オセロ (遊戯)
|
オセロの盤と石 | |
| 開発元 | 長谷川五郎(ジョン・モレット、ルイス・ウォーターマン) |
|---|---|
| 販売元 | メガハウス、マテル(ジャック・オブ・ロンドン[1]) |
| 発売日 | 1973年4月25日(1888年) |
| ジャンル | ボードゲーム |
| プレイ人数 | 2人 |
| 対象年齢 | 6歳以上[2] |
| 準備時間 | 1分未満 |
| プレイ時間 | 標準10分[3]、最大80分[4] |
| 運要素 | なし |
| 必要技能 | 頭脳、読み合い、駆け引き[5] |
| ウェブサイト | オセロ公式サイト |
オセロ (Othello) は、相手の石を自分の石で挟めばそれも自分の石になるという条件のもと、それぞれ黒と白を担当する2人のプレイヤーが交互に盤面へ石を打っていき、最終的な石の個数を競うボードゲームである。
商標権との抵触を避けるため、「リバーシ (Reversi)」という別名で呼ばれることもある。ただし、本来リバーシはオセロの原型となったゲーム、あるいはよく似た別のゲームの名前であり、オセロの別名ではない(オセロとリバーシの違いなどは後述)。
概要[編集]
ゲームとしての特徴[編集]
オセロは、抽象戦略ゲームの一つである。数学的には囲碁・将棋・チェスなどと同様に二人零和有限確定完全情報ゲームに分類され、運の要素がなく2人のプレイヤーが互いの知恵を絞って実力だけを頼りに勝敗を決するゲームである。ゲームのルールは「相手の石を自分の石で挟む」という基本原理に基づく単純明快なものだが、コンピュータが発達した2019年現在もなお完全解析がなされていないほどの奥深さを持ち、人間がその全貌を把握するのはまず不可能である。このことを端的に表した「覚えるのに一分、極めるのに一生 (A minute to learn, a lifetime to master)」という言葉がキャッチフレーズとなっている[6][7]。
ゲーム名である「オセロ」は、用具のデザイン等をも含めた商品パッケージの名前でもある。このパッケージは、製薬会社社員でボードゲーム研究家の長谷川五郎によって1970年頃に東京都で開発され、1973年にツクダオリジナル(現・メガハウス)から発売されたものである。ゲームの基本ルール自体は、それ以前に考案されたものと同様であり、オセロの原型は、ジョン・モレット (John Mollett) とルイス・ウォーターマン (Lewis Waterman) が19世紀にイギリスで考案したアネクゼイション (Annexation) やリバーシ (Reversi) というゲーム、あるいは1945年に幼少期の長谷川本人が水戸市で考案した挟み碁というゲームのどちらかとされる。どちらが直接的なオセロの祖であるのかについては、長谷川自身の発言が一定しないため、不明である。
用具と名称の由来[編集]
オセロは、相手の石を自分の石で挟めばそれも自分の石になるという点に最大の特徴がある。そこで、相手の石を自分の石に変える動作を素早く行うため、表裏を黒と白に塗り分けた平たい石を使用し、相手の色の石を裏返して自分の色にすることでこれを表現する。盤面は、8×8の正方形のマス目が描かれた緑色のものを用いる(なお、「グランドオセロ」や「エイトスターズオセロ」などと呼ばれる8×8以外の特殊な盤面を用いるものもある)。
「オセロ」という名称は、イギリスの劇作家・シェイクスピアの戯曲『オセロ』に由来する。これは、緑の平原が広がるイギリスを舞台にして、黒人の将軍・オセロと白人の妻・デズデモーナを中心に敵味方がめまぐるしく寝返るという戯曲のストーリーに、緑の盤面上で黒白の石が裏返って形勢が変わっていくゲーム性をなぞらえたものである[8][6]。
なお、「オセロ」「Othello」という名称はメガハウス(旧・ツクダオリジナル)の登録商標であるため、他社製品ではほぼ同一のゲームであっても原則として「リバーシ」など別の商品名が使われる。日本の公共放送NHKでも、かつては同様の理由から「白と黒の石を取り合うゲーム」などと言い換えて報道していたが、2018年頃からは「オセロ」と報道するようになっている[9]。
普及度[編集]
2015年時点で、世界36の国と地域に連盟があり、世界競技人口は約6億人と推計されている[10]。また、日本におけるオセロの競技人口は、 長谷川によると2001年頃の時点で約6000万人である[11]。 長谷川は、日本国内の競技人口は、将棋が約1500万人、囲碁が約1000万人、チェスが約500万人であり、オセロはこれらを上回っていると主張している[11]。なお、公益財団法人日本生産性本部余暇創研が発行している『レジャー白書2018』によれば、日本国内の競技人口は、トランプ・オセロ・カルタ・花札などが約2370万人、将棋が約700万人、囲碁が約190万人、チェスが調査対象外となっている[12]。世界各国で数々の大会が開催され、マインドスポーツの一つとしても知られている。また、佐藤健[13]、小島瑠璃子[14]、永山瑛太[15]など、オセロ好きを公言している著名人も多い。
元ツクダオリジナルでオセロの商品化を担当した和久井威は、オセロがロングセラーとなった要因に対象年齢が幅広いことを挙げている[16][17]。実際に、小学校の教室、老人ホーム、デイサービスセンターなどにもオセロ盤が設置されていることがあり、休み時間の子供たちや高齢者もゲームを楽しんでいる[18]。なお、2019年3月現在、長寿世界一の人物である日本の田中カ子(116歳)がオセロを毎日プレイしていると話しており、最高齢競技者である[19]。
このほか、オセロと同様のゲーム(ただし石のサイズ等はオセロの公式規定とやや異なることもある)は、「リバーシ」などの名前で安価なポータブルゲームとしてコンビニエンスストアなど小規模な店舗でも販売され、インターネット上でのオンライン対戦を含むコンピュータゲームとしてもリリースされている。Microsoft Windowsの1.0、2.0、2.1、3.0、Me、XPの各バージョンには、「リバーシ」という名称でオセロが標準搭載された。
遊び方[編集]
基本ルール[編集]
オセロの基本ルールは以下の通りである。
事前に各プレイヤーがそれぞれ黒番と白番のどちらを担当するかを決めておく(後述)。
初期配置として、図1のように盤面中央の4マスに黒石と白石を2つずつ置く。右上と左下が黒石、左上と右下が白石になるように互い違いに配置する。
初期配置を終えたらゲームを開始する。黒番、白番の順で交互に盤面の空いているマスに自分の色の石を打っていく。この際、今打った石と他の自分の色の石とで縦・横・斜めのいずれかの方向で挟んだ相手の色の石は、裏返して自分の色に変える。
例えば、図1の局面で、黒番がf5(符号は図の盤面外に記載している列と行。f5はf列5行目のこと)に打ったとする。すると、今打った黒石とd5の黒石によってe5の白石を横に挟んでいるので、これを裏返して黒石に変える(図2)。
同じように、図2から白番がf6に打てば、e5の黒石を斜めに挟んでいるので、これを裏返して再び白石に変える(図3)。
このように、相手の石を挟みながら交互に石を打ち合っていく。
複数の石を一度に挟むことも可能である。
例えば、図4の局面で黒番がg5に打つと、f5とe5の白石を横に挟み、f4の白石を斜めに挟んでいるので、これら3つの石をすべて黒石に変える(図5)。
なお、挟んだ石はすべて自分の色に変えなければならない。
石を打つときは、必ず相手の色の石を1つ以上挟むように打たなければならない。例えば、図5で仮に白番がe2に打ったとしても黒石を1つも挟めないから、白番がe2に打つことはできない。
挟めるマスが1つもない場合はパスとなり、相手の手番となる。
例えば、図6の局面で、黒番は白石を挟む方法がないので、パスとなり、白番がまた石を打つことができる。
パスの回数に制限はないが、挟めるマスがあるのにパスをすることは認められない。なお、両対局者の手元にある石は共有物であるため、相手のパスによって自分が連続して着手し、その結果手元の石が足りなくなった場合は、相手の手元の石を使ってもよい。
すべてのマスが石で埋まるか、あるいは両者ともに挟めるマスがなくなったときは、ゲーム終了(終局)となる。
例えば、図7では、すべてのマスが石で埋まっているため、終局である。
図8では、まだ空きマスがあるが、黒番も白番も相手の色の石を挟む方法がないから、終局である。
終局時点で黒石・白石の数を数え、多いほうが勝ちとなる。同数の場合は、通常の対局では引き分け、引き分けでは不都合のある対局(勝ち上がり式トーナメント等)では黒番・白番の決定時に「終局時に石の数が同数だった場合に勝者となる権利」(後述)を得ていた側の勝ちとなる。
成績は、石数もしくは石差で記録される。例えば、図7ならば34対30(4石差)で黒番の勝ちである。空きマスがある場合には、その数が勝者の石数に加算される[20]。例えば、図8ならば63対1(62石差)で黒番の勝ちである。
