コンテンツにスキップ

水平対向6気筒

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。219.102.110.119 (会話) による 2012年5月1日 (火) 07:39個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎ポルシェ)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

スバル・レガシィEZ30水平対向6気筒エンジン

水平対向6気筒(すいへいたいこうろっきとう)はピストン内燃機関レシプロエンジン)のシリンダー配列形式の一つで、6個のシリンダーが3個ずつ水平に対向して配置されている形式である。海外ではフラット6(Flat-Six)とも呼ばれ、F6と略されることもある。また、ボクサー6(Boxer-6)とも呼ばれ、B6と略される場合もある。

解説

このような構成のエンジンはV型6気筒と同等の短いエンジン全長を持ちながらも、全高を非常に低くする事が可能な為、全体的に非常にコンパクトなエンジンとなり、シャーシに対して低位置にマウントする事で車体全体の重心バランスを改善する事ができる。水平対向6気筒はより上位のエンジンである水平対向12気筒と比較してエキゾーストマニホールドなどの排気系統のスペース的な制約や熱問題等が起こりにくい為、水平対向エンジンの特性を比較的生かしやすい構成である。

水平対向6気筒は高性能スポーツカーオートバイにおける空冷エンジンでの使用例も多く、多気筒空冷エンジンの中では比較的実績のある熟成された構成であるが、大きな空冷フィンと強制空冷ファンなどの存在によりエンジンがどうしても大型化してしまう事や、大排気量の空冷シリンダーの製作には高度な加工技術と良質の鋼材が必須となり、必然的に生産にかかるコストが非常に大きくなってしまう事から、今日では一部の航空機用エンジンを除いては空冷式水平対向6気筒が用いられる事は少なくなっている。 [1]

水平対向6気筒は通常、後輪駆動車のうちリアエンジンミッドシップレイアウトに多く用いられる。後軸の重心をできるだけ低く保つ意味でも水平対向6気筒の採用は有効であった。車両によっては水平対向6気筒をフロントエンジンとして配置する事もあるが、この場合はエンジンの広い横幅が前輪の操縦系統の配置に影響を及ぼす可能性が高くなる。

水平対向6気筒は現在ポルシェスバルを含む極僅かな自動車メーカーと、ホンダオートバイ部門が製造するのみとなっている。中でもポルシェは黎明期から現在に至るまで水平対向6気筒を自社の高級スポーツカーに使用し続けている事で世界的に著名である。また、日本のスバルは1980年代から現在に至るまで幾度かの生産中断を挟みながらも自社のフラッグシップカーに専用の水平対向6気筒を採用している事や、水平対向6気筒を採用するメーカーで唯一フロントエンジン・4WDレイアウトでの車両作りを続けている事が広く知られている。

過去には多くのメーカーが水平対向6気筒の生産に取り組んでおり、ゼネラル・モーターズが1960年代に生産したシボレー・コルヴェアや、自動車デザイナープレストン・トマス・タッカーが心血を注いだタッカー・トーピードで空冷式水平対向6気筒が用いられた事が有名である。また、シトロエン・DSが試作段階で水平対向6気筒を用いたが、これは結局市販されないまま終わっている。

利点

水平対向6気筒は左右3つずつのピストンの運動が同一軸上にあり、互いのピストンが振動を打ち消し合う為にV型エンジンよりもエンジンの振動が低く抑えられる傾向がある。これは特にV型6気筒と比較した場合に顕著である。一般的なV型6気筒は直列3気筒と同様にシリンダーバンクに配置されるピストンが奇数の為、全シリンダーの燃焼完了と同時に偶力によるみそすり運動(偶力振動)が発生する事になるが、水平対向6気筒は直列3気筒を左右に組み合わせたような構造の為、左右のシリンダーで発生した偶力振動が相殺される形になる。

また、水平対向6気筒は直列6気筒と同様に各ピストンの燃焼行程を60度ずつずらす事で4サイクルの各行程に合わせたストロークを発生させる事が出来る為、一次振動、二次振動ともバランスする振動バランスのよいエンジンとなり、V型6気筒のようなバランスシャフトを設ける必要がない事から、必然的に小型軽量且つ振動の少ない理想的なエンジンとなる。

この為、水平対向6気筒は一般市販車両よりも高出力で高価なスポーツカーやフラッグシップカー、クルーザー型オートバイや軽飛行機で多く用いられるのである。

シボレー

シボレー・コルベアの水平対向6気筒。写真は後期型のターボチャージャー搭載エンジンである。

ゼネラルモーターズは1959年にシボレー・コルヴェアに強制空冷式水平対向6気筒を採用して発売した。この車はフォルクスワーゲン・ビートルと同様の大衆車を指向した車両であり、ビートルを参考にリアエンジンレイアウトを採用した。当時の米国市場の動向に合わせ、直列6気筒級のエンジンを主要競合相手と想定して開発された為に、当時の水平対向4気筒の生産技術では振動や出力の面で既存の6気筒エンジンに対抗出来ないと判断され、コルヴェアのエンジンは水平対向6気筒を採用する運びとなった。これは当時のアメリカ車としては非常に珍しい選択であったが、エンジンに係る生産コストの増大が深刻なものとなった為、シボレーはエンジン以外の部分で大きなコスト削減を迫られる事になった。 しかも、コルヴェアは重いリアエンジンとスイングアクスルサスペンションの組み合わせによって極端に後軸が重いリアヘビーの車体となってしまい、スタビライザーなども備えられていなかった為に、オーバーステア気味のピーキーなハンドリング特性になってしまった。急に後輪のトラクションが抜けてスピンアウトを起こしてしまう(場合によってはロールオーバーという極めて危険な事故も発生した)こともあり、ドライバーがこの車で過激にコーナーを攻めるような運転をすると危険であった。

