マイバッハ

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マイバッハ62/57S(2008年)

マイバッハ(Maybach)は、1909年創業のドイツエンジン製造会社。1966年ダイムラー・ベンツの傘下となり、1969年にはMotoren und Turbinen Unionと改名された。2002年にはダイムラー・クライスラー(現ダイムラー)の乗用車のブランドおよび商品名として復活している。

本項目では主として乗用車のブランド名・商品名に関して記述する。エンジン製造会社としての記述はMTUフリードリヒスハーフェンを参照。

歴史[編集]

マイバッハ・ツェッペリン DS8
マイバッハSW42 1939

ゴットリープ・ダイムラーと共にエンジン研究を行っていたヴィルヘルム・マイバッハ1909年に息子であるカール・マイバッハと設立したのが始まりである。

ヴィルヘルムは当時のダイムラー社の主任技師として、1901年に発売されたメルセデス第1号車を設計。1909年にダイムラー社を去り、ツェッペリン伯爵のために会社を設立(Maybach-Motorenbau GmbH)した。飛行船ツェッペリン号に搭載されたV型12気筒エンジンを製作していたのはマイバッハであり、これにより世にその名を知らしめることとなった。

1920年代から1930年代にかけてマイバッハ社は超高級乗用車を製作していた。代表的な車種はマイバッハ・ツェッペリンで、価格は36000RMで、グローサー・メルセデス770(41000RM)に次ぐ価格であった。

第一次世界大戦後は自動車や鉄道車両用のエンジンを製作した。1935年以降第二次世界大戦終結までドイツ軍戦車のガソリンエンジンは、ほぼマイバッハが独占していた。

1952年のカール・マイバッハ引退を期にダイムラー・ベンツが 50% の株式を所有するようになり、後に傘下に納められた。その後身であるMTU鉄道車両船舶、軍用車両、産業用などに向けたディーゼルエンジンの製造を行っている。

車種[編集]

  • マイバッハ・ツェッペリン DS8
  • マイバッハ・SW 42


新・マイバッハ[編集]

マイバッハ62(2005年)
マイバッハ62(2006年)

1997年、ダイムラー・ベンツ(当時)は東京モーターショーに「メルセデス・ベンツ・マイバッハ」という名称のメルセデス・ベンツ Sクラスをベースとしたコンセプトカーを出展し、「マイバッハ」ブランドを復活させることを決定した。

2002年に「マイバッハ」ブランドよりショートホイールベースの「57」とロングホイールベースの「62」が登場。57、62のモデル名は後述のように、それぞれ車体の全長を表しており57の全長は5,723mm、62のそれは6,165mmである。

これらのモデルには、同社が考える最高の技術と厳選した素材が使用されており、車体剛性の高さと、それによる安定性やNVH性能は、メルセデス・ベンツ Sクラスを遙かに上回る。装備や仕様はオーダーメイドであり、内装の化粧板をウッドから大理石にすることも可能で、市販車としては最も高額な乗用車のひとつである。

搭載されるM285 型エンジン(M = モートル)はSOHC水冷V型12気筒で、各バンクターボチャージャーインタークーラーを装備するツインターボである。5513cc の排気量から、550ps(405 kW )/5250rpm の最高出力と、2300-3000rpmの範囲で91.8kgm(900 Nm )の最大トルクを発揮する。

駆動方式は、大容量の5速ATを介した後輪駆動(FR/RWD)である。

2005年のジュネーブ・ショーにて、よりパワフルなエンジンと専用内外装を持ったスペシャルモデル「57S」と「62S」が発表・追加された。搭載されるエンジンは排気量を5980ccに拡大したV12 SOHC ツインターボで612ps(450kW)/4800rpmと1000Nm/2000rpmを発生する。

2007年11月の中東国際オートショーにて62Sをベースとした「62 Landaulet(62 ランドレー)」を発表。このモデルは、1920年代や1930年代によく見られた、後部座席側のみのルーフを開閉可能なソフトトップにした専用のランドーレット・ボディが与えられ、室内前後は電動パーテーションによって仕切ることができる。翌2008年1月に限定で生産されることが決定した。なお価格はベースになった「62S」の倍以上である。

