標準モルエントロピー
標準モルエントロピー(ひょうじゅんモルエントロピー、Standard molar entropy)とは、標準状態 (298.15 K, 105 Pa)の理想系(気体では105 Paの仮想的な理想気体の状態)における物質1モルのエントロピーを指し、熱力学第三法則により、純物質の絶対零度における完全結晶のエントロピーは0であることから、物質の絶対エントロピーを求めることが可能となる。
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標準モルエントロピーの算出 [編集]
定圧モル比熱より [編集]
純粋な固体を絶対零度0 Kから絶対温度T Kまで加熱する場合、絶対零度におけるエントロピーはS0 = 0であるからT Kにおける物質のエントロピーST は各温度における定圧モル比熱CP と以下の関係がある[1]。

従って、絶対零度から298.15 K (25ºC)までの間に相転移がない固体の場合の標準モルエントロピーは以下の式で求められる。ただし同質異像間の相転移が存在する場合は相転移エントロピー変化
を加算しなければならない。

絶対零度から298.15 Kまでの間に相転移が存在する場合、たとえば液体の場合は融解エントロピー変化
を加算しなければならない。

また、気体の場合は融解および蒸発という相転移のみが存在する場合は、融解エントロピー変化および蒸発エントロピー変化
が加算され以下のようになる。

統計力学的計算 [編集]
気体のモルエントロピーは分子構造および各エネルギー準位より統計力学的に算出することも可能である。 理想気体の並進エントロピーは以下のようになる。ここでR は気体定数、m は分子の質量[kg]、k はボルツマン定数、h はプランク定数、V は1モルの気体の体積[m3]、NA はアボガドロ定数である。単原子分子のモルエントロピーはこれで求まる[2]。 この理論式は1912年にO. SackurとH. Tetrodeにより導かれたものである。ただしこの式は充分な高温において成立し、極低温においては成立しない。 (Sackur–Tetrodeの式)
![S_{trans} = R \left[ \frac{5}{2} + \mbox{ln} \left\{ \left( \frac{2 \pi mkT}{h^2} \right) ^{3/2} \frac{V}{N_A} \right\} \right]](http://upload.wikimedia.org/math/a/7/6/a76d38507c009c9a4e451712a3388e33.png)
この式は以下のように書き換えられ、絶対温度T [K]、圧力P [Pa]および分子量M [g mol−1]を代入すると並進エントロピーが求まる。ここで
はSackur–Tetrode定数に相当する。
![\begin{align}
S_{trans} & = R \left[ \frac{3}{2} \mbox{ln}M + \frac{5}{2} \mbox{ln}T - \mbox{ln}P + \mbox{ln} \left\{ \left( \frac{2 \pi}{h^2 N_A} \right)^{3/2} k^{5/2} 10^{-9/2} \right\} + \frac{5}{2} \right] \\
& = R \left( \frac{3}{2} \mbox{ln}M + \frac{5}{2} \mbox{ln}T - \mbox{ln}P + 10.36122 \right) \\
\end{align}](http://upload.wikimedia.org/math/f/0/a/f0ac2da637bb89a62b2333db90f90f5f.png)
二原子分子では回転エントロピーの寄与が加わる。ここで
は分子の慣性モーメント、
は分子の対称数である。

二原子分子以外の一般的な非線形の分子では回転エントロピーは以下のように表され、ここで
、
、
は互いに直交する各主軸の慣性モーメントである。
![S_{rot} = R \left[ \frac{3}{2} + \mbox{ln} \left( \frac{8 \pi^2 kT}{h^2} \right) ^{3/2} \frac{(\pi I_A I_B I_C )^{1/2}}{\sigma} \right]](http://upload.wikimedia.org/math/0/d/f/0df44f8c38f84ff38c62de2e53bdfd6a.png)
原子間の結合の振動エントロピーの寄与は以下のようになる。ここでe は自然対数の底、
を表し、
は振動周波数を表す。しかしこの寄与は10−3 J mol−1K−1程度と小さい。

さらに電子状態の寄与が加わり、ここでQeは基底状態の縮重度である。たとえば希ガスおよび第2族元素(単原子分子気体)など、原子の基底状態が1SであるものはQe = 1、
= 0となり、第1族元素(単原子分子気体)など基底状態が2SであるものはQe = 2、
= 5.763 J mol−1K−1となる。

分子全体の標準モルエントロピーはこれらの各エネルギー準位による各エントロピー項の和であり以下のようになる。

熱化学における関係式 [編集]
ギブス自由エネルギー変化とエンタルピー変化の間には以下の関係がある。

標準状態(298.15 K, 105 Pa )では以下のようになる。

ここでエントロピー変化ΔSは生成系の各物質のモルエントロピーの合計と、反応系の各物質のモルエントロピーの合計の差である。

たとえば水(液体)の標準生成エントロピー変化 ΔfSº は以下のように求められる。

水の標準生成エンタルピー変化は ΔfHº = −285.83 kJ mol−1 であり、これより標準生成ギブス自由エネルギー変化 ΔfGº を求めることができる。

主な物質の標準モルエントロピー [編集]
各物質の標準モルエントロピーは、標準生成エンタルピー変化および標準生成ギブス自由エネルギー変化と伴に以下の文献にまとめられ、そのうち一部は『化学便覧』などにも掲載されている。
- D.D. Wagman, W.H. Evans, V.B. Parker, R.H. Schumm, I. Halow, S.M. Bailey, K.L. Churney, R.I. Nuttal, K.L. Churney and R.I. Nuttal, The NBS tables of chemical thermodynamics properties, J. Phys. Chem. Ref. Data 11 Suppl. 2 (1982).
水溶液中のイオンについては常に陽イオンおよび陰イオンの合計として測定されるため、単独イオンのモルエントロピーは水素イオンを0とし、無限希釈の状態である仮想的な1 mol kg−1の理想溶液の状態とする。
| 物質 | 化学式 | Sº / J mol−1K−1 | |
|---|---|---|---|
| 単原子分子 | ヘリウム | He(g) | 126.150 |
| ネオン | Ne(g) | 146.328 | |
| 水素原子 | H(g) | 114.713 | |
| 酸素原子 | O(g) | 161.055 | |
| ナトリウム原子 | Na(g) | 153.712 | |
| 二原子分子 | 水素分子 | H2(g) | 130.684 |
| 酸素分子 | O2(g) | 205.138 | |
| フッ化水素 | HF(g) | 173.779 | |
| 塩化水素 | HCl(g) | 186.908 | |
| 多原子分子 | 水蒸気 | H2O(g) | 188.825 |
| アンモニア | NH3(g) | 192.45 | |
| メタン | CH4(g) | 186.264 | |
| 液体, 固体 | 水 | H2O(l) | 69.91 |
| 水酸化ナトリウム | NaOH(s) | 64.455 | |
| 塩化ナトリウム | NaCl(s) | 72.13 | |
| イオン (水溶液) | 水素イオン | H+(aq) | 0 |
| 水酸化物イオン | OH−(aq) | −10.75 | |
| ナトリウムイオン | Na+(aq) | 59.0 | |
| 塩化物イオン | Cl−(aq) | 56.5 |