シボレーはこのようなコルヴェアの特性の対策の一環として前軸と後軸のトラクションを出来るだけ均一化する為に、極端に前輪の空気圧を下げる事を推奨した。しかし、コルヴェアを購入した多くのオーナーは、シボレーのこの対策を見過ごし、スピンやロールオーバーの事故事例は日に日に積み重なっていく事になった。このようなコルヴェアの貧弱なハンドリング特性と、ゼネラルモーターズの会社体質の杜撰さは、1965年のラルフ・ネーダーの著書『どんなスピードでも自動車は危険だ』(Unsafe at Any Speed)で激しく糾弾されるところとなり、コルヴェアの評判は地に落ちる結果となった。ラルフの告発は後にアメリカ合衆国の自動車安全基準が強化される契機ともなった。

後にシボレーはコルヴェアの欠陥の改善に注力する事になり、シボレー・コルベットで使用された設計やコンポーネントをコルヴェアに流用する形でハンドリングの改善に努めたが、大衆がコルヴェアに抱いた安全性に対する悪印象はその後も消える事は無かった。1964年にはライバルのフォードフォード・マスタングを市場に投入。マスタング自体は大衆車フォード・ファルコンのコンポーネントを流用した比較的手堅い設計の車であったが、標準モデルの直列6気筒と、ハイパワーモデルのV型8気筒を選択出来る商品ラインナップを備えており、母体となったファルコン共々大ヒットを記録する事になった。その一方でコルヴェアは独自な設計が祟り水平対向6気筒から発展したエンジンラインナップを持たせる事は最後まで出来ないままであった。既存の水平対向6気筒をベースにした水平対向10気筒エンジンの開発は行われたものの、このエンジンも試作のみに終わり、結局コルヴェアは1969年を最後に生産終了となった。

ポルシェ

ポルシェは水平対向6気筒を搭載した車両を販売する最も著名なメーカーである。1963年にそれまでのOHV水平対向4気筒エンジンのポルシェ・356から次世代の高性能スポーツカーに転換を迫られた際、ポルシェはリアエンジンレイアウトの強制空冷式2.0L SOHC水平対向6気筒エンジンを搭載したポルシェ・911を世に送り出した。

初期型の911はシボレー・コルヴェアと同様に重いリアエンジンレイアウト故のオーバーステア傾向がハンドリングの問題点となっており、高速コーナリング時には余りにも速くフロントが旋回する為、適宜カウンターステアを当ててスピンを防止するドライビングテクニックが必須であった。このようなピーキーなステアリングは時にロールオーバーなどの大事故に発展する可能性が高い為、大衆車のコルヴェアにおいてはラルフ・ネーダーの激しい糾弾を受ける要因ともなったのだが、911の場合は富裕層の中でもレーシングドライバーなどの特別にドライビングテクニックが高い人物が主要顧客層であった為にステアリング特性のシビアさはそれほど問題とはされず、むしろ腕に覚えのあるドライバー達を大いに刺激する要素となったのである。しかし、テクニックが未熟なドライバーやフロントエンジンでアンダーステア傾向に味付けされた車両しか経験のないドライバーにとっては初期型911はハードルが極めて高い車両であり、高速コーナリング時に不用意にスロットルをラフに煽ったり、躊躇してブレーキを踏んだ瞬間にスピンアウトする事が日常茶飯事のクルマでもあった。

ポルシェはその後40年以上に渡り911シリーズを生産し続けており、特にサスペンションの絶え間ない改良によって、現代の911はかつてのピーキーなオーバーステア傾向は影を潜めており、更にトラクションコントロールなどの電子制御技術によって、比較的経験の低いドライバーでも安全に高速走行を楽しめる車両となっている。

911は自動車史上最も長く生産され続けている自動車のモデルの一つであり、今日のモデルも基本的なコンセプトは初代のそれを踏襲し続けている。初期型の2.0L 130psの水平対向6気筒エンジンは度重なる排気量増大で最終的には1997年の993(空冷エンジンの最終モデル)では3.8L 300psまで改良が行われた。1998年からは水冷化という大きな転換点を迎えるが、その後も改良は進み続け、現在では3.8Lターボで400-500psという高性能を発揮するに至っている。

ポルシェは現在に至る間に911と並行して水平対向4気筒や直列4気筒の車両を生産していた時期もあったが、現在ではそれらのエンジンは姿を消し、現行車種のスポーツカー(911、ボクスター、ケイマン)は全て水平対向6気筒のみを搭載している。

