抗精神病薬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。F-mikanBot (会話 | 投稿記録) による 2012年5月24日 (木) 13:35個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (ロボットによる: 良質な記事へのリンク ar:مضادات الذهان)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

抗精神病薬(こうせいしんびょうやく)は、広義の向精神薬の一種で、主に統合失調症躁状態の治療に用いられるが、それ以外にも幅広い精神疾患に使用される。メジャートランキライザーとも呼ばれる。英語名:antipsychotics、neuroleptics。

概要

主に中脳辺縁系ドパミン作動性ニューロンのドパミンD2受容体を遮断することで、妄想幻覚と言った精神症状を軽減させる。また、脳の興奮状態を抑制させる作用を利用して、抗不安薬では取り除けないような強度の不安や極度のうつ状態、不眠に対する対処薬としても利用される場合もある。また、ドパミン遮断作用を応用し、嘔気嘔吐などの消化器症状や吃逆の対症薬として利用される場合もある。

抗精神病薬は、大きく定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬に分ける事が出来る。

非定型抗精神病は、従来の定型抗精神病薬と比較してドパミンD2受容体拮抗作用に加えてセロトニン5HT2A受容体拮抗作用を有したり、「緩い」ドパミンD2受容体拮抗作用を有するなどの特徴をもった薬剤で、錐体外路症状・口が渇く・便秘と言った副作用が少なく、統合失調症の陰性症状にも効果が認められる場合がある。いずれにせよ、各々の薬剤の特徴を考え、標的症状の性質と照らし合わせながらエビデンスに基づいた薬剤使用が望まれる。また、いたずらな多剤併用は避け、可能な限り単剤投与を心がけるべきである。

神経系の細胞構築

複数のニューロンが神経系の機能単位を形成する構築様式は長経路型、局所回路型、単一源発散型の3つのパターンしか存在しない。末梢神経は長経路型のみが利用され、中枢神経では3つの様式が全て用いられる。

長経路型

末梢神経の感覚や運動の経路などが非常に有名である。運動器や末梢受容体と中枢神経を比較的単純な神経回路で結び、情報の統合や修飾は極めて少ない。自律神経の場合はひとつの節前線維が複数の節後線維と連絡をつくり発散型のシグナル伝達をとる。発散型のシグナル伝達では情報の加工や修飾が加わることが多いが、自律神経系の場合はそのようなことはない。中枢神経での長経路型のニューロンは情報の統合や修飾を行う。上流から多数の連絡を受け収束型のシグナル伝達をしながら、下流へも多数の連絡があり、発散型のシグナル伝達を行う。このため中心周辺型のシグナル伝達とも言われる。視床の感覚ニューロンは末梢から全身からの感覚情報を受けて、中心後回の特定の部位のみを興奮させ、さらにその周辺部位を抑制する作用をもつ。

局所回路型

局所回路型では主に隣接する領域内部のニューロン連絡を維持し、一般にシグナル伝達の調節に関与する。大脳皮質に非常に多く存在する回路である。外側膝状体では特定の発火パターンに対応して皮質領域を興奮させる回路がある。これによって直線を見たとき、直線を認識する皮質領域が興奮し、直線と認知ができると考えられている。

単一発散型

脳幹視床下部前脳基底部に存在する神経核では単一の神経核に起始する複数のニューロンが多数の標的細胞を神経支配し、単一源発散型の神経回路を構築する。広範系の構築ともいう。主にG蛋白共役型受容体に作用する生体アミンを利用して調節的に影響する場合が多い。

起始 神経伝達物質 機能
中脳黒質 ドパミン 目的ある運動、感情、思考、記憶蓄積
青斑核 ノルアドレナリン 覚醒や不意の刺激への応答
脳幹縫線核 セロトニン 痛覚、気分、大脳皮質の応答性
マイネルト基底核 アセチルコリン 覚醒
脚橋被蓋核 アセチルコリン 睡眠覚醒周期
視床下部隆起乳頭体核 ヒスタミン 前脳の賦活作用

