとなった。

対水上火力の優秀な大型駆逐艦だったが、魚雷が4発しか無い点については海軍内部で釈然しない声があり[3]、高価に過ぎるという批判も強かった。

建造[編集]

本級は1935年度計画で7隻、36年度計画で9隻が計画された。1936年に建造が開始され、1938年3月15日に一番艦アフリディが就役した。1939年12月12日までに、全16隻が竣工した。その後、カナダ海軍向けに8隻、オーストラリア海軍向けに3隻が建造された。オーストラリア海軍やカナダ海軍のものは第二次世界大戦中に建造が開始されているので、艦歴を全うしたものが多いが、イギリス海軍のものは酷使されたため、4隻を除き大戦中に失われている。

改装[編集]

早期喪失艦を除き3番砲を4インチ(10.2センチ) Mk.XVI 連装高角砲に換装している。また後部のマストと煙突の短縮や対空機獣の増備換装が行われた。1944年にはラティマストを装備している。装備換装の詳細は後述の項参照。

活動[編集]

1940年[編集]

1940年2月6日、コサックは中立国であったノルウェーの領海内までドイツ船アルトマルク号を追跡し、乗り込んだうえ乗員を殺害した。これをアルトマルク号事件という。4月9日、グルカがノルウェーのスタヴァンゲル沖でドイツ軍機によって撃沈され、5月3日にもアフリディがナムソスからの撤退作戦中にドイツ軍の急降下爆撃機によって沈められた。5月13日ベドウィン、パンジャビ、エスキモー、コサックは第2次ナルヴィク海戦に参加し、エスキモーが大破した。

1941年[編集]

5月、ソマリはドイツの気象通報船ミュンヘン(München)を捕獲し、暗号書を手に入れた。同月、ズールー、シーク、コサック、マオリはドイツ戦艦ビスマルク追撃戦に参加し、この作戦中にマシオナがドイツ軍機によって撃沈された。地中海では、4月にモホークがイタリア海軍の駆逐艦ルカ・タリゴに沈められた。10月、コサックがHG74船団護衛中にジブラルタル西方の大西洋でドイツ潜水艦U-563に雷撃され、曳航中に沈没した。12月、マオリ、シークは他の駆逐艦2隻と共にボン岬沖海戦でイタリア海軍の軽巡洋艦アルベルト・ディ・ジュッサーノアルベリコ・ダ・バルビアーノを沈めた。

1942年[編集]

1月17日、マタベレがバレンツ海で独潜U-454に撃沈され、2月12日にはマオリがマルタで爆撃により喪失。5月にはパンジャビが濃霧の中で戦艦キング・ジョージ5世に衝突され沈んだ。6月、ハープーン作戦に参加中のベドウィンがイタリア海軍との交戦で損傷、その後空襲で沈没した。9月、シークとズールーがトブルク攻撃時に沈没。同月、QP14船団を護衛中のソマリがドイツ潜水艦U-703に雷撃され大破、ターターに曳航されたが4日後に沈没。これがイギリス海軍のトライバル級の最後の喪失艦である。

1943年[編集]

残存していたアシャンティ、エスキモー、ヌビアン、ターターの4隻は地中海に戻り、サレルノ上陸作戦(アヴァランチ作戦)を支援した。

1944年[編集]

エスキモー、ヌビアン、ターターはオーバーロード作戦前後の期間イギリス海峡で活動した。4月、アサバスカンがイギリス海峡で戦没。ヨーロッパ方面での海上戦終結後、エスキモー、ヌビアン、ターターはマレー半島沖で活動した。

戦後[編集]

記念館として保存されている「ハイダ」
兵装や電子装備は、DDE改装適用後のものである。

イギリス海軍の残存艦は戦後6年間使われた後スクラップとなった。オーストラリア海軍とカナダ海軍の船はミクマックを除き朝鮮戦争に参加した。

カナダ海軍では、1949年から1950年代前半にかけて残存する7隻全てがDDE改修を受けた。1番・2番砲塔はQF 4インチ Mk.XVI 連装砲、3番砲塔はアメリカ製Mk.33 3インチ連装砲にそれぞれ換装され、4番砲塔を撤去して空いたスペースにはスキッド対潜迫撃砲が2基搭載された。レーダーとソナーの換装も行われ、1960年代前半まで運用が続けられた[4]。退役後も「ハイダ」がオンタリオ州ハミルトンにて記念館として保存されている。