スバル

スバル・EZ36

富士重工業の自動車製造部門であるスバルは、発足当時から水平対向エンジンを主力車種に採用し続けており、一貫してフロント縦置きエンジン配置での前輪駆動に水平対向4気筒エンジンを組み合わせる車体設計を踏襲し続けている事が特徴である。このような車体構成は縦置きエンジンとトランスミッションの存在によって駆動系統全体が縦長となる為に、ポルシェのリアエンジン構成よりもやや大きなスペースが必要になる他、全体的な製造コストが高くなる傾向はあるが、トランスミッションにトランスファーを併設する事で比較的容易に4WDに発展させられるという特徴がある。これにより、スバルは現在フルタイム式4WDを専門的に扱うメーカーとしても広く認知されている。

スバルはそうした水平対向エンジンと共に歩んできた歴史の中で、幾度かに渡り既存の水平対向4気筒エンジンを拡大再設計した水平対向6気筒エンジンを、フラッグシップカーと共に市場に投入している。そのような水平対向6気筒エンジンが初めて搭載された車両は1987年型スバル・アルシオーネであった。アルシオーネに搭載されたER27エンジンは、ベースとなった大衆車のスバル・レオーネに搭載されていた水平対向4気筒の1.8L EA82エンジンに2気筒を追加して2.7Lとしたものであった。しかしこのエンジンとアルシオーネは斬新なデザインとコンセプトを持ちながらも販売面で苦戦し、1991年に後継車のスバル・アルシオーネSVXにバトンタッチする事になる。

アルシオーネSVXに搭載されたエンジンは240psを発揮するEG33型3.3L水平対向6気筒エンジン。元々はレガシィ ブライトン220用EJ22型水平対向4気筒SOHC16バルブ2.2Lをベースに2気筒追加し、ヘッドを狭角DOHC化したものであった。しかし、アルシオーネSVXも技術的には非常に先進的なメカニズムを持ちながらも先代同様に販売面で苦戦し、僅か数年で市場から退場を強いられている。

スバルの水平対向6気筒エンジンが真の意味で市場に受け入れられ、名実共にフラッグシップエンジンとして定着したのはアルシオーネSVXの生産終了から4年余りが経過した2000年、3代目スバル・レガシィのフラッグシップグレード「ランカスター6」と共に市場に投入されたスバル・EZ型エンジンからであった。その後もEZ型エンジンはスバル・トライベッカスバル・レガシィアウトバック等に搭載されて現在に至っている。

なお、スバルは自社製の水平対向6気筒にHorizontal-6を意味するH6という略称を名付けているが、H型エンジンとは直接の関係はない。

ホンダ

ホンダ・ワルキューレルーンの水平対向6気筒

ホンダのオートバイ製造部門は米国現地法人が製造する海外向け高級オートバイのホンダ・ゴールドウイングホンダ・ワルキューレルーンに水平対向エンジンを採用している。水平対向6気筒が追加されたのは1988年式ゴールドウイングからで、両者とも静粛性を重視したシャフトドライブを採用している事が特徴である。ゴールドウイングは元々超高速域でのクルージングを快適に行う事を目的に開発されたオートバイであり、従来のオートバイとはエンジンに求められるコンセプト自体が全く異なる為、過去の並列6気筒エンジン搭載車での開発経験も踏まえ、振動面での優位性やエンジンのコンパクト化にメリットが大きい水平対向6気筒が特別に採用されている。必然的にアメリカ本国ではハーレー・ダビッドソンを上回るプライスが付けられる超高級オートバイとなっている。

航空機用エンジン

en:Technik Museum Speyer所蔵のポルシェ・PFM3200エンジン

良好な冷却性能を有していた星型エンジンはその大きな前面投影面積により空気抵抗が大きかったため、第二次世界大戦後に小型機の分野で水平対向型エンジンは、歴史的にはより一般的に使用されてきた星型エンジンに取って代わった。特にコンチネンタルライカミングは航空機用水平対向エンジンの主力メーカーであり、幾つものロングセラーエンジンを生み出してきた。両社のエンジンはベースとなる水平対向4気筒にコンポーネント化されたシリンダーを追加していく事で多気筒化に対応しており、水平対向6気筒や水平対向8気筒などのバリエーションが存在する。 こうした方法で生産される水平対向6気筒は振動の少ない滑らかなフィーリングが特徴で、特にセスナ等の小型機に採用例が多いが、エンジン中央に位置するシリンダーの冷却が厳しい事が欠点としてあげられる事がある。

1980年代にはポルシェが911のエンジンをベースにしたポルシェ PFM3200エンジンで航空エンジン市場に参入しているが、同時期の小型航空機市場の低迷が直撃し、80基余りを製造したのみで1991年に市場撤退した。

脚注

  1. ^ Nunney, M J (2077). Light and Heavy Vehicle Technology. Butterworth-Heinemann. p. 13. ISBN 0-7506-8037-7 

関連項目

外部リンク