多くの向精神薬が非特異的な受容体結合にて薬理活性を持つため、広範系が関与すると思われる数多くの薬理作用が認められる。近年多くの抗精神病薬が気分に関与すると考えられているセロトニン、ノルアドレナリンへの影響が認められるためかつては抗精神病薬は統合失調症治療薬としての側面が強調されていたがうつ病、神経症といった数多くの疾患に用いられる傾向がある。また単一発散型の神経回路に作用する薬物以外に中枢神経細胞の活動を直接変化させる薬物療法も存在する。中枢神経系では興奮アミノ酸であるグルタミン酸、抑制アミノ酸であるγ-アミノ酪酸 (GABA) が有名である。GABA受容体に作用する薬物として抗てんかん薬抗不安薬(多くはベンゾジアゼピン系)も併用するとがある。またNaチャネルに作用する抗てんかん薬としてフェニトイン(商品名アレビアチン)やバルプロ酸(商品名デパケン)、カルバマゼピン(商品名テグレトール)T型カルシムチャネルに作用する薬物としてバルプロ酸(商品名デパケン)も併用されることがある。

一般的な抗精神病薬

定型抗精神病薬

定型抗精神病薬Typical antipsychotic)の治療効果と主要な副作用である錐体外路兆候ドパミンD2受容体の薬物親和性に相関することが分かっている。定型抗精神病薬のドパミンD2受容体遮断作用は中枢神経のドパミン経路すべてに及ぶが、中脳辺縁系(腹側被蓋野から側坐核と腹側線条体、扁桃体と海馬の一部、その他の辺縁系構成部位に投射する。報酬経路をつくることで有名)とおそらく中脳皮質系腹側被蓋野から大脳皮質特に前頭前野に投射する。これは注意、計画、動機に関与する)への拮抗作用が主要な薬理作用と考えられている。中脳辺縁系の遮断作用が統合失調症の陽性症状の改善に効果がある。また黒質線条体路や下垂体のドパミンD2受容体の遮断によって薬剤性パーキンソニズムなどの副作用が生じる。陰性症状の改善はセロトニン系の関与などが示唆されており定型抗精神病薬では改善が乏しい傾向にある。非定型抗精神病薬は定型精神病薬と比較してドパミンD2受容体への作用が緩和されており、セロトニン受容体やドパミンD4受容体、ドパミンD2受容体の解離速度などの差からより高い抗精神病作用をもち、錐体外路障害、高プロラクチン血症、心血管系副作用も少ない。そのため、2010年平成22年)現在、統合失調症の第一選択は非定型抗精神病薬である。定型抗精神病薬の使い方としては非定型抗精神病薬に比べて鎮静作用が強いことからせん妄、不穏の治療や非定型抗精神病薬で治療が無効であった場合が多い。定型抗精神病薬は高力価抗精神病薬と低力価抗精神病薬に大別される。力価は抗精神病作用の強さであり高力価抗精神病薬とはハロペリドールに代表されるブチロフェノン系が中心であり、低力価抗精神病薬はクロルプロマジンに代表されるフェノチアジン系が中心となる。高力価薬は低力価薬に比べて鎮静作用と起立性低血圧の副作用が少なく、低力価薬は高力価薬に比べて錐体外路兆候が少ない傾向になる。これはドパミンD2受容体との親和性に関係すると考えられている。高力価薬はドパミンD2受容体への選択性が極めて高いため錐体外路兆候が出やすく、低力価薬はドパミンD2受容体選択性が低く、ムスカリン受容体やアドレナリンのα受容体へも非特異的な結合を起こし抗コリン作用や抗アドレナリン作用を起こしやすいと考えられている。

フェノチアジン系

1952年昭和27年)にはじめて用いられた最初の抗精神病薬であるクロルプロマジンを含む群である。代表的な薬物としてはクロルプロマジン(商品名:コントミンウインタミン)、レボメプロマジン(商品名:ヒルナミンレボトミン)、チオリダジン(商品名:メレリル)、フルフェナジン(商品名:フルメジンデポ剤としてフルデカシン)、プロペリシアジン(商品名:アパミンニューレプチル)、ペルフェナジン(商品名:ピーゼットシートリラホントリオミン)などがあげられる。側鎖によって細分類されることがある。

アルキルアミノ側鎖群

クロルプロマジン(商品名:コントミンウインタミン)、レボメプロマジン(商品名:ヒルナミンレボトミン)などが含まれる群である。この群に含まれる薬物はα1遮断作用が強く鎮静作用、催眠作用が非常に強いため興奮、不穏の患者に用いられ、不眠の強い患者の睡眠薬としても用いられる。吐き気止めとしての作用も強いものが多い。非特異的受容体結合も強いため、抗コリン作用も出やすい。低力価抗精神病薬の代表であり、一日200mg程度の使用が一般的である。

