広州恒大淘宝足球倶楽部

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広州恒大淘宝足球倶楽部
原語表記 广州恒大淘宝足球俱乐部
愛称 華南虎
クラブカラー 赤・白
創設年 1954年
所属リーグ 中国超級
所属ディビジョン 1部
ホームタウン 広東省広州市
ホームスタジアム 天河体育中心体育場
収容人数 58,500
代表者 中華人民共和国の旗 康冰
監督 イタリアの旗 ファビオ・カンナヴァーロ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
広州恒大淘宝足球倶楽部
各種表記
繁体字 廣州恆大淘寶足球俱樂部
簡体字 广州恒大淘宝足球俱乐部
拼音 Guǎngzhōu Héngdà Táobǎo
英文 Guangzhou Evergrande Taobao Football Club
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広州恒大淘宝足球倶楽部(こうしゅう-こうだい-たおばお-そっきゅうくらぶ、Guangzhou Evergrande Taobao Football Club)は、中華人民共和国広東省広州市をホームタウンとする、中国プロサッカーリーグ(中国リーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

概要[編集]

中南体院競技指導科足球隊白隊(略称:中南白隊)として1954年に創立した。ホームタウンは広東省広州市である。

チーム名は親会社の広州恒大地産集団 Evergrande Real Estate Group と中国の電子商取引大手アリババ・グループの淘宝に由来する。通称広州恒大広州恒大淘宝としても知られている。

歴史[編集]

1954年 クラブ創設[編集]

1954年

1954年6月中南体院競技指導科足球隊白隊(略称:中南白隊)として創立。中南白隊が広州市チームとして全国大会に出場するなどした。

1984年-1992年[編集]

1984年

広州白雲山製薬がスポンサーとなり白雲山チームとなり、その後クラブとして改組、広州白雲山足球倶楽部となる。

1993年(甲A)プロチームヘ[編集]

1993年

広州太陽神グループがスポンサーとなり、正式にプロチーム広州太陽神足球倶楽部となる。

1994年-1998年(甲A)[編集]

1999年-2003年(甲B)[編集]

2001年

浙江省吉利グループがスポンサーとなり、乙リーグに降格になっていた広州松日を併合し新チームを設立、広州吉利足球倶楽部と改名。

2002年

香雪製薬がスポンサー契約し、広州香雪足球倶楽部と改名。

2004年-2007年(甲級)[編集]

2004年

ミネラルウォーターメーカーの日之泉と広州中一薬業がスポンサーとなり、広州日之泉中一薬業隊と改名。

2006年

日之泉と香雪製薬が撤退し、広州医薬グループがメインスポンサーとなり、チーム名を「広州医薬足球倶楽部」とする。

2007年

青島中能から李帥を獲得。

中国サッカー・甲級リーグ2007 優勝

10月に中国甲級リーグ優勝。中国超級リーグへ昇級した。

2008年-2009年(超級)初の超級シーズン[編集]

2009年

12月に広州医薬グループにが撤退し、広州足球倶楽部と改名。

2010年(甲級)八百長問題で降格[編集]

2010年

八百長を行っていたことが判明した[1]。広州恒大のヤン・スーGMが呼和浩特黒馬のGMに金銭を支払い、5-1で勝利を確定させたという。2月に八百長問題により、超級で前年度9位の成績だったが、2010年度シーズンの甲級への降格が決定。

3月に恒大房産がスポンサー契約し、広州恒大足球倶楽部と改名。広州恒大地産集団のクラブ買収である。大手不動産企業は、クラブが最も衰退する2010年2月に所有権を持ち、直ちに資金の投入を約束した[1]

彭偉國(ペン・ウェイグオ)に代わる指揮官として北京国安足球倶楽部の李章洙(イ・ジャンス)監督を招聘し、上海東亜から張琳芃上海申花から郜林を獲得。

6月にセルティックFCから鄭智アトレチコ・ミネイロからムリキを当時は中国国内最大級の移籍金で獲得。

10月に2010年度シーズンの甲級リーグで優勝し、中国超級リーグに昇格。広州恒大が甲級リーグの対戦相手を圧倒して中国超級リーグに昇格したことは驚きではなかった。

2011年-2014年(超級)超級4連覇とアジア制覇の黄金時代[編集]

2011年

クラブのカラーを青から赤に変更した。

パルチザン・ベオグラードからクレオ全北から馮瀟霆を獲得。

7月2日、広州恒大地産集団はチームに資金を注ぎ続け、フルミネンセFCからアルゼンチン人のダリオ・コンカを獲得した。コンカと世界有数の高額年俸契約を交わしたことは世界的な話題となった。移籍金は当時中国史上最高額の1000万ユーロ。報道された年俸は1040万ドル(約11億4000万円)であり、世界最高クラスの年俸額の選手となった。

