オラフ・トーン

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オラフ・トーン Football pictogram.svg
Olaf Thon – Tag der Legenden 2016 02.jpg
名前
ラテン文字 Olaf Thon
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1966-05-01) 1966年5月1日(51歳)
出身地 ゲルゼンキルヒェン
身長 170 cm
体重 67 kg
選手情報
ポジション MF, DF
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1983-1988
1988-1994
1994-2002
ドイツの旗シャルケ04
ドイツの旗バイエルン・ミュンヘン
ドイツの旗シャルケ04
157 (56)
148 (30)
166 (10)
代表歴
1984-1998 西ドイツの旗 西ドイツ 52 (3)
監督歴
2010-2011 VfB Hüls
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

オラフ・トーン(Olaf Thon, 1966年5月1日 - )は、ドイツ(旧西ドイツ)・ゲルゼンキルヒェン出身の元サッカー選手。選手時代のポジションはミッドフィルダーディフェンダーリベロ)。

経歴[編集]

バイエルン・ミュンヘン時代のトーン(右側)

地元の有力クラブであるシャルケ04の下部組織を経て、1983年に16歳でプロデビュー。当時ブンデスリーガ1部と2部を行き来していたクラブにあって、10代にして主力選手として活躍。身長170 cmと小柄ながら、攻撃的MFとして優れた状況判断力と豊富な運動量でチームを牽引した。

程なく西ドイツ代表(当時)にも選出され、1984年12月16日の対マルタ戦で代表デビューを果たした。1986年ワールドカップメキシコ大会や、地元開催となった1988年UEFA欧州選手権に臨む代表メンバーにも名を連ねている。

1988年に強豪バイエルン・ミュンヘンに移籍。ゲームメーカーとして攻撃陣の中核を担い、移籍初年度から2シーズン連続でリーグ優勝を成し遂げた。1990年にはワールドカップイタリア大会の代表メンバーに選ばれ、自身は2試合の出場に留まったものの同国の3度目のワールドカップ優勝を経験した。なお準決勝のイングランド戦ではPK戦の4人目のキッカーとして登場。これを確実に決め2大会連続の決勝進出に貢献している。

1994年からは故郷に戻りシャルケ04に復帰。この頃からリベロにポジション転向し、積極果敢な守備と前線への正確なパス供給、好機時の鋭い攻め上がりでチームを牽引した。1997年にはクラブ初の国際タイトルとなるUEFAカップの獲得に貢献した。また1998年にはワールドカップフランス大会において自身3度目となる代表選出を受け、負傷のため出場できなかったマティアス・ザマーに替わってリベロ役を務めた。

2002年に36歳で引退。翌2003年1月にシャルケのホームスタジアム、アレーナ・アウフシャルケで行われた引退試合には6万席以上の客席が満員となるほどのファンが詰めかけた。

引退後はシャルケ04の監査役を経て、2010-2011シーズンにノルトライン=ヴェストファーレン州リーグのヒュルス (VfB Hüls) の監督を務めた。

獲得タイトル[編集]

代表チーム
クラブ

外部リンク[編集]