オーストラリア海軍においても、1950年代初めごろに「アランタ」と「ワラムンガ」の2隻が対潜駆逐艦として改修された。4番砲塔の4.7インチ連装砲を撤去して空いたスペースにスキッド対潜迫撃砲を1基搭載したほか、ソナーとレーダーの換装に伴い、マストを従来の三脚型マストから新型のラティスマストに換装した。この2隻は、1960年代まで運用が続けられた[5][6]。残る1隻の「バターン」の近代化改修は見送られ、他の2隻よりも早い1958年に退役した[7]


装備[編集]

兵装・電子装備の変遷例
初期建造時 戦時改装後 カナダ、新規建造時
※「カユーガ」「アサバスカン」のみ
カナダ、DDE改装後 オーストラリア、対潜改装後
※「アランタ」「ワラムンガ」のみ
兵装 4.7インチ QF Mk.XII 連装砲×4基 4.7インチ QF Mk.XII 連装砲×3基 QF 4インチ Mk.XVI 連装砲×4基 QF 4インチ Mk.XVI 連装砲×2基 4.7インチ QF Mk.XII 連装砲×2基
QF 4インチ Mk.XVI 連装砲×1基 3インチ Mk.33 連装砲×1基 QF 4インチ Mk.XVI 連装砲×1基
QF 2ポンド砲 Mk.VII 4連装砲架×1基 ボフォース 40mm機関砲
Mk.V 2連装砲架×1基
ボフォース 40mm機関砲
単装砲架×4基
ボフォース 40mm機関砲
Mk.V 2連装砲架×1基
.50"/62ヴィッカース機関銃
Mk.III 4連装銃架×2基
エリコンFF 20 mm 機関砲
単装銃架×4基
エリコンFF 20 mm 機関砲
単装銃架×6基
ボフォース 40mm機関砲
単装砲架×6基
533mm4連装魚雷発射管×1基
Mk.IV 爆雷投射機×2基 スキッド対潜迫撃砲×2基 スキッド対潜迫撃砲×1基
爆雷投下軌条×1基
FCS ? Mk.III レーダー測距儀×1基 Mk.6 砲射撃指揮装置×1基
※「カユーガ」「アサバスカン」のみ搭載
Mk.III レーダー測距儀×1基
Mk.63 砲射撃指揮装置×2基
※「カユーガ」「アサバスカン」では1基
レーダー ? 291型 対空捜索用 AN/SPS-6C 対空捜索用 ?
271型 対空・対水上捜索用 293型 低空警戒・対水上捜索用
※1950年代後半に撤去
SG-1 / SG-4 低空警戒・対水上捜索
268型 標的識別・航法用 Sperry Mk.2 航法用 ?
285型 砲射撃指揮×1基 275型 砲射撃指揮×1基
※「カユーガ」「アサバスカン」のみ搭載
285P型 砲射撃指揮×1基
SPG-34 砲射撃指揮×2基
※「カユーガ」「アサバスカン」では1基
253P型 IFFトランスポンダ
ソナー ? 144型/144Q型 ?
147F型
164B型
SQS-501(162型)
SQS-10
電子戦 HF/DF ?