黒番・白番の決定[編集]
オセロは黒と白の石を用いるが、プレイヤーの手番は、黒を担当するプレイヤーが先手、白を担当するプレイヤーが後手というように色と合わせて定められている。手番を含めた両プレイヤーの地位をそれぞれ黒番・白番と呼ぶ。
黒番・白番は、ゲーム開始前に何らかの方法で決定する必要がある。一般的にはじゃんけんなどの簡易な方法で決められることもあるが、大会などで使われる公式ルールでは「伏せ石」と呼ばれる囲碁のニギリに近い方法が採用されている。伏せ石のやり方は、引き分けありの対局と引き分けなしの対局でそれぞれ異なっており、以下のように決まっている。
- まず、上位者が石一つを手で隠して盤上に置く。
- 次に下位者が引き分けの有無によって以下の方式で宣言を行う。
- 引き分けありの場合は、下位者は「上」もしくは「下」と宣言する。
- 引き分けなしの場合は、下位者は「黒」もしくは「白」と宣言する。
- 下位者の宣言が終わったら上位者は石を隠していた手をどけて石を開示する。
- 石の上面が黒白どちらであるかを確認し、引き分けの有無に応じて以下の通り黒番・白番を決定する。
- 引き分けありの場合は、開示された石の上面・下面の色のうち、下位者は宣言した側の色を担当する。すなわち、下位者が「上」と宣言したときは開示された石の上面の色、「下」と宣言したときは開示された石の下面の色を下位者が担当する。
- 引き分けなしの場合は、一方のプレイヤーには「黒番・白番を選ぶ権利」、他方のプレイヤーには「終局時に石の数が同数だった場合に勝者となる権利」が与えられる。下位者が宣言した色と開示された石の上面の色とを照らし合わせ、的中している場合は下位者、的中していない場合は上位者が、どちらの権利が欲しいかを選択する。最後に黒番・白番を選ぶ権利を得た側のプレイヤーが黒番と白番のどちらにするかを選ぶ。
ハンデキャップ[編集]
実力差がある場合にはハンデキャップ(ハンデ)をつけて対局することもできる。ハンデキャップ戦では、実力差に応じて次のように盤面の隅に黒石を置いた状態からゲームを開始する。
ハンデキャップ戦の場合は、下手が黒番、上手が白番を持つが、通常の対局とは異なり、白番(上手)の先手で対局を開始する。
歴史[編集]
オセロの起源[編集]
現在普及しているオセロのパッケージは、日本オセロ連盟元会長の長谷川五郎がツクダオリジナルに持ち込んで1973年に発売されたものである。長谷川がオセロを開発するに至った経緯については本人の説明が二転三転しており、定かではない。特に、オセロのルーツについては、
- ジョン・モレットとルイス・ウォーターマンが19世紀にイギリスで考案したアネクゼイションやリバーシ(源平碁)というゲームがオセロの原型であり、長谷川がリバーシの基本ルールを維持しつつ名称・用具・環境などを整備してパッケージとして確立したものがオセロである。
- 1945年に中学生時代の長谷川本人がリバーシとは独立に茨城県水戸市で考案した挟み碁というゲームがオセロの原型である(結果的にオセロとリバーシは似通ったゲームとなっているが両者は無関係)。
という2つの説がある。
これらのゲームは、いずれも「挟んだら裏返す」という基本原理に共通点があるが、細かい部分では以下のような違いがある。
| ゲーム名 | 最初期の文献(出典) | 開発年・開発者・発売元 | 石の色 | 盤面の形状 | 初期配置 | 複数石挟み | 着手不能時 | 着手回数制限 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| アネクゼイション | Waterman v Ayres (1888年)[21] |
1870年(ロンドン) ジョン・モレット F・H・エアーズ |
不明 | 十字形 | 不明 | 不明 | 不明 | 不明 |
| リバーシ(19世紀) | Reversi and Go Bang (1890年)[1] |
1883年(ロンドン) ルイス・ウォーターマン ジャック・アンド・サン |
黒白 黒赤 赤白 |
8×8の正方形 | オリジナル | 全部裏返す | パス | 32手 |
| リバーシ(20世紀) | 世界遊戯法大全 (1907年)[22] |
1900年頃 不明 多数 |
黒白 黒赤 赤白 |
8×8の正方形 | クロス パラレル オリジナル |
全部裏返す | パス | 無制限 |
| 挟み碁 | オセロ百人物語 (2005年)[23] |
1945年(水戸) 長谷川五郎 未発売 |
黒白 | 多様[24] | 不明 | 多様[25] | 不明 | 不明 |
| オセロ | オセロの打ち方 (1974年)[26] |
1970年頃(東京) 長谷川五郎 ツクダオリジナル |
黒白 | 8×8の正方形 | クロス | 全部裏返す | パス | 無制限 |
1973年にツクダオリジナルからオセロを発売した当初、長谷川はリバーシがオセロの原型であると認めたうえで、名称・用具・環境などを整備したものがオセロであるとしていた。長谷川は、ゲームの面白さは、ルールが3分の1、名称・用具・環境などの要素が3分の2を占めることを指摘し、後者が不十分であったリバーシは子供の玩具以外の何物でもなかったが、オセロはすべてを整備して大人でも遊べるゲームとして完成させたものであるとアピールしていた[26][27]。
それに対し、2000年頃からは、長谷川はリバーシに触れることなく、1945年に水戸で碁石を使って自身が考案した挟み碁がオセロの原型であると主張するようになっている[28]。長谷川が設立した日本オセロ連盟も同様であり、連盟のHP委員であったhaseraによると、連盟のウェブサイトには当初「オセロの起源はリバーシ」と明記されていたが、HP委員長からの指示により、会長の長谷川が書いた「戦後、水戸、碁石」という新しい文章に差し替えたという[29]。長谷川はそれまで著書の中で挟み碁について言及していなかったため、haseraは、この文章を読んで驚いたと述べている[30]。
19世紀のリバーシ[編集]
オセロの直接的なルーツに当たるか否かは両説あるところだが、オセロに似たゲームとして記録に残る最古のものは、1870年にイギリスのジョン・モレット (John Mollett) が開発したアネクゼイション (Annexation) というボードゲームである[31]。アネクゼイションは、十字形の盤面を用いていたが、現在のオセロと同様に挟んだら裏返すという基本原理に基づくゲームだった。開発から6年後の1876年にF・H・エアーズがこれを発売した[21]。
1883年、同じくイギリスのルイス・ウォーターマン (Lewis Waterman) がアネクゼイションの盤面を8×8の正方形(チェスボード)に改良してリバーシ (Reversi) を開発した[21][32][33]。リバーシは、1886年にロンドンのサタデー・レビュー紙に掲載され、世に知られることになった[34]。ウォーターマンは、1888年にリバーシを商品化し、ジャック・アンド・サン(現・ジャック・オブ・ロンドン)から発売した[1]。なお、リバーシ発売後にF・H・エアーズがアネクゼイションの改良版として「Annex a Game of Reverses」という名前でリバーシとほぼ同一のゲームを販売したため、商標をめぐって訴訟となったが、「リバーシ」は「裏返す」という意味の単語「Reverse」に由来し、16世紀からフランスでプレイされていた伝統的トランプゲームであるリバーシスの別名でもあることから商標権は認められず、両者はともにこのゲームを販売できることになった[21]。
商品化から2年後の1890年にウォーターマンが承認したリバーシの解説書によると、当時のリバーシと現在のオセロとのルール上の違いは、以下の2点のみである[1]。
- 初期配置オリジナル・ルール
- 初期のリバーシでは、盤面に石を置かずにゲームを開始していた。初手から4手目まで交互に中央4マスのうち好きな位置に石を打ち込むことで、初期配置を決めた(なお、初期配置を決めるための4手は相手の石を挟まなくて良かった)。
- 着手回数32手制限ルール
- 初期のリバーシでは、両対局者はそれぞれ最大32回しか石を打つことができなかった。つまり、ゲーム開始時に各々の手元に32個の石が配布され、相手のパスによって自分が連続して着手した結果手元の32個の石を使い果たしてしまった場合は、それ以降の自分の手番がすべてパスになった。
なお、「リバーシは盤面の大きさが自由であった」「リバーシはパスができなかった」などとされることがある[35]が誤りである。実際には、1890年刊行の解説書において、「盤面は8×8の正方形[36]」「打てる箇所がない場合はパス」という現在のオセロと同一のルールが定められている[1]。
