海軍本部 (イギリス)

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旧海軍本部ビル。現在は外務英連邦省が使用している。

Admiralty は、イギリス海軍を統括・管理する機関の一般的な呼称であり、日本語では海軍本部(かいぐんほんぶ)と訳されることが多い。その正式名称や組織及び機能は時代により大きく異なる。

訳語[編集]

Admiralty と呼ばれる部局は15世紀初頭にアドミラル (Admiral)の事務室として創設された。そして、複雑な変遷を経て海軍軍政軍令を統括する官庁となった後も「アドミラルティ」の呼称は使われ続けてきた。そのため、閣僚を長とする行政機関であった時代については他国の相当する官庁と同様に「海軍省」と訳される例も多く見られる。しかし、このような歴史的経緯から、と呼べるような組織でなかった時代も包括する表現として「海軍本部」が使われている。また、「海軍本部」という訳語も適訳ではないとして、カタカナで「アドミラルティ」と表記されている場合もある[1]

歴史[編集]

アドミラルティと呼ばれる部局が最初に設置されたのは15世紀初頭である。当初のアドミラルティはアドミラルの執務室であったが、当時のアドミラル(後にロード・アドミラル)は「提督」と訳される後世の艦隊司令官或いは海軍の将官とは異なり、海事司法の責任者であった。つまり、アドミラルティは実質的には海事関係の司法機関であった。

ヘンリー8世の海軍改革により、アドミラルティは枢密院の監督下に置かれ、隷下に艦隊管理機関であるネービー・ボードが設けられた。このことにより、アドミラルティは政治的統制を受ける艦隊の指揮・監督機関となった。その後、清教徒革命等の紆余曲折を経て組織や機能が拡充し、19世紀後半には閣僚を長とする行政機関となった。

1964年に、海軍省、陸軍省、航空省が国防省に統合されたため、海軍本部委員会も国防省内の委員会の一つとなった。これに伴い海軍本部委員会は1年に2度しか開催されなくなり、日々の海軍運営は新しい「海軍委員会」の手に委ねられている。現在でも国防省の海軍関係部局はアドミラルティと呼ばれている。

構成[編集]

アドミラルティ・ボード (Admiralty Board)[編集]

海軍本部委員会と訳される場合もある。アドミラルティの中核となる委員会であり、海軍の軍政・軍令を実質的に統括していた。構成員の役職は時代により異なるが、代表的なものとしてはファースト・ロード(主に政治家)、セクレタリ(官僚)、ファーストからサードまでのシー(ネーバル)・ロード(制服組)等がある。

ネービー・ボード (Navy Board)[編集]

ネービー・ボード (Navy Board) は海軍委員会或いは海軍会議とも訳される。アドミラルティの下に置かれ、艦艇の建造や補修等、艦隊を管理する事務部門。委員会の形式を取っているが、実務は長官 (Administrator) が取り仕切っていた。歴代ネービー・ボード長官からアドミラルティ書記官に昇進する者は多く(サミュエル・ピープス等)、海軍卿に任命された者もいた(チャールズ・ミドルトン)。一方、汚職の温床となっており、海軍卿がその責任を取って辞任するケース(ヘンリー・ダンダス)もあった。

主な役職[編集]

ロード・アドミラル/ロード・ハイ・アドミラル(Lord Admiral/Lord High Admiral)[編集]

ロード・ハイ・アドミラル旗

アドミラルティのトップ。当初ロード・アドミラルと呼ばれていたが、後にロード・ハイ・アドミラルと呼ばれるようになった。貴族が任命されていたが、やがて君主や王族の名誉職となった。1964年にエリザベス2世女王がロード・ハイ・アドミラルに就任するまで、2世紀以上空席であった。

「海軍卿」と訳されることもあるが、ファースト・ロードも一般的に「海軍卿」と訳されている。ファースト・ロードもロード・ハイ・アドミラルのポストが空席の時はアドミラルティのトップではあるが、ロード・ハイ・アドミラルが海軍の総司令官であるのに対し、ファースト・ロードは海軍統轄機関を担当する閣僚である。

主なロード・アドミラル又はロード・ハイ・アドミラル[編集]