ピペリジン側鎖群

プロペリシアジン(商品名:アパミンニューレプチル)などが含まれる。低力価抗精神病薬のなかでは力価は強い。錐体外路障害が弱く、抗コリン作用、起立性低血圧が多いのは他の低力価抗精神病薬と同様である。α1遮断作用は強いが悪心に対しては効果が弱い。

ピペラジン側鎖群

フルフェナジン(商品名:フルメジンデポ剤としてフルデカシン)、ペルフェナジン(商品名:ピーゼットシーなどが含まれる。鎮吐作用が強いものが多く周術期の鎮吐薬としてよく用いられる。他のフェノチアジン系に比べるとかなり高力価であり高力価抗精神病薬としての特性をもつ。

ブチロフェノン系

定型抗精神病薬の代表的系列である。これはハロペリドール(商品名:セレネースハロステンデポ剤としてハロマンスなど)が含まれるからである。高力価抗精神病薬の代表格でもある。抗コリン作用は弱く、錐体外路障害は起こりやすい、α1遮断作用は弱いが鎮吐作用は強い。代表的な薬物としてはハロペリドール(商品名:セレネースハロステンデポ剤としてハロマンスなど)、ブロムペリドール(商品名:インプロメン)、チミペロン(商品名:トロペロン)、スピペロン (商品名:スピロピタン)、ピモジド(商品名:オーラップ

ベンズアミド系

鎮吐薬であったドパミン拮抗薬であるメトクロプラミドを改良する過程で生じた系列である。スルピリド(商品名:ドグマチール、アビリット、ミラドールなど)、スルトプリド(商品名:バルネチール)、ネモナプリド(商品名:エミレース)などが知られている。ドパミン受容体の中でドパミンD1受容体の阻害作用が殆どない系列である。スルピリドはドパミンD3受容体を強く抑制し覚醒度を低下させず、精神活動抑制作用が殆どなく、錐体外路障害も極めて稀である。幻覚や妄想を抑制する効果はかなり高い。脱抑制作用も強い。消化管と中枢神経の両方に効果があるためストレス性胃潰瘍などには非常に良い効果がある。うつ病神経症にもよく用いられる。スルトプリドは全く毛色が異なり強力な鎮静作用をもち、錐体外路障害が強い。躁病の治療に用いられることがある。ネモナプリドはドパミンD2受容体、ドパミンD3受容体、ドパミンD4受容体を抑制しかなり強力な抗幻覚、抗妄想作用をもち、副作用も弱い。

インドール系

オキシペルチンが含まれる。

その他

ゾテピン(商品名:ロドピンen:Zotepineモサプラミン(商品名:クレミンクロカプラミン(商品名:クロフェクトン)など。

非定型抗精神病薬

非定型抗精神病薬Atypical antipsychotic)は定型抗精神病薬と比較してドパミンD2受容体への作用が緩和されており、セロトニン受容体やドパミンD4受容体、ドパミンD2受容体の解離速度などの差からより高い抗精神病作用をもち、錐体外路障害、高プロラクチン血症、心血管系副作用も少ない。そのため、2010年平成22年)現在、統合失調症の第一選択は非定型抗精神病薬である。

メジャートランキライザーの代表的な薬であるクエチアピンセロクエル25mg錠)
  • 国内で承認されたがまだ発売されていないもの

セロトニンドパミン拮抗薬

セロトニンドパミン拮抗薬(serotonin-dopamine antagonist, SDA)は、リスペリドン(商品名:リスパダール)、ペロスピロン(商品名:ルーラン)、ブロナンセリン(商品名:ロナセン)、ジプラシドンen:Ziprasidoneセルチンドールen:Sertindoleオランザピン(商品名:ジプレキサ)、クエチアピン(商品名:セロクエル)が含まれる系列である。クエチアピン(商品名:セロクエル)は他の受容体にも関与するため毛色が異なる。典型的なSDAとしてはリスペリドン(商品名:リスパダール)と考えられる。5-HT系がドパミン機能を抑制し、5-HT拮抗によりドパミン系が脱抑制されるために錐体外路障害が軽減すると考えられている。陰性症状の改善は前頭葉皮質におけるドパミン系脱抑制の結果とも考えられているがコンセンサスを得られていない。ペロスピロン(商品名:ルーラン)はアザピロン系誘導体の抗不安薬の仲間であり、5-HT1A受容体のパーシャルアゴニストの側鎖を改良することで抗ドパミン作用を有するようになった。ブロナンセリン(商品名:ロナセン)は新しいSDAであり、リスペリドンと同様の抗精神病作用をもち、副作用が軽減すると考えられている。