同書によると石の色は黒と白 (black and white) であり、これもオセロと同様である。もっとも、ボードゲーム収集家のリチャード・バラムのコレクションとして、ジャック・アンド・サンから発売されたオリジナルのリバーシは黒白[37]、黒赤[38]、赤白[39]など、色の異なった複数のバージョンが公開されている。
20世紀のリバーシ[編集]
リバーシは、早くから日本にも輸入され、「源平碁」という名前で発売された[40][41]。幼少期の明仁親王(のちの天皇・上皇)も父の昭和天皇とリバーシで遊んでいた[42]。
リバーシが考案されてから日本に伝来するまでの間に、ルールの変遷があった。まず、着手回数32手制限ルールはすぐに廃止され、相手がパスした場合には相手の手元の石を使ってもよいことになった[43][44]。また、初期配置に関しては、簡便のために最初から中央4マスに石を置いてからゲームを開始するのが主流となった[44]。この結果、日本にリバーシが伝わった時点では、現在のオセロとのルール上の違いはほぼなくなっており[44]、1907年に編纂された『世界遊戯法大全』では現在のオセロと完全に同一のルールが定められている[22]。
もっとも、初期配置に関しては、以下の3つのルールがローカルルールとして併存しており、どのルールを採用するかは競技団体・競技者や開発メーカーによって違いがあった[45][46](なお、『世界遊戯法大全』のようにクロス・ルールを採用した場合にはオセロと完全に同一のルールとなる)。
石の色については、黒白のものもあったが[47]、黒赤が主流となり、日本では源平になぞらえて紅白(赤白)の石を使うこともあった。
リバーシ(源平碁)は現在のオセロとよく似たゲームである。しかし、リバーシはオセロほどの支持を得ることはできず、忘れられた存在となっていった[26]。
挟み碁[編集]
近年の長谷川の主張によれば、オセロのルーツは、第二次世界大戦が終わって間もない1945年の夏に水戸市で長谷川が考案した簡易囲碁ゲーム挟み碁である[48][6]。
長谷川によれば、当時の長谷川は相手の石を囲んだら取れるという囲碁のルールがよく分からなかったため、相手の石を挟んだら取れるという簡易ルールで遊んでいた。その後、石を取るのではなく、相手の石を挟んだら自分の石と置き換えるというルールに改良し、現在のオセロに近いものとなった。さらに、自分の石と置き換える作業を簡単にするため、碁石ではなく表裏を黒白に塗り分けた紙の石を裏返すというアイデアに至った。
挟み碁には挟んだら裏返すという基本原理以外に定まったルールはなかった。盤面は長谷川が自作した8×8、8×9、9×10、八角形など多様な形状のものを使用し、「複数の石を挟んだときも裏返せる石は1個のみ」あるいは「挟んだ石のうち裏返したくない石は裏返さなくていい」など、そのときどきで様々なルールを採用してプレイしていた[23]。
長谷川は、中学・高校・大学にわたって、このゲームを級友と楽しんでいたが、大学卒業によってその機会がなくなり、挟み碁は一旦姿を消すことになった。
これが2000年頃から長谷川が主張するようになったオセロの起源である(ただし、1990年代以前の文献では長谷川は挟み碁について触れていない)。また、水戸市はこれに基づいて「オセロ発祥の地」を自称し、オセロにまつわる様々なイベントを開催している。
オセロの成立[編集]
1964年当時、東京都で製薬会社の営業担当として仕事をしていた長谷川は、同僚の女子社員たちから何かゲームを教えて欲しいと頼まれた[49]。長谷川は囲碁・将棋ともに五段の腕前を誇り、最初はこれらのゲームを教えたが、難しすぎるとのことで上手く行かず、そんな折に少年時代に考案した挟み碁のことを思い出した。そこで、自宅で妻と家庭の牛乳瓶の紙蓋[50]を集めて石を自作し、女子社員たちにルールを教えたところ、彼女らが昼休みにこのゲームを楽しむようになった。
さらに、営業先の病院でもこのゲームを紹介したところ、入院中の患者の時間潰しやリハビリテーションに使えるとのことで好評を博した。長谷川が担当していたある病院の医局長からは「このゲームは社会復帰を目指す患者のリハビリに適し華がある」と太鼓判を押されたという[51][6][52]。
手応えを覚えた長谷川は、仲間たちとともに実験・研究を繰り返し、このゲームをさらに改良することにした。当初は自作の8×9の盤を使っていたが、1970年10月にメルク(西ドイツの製薬会社)からチェスセットが日本の薬品関係者に贈られると、長谷川はこの8×8のチェスボードを採用して、チェスボードに合った牛乳瓶の紙蓋を使用するようになった。さらに、当初は間接挟みでも石を返すという現在よりもやや複雑なルールを採用していたが、直接挟みのみに限定した簡明なルールに変更した[53]。これにより、1970年頃、東京で現在のオセロと同様のゲームが完成した。
完成したゲームには、当初黒と白の石をパンダに見立てて「ランラン・カンカン」という名前(上野動物園で人気となっていたバンダのカンカンとランランに由来)も検討されていたが[8]、長谷川の父親で旧制水戸高等学校(水高)の英国文学教授であった長谷川四郎の発案で「オセロ」に変更された。これは、長谷川四郎の専門分野である英国文学の代表作・シェイクスピアの戯曲『オセロ』に由来したものである。
商品化とオセロブーム[編集]
1972年10月[54]、長谷川が玩具メーカーのツクダオリジナルにオセロを持ち込んだところ、これが認められ、商品化が決まった[55][17]。
商品化に先立ち、1973年1月には日本オセロ連盟が設立され、同年4月7日には第1回全日本オセロ選手権大会が開催された[6]。
同年4月25日[56](4月29日とする資料もある[57])、「オフィシャルオセロ」が発売された。商品企画部門の責任者だった和久井威によると、当時玩具に対してキャラクター以外のロイヤリティーを払うという意識が業界にはほとんどなく、オセロにもパテントは付いていなかったが、ツクダオリジナルのオーナーは「おもちゃはアイデアだから」と支払を認めたという[17]。玩具業界には子供向けのボードゲームは4人以上で遊べるべきという意識があったため、2人用ゲームであるオセロは大人をターゲットとして、パッケージ表面にはタバコやライターを写したデザインが採用された[55]。価格は2200円に設定された[17][58]。
初期ロットは在庫を残さないよう3000個で、経費の都合でテレビ宣伝も打たなかったものの、百貨店の店頭などで実演販売をすると着実に売れていった[17][58]。これに自信を得た和久井がその年の年末商戦に向けてテレビCM(ドンキーカルテットのジャイアント吉田を起用)を製作したところ、オンエア後の10月からの3か月間で38万個、翌1974年に120万個以上[59]、1975年に280万個が売れる大ヒット商品となった[17][58][60]。『日経流通新聞』(現『日経MJ』)のヒット商品番付では、1973年、1974年と2年連続で「大関」に選出された[58]。
1977年にアメリカ合衆国でも発売され、その年のうちに100万個が売れたという[58]。この年から、世界オセロ選手権大会も始まった。
2002年、ツクダオリジナルはバンダイの子会社となり、2003年3月には和久井が経営するワクイコーポレーションと経営統合してパルボックスとなった。さらに2005年には、パルボックスはバンダイの子会社メガハウスに統合され、2019年現在はメガハウスがオセロを販売している。なお、アメリカ合衆国ではゲイブリルが最初の販売元だったが[58]、その後数社の変遷を経て、2007年時点ではマテルが欧米での販売権を所有している[58]。
和久井によると、2007年時点でもオセロは年間40~50万個は売れ続けているという[17]。
関連ゲーム[編集]
リバーシ(源平碁)[編集]
リバーシ(Reversi、レヴァルシー、源平碁)は、オセロよりも古くからあるよく似たゲームである(前述)。
| ゲーム名 | 最初期の文献(出典) | 開発年・開発者・発売元 | 石の色 | 盤面の形状 | 初期配置 | 複数石挟み | 着手不能時 | 着手回数制限 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| リバーシ(19世紀) | Reversi and Go Bang (1890年)[1] |
1883年(ロンドン) ルイス・ウォーターマン ジャック・アンド・サン |
黒白 黒赤 赤白 |
8×8の正方形 | オリジナル | 全部裏返す | パス | 32手 |
| リバーシ(20世紀) | 世界遊戯法大全 (1907年)[22] |
1900年頃 不明 多数 |
黒白 黒赤 赤白 |
8×8の正方形 | クロス パラレル オリジナル |
全部裏返す | パス | 無制限 |
| オセロ | オセロの打ち方 (1974年)[26] |
