酸化カルシウム

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酸化カルシウム
識別情報
CAS登録番号 1305-78-8 チェック
PubChem 14778
ChemSpider 14095
UNII C7X2M0VVNH
E番号 E529 (pH調整剤、固化防止剤)
国連/北米番号 1910
RTECS番号 EW3100000
ATC分類 QP53AX18
特性
化学式 CaO
モル質量 56.0774 g/mol
精密質量 55.957506
外観 から青白、もしくは黄色茶色の粉
匂い なし
密度 3.34 g/cm3[1]
融点

2613 °C, 2886 K, 4735 °F[1]

沸点

2850 °C, 3123 K (100 hPa)[2]

への溶解度 1.19 g/L (25 °C), 0.57 g/L (100 °C)、発熱反応[3]
への溶解度 溶(グリコール砂糖水にも同様)
メタノールへの溶解度 不溶(ジエチルエーテルN-オクタノール)
酸解離定数 pKa 12.8
熱化学
標準生成熱 ΔfHo −635 kJ·mol−1[4]
標準モルエントロピー So 40 J·mol−1·K−1[4]
危険性
安全データシート(外部リンク) hazard.com
EU Index 記載なし
NFPA 704
0
3
2
引火点 燃焼性なし
関連する物質
その他の陰イオン
その他の陽イオン
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

酸化カルシウム(さんかカルシウム、Calcium oxide、quick lime)は化学式 CaO で表される化合物。慣用名として、 生石灰(せいせっかい[5][6])とも呼ばれる。生石灰は「しょうせっかい」とも読めるため、消石灰と区別するため「きせっかい[7]」と呼称される場合がある。腐蝕性英語版のあるアルカリで、室温では結晶である。石灰という語はカルシウムを含む無機化合物の総称であり、石灰岩のようにケイ素マグネシウムアルミニウムなどよりカルシウムの炭酸塩酸化物水酸化物が多く含まれている岩石も指す。対照的に、生石灰は純粋な化合物のみを指す。

生石灰は比較的安価で、酸化カルシウム(塩基無水物英語版)とその誘導体である水酸化カルシウムは重要な汎用化学物質英語版である。

調製[編集]

炭酸カルシウム熱分解を利用する。炭酸カルシウムを825 °C以上[8]に加熱すると二酸化炭素を放出して生ずる。融点は2572 °C。通常は石灰岩や貝殻石灰窯で強熱して製造する。このプロセスは煆焼と呼ばれる。

しかし放置すると空気中の二酸化炭素自発的に反応し、上記の反応の逆反応が起こる。ただし水を加えて消和すれば反応は止まり、ライムプラスター英語版ライムモルタル英語版になる。

反応[編集]

を加えると発熱し、数百℃にまで温まった後、水酸化カルシウム(消石灰)を生成する。この反応を、1リットルの水に約3.1キログラムの生石灰を投入して行うと、おおよそ3.54メガジュールエネルギーが得られる。

乾燥剤や、殺虫剤などに用いられるほか、缶入の清酒や弁当を温めるために水と生石灰を袋詰し、紐を引くと両者が混合して発熱するようにしたものもある。火も使わず煙も出ないため、火を使えない状況や火に弱い素材でパックされた食品を温める用途や、自己加熱缶英語版に使われることが多い。

なお反応が進行すると熱平衡の状態となり、発熱は止まる[9]。発熱反応で溶液は膨張する。ここでできた固体を強熱すると水酸化カルシウムは水和水を失う。

利用[編集]

工業的には製鋼用、セメント原料が多く、陶磁器、ガラスの副原料そして土壌改良剤、るつぼの内張り用耐熱材などにも利用される。あるいは炭化カルシウム(カーバイド)、水酸化カルシウムの生産原料でもある。

また19世紀中頃から20世紀初頭にかけてガスマントル(水素ガス灯の発光体)として使用された。これは酸化カルシウムを2400 °Cまで加熱すると強烈な光を放つ性質を利用したものである。 電気による照明が発明されるまで特に劇場で多く用いられた[10]

石油化学工業でも重要な役割を果たす。水を検出するペーストは酸化カルシウムとフェノールフタレインを含んでいる。燃料を貯蓄するタンクに水が入り込むと、水と酸化カルシウムが反応し水酸化カルシウムができる。水酸化カルシウムは強い塩基性を示すため、フェノールフタレインが濃いピンク色に変色し、水の存在を確認できる。

製紙産業においては、クラフトパルプ炭酸ナトリウムから水酸化ナトリウムを作り直す。

土器前英語版新石器時代Bにフローリングなどに石灰岩を使用した漆喰を使っていたことが考古学的に証明されている[11][12][13]。特に石灰と灰の床英語版は19世紀まで用いられていた。

酸化カルシウムの固体のスプレースラリー脱硫の過程で二酸化硫黄を除去するのに使用される。

バイオディーゼルの塩基に酸化カルシウムが用いられている[14][15]

武器利用[編集]

歴史家哲学者のデイヴィッド・ヒュームは、著書英国の歴史英語版の中で、ヘンリー3世の初期から、イギリス海軍フランス海軍の侵略を艦隊の視界を消すことで撃退してきたと述べている。

ダルビニーは彼らに対して勝利に貢献したと言える作戦を練った。開戦当初フランスが優勢であったため、彼はフランス軍を奇襲する作戦を採用した。イギリス軍はフランス軍の船に乗り込み目の前に大量の生石灰を投げつけ、兵士を失明させた。そのためフランス軍は防御ができなくなった[16]

