休戦協定
休戦協定(きゅうせんきょうてい、Armistice)は戦争や武力紛争を行う双方が戦闘停止に合意する協定で、実質的な戦争の終わりである。英語の "Armistice" は、ラテン語の arma(兵器)と stitium(停止)から来ている。
休戦(truce)または停戦(ceasefire)は通常、限られた期間や限られた場所内で敵対行為や暴力を一時的に停止することを言う。停戦は休戦協定締結のために必要なものでもある。休戦協定は "modus vivendi" (暫定協定)であるため、合意や批准に数ヶ月または数年がかかる平和条約とは同じものではない。双方の軍隊が「停戦」したあと、暫定協定である「休戦協定」が結ばれて戦闘の終了が合意され、その後に互いの地位を定める「平和条約」が結ばれて戦争は正式に終結する。しかし必ずしもこの順序で戦争が停止に向かうというわけではない。1953年の朝鮮戦争の休戦協定は、休戦協定締結が平和条約締結にそのまま進まないというもっとも顕著な例である。
国連安全保障理事会は創立以来、世界各地の紛争当事国に対し、しばしば停戦決議を課し、または課そうとしてきた。しかし、休戦協定は当事者同士が自ら交渉するものであり、それゆえ一般的に現代の国際法では、遵守義務のない国連の停戦決議よりも束縛力が高いと見られている。
[編集] 特筆すべき休戦協定
アメリカ合衆国でもっとも有名な休戦協定といえば、1918年11月11日に第一次世界大戦を終わらせた休戦協定である。アメリカでは定冠詞の "The" をつけて呼ばれており、単に休戦協定といえば「11月の11日の11時」の休戦協定のことである。「休戦記念日(Armistice Day)」を今でも祝っている町は多い。他にも、イギリスなどでは11月11日、またはその直前の日曜日を今でも「追悼の日(Remembrance Day)」としている。
- 第二次世界大戦
- 1940年6月22日、ナチス・ドイツに対するフランス降伏の休戦協定、再びパリ郊外のコンピエーニュの森にて
- 1941年7月14日、中東におけるイギリス軍とシリアにおけるフランス・ヴィシー政権軍との休戦協定(サン・ジャン・ダクル休戦協定、Armistice of Saint Jean d'Acre)
- 1943年9月8日、イタリアとの休戦協定、シチリア島・シラクサ近郊カッシビレ(Cassibile)にて
- ナチス・ドイツは1945年5月8日のヨーロッパ戦勝記念日(V-Eデイ)の前に無条件降伏を行った。
- 1945年9月2日、大日本帝国、陸・海軍の降伏文書調印式、東京湾、アメリカ海軍戦艦「ミズーリ」艦上にて