1970年頃(東京) 長谷川五郎 ツクダオリジナル |
黒白 | 8×8の正方形 | クロス | 全部裏返す | パス | 無制限 |
オセロのルールは、クロス・ルールを採用したリバーシと完全に同一である。そのため、オセロは先行するリバーシに基づいて開発されたのか、それとも別々に考案されたものが偶然似ただけなのかという点がしばしば議論される。開発者の長谷川五郎は、当初オセロの原型はリバーシとしていたが[26]、2000年頃からはリバーシに触れることなく、オセロの原型は1945年に自身が考案した挟み碁と主張するようになっている[28]。
このような経緯に基づき、オセロはリバーシの盗作であると批判する専門家も一部に存在する。例えば、パズル・ゲーム研究家の田中潤司は、リバーシは昔から日本でも源平碁として親しまれており、1968年の他社のカタログにも掲載されているから、玩具メーカーである発売元のツクダオリジナルがこれを知らなかったわけがないと指摘している[61]。また、ゲーム研究家の草場純は、オセロとリバーシの違いは初期配置のみであるとしたうえで、長谷川が初期配置を互い違いに限定したのはリバーシの改悪であると厳しく批判している[62][63]。
もっとも、事実関係は不明であるうえ、万が一盗作であったとしても、長谷川がオセロを発売した時点ですでにリバーシの開発者はこの世におらず、特に権利関係が問題視されることはない。また、現在の世界的なオセロの興隆は、ゲーム性のみならず長谷川の構築した名称・用具・環境を伴うブランド力によるものである。以上の理由から、オセロの原型をリバーシとする場合であっても、長谷川を中興の祖として位置付け、その功績を高く評価するのが一般的である[64]。
現在では、もともとのリバーシはオセロと比べて競技人口が著しく減っており、代わってオセロの別名として「リバーシ」という言葉が使われることが増えている。これは、オセロの商標権との抵触を避けるためである[65]。1973年のオセロ発売当初、「オセロ」という商品名は商標として、黒白の石や緑の盤面などのデザインは意匠として、ともにツクダオリジナルによって登録され、権利保護の対象となっていた。その後、意匠権は保護期間の20年が満了したため、他社も同一のデザインを使用することができるようになったが、商標権は2019年現在も保護が続いている。そこで、他社は商標権が問題とならない「リバーシ」の商品名でオセロと同一デザインの商品を発売するのが一般的となっている。
1999年には、日本最大手のオセロ情報サイトを運営していた元タイトルホルダーのオセロ選手に対し、商標権侵害であるとしてツクダオリジナルが内容証明郵便を送り付けたことがきっかけとなって、日本で商標権のないリバーシに着目する動きが広まり、元タイトルホルダー4名を含む多数の高段者たちが集まって日本リバーシ協会を設立した[66][67]。日本リバーシ協会の理事に対して「リバーシ禁止―オセロ連盟を除名」と題した脅迫状が送り付けられる事件が発生し[68]、日本オセロ連盟の一部幹部からは、リバーシはオセロと敵対するゲームであるとして日本リバーシ協会を排斥する主張がなされたとされる[69]。その後、日本リバーシ協会は活動を停止した。
ニップ[編集]
リバーシのほかに、オセロに先行する類似ゲームとしては、ニップと呼ばれるものもある[70]。
オセロと異なるニップの特徴は盤面の形である。現在知られているニップは、円形の盤面を用いる。一方、黒井千次は、自身が幼少期に遊んでいたニップの盤面は四角形から四隅が欠けたものであったとしている[71]。
ニップがどのような経緯で生まれたものか詳細は明らかになっていないが、1933年に松本彌助名義で実用新案登録がなされている[72]。
オセロ公式バリエーション[編集]
メガハウス(旧・ツクダオリジナル)によるオセロ盤の公式バリエーションは、これまでに様々なものが発売されてきた。代表的なものは以下の通りである。
- ミニオセロ
- 盤面を8×8から6×6に縮小したもの。
- グランドオセロ
- 盤面を8×8から10×10に拡大したもの(終売)。
- エイトスターズオセロ
- 旧称「88オセロ(エイティエイトオセロ)」。グランドオセロから盤面の四隅を切り落として8つの隅を持つ八角形状にしたもの(終売)。
- みんなでオセロ
- 四人対戦を可能にしたもの。
このほか、通常の8×8オセロについても、以下のようにプレイヤーの便宜を図るために様々な工夫を凝らした製品が順次追加されている。
| 発売時期 | 製品名 | 特徴 |
|---|---|---|
| 1973年〜 | オフィシャルオセロ | オセロ公式大会使用盤。 |
| 1975年頃〜 | マグネットオセロ | 石がマグネット式で石ずれ防止になり、かつ盤が折り畳み可能。 |
| 1970年代後半〜 | ベストオセロ、ナイスオセロ | 盤に石ケースを内蔵。2000年代にもマイナーチェンジあり。 |
| 1980年代前半〜 | ビクトリーオセロ | マス目に立体ガイド付きで石がずれない入門用。 |
| 2000年代前半〜 | 大回転オセロ | 盤に回転式の石を固定。発売当初は「オセロ極(きわめ)」と呼ばれていた。 |
また、視覚障害者向けに触って石を識別できたり、指の障害などで石をつまめない人が盤と一体化した石を回したりして楽しめるタイプ(上表の「大回転オセロ」もこれに該当する)も開発・発売されている[73]。
オセロ用具を用いた派生ゲーム[編集]
現在はコンピュータゲームやスマートフォンゲームが全盛の中、アナログゲームの売上は減少しており、オセロもその例外ではない。アナログのボードゲーム販売強化手法の一つとして、オセロと他の家庭用ボードゲームを一緒にして販売されるケースも多い。この場合、オセロ石を活用して様々なバリエーションの派生ゲームが追加されるケースもある。例として、オセロの石を使って、マス目の少ない囲碁、おはじき、積木崩し、トランプのチップ等で遊ぶケースがある。もっとも、日本オセロ連盟が公式にルールを定めているものではない。
大会[編集]
各地で数多くのオセロ大会が開催されている。
主要なオセロ大会としては、以下のものが挙げられる[74]。
- 世界大会
- 日本大会
世界オセロ選手権[編集]
世界オセロ選手権 (World Othello Championship) はアメリカ合衆国でオセロが発売された1977年に始まった。当初は世界チャンピオンを決める無差別部門だけだったが、1987年からは団体部門、2005年からは女子部門、2016年からはユース部門(15歳以下)が新設された(女子やユースが無差別部門に出場することも可能)。
第1回大会は日本の東京で開催された。また、10回、20回、30回、40回の記念大会はいずれも日本で開催されている。記念大会は、第20回大会までは長谷川五郎が1970年頃に現在のオセロのパッケージを開発した東京で開催されていたが、既述の通り2000年頃から長谷川が「オセロの発祥は1945年に茨城県水戸市で自身が考案した挟み碁である」と主張するようになったことを受け、三十(みと)の語呂合わせとなる2006年の第30回大会を機に、それ以降は水戸で開催されている[75]。なお、水戸市はこれ以降「オセロ発祥の地」を名乗っている。また、2019年の第43回大会は、当初香港で開催予定だったが、逃亡犯条例改正案をめぐる混乱を受け、急遽東京で開催された[76]。
| 開催年 | 開催地 | 無差別部門優勝者 | 無差別部門準優勝者 | 女子部門優勝者 | ユース部門優勝者 | 団体部門優勝国 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第1回 | 1977年 | (未実施) | (未実施) | (未実施) | |||
| 第2回 | 1978年 | (未実施) | (未実施) | (未実施) | |||
| 第3回 | 1979年 | (未実施) | (未実施) | (未実施) | |||
| 第4回 | 1980年 | (未実施) | (未実施) | (未実施) | |||
| 第5回 | 1981年 | (未実施) | (未実施) | (未実施) | |||
| 第6回 | 1982年 | (未実施) | (未実施) | (未実施) | |||
| 第7回 | 1983年 | (未実施) | (未実施) | (未実施) | |||
| 第8回 | 1984年 | (未実施) | (未実施) | (未実施) | |||
| 第9回 | 1985年 | (未実施) | (未実施) | (未実施) | |||
| 第10回 | 1986年 | (未実施) | (未実施) | (未実施) | |||