生石灰はギリシア火薬の成分であると考えている説もある。生石灰を水中に投入すると温度が150 °Cまで上昇し、燃料に引火すると考えられている[17]

食品加温[編集]

水を加えると発熱する性質を利用し、主に火が使えなくなってしまう状況での利用が予測される防災食品や、レーション(いわゆるミリメシ)等の加温をするための製品が各社から発売されている。

生産量[編集]

世界で見たときの年間生産量は2億8300万トンである。中国での生産量が最も多く、年間約1億7000万トンである。ついでアメリカで、2000万トンである[18]。2016年度日本国内生産量は 734万885 トン、消費量は 92万7927トンである[19]

法規制[編集]

水を加えると発熱するため、消防法危険物第3類に指定されていたが、1989年の消防法改正によって危険物からは除外された。現行法においては、危険物の規制に関する政令第1条の10に「生石灰(酸化カルシウム含有量80 %以上のもの)を500キログラム以上取り扱う(貯蔵する)場合、最寄り消防署への届出義務」が規定されている。

人体への影響[編集]

酸化カルシウムがに触れたり、酸化カルシウムを吸入したりすると、水との高い反応性のためひりつきや炎症が生じる。吸入した場合、くしゃみを伴い、呼吸困難になることもある。熱を放出して鼻中隔穿孔部の痛み吐き気嘔吐などの症状が出ることもある。酸化カルシウムは、水と反応しても発火しないが、可燃物を燃焼させるのに充分な熱を放出する[20]

なお地獄では獄卒(地獄の鬼)が罪人(地獄へ堕ちた亡者)の口に生石灰を詰め込む責苦を行うという。

脚注[編集]

  1. ^ a b Haynes, William M., ed (2011). 化学と物理のCRCハンドブック英語版 (92nd ed.). CRC Press. p. 4.55. ISBN 1439855110 
  2. ^ Calciumoxid. GESTIS database
  3. ^ Committee on Water Treatment Chemicals, Food and Nutrition Board, Assembly of Life Sciences, National Research Council (1982). Water Chemicals Codex. p. 20. ISBN 0-309-07368-5. http://www.nap.edu/openbook.php?record_id=159&page=20 
  4. ^ a b Zumdahl, Steven S. (2009). Chemical Principles 6th Ed.. Houghton Mifflin Company. p. A21. ISBN 0-618-94690-X 
  5. ^ 岩波書店「広辞苑」第六版、2008年、p1546
  6. ^ 三省堂「新明解国語辞典」第三版、1981年、p.626
  7. ^ 日本石灰協会・日本石灰工業組合
  8. ^ Merck Index of chemicals and Drugs , 9th edition monograph 1650
  9. ^ Collie, Robert L. "Solar heating system" アメリカ合衆国特許第 3,955,554号 issued May 11, 1976
  10. ^ Gray, Theodore (September 2007). “Limelight in the Limelight”. Popular Science: 84. http://www.popsci.com/node/9652. 
  11. ^ Neolithic man: The first lumberjack?. Phys.org (August 9, 2012). Retrieved on 2013-01-22.
  12. ^ Karkanas, Panagiotis; Stratouli, Georgia (2011). “Neolithic Lime Plastered Floors in Drakaina Cave, Kephalonia Island, Western Greece: Evidence of the Significance of the Site”. The Annual of the British School at Athens 103: 27. doi:10.1017/S006824540000006X. 
  13. ^ Connelly, Ashley Nicole (May 2012) Analysis and Interpretation of Neolithic Near Eastern Mortuary Rituals from a Community-Based Perspective. Baylor University Thesis, Texas
  14. ^ Kozu, Masato; et al (2008). “Calcium oxide as a solid base catalyst for transesterification of soybean oil and its application to biodiesel production”. Fuel (Elsevier) 87 (12). doi:10.1016/j.fuel.2007.10.019. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0016236107004589 2014年3月19日閲覧。. 
  15. ^ Zhu, Huaping; et al (2006). “Preparation of Biodiesel Catalyzed by Solid Super Base of Calcium Oxide and Its Refining Process”. Chinese Journal of Catalysis (Elsevier) 27 (5): 391-396. doi:10.1016/S1872-2067(06)60024-7. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1872206706600247 2014年3月19日閲覧。. 
  16. ^ デイヴィッド・ヒューム (1756). History of England. I. http://www.gutenberg.org/files/19212/19212-h/19212-h.htm#2H_4_0002 
  17. ^ Croddy, Eric (2002). Chemical and biological warfare: a comprehensive survey for the concerned citizen. Springer. p. 128. ISBN 0-387-95076-1. https://books.google.co.jp/books?id=MQMGhInCvlgC&pg=PA128&redir_esc=y&hl=ja 
  18. ^ Miller, M. Michael (2007). “Lime”. Minerals Yearbook. アメリカ地質調査所. p. 43.13. http://minerals.usgs.gov/minerals/pubs/commodity/lime/myb1-2007-lime.pdf 
  19. ^ 経済産業省生産動態統計年報 化学工業統計編
  20. ^ CaO MSDS. hazard.com

参考文献[編集]

  • 酸化カルシウム、『理化学辞典』、第5版、岩波書店

関連項目[編集]

外部リンク[編集]