ニコライ・ゴロワノフ

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ニコライ・セミョーノヴィチ・ゴロワノフロシア語:Николай Семёнович ГоловановNikolay Semyonovich Golovanov1891年1月21日 - 1953年8月28日)はソ連指揮者作曲家1924年5月にミャスコフスキーの《交響曲 第6番》など、数々の作品の初演を行なった。日本語での表記は揺れており、ゴロワノフのほかゴロヴァノフゴロワーノフゴロヴァーノフとしても知られている。

概要[編集]

ソ連楽壇においては最高の評価を受け、ボリショイ歌劇場との関係は長年にわたった。ガリーナ・ヴィシネフスカヤは自伝の中でゴロワノフのことをボリショイ歌劇場の首席指揮者と呼び、失職という経験は恥ずべきものとの視点から、ゴロワノフのボリショイ歌劇場からの解雇と死について語っている。

一説によるとゴロワノフが罷免されたのは、ムソルグスキー歌劇ボリス・ゴドゥノフ》を録音する時、主役の皇帝ボリス役にユダヤ系の声楽家マルク・レイゼンを起用したがったことがスターリンの不興を買うことになったからだと伝えられている。ゴロワノフは実のところレイゼンをボリス役に抜擢して録音を行なったのだが、後にボリス役をアレクサンドル・ピロゴフに替えて録り直しした。

ゴロワノフの録音は相当数あり、曲の解釈の仕方がかなり個性的である。リスト交響詩集のほか、スクリャービンの交響曲全集とピアノ協奏曲チャイコフスキーの《冬の日の幻想》と《悲愴》、リムスキー=コルサコフの《シェヘラザード》と歌劇《サトコ》《クリスマス・イヴ》、ムソルグスキーの《展覧会の絵》、ベートーヴェンの《交響曲 第1番》《ヴァイオリン協奏曲》《三重協奏曲》、ラフマニノフの歌劇《アレコ》や交響曲《第2番》《第3番》、グラズノフの交響曲《第5番》《第6番》《第7番》のほか、グリーグモーツァルト作品の録音も遺した。音源を基に判断すると、ゴロワノフの演奏の特色は、情熱的で烈しいまでの音色と、力強く、ほとんど重々しい音響感覚、著しく弾力的なテンポやフレージング、デュナーミクにある。

ゴロワノフはまた作曲家でもあり、数点の合唱曲によって名を遺している。活動の初期においては、ピアノ伴奏者も行っていた。

夫人はソプラノ歌手のアントニーナ・ネジダーノヴァ

関連事項・外部リンク[編集]

先代:
アレクサンドル・オルロフ
モスクワ放送交響楽団 音楽監督
1937–1953
次代:
アレクサンドル・ガウク
先代:
アリ・パゾフスキー
モスクワ・ボリショイ劇場 音楽監督
1948–1953
次代:
アレクサンドル・メリク=パシャーエフ