| 第11回 | 1987年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第12回 | 1988年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第13回 | 1989年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第14回 | 1990年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第15回 | 1991年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第16回 | 1992年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第17回 | 1993年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第18回 | 1994年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第19回 | 1995年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第20回 | 1996年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第21回 | 1997年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第22回 | 1998年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第23回 | 1999年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第24回 | 2000年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第25回 | 2001年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第26回 | 2002年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第27回 | 2003年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第28回 | 2004年 | (未実施) | (未実施) | ||||
| 第29回 | 2005年 | (未実施) | |||||
| 第30回 | 2006年 | (未実施) | |||||
| 第31回 | 2007年 | (未実施) | |||||
| 第32回 | 2008年 | (未実施) | |||||
| 第33回 | 2009年 | (未実施) | |||||
| 第34回 | 2010年 | (未実施) | |||||
| 第35回 | 2011年 | (未実施) | |||||
| 第36回 | 2012年 | (未実施) | |||||
| 第37回 | 2013年 | (未実施) | |||||
| 第38回 | 2014年 | (未実施) | |||||
| 第39回 | 2015年 | (未実施) | |||||
| 第40回 | 2016年 | ||||||
| 第41回 | 2017年 | ||||||
| 第42回 | 2018年 | ||||||
| 第43回 | 2019年 | ||||||
2019年時点の優勝回数最多記録は、以下の通りである。
- 個人優勝記録
- 無差別部門:為則英司(日本) 7回
- 女子部門:菅原美紗(日本)、ジョアンナ・ウィリアム(オーストラリア) 2回
- ユース部門:髙橋晃大(日本) 2回
- 国別優勝記録
- 無差別部門:日本 32回
- 女子部門:日本 6回
- ユース部門:日本 4回
- 団体部門:日本 17回
戦術[編集]
オセロには様々な戦術が知られている。これらの戦術のほとんどは、オセロのパッケージを開発した長谷川五郎によって整備された[11]。ここでは、標準的な戦術書でよく解説される概念を説明することで、オセロ戦術の全体像を概観する。
定石[編集]
図は、序盤の3手目の局面である。ルール上、ここで黒番にはc4、d3、e6、f7の4つの選択肢がある。しかしながら、c4、d3、f7の進行は白番が正しく対応すればいずれも黒番必敗となることが判明しているため、初心者を除けば黒番は必ずe6と打つ[78]。
このように、不利にならない手は限られているから、双方がある程度の実力を有していれば序盤の進行はいくつかの決まったパターンに収束しやすい。そういったパターン化された進行を「定石」という。上級者同士の対局では、基本的な定石を双方が覚えたうえで、どの定石を選択するか、どこで定石から変化するかなど細かい駆け引きを行う[78]。
定石には、盤上の石の形を動物などに見立ててそれぞれ名前が与えられている[79]。兎定石、虎定石、牛定石、鼠定石は四大定石と呼ばれている[78]。
一石返しと中割り[編集]
図の局面は一見すると黒石がとても多く、初心者には黒番がリードしているように見えるかもしれない。しかし、黒番はここでg7以外に打てる箇所がない。そこで仕方なく黒番がg7に打つと白番がh8の隅を取れる状態になるから、黒番は圧倒的不利となる。
このように、オセロでは序盤・中盤の局面で石が多いからといって必ずしも有利というわけではない。多くの場合はその逆であり、石が多すぎる側は不利となる[78]。オセロは相手の石を挟まなければ着手できないため、相手の石が少なかったり、相手の石が自分の石で囲まれていたりすると、着手可能な箇所が少なくなり、本来打ちたくない箇所に打つしかなくなってしまうのである。逆に言えば、序盤・中盤では、石を取りすぎず、自分の石が相手の石に囲まれた状態を目指すのが基本となる。
例えば、図は兎定石の9手目の局面であるが、ここで黒番の定石手はe6である。この手は、e5の白石1つだけを挟む手であるから自分の石を増やしすぎることはない。また、e5はすでに周囲を他の石で囲まれているから、自分の石を相手の石の中に潜り込ませることができる。したがって、理想的な好手である。
好手の類型として「一石返し」と「中割り」が有名である[78]。一石返しは、相手の石を1つだけ挟むように打つことである。中割りは、周囲をほぼ他の石に囲まれている相手の石だけを挟むように打つことである。一石返しは自分の石を必要以上に増やさない手であり、中割りは自分の石を相手の石で囲ませる手であるため、これらを意識することで好手を発見しやすくなる[78]。図でのe6という手は、一石返しでなおかつ中割りである。
隅とその周辺[編集]
図の局面で、黒石はどれも終局までに白石に挟まれてしまう可能性があるが、10個の白石はもはや黒石で挟むことができない。したがって、これらの白石は終局まで白石であることが確定している。
このような、挟まれることがないから終局まで色が変わらないと確定した石のことを「確定石」という。確定石を増やしていくことは、勝利に直結するので重要である[78]。
オセロで勝つために大切な要素の一つとして「隅」がある。オセロ盤のうち四隅のマス(a1、a8、h1、h8)については、挟むことができないから、隅に石を置けば必ず確定石となる。また、図のように隅から隣接するマスに同じ色の石が置かれている場合には、それらも確定石となることがある。したがって、隅を狙うのはオセロの基本となる[78]。
隅と関連して重要な概念として、CとXがある。図で黒石を置いたマス(隅と縦横に隣接するマス)がC、白石を置いたマス(隅と斜めに隣接するマス)がXである。
当然のことながら、CやXに自分が石を打たなければ、相手に隅を取られることはない。したがって、初心者の間は、CやXを極力避け、相手がCやXに打ってきたら隅を取りに行くという戦術がよく使われる。しかし、初心者を脱すると、あえてXに打って相手に隅を取らせたうえで自分はCを取り、Cを基点に隣接する大量のマスを自分のものにするといった勝負手も必要となってくる。いずれにしても、隅、C、Xに関する攻防は初心者から上級者まで注目されるポイントである[78]。
手止まりと偶数理論[編集]
図のような局面を考える。ここで黒番が左下のb7に打ち込むと、c7、d7、e7の3つの石を黒石にすることができる。そして、b7の周辺にはもう空きマスがないから、これらの石が再び白番に返される心配はなく、良い手であると考えられる。
このように、隣接する空きマスが他にないマスに打ち込むことを「手止まり」と言い、終盤戦では手止まりを打つのが一つの目標となる[78]。
終盤戦において重要となるのは、まずは先を読み切って地道に石を数えることである。しかし、石を数えることのほかに、互いに隣接する空きマスの数に着目することである程度類型的に好手を見つけることができる[78]。手止まりを打つこともその一つである。