同型艦[編集]

イギリス海軍[編集]

艦名 #記号 建造所 起工 進水 就役 その後
アフリディ
(HMS Afridi)
F07 Vickers Armstrong, Newcastle upon Tyne 1936年
6月9日
1937年
6月8日
1938年
5月3日
喪失 1940年5月3日ノルウェーナムソス沖で独軍機の爆撃により沈没。
アシャンティ
(HMS Ashanti)
F51 William Denny & Bros, Dumbarton 1936年
11月23日
1937年
11月5日
1938年
12月21日
スクラップとして売却 1949年4月12日
ベドウィン
(HMS Bedouin)
F67 1937年
1月?
1937年
12月21日
1939年
3月15日
喪失 1942年6月15日地中海パンテレリア島沖で伊軽巡洋艦ライモンド・モンテクッコリエウジェニオ・サヴォイアと交戦、損傷。その後伊軍機の攻撃で沈没。
コサック
(HMS Cossack)
F03 Vickers Armstrong, Newcastle upon Tyne 1936年
6月9日
1937年
6月8日
1938年
6月7日
喪失 1941年10月24日ジブラルタル西方で独潜U-563の雷撃により沈没。
エスキモー
(HMS Eskimo)
F75 1936年
8月5日
1937年
9月3日
1938年
12月30日
スクラップとして売却 1949年6月27日
グルカ
(HMS Gurkha)
F20 Fairfield Shipbuilding, Govan 1936年
7月6日
1937年
7月7日
1938年
10月21日
喪失 1940年4月9日ノルウェーのスタヴァンゲル沖で独軍機の攻撃により沈没。
マオリ
(HMS Maori)
F24 1936年
7月6日
1937年
9月2日
1939年
1月2日
喪失 1942年2月12日マルタグランド・ハーバーで空爆により全損。
マシオナ
(HMS Mashona)
F59 Vickers Armstrong, Newcastle upon Tyne 1936年
8月5日
1937年
9月3日
1939年
3月28日
喪失 1941年5月28日独戦艦ビスマルク追撃戦中にアイルランド南西で独軍機の攻撃により沈没。
マタベレ
(HMS Matabele)
F26 Scotts Shipbuilding, Greenock 1936年
10月1日
1937年
10月6日
1939年
1月25日
喪失 1942年1月17日バレンツ海で独潜U-454の雷撃により沈没。
モホーク
(HMS Mohawk)
F31 J I Thornycroft, Woolston 1936年
7月16日
1937年
10月15日
1938年
9月7日
喪失 1941年4月16日伊駆逐艦ルカ・タリゴの雷撃で沈没。
ヌビアン
(HMS Nubian)
F36 1936年
8月10日
1937年
12月21日
1938年
12月6日
スクラップとして売却 1949年6月11日
パンジャビ
(HMS Punjabi)
F21 Scotts Shipbuilding, Greenock 1936年
10月1日
1937年
12月18日
1939年
3月29日
喪失 1942年5月1日大西洋で戦艦キング・ジョージ5世に衝突され沈没。
シーク
(HMS Sikh)
F82 Alex Stephens, Govan 1936年
9月24日
1937年
12月17日
1938年
10月12日
喪失 1942年9月14日トブルク沖で陸上からの砲撃により沈没。
ソマリ
(HMS Somali)
F33 Swan Hunter, Wallsend 1936年
8月26日
1937年
8月24日
1939年
12月12日
喪失 1942年9月20日大西洋で独潜U-703の雷撃により損傷、24日曳航中に沈没。
ターター
(HMS Tartar)
F43 1936年
8月26日
1937年
10月21日
1939年
3月10日
スクラップとして売却 1948年1月6日
ズールー
(HMS Zulu)
F82 Alex Stephens, Govan 1936年
8月10日
1037年
9月23日
1038年
9月7日
喪失 1942年9月14日トブルク沖で爆撃により沈没。

カナダ海軍[編集]

