交響曲第2番 (ラフマニノフ)

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交響曲 第2番 ホ短調作品27は、ロシアの作曲家セルゲイ・ラフマニノフ1906年から1907年にかけて作曲した交響曲。ラフマニノフの恩師でチャイコフスキーの高弟である、セルゲイ・タネーエフに献呈された。

目次

[編集] 概要

ロシアの交響曲の伝統に従って、ドラマティックな連続体として構成されている。動機や「旋律の絶えざる美しい流れ」の強調といったこの曲の特色は、チャイコフスキーの《交響曲第5番》やバラキレフの《交響曲第2番》といった前例に倣うものであり、ゆくゆくはプロコフィエフの《交響曲第5番》やショスタコーヴィチの《交響曲第5番》にも受け継がれるものであった。ただしラフマニノフは、この曲において主要なモチーフをチャイコフスキーのように標題的な「固定観念」としては利用しておらず、より純音楽的な循環主題として処理している。

ちなみに、ホ短調の有名な交響曲という例はこの曲のほかに、ハイドンの《「哀悼」交響曲》やブラームスの《第4番》のほか、チャイコフスキーの《第5番》、ドヴォルザークの《第9番『新世界より』》、マーラーの《第7番》、シベリウスの《第1番》、ショスタコーヴィチの《第10番》といった例があるが、これらの多くはブラームスの第4番以降、19世紀終盤から多く書かれるようになったもので、それ以前はハ短調ニ短調に比較して交響曲で使われることの少ない調であった。

[編集] 創作の経緯

ラフマニノフは、1895年に最初の交響曲となる《交響曲第1番》を作曲したが、1897年モスクワアレクサンドル・グラズノフの指揮によって初演されたところ、批評家から酷評され、完全な失敗作であると認定された。作曲家としてそれまでのキャリアが比較的順調であったために、非常にデリケートな神経の持ち主であったラフマニノフは完全に自信を喪失、自分が有能な交響曲作家であるとの自覚がまるで持てず、鬱病発作に見舞われた。催眠療法の大家である神経科医ニコライ・ダーリ博士と出会って《ピアノ協奏曲 第2番》を作曲、これが成功を収め、1904年グリンカ賞と賞金1000ルーブルを授与されてからも、ラフマニノフは不安から立ち直れずにいた。

《交響曲第2番》が作曲された頃、ラフマニノフはモスクワボリショイ劇場における帝国歌劇場の指揮者として2期にわたる成功を収めていた。しかし、ラフマニノフは、自分は第一に作曲家であるとの自覚から、演奏会のスケジュールに作曲の時間が奪われていると実感していた。そこで、より作曲に専念できるように、またロシア国内の(いずれロシア革命を招くこととなった)不穏な政治情勢に煩わされることのないように、妻と幼い娘を連れてドレスデンに移った。ラフマニノフ家は3年間に渡ってドイツに留まるも、夏にのみ帰国して実家の姻戚の避暑地イワノフカに過ごした。この間に《交響曲第2番》だけでなく、音詩死の島》やニ短調のピアノソナタも作曲している。

ラフマニノフは《交響曲第2番》の初稿にひどく不満足であったものの、数ヶ月の改作を経てこの作品を仕上げると、1908年2月8日サンクトペテルブルクにて自身の指揮で初演を行った。演奏は大成功を収め、初演から10ヵ月後に再度グリンカ賞を授かったのである。この成功によってラフマニノフは、シンフォニストとしての自信を取り戻したのである。

[編集] 改訂版

《交響曲 第2番》は冗長であるとして、たびたび改訂を施されており、とりわけ1940年代から1950年代にかけて演奏にカット版を用いる習慣が見られた。こうした演奏では、所要時間が35分程度しかかからない。しかしながら今日では、第1楽章の呈示部を反復しない例があるものの、完全版で演奏するのが普通になっている。

また、この曲の自筆譜はテイバー財団(the Tabor Foundation)によって所有されているが、大英図書館に永久貸与となっている[1]

[編集] ピアノ協奏曲第5番?

《交響曲第2番》はその甘美なメロディーや構成から、ラフマニノフの代表作として現在認知されているが、Pieter van Winkelというオランダのレコーディングプロデューサーが、大胆にもこの楽曲を基にピアノ協奏曲風にアレンジしようと思い立ち、これを作曲家・Alexander Warenbergに依頼した。Warenbergはアレンジを施し、オーケストラの中の主旋律の部分をピアノ独奏としてアレンジ、更に独自にカデンツァなども挿入するとともに、「協奏曲」らしく3楽章に再構成を行った。こうして出来た楽曲を(本来ラフマニノフ自身が創作したわけではないが)「ピアノ協奏曲第5番」として、「世界初」録音を行った。ちなみに楽曲の編曲に関しては、作曲者の権利団体、及びセルゲイの子孫であるアレクサンダー・ラフマニノフの許可を得ているという。

後にこの楽曲は原曲、及びピアノ協奏曲の出版元であるブージー・アンド・ホークス社から出版され、更に2008年11月21日にはパリにて世界初演が行われている。

[編集] 楽器編成

ハープは含まれないが、以下のように大編成のオーケストラが起用されている。

フルート3(3rdはピッコロ持ち替え)、オーボエ3(3rdはイングリッシュホルン持ち替え)、クラリネット(A、B♭管)2、バスクラリネット1、ファゴット2
ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ1
  • 打楽器
ティンパニシンバル大太鼓小太鼓グロッケンシュピール
第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラチェロコントラバス

[編集] 楽曲構成

演奏時間はカットなしで約1時間。カット版では約35分。

[編集] 第1楽章:Largo - Allegro moderato

チェロとコントラバスによって呈示され、楽章全体を統一するモットー動機。

ホ短調。序奏つきのソナタ形式

この楽章は陰鬱な序奏から始まるが、この序奏には全曲を通じて重要な役割を果たす動機がいくつか盛り込まれている。たとえば、チェロとコントラバスが奏でるモットー動機、それに続く木管とホルンによる大らかな動機と、ヴァイオリンとヴィオラによる小刻みな動きなど。これらの動機が繰り返され、高潮していき、一旦引いたところでイングリッシュホルンが冒頭の動機に基づく音型で主部への橋渡し役を務める。この序奏は、第1主題に比して異例の長さである。

アレグロモデラートの主部では、まずヴァイオリンによって緊張した第1主題が提示され、それがさまざまな楽器によって拡大されていく。それに続いて、木管と弦がト長調の抒情的な第2主題を柔らかく歌う。展開部では序章の動機が変形され、気まぐれに介入してくる。金管が序奏で木管とホルンが奏でた動機に基づいて、ファンファーレ風に生き生きとそれを響かせ、劇的なクライマックスを築いたのち、再現部へと突入し、2つの主題が再現され、さらには序奏でのヴァイオリンの動機を基に曲が進められるが、コーダにおいても不安な雰囲気を持ったまま、きっぱりと閉じられる。

[編集] 第2楽章:Allegro molto

ショスタコーヴィチの先駆というべき忙しないスケルツォ。

イ短調三部形式スケルツォ。「ロシア5人組」(とりわけボロディンやバラキレフ)による交響曲の構成の前例に従って、スケルツォ楽章が緩徐楽章に先立っている。

冒頭の画然としたリズムに乗って、その上に、グレゴリオ聖歌の《怒りの日》に由来する主題がホルンによって示される。この主題を中心に曲は盛り上がりをみせ、リズムを強調する金管群の絶叫にまで高まるが、やがてクラリネットのソロをきっかけにモデラートへとテンポが落ちる。モデラート部では、ヴァイオリンを中心に民謡風の柔和なメロディーを歌うが、それはすぐにスケルツォのリズムにかき消されてしまう。

中間部では曲想が大きく変わり、スケルツォ主題の要素を対位法的に処理した、落ち着かない音楽となる。そしてスケルツォ主題へと戻って、曲は再び盛り上がりをみせる。楽章の終わりでは、金管のコラールが再び《怒りの日》から派生した旋律を弱々しく吹き鳴らして楽章を閉じる(ラフマニノフは《怒りの日》のモチーフに取りつかれていたため、他にも《交響曲第1番》や《交響曲第3番》、《死の島》、《パガニーニの主題による狂詩曲》、《交響的舞曲》にも共通して見出すことが出来る)。

[編集] 第3楽章:Adagio

イ長調。ラフマニノフならではの美しい緩徐楽章である。

まずヴァイオリンによるスラヴ風の流れるような旋律が、儚い憧れを込めるかのように歌われる。続いてクラリネットのソロによるノクターン風の長閑な旋律がこれに代わる。中間部では第1楽章冒頭の序奏に出たヴァイオリンの動機が変形され、イングリッシュホルンやオーボエのソロがさらにそれを変容させる。その後、オーケストラ全体によってこの曲の情緒面での頂点が形成され、全休止ののち、最初のテンポへと戻る。

その後は、これまでに出た3つの素材がさまざまな楽器のソロによって出され、次第に組み合わさりながら曲は延々と流れる。そして楽章の結末では、統一動機が原形のまま(但しこの楽章の主調で)現れて第1楽章との結びつきを再び強め、静かに閉じる。

[編集] 第4楽章:Allegro vivace

終楽章の開始部

ホ長調。ソナタ形式。ロシアの交響曲の伝統により、先行楽章の動機や主題が集約的に総括される終楽章となっている。

低音楽器による短い前奏のリズムに導かれ、エネルギッシュな第1主題が提示される。管楽器による行進曲風のエピソードを挟んでこの主題が繰り返されたのち、ニ長調に転調し、力強くも甘美な第2主題が姿を現す。途中アダージョにテンポが落ちて、第1楽章冒頭の動機や、第3楽章のロマンティックな旋律がふと浮かびあがって回想されるが、すぐに元のテンポに戻る。

これ以後は、これまでに出てきた主題や動機を交えながら進み、次第に高揚していく。そして第2主題が勝利の賛歌のごとく雄大に歌われ、最高潮に達したのち、コーダへと突入する。コーダでは第1主題のリズムを中心に据えて、「ラフマニノフ終止」と呼ばれる、オーケストラ全体による強烈な和音の連打で華やかに曲を閉じる。

[編集] 主要な音源

[編集] 註・参考文献

[編集] 外部リンク