図は、さきほどの局面から黒番がb7に打った局面である。ここで互いに隣接する空きマスの数を見ると、左上には3つ(奇数)の空きマスがあり、中央上には2つ(偶数)の空きマスがある。この局面で白番が打つべき最善手は、左上の空きマスの数を2つ(偶数)にするa1である。次に黒番b2に対して、すかさずb1とすれば手止まりが打てるし、さらに黒番d1に対してe1とすればまた手止まりが打てる。
重要なのは、白番は互いに隣接する空きマスの数を偶数にしていることである。偶数にしておけば空きマスが1つのときに自分の手番になるから、そこで手止まりが打てるというわけである。これを「偶数理論」と呼び、手止まりをたくさん打つために有効な理論である[78]。
黒番・白番それぞれの戦略[編集]
黒番の初手は、どこへ打っても対称形になるため、実質的意味はない。白番の2手目には縦取り、斜め取り、並び取りの3つの選択肢がある。
縦取りは兎定石・虎定石、斜め取りは牛定石、並び取りは鼠定石を志向した手であり、白番が得意な定石を選択できる。縦取りの場合、これに対して黒番はc5として兎定石にするか、c3として虎定石にするかを選択できる。兎・虎・牛・鼠のいずれの定石においても様々な変化があるが、黒番が変化を選択できることが多いため、どちらかと言うと黒番が定石の主導権を握りやすいと言われている[78]。
終盤戦では、白番は偶数理論を使って積極的に手止まりを狙っていくことができる。終局までパスがなければ、偶数理論を使うことができるのは後攻の白番のみであるため、一般に終盤戦は白番が打ちやすいと言われている[78]。もっとも、白番が打てない空きマスを作ることで黒番が偶数理論を逆用する「逆偶数理論」などの戦術もある。
このように、黒番・白番それぞれに強みとなる部分があり、どちらが有利か一概には言えない。コンピュータによる完全解析はなされておらず、部分的な解析結果からは引き分けが結論となる可能性が高いと言われている[80]。なお、これまでに行われた対局の統計では、ほぼ互角であるが白番がわずかに勝ち越している[81]。
コンピュータオセロ[編集]
オセロは、ルールがシンプルでコンピュータに適しているため、プログラミングの教材、あるいはテレビゲームの製品として、これまで数々のコンピュータ・プログラムが開発されてきた。オセロがアメリカ合衆国で発売された1977年、早くも4月にはN・J・D・ジェイコブスが世界初とされるコンピュータオセロ・プログラムをサイエンティフィック・アメリカン誌に掲載した[82]。翌1978年にはアーケードゲーム(任天堂)[83]、1980年には家庭用ゲーム(Atari 2600)としてコンピュータオセロが製品化された。また、アスキーによりオセロ・プログラムを対局させる「マイクロオセロリーグ」が企画され、その模様は記事として掲載された。1986年には同社からオセロを題材とした思考ゲームのプログラミング解説書も出版された[84]。
最古のコンピュータオセロは特別強いものではなかったが、数年が経つとアルゴリズムが整理され、終盤の正確な読みによって瞬く間に人間の上級者とも戦えるようになった。1980年にはオセロ・プログラムのMoorが当時の世界チャンピオン・井上博を相手に初めて1勝を挙げた(6番勝負で1勝5敗)。1982年には森田和郎の開発した森田オセロが全日本選手権2位の北島秀樹ら強豪プレイヤーたちが集う大会にゲスト参加して6戦全勝で優勝した。その後、ハードウェアの進歩とソフトウェアの改良によってコンピュータオセロは着実に力を伸ばしたが、1980年の井上戦から17年間、公の場で人間の世界チャンピオンと対戦する機会はなかった。
1997年8月、オセロ・プログラムのLogistelloが村上健(当時の世界チャンピオン)と対戦して6番勝負で6勝0敗の成績を残し、コンピュータオセロの実力がすでに人間のトッププレイヤーを超えていることを証明した[85]。実際には、それ以前からコンピュータの実力が人間を上回っていたことは明らかであり、村上は「もはや人間が及ぶレベルではありませんでした。負けると思っていました」と潔くLogistelloを称えた[80]。なお、同年5月にはコンピュータチェスのディープ・ブルーがガルリ・カスパロフを破ったばかりだった[86]。
現在では、トップレベルのオセロ・プログラムに人間が勝つことはまず不可能と考えられており、スマホで動作する無料のプログラムの中にも人間の世界チャンピオンを凌ぐレベルのものがある。人間のプレイヤーも自身の研究にコンピュータオセロを活用するようになっている[80]。このほか、2019年には、負けることに特化した「最弱オセロ」が公開されて話題となるなど、多様な研究が進められている[87][88][89]。
オセロは二人零和有限確定完全情報ゲームに分類され、ゲーム木複雑性は10の58乗程度である[90]。そのほかの代表的な二人零和有限確定完全情報ゲームでは、チェッカーが10の31乗程度、連珠が10の70乗程度、チェスが10の123乗程度、シャンチーが10の150乗程度、将棋が10の226乗程度、囲碁が10の360乗程度となっており、オセロのゲーム木はチェッカーの次に小さい。
二人零和有限確定完全情報ゲームは、理論上は双方最善手ならば先手必勝・後手必勝・引き分けのいずれかの結論が下せるはずだが、オセロは2019年時点で未だにコンピュータによる完全解析はされておらず、結論は不明である[91]。部分的には、以下の事実が判明している。
- オセロのある局面が黒番必勝・白番必勝・引き分けのいずれであるかを判定する問題は、PSPACE完全である[92]。
- 盤面を4×4に縮小したオセロは、3対13で白番(後手)の必勝となる[93]。
- 盤面を6×6に縮小したオセロは、16対20で白番(後手)の必勝となる[94]。
- 通常通りの8×8のオセロでは、一部の定石で引き分けとなることが判明している[95]。このことから、結論は引き分けになる可能性が高いと言われている[80]。
関連文献・資料[編集]
定石書・戦術書[編集]
- 丸岡秀範 『ぼくたちオセロエイジ』 (C・D企画: 大和学芸図書、1979/03)
- 日本オセロ連盟(編纂) 『図解 オセロ入門』 (虹有社、1983/01) ISBN 4770900058
- 谷田邦彦 『図解 早わかりオセロ ― これが必勝のコツだ!!』 (日東書院本社、1986/12) ISBN 4528004933
- 谷田邦彦 『絵でわかるオセロ入門』 (日東書院本社、1988/05) ISBN 4528008440
- 井上博 『逆転の発見 ― オセロの定石と必勝戦術 (改訂新版)』 (ネコ・パブリッシング、1992/12) ISBN 4873660882
- 長谷川五郎 『オセロの打ち方 ― 勝つための基本戦術』(講談社、1981/12) ISBN 4061277596
- 長谷川五郎 『オセロ百戦百勝 ― 勝つための技術』(講談社、1990/07) ISBN 4062048434
- 長谷川五郎 『オセロ大観〈1〉』 (近代文藝社、1995/09) ISBN 477334718X
- 長谷川五郎 『オセロ大観〈2〉』 (近代文藝社、1995/09) ISBN 4773347198
- 長谷川五郎 『オセロの勝ち方 [改訂新版]』 (河出書房新社、2006/07) ISBN 4309269087
- 長谷川五郎 『オセロ教室』(近代文藝社、2008/8) ISBN 4773375825
- 中島哲也 『たのしく上達 図解オセロ ― 定石から必勝テクニックまでわかりやすく解説!』(成美堂出版、2009/05) ISBN 4415305490
- 村上健 『史上最強カラー図解 強くなるオセロ』(ナツメ社、2011/03) ISBN 4816350330
- 滝沢雅樹(監修) 『図解 オセロの基本―マンガで覚える』 (滋慶出版/土屋書店 、2011/11) ISBN 4806912344
- 佐谷哲 『現代オセロの最新理論』 (マイナビ出版、2019/01) ISBN 9784839966492
- 髙橋晃大 『髙橋晃大のオセロ必勝手筋100』 (マイナビ出版、2019/10) ISBN 9784839969363
- 松浦政泰『世界遊戯法大全』(1907年、博文館) https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860315 (コマ番号111〜112)ASIN B008Y7Q9QU
歴史[編集]
- 長谷川五郎 『オセロの打ち方 ― 勝つための基本戦術』(講談社、1981/12) ISBN 4061277596
- 長谷川五郎 『オセロ百人物語 オセロ史を飾った名選手たち』 (河出書房新社、2005/12) ISBN 4309906559
- 長谷川五郎 『オセロゲームの歴史』 (河出書房新社、2011/07) ISBN 9784309909134