ジベンゾチアゼピン系

SDAに分類されるクエチアピン(商品名:セロクエル)は他のSDAと異なる。ドパミンD2受容体に比べて5-HT2受容体に対する親和性が高く、5-HT1受容体、アドレナリンα1、α2、ドパミンD1受容体などに弱い親和性を持ち、ムスカリン受容体、ベンゾジアゼピン受容体には殆ど親和性がない。

せん妄や難治性の不眠症に対して低用量で用いられる。また難治性の統合失調症でも用いられる。

多元受容体標的化抗精神病薬

多元受容体標的化抗精神病薬(multi-acting-receptor-targeted-antipsychotics, MARTA)は、オランザピン(商品名:ジプレキサ)が含まれる。ドパミンD2受容体群(D2、D3、D4)、5-HT2受容体、5-HT6受容体、アドレナリンα1、ヒスタミンH1受容体に高い親和性を持っている。ムスカリン受容体の親和性は生体内では低い。

ドパミン系安定剤

ドパミン系安定剤(Dopamine System Stabilizer, DSS)は、アリピプラゾール(商品名:エビリファイ)が含まれる新しい非定型抗精神病薬である。ドパミンD2受容体のパーシャルアゴニスト、5-HT1A受容体のパーシャルアゴニストであり、5-HT2A受容体のアンタゴニストである。パーシャルアゴニストによる安定化作用により副作用が出にくいとされている。

副作用

一般的な副作用として、黒質線条体系のドパミンD2受容体遮断作用によるパーキンソン症候群アカシジア急性ジストニア遅発性ジスキネジアなど、下垂体漏斗系のドパミン拮抗作用による高プロラクチン血症による無月経・乳汁分泌・陰萎など、ムスカリン性アセチルコリン受容体遮断作用による便秘、眼のかすみ、口渇など、ヒスタミンH1受容体遮断作用などによる眠気・鎮静・体重増加など、α1アドレナリン受容体遮断作用による低血圧・めまい・射精障害、おそらくは中枢における過度のドパミン抑制によって誘起されると言われている悪性症候群などがある。また特に非定型抗精神病薬においては体重増加、糖尿病という副作用が見られることがある。非定型抗精神病薬の服薬にあたっては、定期的な血糖値検査が必要とされる。

ドパミンD2受容体遮断作用

いわゆる錐体外路症状(EPS)と言われるものである。パーキンソン症候群不随意運動としてアカシジアジストニアジスキネジアが有名である。命にかかわる重篤な副作用としては悪性症候群が知られている。内服後、どの程度の時間経過で出現するかによって早発症状、遅発症状に分けられる。遅発性が薬物の減量で改善しないこともあり治療に工夫が必要となる。また、高プロラクチン血症による女性化乳房も気になりやすい副作用である。

遅発性ジストニア(tardive dystonia, TDt)

異常姿勢が有名である。眼球回転発作、ピサ症候群、メージュ症候群、書痙といった亜型も知られている。感覚トリックといわれ、自分では拘縮で動かせないが他動的には動かせるなど特徴的な不随意運動である。抗コリン薬、筋緊張治療薬、ビタミンE、抗てんかん薬を用いることがある。非定型抗精神病薬で治療することもある。

遅発性ジスキネジア(tardive dyskinesia, TDk)

よくある症状は口周囲および顔面の異常運動

遅発性アカシジア(tardive akathisia, TA)

静座不能感がありじっとしていられないと訴える。急性では抗コリン薬の投与で収まることもあるが、遅発性では抗コリン薬や原因薬物の減量を考慮する。

内分泌障害

高プロラクチン血症による女性化乳房も有名だが、水中毒など緊急を要する副作用もある。

ムスカリン性アセチルコリン受容体遮断作用

いわゆる抗コリン作用である。口渇、便秘、排尿障害の他、視力調節障害や緑内障の悪化が認められる。

アドレナリンα1受容体遮断作用

起立性低血圧、射精障害、勃起障害、循環器障害が有名である。また外因性カテコラミンが併用禁忌となる場合もある。

ヒスタミンH1受容体遮断作用

鎮静作用、体重増加など。

関連文献

  • 渡辺昌祐, 江原嵩著 『抗精神病薬の選び方と用い方 改訂3版』 新興医学出版社 ISBN 4-88002-430-9
  • 融道男 『向精神薬マニュアル第3版』(2008/09) 医学書院 ISBN 4-260-00599-5
  • 病態生理に基づく臨床薬理学 ISBN 4-89592-461-0

関連項目

Template:Link GA