スードリー男爵トマス・シーモア
ロード・アドミラル(1547–1549)。エリザベス1世の愛人として知られている。野望のためにエリザベス王女との結婚を企てたのが発覚し、処刑された。
初代バッキンガム公・ジョージ・ヴィリアーズ
ロード・ハイ・アドミラル(1619ー1628)。初めてロード・ハイ・アドミラルの肩書きを与えられた貴族。ジェームズ1世チャールズ1世から寵愛されていたが、最期は暗殺された。
チャールズ2世
ロード・ハイ・アドミラル(1684-1685)。国王として始めてロード・ハイ・アドミラルに就任。海軍に”ロイヤル”の称号を与えた。
ジェームズ2世
ロード・ハイ・アドミラル(1685-1688)。
エリザベス2世
ロード・ハイ・アドミラル(1964-2011)。
エディンバラ公爵フィリップ
現在のロード・ハイ・アドミラル(2011-)。

ファースト・ロード(First Lord of the Admiralty)[編集]

海軍卿と訳されることが多いが、海軍大臣の訳も多く見られる。第一海軍卿と訳されている例も見られるが、「第一海軍卿」は後述するファースト・シー・ロード又はファースト・ネーバル・ロードの一般的な訳語である。

ロード・ハイ・アドミラルが空席の時はアドミラルティのトップの役職であり、閣議にも出席する。現役の海軍軍人がに就任することもあったが、1806年以降は政治家によって占められた。

主なファースト・ロード[編集]

第4代サンドウィッチ伯ジョン・モンタギュー
ファースト・ロード(1748-1751, 1763-1763, 1771-1782)。サンドイッチの発明者として有名だが、海軍卿としての評判は悪かった。
第2代スペンサー伯爵ジョージ・スペンサー
ファースト・ロード(1794-1801)。ウェールズ大公妃ダイアナの先祖。
初代メルヴィル子爵ヘンリー・ダンダス
ファースト・ロード(1804-1805)。ネービー・ボードの汚職事件で引責辞任。
初代バーラム男爵チャールズ・ミドルトン
ファースト・ロード(1805-1806)。制服組だが事務系ポストの経験も多く、第1次ウィリアム・ピット政権ではネービー・ボード長官として海軍力整備に手腕を発揮した。ナポレオン戦争中の第2次ピット政権で海軍卿に就任。世界各地に展開したイギリス艦隊をコントロールするという、海軍本部に本来求められる機能を初めて[2]発揮させた。
第5代スペンサー伯爵ジョン・スペンサー
ファースト・ロード(1892-1895)。第2代スペンサー伯の孫でウェールズ大公妃ダイアナの先祖。
ウィンストン・チャーチル
ファースト・ロード(1911-1915, 1939-1940)。第一次世界大戦時の海軍卿で第二次世界大戦時の首相

セクレタリ(Secretary to the Admiralty)[編集]

”Parliamentary Secretary to the Admiralty”或いは”Parliamentary and Financial Secretary to the Admiralty”と呼ばれていた時代もあった。書記官或いは書記官長と訳される。当初はロード・ハイ・アドミラルの秘書官といった立場であったが、官庁組織においては事務次官に相当する役職となった。アドミラルティの実務はこの書記官が取り仕切っていた。

主な書記官[編集]

サミュエル・ピープス
書記官(1673-1679, 1684-1689)。一般には日記で知られる人物だが、書記官として王政復古後の海軍再建に手腕を発揮し、「イングランド海軍の父」とも言われている。


ファースト・シー・ロード/ファースト・ネーバル・ロード(First Sea Lord/First Naval Lord)[編集]

他国海軍の相当する役職は軍令部長作戦部長と訳されるが、第一海軍卿と訳されることもある。軍令の総責任者であり、制服組のトップである。

主な第一海軍卿[編集]

ダドリー・パウンド
第一海軍卿(1939–1943)。第二次世界大戦時の第一海軍卿。判断の誤りがPQ17船団の惨劇に繋がったとされる。
ルイス・マウントバッテン
第一海軍卿(1955–1959)。第二次世界大戦ではビルマ戦線で司令官として日本軍と戦った。引退後アイルランド共和軍暫定派に暗殺された。


脚注[編集]

  1. ^ [a]小林,第1部第3節「Admiraltyとアドミラルティ」
  2. ^ [a]小林,p42

参考資料[編集]

  • a 小林幸雄 『図説イングランド海軍の歴史』 原書房、2007年1月。ISBN 978-4-562-04048-3
  • 田所昌幸 他 『ロイヤル・ネイヴィーとパクス・ブリタニカ』 田所昌幸、有斐閣、2006年4月。ISBN 978-4-641-17317-0
  • John Tincey (1988). The Armada Campaign, 1588. London: Osprey. ISBN 978-0-85045-821-3.
  • Philip J Haythornthwaite; William Younghusband; Martin Windrow (1993). Nelson's navy : text by Philip Haythornthwaite. London: Osprey. ISBN 978-1-85532-334-6.