- 「和久井威氏ロングインタビュー 第2回」『月刊トイジャーナル』2007年6月号、東京玩具人形協同組合
派生ゲーム[編集]
- 長谷川五郎 『オセロの打ち方 ― 勝つための基本戦術』(講談社、1981/12) ISBN 4061277596
- 長谷川五郎 『ソクラテスの打ち方』(ソラリス、1994年) ISBN 4795203806
- 佐藤周二 『オセロ盤でもできる知的ゲーム 4・7』 (創栄出版、2006/08) ISBN 4434081616
プログラミングなどとの関係[編集]
- 森田和郎・国枝交子・津田伸秀 『思考ゲームプログラミング ― オセロゲームのアルゴリズムと作成法』 (アスキー、1986/02) ISBN 4871481867
- 池原吉彦 『オセロで学ぶ BASIC 入門 ― 手作りプログラムで学ぶコンピュータ基礎講座』 (技術評論社、1990/07) ISBN 487408365X
- Seal Software 『リバーシのアルゴリズム C++ & Java 対応 ―「探索アルゴリズム」「評価関数」の設計と実装』 (工学社、2003/06) ISBN 4875934289
学習用ソフトウェア[編集]
コンピュータゲーム移植作品[編集]
- 『オセロマルチビジョン』(FG-1000、ツクダオリジナル、1983) - 本体にゲームを内蔵。セガのSG-1000シリーズと互換性があった。
- 『オセロ』(SG-1000、セガ、1985)
- 『オセロ』(ファミリーコンピュータ、河田、1986/10/13) - 旧ツクダオリジナル(現メガハウス)から正式にライセンスを受けて作られている。
- 『スーパーオセロ』(アーケード、フジワラ、1986)
- 『オセロ』(ゲームボーイ、河田、1990/2/9)
- 『究極のオセロゲーム』(アーケード、サクセス、1990)
- 『オセロワールド』(スーパーファミコン、ツクダオリジナル、1992/4/5) - 評論筋からは「単純に敵が強すぎて初心者に厳しい」と評されている[96]。
- 『オセロワールド』(ゲームボーイ、ツクダオリジナル、1994/9/30)
- 『オセロダービー』(アーケード、サンワイズ、1995)
- 『オセロワールドII 夢と未知への挑戦』(PlayStation、ツクダオリジナル、1995/12/8)
- 『オセロしようよ』(アーケード、サクセス、1998)
- 『オセロミレニアム』(ゲームボーイカラー、ツクダオリジナル、1999/10/8)
- 『SuperLite 2000シリーズ オセロ』(PlayStation 2、サクセス、2003/7/31)
- 『オセロ de オセロ DS』(ニンテンドーDS、メガハウス、2008/6/12)- タレントのオセロが登場する。
- 『オセロ』(ニンテンドーDSiウェア、アークシステムワークス、2009/7/29)
- 『オセロ』(Wiiウェア、アークシステムワークス、2009/12/22)
- 『オセロ』(PlayStation Portableオンライン配信、アークシステムワークス、2010/3/25)
- 『オセロ3D』(ニンテンドー3DSダウンロードソフト、アークシステムワークス、2011/6/7)
- 『オセロ』(Wii Uダウンロードソフト、アークシステムワークス、2013/4/17)
- 『オセロ』(PlayStation Vitaオンライン配信、アークシステムワークス、2014/8/7)
- 『オセロ』(Nintendo Switchダウンロードソフト、アークシステムワークス、2017/3/3)
脚注[編集]
- ^ a b c d e f Berkeley, Authorized by Lewis Waterman (1890). Reversi and Go Bang. Frederick A. Stokes Company. The Library of Congress.
- ^ パッケージには対象年齢6歳以上との表示があるが、誤飲の危険から定められているものであり、プレイ自体は何歳からでも可能である。家族で勝負!今こそ、頭を鍛えるオセロ。
- ^ オセロ誕生の秘密 | オセロ公式サイト。
- ^ 世界オセロ選手権決勝の持ち時間の場合。
- ^ オセロってなに? | オセロ公式サイト。
- ^ a b c d e 長谷川五郎 『オセロゲームの歴史』河出書房新社、2011年。
- ^ このキャッチフレーズは、オセロがアメリカ合衆国で発売された際に考案された。
- ^ a b オセロ誕生秘話(3)〜オセロファンのエネルギーがオセロのビックバンを作った!!〜(日本オセロ連盟HP 長谷川五郎寄稿)。
- ^ この他、NHKでは、2010年頃から『ギネス世界記録』、2017年頃から『ミシュランガイド』などの商標も使われている。
- ^ オセロ世界選手権、発祥の水戸で10年ぶり開催へ。
- ^ a b c 長谷川五郎 『オセロの勝ち方 [改訂新版]』河出書房新社、2006年。
- ^ 公益財団法人日本生産性本部 『レジャー白書2018』2018年。『レジャー白書』では、トランプ・オセロ・カルタ・花札が合算されていることに加え、一年以内に実際に遊んだ者を競技者として数えている(長谷川はルールを知る者すべてを競技者として推計している)ことから、長谷川の推計とは大きく異なった数字になっている。
- ^ 芸能界オセロ最強の佐藤健が世界チャンピオンとガチンコ勝負『行列のできる法律相談所』。
- ^ 小島瑠璃子(コジマルリコ) | ホリプロオフィシャルサイト。
- ^ 石橋VS瑛太の激マジオセロ勝負。
- ^ 和久井は、「夫とオセロをして勝つと夫の機嫌が悪くなり、「待った」をされて結婚以来初めて口答えをした」という87歳の女性の投書が『朝日新聞』に載ったという話を紹介している。
- ^ a b c d e f g 「特別企画 和久井威氏ロングインタビュー その2」『月刊トイジャーナル』2007年6月号、pp.72-74。このインタビューでは持ち込みは「(昭和)47年の年末」と述べている。
- ^ 参考資料:2006年7月17日付フジサンケイ ビジネスアイ「“脳内革命”でオセロ人気 高齢者が熱視線、売れ行き好調」。
- ^ 田中カ子さん長寿世界一記念オセロ大会。
- ^ 国際的には従前から使われていたルールだが、日本では2014年よりこのルールが追加された。日本オセロ連盟競技ルール 。
- ^ a b c d Waterman v Ayres [1888].
- ^ a b c 松浦政泰 編『世界遊戯法大全』博文館、1907年。
- ^ a b 長谷川五郎『オセロ百人物語』河出書房新社、2005年。
- ^ 8×8の正方形、8×9の長方形、9×10の長方形、八角形などを使い分けていた。
- ^ 複数の石を挟んだときは、全部裏返すルール、1個だけ裏返すルール、挟んだ本人が裏返す個数を自由に決められるルールなど様々なルールを使用していた。
- ^ a b c d e 長谷川五郎『オセロの打ち方』日本オセロ連盟、1974年。
- ^ 「オセロの売れっぷり」実業の日本77巻5号、実業之日本社、1974年。
- ^ a b 長谷川五郎『オセロゲームの歴史』河出書房新社、2011年。
- ^ オセロノート 長谷川五郎氏のご冥福をお祈りいたします。
- ^ オセロの起源に関する主張まとめ。
- ^ なお、E・O・ハルビンは、Fan Mian(もしくはFan Mien)という中国のゲームをリバーシの原型としているが (Harbin, E. O. (1954). Games of Many Nations. Abingdon Press)、これに対してリスボン大学教授のジョアン・ペドロ・ネトは、Fan Mianは噂にすぎず一切の証拠がないとしている (Games of Soldiers - OTHELLO)。
- ^ Hoffmann, Professor (1894). The Book of Table Games. Routledge.
- ^ シド・サクソン『シド・サクソンのゲーム大全』 ニューゲームズオーダー、2017年。
- ^ The Saturday Review. 21 August 1886.
- ^ 例えば、「オセロ」と「リバーシ」は実は違うゲーム!その違いはなに?起源とともに紹介!など。
- ^ 公式の盤面は8×8だったが、後に「パーフェクトリバーシ」という名称で10×10、「オクトリバーシ」という名称で八角形のバリエーションも発売された。なお、オセロも「グランドオセロ」「エイトスターズオセロ」という名称で全く同様のバリエーションを発売していた。
- ^ Example of the game Reversi JJ11.
- ^ Example of the game Reversi JJ5.
- ^ Example of the game Reversi JJ10.