8月にレアル・マドリード業務提携を結ぶ。

4試合を残して昇格1年目で中国超級リーグ初タイトルを戴冠すると、AFCチャンピオンズリーグ2012の出場権を獲得した。

2012年

全北から黄博文陝西宝栄から趙旭日杭州緑城から栄昊を獲得。広州恒大ユースから譚家軍をトップ昇格させた。

2月25日、2011年FA杯王者の天津泰達を2-1で下し、中国FAスーパーカップを優勝。

AFCチャンピオンズリーグ2012ACL初出場すると予選で全北ブリーラムのグループHを3勝1分2敗で首位通過して決勝トーナメントに進出した。当時大会初戦で前年準優勝の全北を韓国で5-1と打ち負かし、アジアに大きな余波を起こした。

5月にボルシア・ドルトムントからパラグアイ代表FWルーカス・バリオスを獲得した。さらに李章洙監督を解任し、後任に前イタリア代表監督のマルチェロ・リッピを招聘した。

7月に大宮から金英權を獲得。

ACL2012のラウンド16でFC東京と対戦した。ホームで1-0で勝利し準々決勝に進出した。準々決勝でアル・イテハドと対戦した。アウェイの第1戦を4-2で敗れるとホームの第2戦では2-1で勝利したが合計スコア5-4で準々決勝で敗退が決定した。

超級リーグ戦では1試合を残して優勝をしてリーグ連覇を達成した。AFCチャンピオンズリーグ2013の出場権を獲得した。

スペインの名門レアル・マドリーとのパートナーシップ協定は、広州恒大サッカースクールに信用性を与えるものである。広州恒大はユース世代の育成プロジェクトに投資を始めた。レアル・マドリードのスタッフがスクールを運営し、「恒大皇馬サッカースクール」は10月9日に始業式を行った。40面以上のサッカーフィールドや、2500人もの生徒が存在する。施設は米国トップレベルの大学にも似た大きなレンガの建物であり、手入れの行き届いた庭や、サッカーに関するもの全てが揃っている[1]。恒大皇馬サッカースクールは3年以内に、中国男子サッカーリーグU13(13歳以下)や中国女子サッカーリーグU13、AFC(アジアサッカー連盟)U13男子選手権、AFCU13女子選手権で優勝することを目標に掲げている。一方、長期的な目標としては、資質、能力共に高いサッカー界のスターを育て、中国サッカーの台頭に一役買うことを掲げている[2]

11月には中国FAカップ優勝。

12月にACミランと業務提携を結ぶ。

12月24日、ボタフォゴFRからエウケソンを年俸200万ユーロの4年契約で獲得した。

2013年

1月25日、クレオJリーグ柏レイソルに期限付き移籍した。

東莞南城から方鏡淇廖力生胡威威河南建業から曾誠を獲得。青島中能から鄭龍を期限付きで獲得。広州恒大ユースから徐広燎をトップ昇格させた。

2年連続の2回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2013の予選で全北浦和ムアントンのグループFを3勝2分1敗で首位通過して決勝トーナメントに進出した。

8月10日、契約の金銭面をめぐって広州恒大と衝突し、退団を表明していたパラグアイ代表FWルーカス・バリオスがスパルタク・モスクワへ移籍することを発表した。

ACL2013のラウンド16でセントラルコースト・マリナーズFCと対戦した。アウェイの第1戦を1-2で勝利するとホームの第2戦でも3-0で勝利し合計スコア5-1で準々決勝に進出した。準々決勝でレフウィヤSCと対戦した。ホームの第1戦を2-0で勝利するとアウェイの第2戦でも1-4で勝利し合計スコア6-1で準決勝に進出した。準決勝で柏レイソルと対戦した。アウェイの第1戦を1-4で勝利するとホームの第2戦でも4-0で勝利し合計スコア8-1で初の決勝に進出した。決勝でFCソウルと対戦した。アウェイの第1戦を2-2で引き分け、ホームの第2戦でも1-1で引き分けたが合計スコア3-3のアウェイゴールルールで広州恒大はAFCチャンピオンズリーグ初優勝。中国勢としては前身のアジアクラブ選手権を遼寧が制して以来23年ぶりの快挙。ACLに意気揚々と立ち向かい、無類の実力を見せつけた。八百長問題で降格の不名誉からたった3年でアジア最高のクラブになった。

超級リーグ戦では4試合を残して、94年に設立して以降大連実徳以来史上2チーム目のリーグ3連覇を達成。AFCチャンピオンズリーグ2014の出場権を獲得した。

FIFAクラブワールドカップ2014にAFC代表として初出場し、準々決勝でアル・アハリ(エジプト)に2-0で勝利して準決勝に進出した。準決勝でバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)に0-3で敗れた。3位決定戦ではアトレチコ・ミネイロ(ブラジル)に2-3で敗れて4位に終わった。

