竹のカーテン

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竹のカーテン(1959年当時)
赤が共産主義陣営、青が反共主義陣営(南樺太は事実上はソ連の支配下だったので赤となる)

竹のカーテン(たけのカーテン、英語: Bamboo Curtain)とは、東アジアにおける共産主義陣営と反共主義陣営との境界線を、冷戦下のヨーロッパにおける「鉄のカーテン」になぞらえて表した造語。初出は不明。

主な例[編集]

具体的には、中国大陸台湾(中国大陸の中華人民共和国 vs 中国大陸の香港と台湾の中華民国)、朝鮮半島北緯38度線ベトナム北緯17度線、ベトナムを含めたインドシナ半島の共産党国家と反共主義国家の境界などを指している。

冷戦下のヨーロッパでは、共産主義陣営は「」に、反共主義陣営は「西」に位置していた。しかし、冷戦下の東アジアでは、共産主義陣営は「」に、反共主義陣営は「」に位置している例が多い。この例として、共産主義のベトナムと反共主義のベトナム、ソビエト連邦が肩入れした朝鮮民主主義人民共和国(英:North Korea)とアメリカ合衆国が肩入れした大韓民国(英:South Korea)などがある。

特徴[編集]

1989年以前[編集]

共産主義陣営
中ソ対立が示す通り、ソビエト連邦とは必ずしも親しいとは限らない。インドシナ半島では、ソビエト連邦と親しく中華人民共和国と仲が悪い陣営(ベトナム社会主義共和国)と、中華人民共和国と親しくソビエト連邦と仲が悪い陣営(カンボジアポルポト政権など)が敵対していた。
反共主義陣営
親米地域だが、軍事政権一党独裁国家、ヘゲモニー政党制一党優位政党制など、政治体制は多様である。

1989年以後[編集]

1989年11月10日に「鉄のカーテン」の象徴であったベルリンの壁が破壊された後も、東アジアの「竹のカーテン」は消えていない。

関連項目[編集]