艦名 #記号 建造所 起工 進水 就役 その後
イロコイ
(HMCS Iroquois)[脚注 1]
G89
DDE-217[脚注 2]
ヴィッカース・アームストロング 1940年
9月19日
1941年
9月23日
1942年
12月10日
スクラップとして売却 1966年
アサバスカン
(HMCS Athabaskan)[脚注 3]
G07 1940年
10月31日
1941年
11月18日
1943年
2月15日
喪失 1944年4月29日Ile de Bas北方で独水雷艇T24の雷撃により沈没。
ヒューロン
(HMCS Huron)
G24
DDE-216[脚注 2]
1941年
7月15日
1942年
6月25日
1943年
7月28日
スクラップとして売却 1965年
ハイダ
(HMCS Haida)
G63
DDE-215[脚注 2]
1941年
9月29日
1942年
8月25日
1943年
9月18日
カナダ・オンタリオ州ハミルトンにて保存。記念艦 1964年 
ミクマック
(HMCS Micmac)
R10
DDE-214[脚注 2]
ハリファックス造船所英語版 1942年
5月20日
1943年
9月18日
1945年
9月14日
スクラップとして売却 1964年
ヌートカ
(HMCS Nootka)
R96
DDE-213[脚注 2]
1942年
5月20日
1944年
4月26日
1946年
8月9日
スクラップとして売却 1964年
カユーガ
(HMCS Cayuga)
R04
DDE-218[脚注 2]
1943年
10月7日
1945年
7月28日
1947年
10月20日
スクラップとして売却 1964年
アサバスカン
(HMCS Athabaskan)
R79
DDE-219[脚注 2]
1944年
5月15日
1945年
5月4日
1947年
1月12日
スクラップとして売却 1969年

オーストラリア海軍[編集]

艦名 #記号 建造所 起工 進水 就役 その後
アランタ
(HMAS Arunta)
I30 Cockatoo Dockyard, Sydney 1939年
11月15日
1940年
11月30日
1942年
4月30日
スクラップとして売却後、1969年解体地へ曳航中に浸水沈没。
ワラムンガ
(HMAS Warramunga)
I44 1940年
2月10日
1942年
2月2日
1942年
11月23日
スクラップとして売却 1963年
バターン
(HMAS Bataan)[脚注 4]
I91 1940年
11月30日
1944年
1月15日
1945年
5月25日
スクラップとして売却 1958年

参考文献[編集]

  • Destroyers of the Royal Navy, 1893-1981, Maurice Cocker, Ian Allan, ISBN 0711010757
  • Royal Navy Destroyers since 1945, Leo Marriott, Ian Allan, ISBN 0711018170
  • British and Empire Warships of the Second World War, H T Lenton, Greenhill Books, ISBN 1853672777
  • Conway's All the World's Fighting Ships, 1922-1946, Ed. Robert Gardiner, Naval Institute Press, ISBN 0870219138
  • Destroyers of World War II, An International Encyclopedia, M. J. Whiteley, Arms and Armour Press, 1988, ISBN 1854095218
  • HMCS Haida: Battle Ensign Flying, Barry M Gough, Vanwell, 2001, ISBN 1551250586
  • Tribal Class Destroyers, Peter Hodges, Almark, 1971, ISBN 0855240474
  • The Tribals, Martin H Brice, Ian Allan, 1971, ISBN 0711002452
  • Unlucky Lady: The Life and Death of HHCS Athabaskan 1940-44, Len Burrow & Emile Beudoin, Canada's Wings, 1983, ISBN 0920002137
  • 岡部いさく 『英国軍艦勇者列伝 Legend of British Fighting Ship』 大日本絵画、2012年6月。
  • M.J.ホイットレー 『第二次大戦駆逐艦総覧』 岩重多四郎(訳)、大日本絵画、2000年ISBN 4-499-22710-0

脚注[編集]

  1. ^ 建造当初の艦名はアサバスカン(HMCS Athabaskan)
  2. ^ a b c d e f g DDE改修後に与えられた新ペナント・ナンバー
  3. ^ 建造当初の艦名はイロコイ (HMCS Iroquois)
  4. ^ 建造当初の艦名はカーネイ (HMAS Kurnai)

参考文献・外部サイト[編集]

  1. ^ #勇者列伝 103-104頁
  2. ^ a b c d #ホイットレー 114-115頁
  3. ^ a b c #勇者列伝 104-106頁
  4. ^ Canadian Navy of Yesterday and Today - TRIBAL Class
  5. ^ オーストラリア海軍公式サイト HMAS Arunta (I)
  6. ^ オーストラリア海軍公式サイト HMAS Warramunga (I)
  7. ^ オーストラリア海軍公式サイト HMAS Bataan

関連項目[編集]