ダリオ・コンカフルミネンセFCに復帰、クレオが退団。

2014年

ダリオ・コンカがいなくなった穴にマルチェロ・リッピ監督は母国イタリアからボローニャFCアレッサンドロ・ディアマンティの獲得に成功した。さらにトンベンセFCからレネ・ジュニオール武漢卓爾から梅方青島中能から劉健大連阿爾濱から董学升を獲得した。また鄭龍青島中能から完全移籍で獲得。広州恒大ユースから劉海東をトップ昇格させた。

3年連続の3回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2014の予選で全北メルボルン横浜FMのグループGを3勝1分2敗で3年連続GL首位通過して決勝トーナメントに進出した。

中国の電子商取引大手アリババ・グループは、広州恒大の株式を50%取得したことを発表した。『環球時報』によると、出資金は12億元(約200億円)とみられている[3]。これにより資金力は倍増、チーム名に淘宝(アリババが運営するECサイト)がついて、広州恒大淘宝足球倶楽部(Guangzhou Evergrande Taobao Football Club)と改名。また選手強化へ270億円調達しているとも言われていた[4]

ムリキがカタールのアル・サッドに移籍した。ボローニャFCからアルベルト・ジラルディーノ大連阿爾濱から于漢超李学鵬獲得した。

セレッソ大阪の監督を解任されたマルコ・ペッツァイオリ氏がU-17監督兼ユースディレクターに就任した。

ACL2014のラウンド16でセレッソ大阪と対戦した。アウェイの第1戦を1-5で勝利するとホームの第2戦では0-1で敗れたが合計スコア5-2で準々決勝に進出した。準々決勝でウェスタン・シドニー・ワンダラーズFCと対戦した。アウェイの第1戦を1-0で敗れるとホームの第2戦では2-1で勝利したが合計スコア2-2のアウェイゴールルールで準々決勝で敗退が決定した。大会連覇は達成できなかった。

9月に広州恒大のオーナー企業・恒大集団とスペインのレアル・マドリードが運営するサッカースクール「中国人民大学付属中学・恒大皇馬足球学校」(広東省)が2014年9月1日、入学式を行った。全国の6万5856人が受験し、選ばれた900人が入学した。広州恒大集団は国内のスクール設立だけに留まらず、2校目をマドリードに、3校目をオランダに開校した[1]

超級リーグ戦では中国超級リーグ最終節で中国スーパーリーグ史上初の4連覇を達成。AFCチャンピオンズリーグ2015の出場権を獲得した。

2015年-(超級)ビッグクラブヘ[編集]

2015年

AFCアジアカップ2015に広州恒大からは中国代表として7人、韓国代表として1人選出された。

元イタリア代表DFファビオ・カンナヴァーロ氏が実質的な新監督に就任。

アレッサンドロ・ディアマンティアルベルト・ジラルディーノACFフィオレンティーナ張宏楠深圳紅鑽胡博文青島海牛彭欣力重慶力帆肖開提・亞力昆新疆天山雪豹に期限付き移籍。楊超声遼寧へのレンタル延長。孫祥上海上港李建濱上海申花胡威威趙鵬青島中能へ移籍。馮俊彦は現役引退した。

クルゼイロECからリカルド・グラールを中国リーグ史上最高額の移籍金1500万ユーロで獲得。さらにレッドブル・ザルツブルクからアラン大連阿爾濱から張佳祺青島中能から鄒正を獲得。

2月14日、超級王者として挑んだスーパーカップではFA杯王者の山東魯能に0-0のPK戦で敗れた。

2月26日、2年半在籍したマルチェロ・リッピが2月28日をもって退任した。

2月27日、クラブ・ブルッヘから王上源を獲得した。2月28日には馮仁亮貴州人和へ期限付き移籍した。

4年連続の4回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2015の予選でウェスタン鹿島ソウルのグループHを3勝1分2敗で首位通過して決勝トーナメントに進出した。4年連続での首位通過となった。

ACL2015のラウンド16で城南FCと対戦する。

クラブ名の変遷[編集]

  • 1984年 - 1992年 広州白云山 (广州白云山)
  • 1993年 - 2000年 広州太陽神 (广州太阳神)
  • 2001年 広州吉利 (广州吉利)
  • 2002年 - 2003年 広州香雪制藥 (广州香雪制药)
  • 2004年 - 2005年 広州日之泉 (广州日之泉)
  • 2006年 - 2009年 広州広藥 (广州广药)
  • 2010年 - 2014年 広州恒大 (广州恒大)
  • 2015年 - 広州恒大淘宝 (广州恒大淘宝)

ダービーマッチ[編集]

同じ広州に本拠地を置く広州富力との対戦は広州ダービーとなる。

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

国際タイトル[編集]