- ^ 読売新聞に「源平智慧競(げんぺいちえくらべ)が日本橋3丁目の丸善より発売された」という記載がある。
- ^ 加藤周一ほか『世界大百科事典 第2版』平凡社。
- ^ NHK「天皇 運命の物語」第一話 2018年12月23日放映。
- ^ F・H・エアーズのリバーシに添付されたルール説明書には、「彼が打つことができないでいる限り、対戦相手は彼の石を使用して打つ」と明記されている。Example of the game Reversi (Ayres)2.
- ^ a b c 日本リバーシ協会 - リバーシの歴史。
- ^ 日本リバーシ協会 - リバーシのルール。
- ^ 例えば、市販の源平碁(リバーシ)に添付されたルール説明を確認すると、骨董市で見つけた源平碁の小箱では、パラレルとなっているが、坂口和大が所有している源平碁は3種類になったでは、クロスとなっている。
- ^ Bell, R. C. (1969). Board and Table Games From Many Civilizations. Oxford University Press.
- ^ 日本オセロ連盟のサイトには長谷川の談話として「黒板をおいた青空授業が9月から始まりました。オセロの原型はそういう環境の下に生まれました。」と記載されている。オセロ誕生秘話(1)生い立ち (日本オセロ連盟HP 長谷川五郎寄稿)。
- ^ オセロ開発のきっかけについて、『オセロゲームの歴史』ではこのように説明しているが、取引先の病院に頼まれたのがきっかけであるとしている書籍もある。長谷川の発言が一定していないため、真相は不明である。
- ^ なお、オセロの石のサイズ(約35ミリメートル)は、牛乳瓶の紙蓋とほぼ同じである。これは、当初牛乳瓶の紙蓋を利用してプレイしていたことに由来する。
- ^ 初期の全日本オセロ選手権大会の実力者に病院関係者が多いことはこのような経緯による。オセロ誕生秘話(2)〜オセロゲームの歴史はファンと共に歩むことによって作られて行った〜(日本オセロ連盟HP 長谷川五郎寄稿)。また、オセロ発売前に開かれた「第1回選手権大会」に来た客にも、長谷川の縁でファンとなっていた病院関係者が多かったという。
- ^ 長谷川五郎 『オセロ百人物語 オセロ史を飾った名選手たち』河出書房新社、2005年。
- ^ 井上博『逆転の発見 ― オセロの定石と必勝戦術』企画室ネコ、1977年10月10日、66頁。なお、長谷川は、1964年に同僚の女子社員に教えた時点から現在と同じ8×8盤を使用していたと主張している。
- ^ メガハウスのプレスリリース。
- ^ a b 野口智弘 (2007年2月20日). “あの素晴しいトイをもう一度 第7回 オセロ(1) - パッケージにタバコ? 大人向けだったオセロ”. マイナビニュース 2017年4月2日閲覧。。ここでは和久井は「製品として発売するまでには1年近くかけてます」と述べている。
- ^ 『国産はじめて物語 Part2<1950〜70年代編> 戦後の日本を魅了したヒット商品の誕生秘話』ナナ・コーポレート・コミュニケーション、2004年7月7日、143頁。
- ^ 日本オセロ連盟編『図解 オセロ入門』虹有社、1983年、13頁。
- ^ a b c d e f g 野口智弘 (2007年2月28日). “あの素晴しいトイをもう一度 第8回 オセロ(2) - 最初はたった3000個、オイルショックを乗り越え世界へ”. マイナビニュース 2017年4月2日閲覧。
- ^ 和久井は2年目(1974年)の販売個数について、『トイジャーナル』では「160万個」、マイナビニュースでは「120万個」と述べている。
- ^ 年代流行1973年(昭和48年)流行・出来事。
- ^ 都筑道夫『黄色い部屋はいかに改装されたか?』フリースタイル、2012年。
- ^ 本人のTwitter。
- ^ ゲーム研究家・草場純さんの研究を収集するサイト「ゲームの受容とゲーム文化」。
- ^ 例として、長谷川の死去に際して、世界オセロ連盟会長だったトール・ビルゲル・スコーゲンは「長谷川氏はリバーシ・ゲームに基づいてオセロを開発した」としつつも「長谷川五郎氏は世界中のオセロ・プレイヤーによって大いに悼まれるだろう」とする追悼文 (Goro Hasegawa in memorian) を掲載した。
- ^ United States Othello Association - FAQs.
- ^ 内容証明郵便送付事件 - Othello! JAPAN。
- ^ 日本リバーシ協会。
- ^ 地獄の道化師。
- ^ リバーシとオセロは敵対するゲーム?。
- ^ 長谷川五郎『オセロの打ち方』講談社、1981年。
- ^ 黒井千次『老いのつぶやき』河出書房新社、2012年。
- ^ 実用新案登録187845号。
- ^ 【モノごころ ヒト語り】オセロ 誰もが楽しむ工夫で進化『日本経済新聞』夕刊2018年12月1日(社会・スポーツ面)2018年12月3日閲覧。
- ^ 日本オセロ連盟HP 歴代世界チャンピオン一覧。
- ^ 2005年12月20日『日本経済新聞』朝刊44P記事「オセロ故郷・水戸へ帰る」。
- ^ 日本での開催は3年ぶり、東京での開催は23年ぶりである。
- ^ 元日本代表の末國誠と同一人物。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 長谷川五郎『オセロの打ち方』講談社、1981年。 長谷川五郎『オセロの勝ち方』河出書房新社、2006年。村上健『強くなるオセロ』ナツメ社、2011年。井上博『逆転の発見』ネコ・パブリッシング、1992年。
- ^ これは、北海道代表選手の若松雅迪の発案による。オセロ史を飾った百人の名選手の物語(第4回)。
- ^ a b c d 人間VSコンピュータオセロ 衝撃の6戦全敗から20年、元世界チャンピオン村上健さんに聞いた「負けた後に見えてきたもの」。
- ^ 黒と白の勝率。
- ^ Gardner, Martin (April 1977). “Mathematical Recreations”. Scientific American.
- ^ “Game Machine (PDF)”. ゲームマシン アーカイブ - Game Machine Archive. ゲームマシン 第98号. p. 18 (1978年6月15日). 2019年6月9日閲覧。 “コンピューター・オセロ テーブル型TVゲーム機発売した任天堂”。
- ^ 森田和郎・国枝交子・津田伸秀『思考ゲームプログラミング』アスキー、1986年。
- ^ Othello match of the year.
- ^ ディープ・ブルー対ガルリ・カスパロフを参照。なお、そのほかの二人零和有限確定完全情報ゲームでは、1994年にチェッカー、2006年にシャンチー、2017年に囲碁と将棋、2018年に連珠でコンピュータが人間のトッププレイヤーに勝利あるいは引き分けという結果を残した。
- ^ 「負けるのが難しい」…世界最弱のオセロAIを体験―開発者に誕生のきっかけを訊いた【特集】。
- ^ 「負けられるなら負けてみてくれ!」 世界最弱のオセロAIが開発され、負けられないと話題に。
- ^ 「世界最弱のオセロAI」が話題…一体何のために作ったの?開発者に聞いた。
- ^ Victor Allis (1994). Searching for Solutions in Games and Artificial Intelligence. PhD Thesis, University of Limburg, Maastricht, The Netherlands. ISBN 90-900748-8-0.
- ^ なお、チェッカーは2007年にコンピュータによって完全解析がなされた。
- ^ S. Iwata and T. Kasai (1994). “The Othello game on an n*n board is PSPACE-complete”. Theor. Comput. Sci. 123 (123): 329–340. doi:10.1016/0304-3975(94)90131-7.
- ^ 実際には黒石が3個、白石が11個、空きマスが2個で終局となるが、現行ルールでは空きマスの数が勝者の石数に加算されるため、3対13で白番の10石勝ちとなる。空きマスに関する過去のルールに基づいて「8石勝ち」と記載している資料もある。Solution of Othello 4x4.
- ^ “Perfect play in 6x6 Othello from two alternative starting positions”. 2008年6月1日閲覧。
- ^ Public draw variations.
- ^ マイウェイ出版『死ぬ前にクリアしたい200の無理ゲー ファミコン&スーファミ』 (ISBN 9784865119855、2018年10月10日発行)、70ページ。
関連項目[編集]
- ミラクルファイブ
- ツクダオリジナル
- パルボックス
- メガハウス
- ハナヤマ -- リバーシとして販売。
- オセロマルチビジョン
- パネルクイズ アタック25 -- 4色で行うオセロのようなボード形式に則るクイズ番組。