表彰[編集]

アジアサッカー連盟(AFC)
中国サッカー協会
超級リーグ
甲級リーグ
甲Aリーグ
中国FAカップ

成績[編集]

現所属メンバー[編集]

AFCチャンピオンズリーグ2015 予選第3節 鹿島アントラーズ戦[5]

Soccer.Field Transparant.png

李帥
# 22
梅方
#3
金英權
# 28
馮瀟霆
# 6
栄昊
# 33
黄博文
# 16
鄭智(C)
# 10
リカルド・グラール
# 11
エウケソン
# 9
于漢超
# 20
郜林
# 29
2015年5月5日 現在
No. Pos. 選手名
1 中華人民共和国の旗 GK 董蘅毅
2 中華人民共和国の旗 MF 廖力生
3 中華人民共和国の旗 DF 梅方
4 中華人民共和国の旗 MF 張佳祺
5 中華人民共和国の旗 DF 張琳芃
6 中華人民共和国の旗 DF 馮瀟霆
7 ブラジルの旗 FW アラン
8 ブラジルの旗 MF レネ・ジュニオール
9 ブラジルの旗 FW エウケソン
10 中華人民共和国の旗 MF 鄭智 (Captain sports.svg)
11 ブラジルの旗 FW リカルド・グラール
12 中華人民共和国の旗 FW 王上源
13 中華人民共和国の旗 GK 方鏡淇
15 中華人民共和国の旗 DF 弋騰
16 中華人民共和国の旗 MF 黄博文
No. Pos. 選手名
17 中華人民共和国の旗 DF 劉健
18 中華人民共和国の旗 FW 董学升
19 中華人民共和国の旗 GK 曾誠
20 中華人民共和国の旗 MF 于漢超
21 中華人民共和国の旗 MF 趙旭日
22 中華人民共和国の旗 GK 李帥
23 中華人民共和国の旗 MF 楊鑫
24 中華人民共和国の旗 FW 梁学銘
25 中華人民共和国の旗 DF 鄒正
27 中華人民共和国の旗 MF 鄭龍
28 韓国の旗 DF 金英權
29 中華人民共和国の旗 FW 郜林 (副主将)
33 中華人民共和国の旗 DF 栄昊
34 中華人民共和国の旗 MF 王軍輝
35 中華人民共和国の旗 DF 李学鵬

※星印は外国人選手を示す。

監督

ローン移籍[編集]

out
No. Pos. 選手名
-- 中華人民共和国の旗 DF 胡博文 (青島海牛)
-- 中華人民共和国の旗 DF 張宏楠 (深圳紅鑽)
-- イタリアの旗 FW アレッサンドロ・ディアマンティ (ACFフィオレンティーナ)
-- 中華人民共和国の旗 MF 馮仁亮 (貴州人和)
No. Pos. 選手名
-- 中華人民共和国の旗 MF 彭欣力 (重慶力帆)
-- イタリアの旗 FW アルベルト・ジラルディーノ (ACFフィオレンティーナ)
-- 中華人民共和国の旗 DF 肖開提・亜力昆 (新疆天山雪豹)
-- 中華人民共和国の旗 FW 楊超声 (遼寧宏運)

スタジアム[編集]

天河体育中心体育場
  • ホームスタジアムは中華人民共和国広東省広州市にある多目的スタジアム天河体育中心体育場である。1987年に開場。収容人数は58,500人、天河体育中心は敷地面積51万平方メートル。メインスタジアムの他、補助陸上競技場、野球場、体育館とテニスコート、国際水連認定の国際プールを併設しており、バスケットボール、卓球、テニス、バドミントンなどの国際試合を開催することが可能である[6]。現在は主にサッカーの試合に使用されている。
  • なお広州恒大は1999年、2005年、2011年から現在使用している。

過去に使用されていたスタジアム[編集]

  • 越秀山体育場を1993年から1997年、2001年から2010年まで使用していた。現在はライバルチームの同じ広州市をホームタウンとする広州富力のホームスタジアムである。

提携クラブ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 広州恒大、青天井の欲望。八百長で2部降格からアジア王者へ。金満クラブが目指し続けるベストfootballchannel 2015年3月18日
  2. ^ 広州のサッカースクール始業 校長に伊マルチェロ・リッピ氏people.com 2012年10月10日
  3. ^ アジア王者広州恒大がさらに強くなる?中国大手企業が約200億円出資ゲキサカ 2014年6月6日
  4. ^ 広州恒大淘宝、選手強化へ270億円調達日本経済新聞 2014年8月27日
  5. ^ UANGZHOU EVERGRANDE vs KASHIMA ANTLERSafc.com 2015年3月18日
  6. ^ 天河体育中心简介(中国語)
  7. ^ ミラン、中国王者の広州恒大と提携Goal.com 2012年12月13日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公式