2009年のジュネーブショーにて、戦前のモデルと同じ「ツェッペリン」の名を冠したモデルを追加。このモデルは世界限定100台で57と62に用意され、専用内外装と最高出力を640ps(470kW)に引き上げたエンジンが搭載された。

2011年11月に、ダイムラーは2013年までにマイバッハブランドを廃止すると発表[1]。約10年間にわたってBMW傘下のロールスロイスフォルクスワーゲン傘下のベントレーに匹敵する超高級車の生産に力を注いだものの、思うような利益が出せなかった。廃止後は、メルセデス・ベンツSクラスの最上位グレードで超高級車を生産する予定だという。

ブランドの復活[編集]

2012年に宣言通り生産が終了されたマイバッハだったが、2014年ロサンゼルスで開催のモーターショーにて、メルセデスのサブブランドとして「メルセデス・マイバッハ」が復活する事が発表された[2]

日本における販売[編集]

かつて、東京都港区にはメルセデス・ベンツ日本直営の六本木ショールームがあった(現在はブランド廃止と販売終了により閉鎖されている)。訪問には予約が必要で、通常、商談は原則1日1組となっていた。車両本体以外に、外板色、内装材の見本が全て取り揃えられており、色の組み合わせや、素材の手触りを実際に確認してから注文することができた。セールス担当者が顧客のもとで出張商談を行う際は、これらの素材をコンパクトにまとめた営業ツールを持参する。

2002年9月登場時の日本での販売価格は約4,100万円(消費税込)からとなり、最高級のオーダーメイドプランを組んだ場合は1億円にもなるといわれた。装備の価格例としては、サンルーフが約180万円、電動パーティションが約400万円などで、パーティションとセットでインターコム・システムが装備される。

各モデルとも約150万円の追加料金により右ハンドル仕様車の選択も可能である。その後、数度の価格改定があり2010年後半時点では、「57」の右ハンドルで約5,000万円(消費税込)となっていた。なお2010年7月22日に日本市場に追加された「マイバッハ・ランドレー」の価格は1億4,200万円(消費税込)からであった。

車両の購入にあたっては、代金を銀行振り込みとすること以外に特別な購入条件などは無かったという。ただし任意保険の加入条件は、保管場所の要件(世界最高級車と言われる1台であり盗難などの保安面のリスクが高い)を含め、それなりに厳しい。納車の際は、顧客の指定した時間と場所まで、専用のトランスポーターで運ばれる。目黒区に直営のサービス工場があった。新潟市ヤナセには57が常時、『超高級車』として展示されていた。

2006年の日本での年間販売台数は18台(統計資料、日本自動車販売協会連合会)であった。

62の室内
サンルーフ付き、パーティション無し

2010年半ばまでに「マイバッハ 57」、「マイバッハ 62」は全世界で累計2,600台以上、日本においても150台以上が販売されたという。

車名の由来[編集]

東京モーターショーでの初公開車両でもみられるとおり、この車は「メルセデス・ベンツ・マイバッハ」という名称を用い、メルセデス・ベンツ・ブランドの最上位車種とする予定だった。公開されたコンセプトカーにも、メルセデス・ベンツの「スリーポインテッドスター」が装着されていた。しかし当時の経営陣は「Sクラスこそが最高のメルセデスである」というマーケティング上の戦略を優先し、「マイバッハ」を独立したブランドとして復活させることに決定した。なおこの決定に最後まで反対し、「予定通りメルセデス・ベンツ・マイバッハとして販売すべき。世界的知名度のないマイバッハではなく、メルセデス・ベンツのブランドネームを活用して展開すべき」と主張したのは、現ダイムラーAG代表のディーター・ツェッチェである。

なお、ヴィルヘルム・マイバッハは、ゴットリープ・ダイムラーと共に世界初の4輪ガソリン自動車を発明した人物で、ダイムラー、カール・ベンツと並び、ガソリン自動車の発明者の一人に数えられる。その存在がなければ後のダイムラー・ベンツ、今日のダイムラーはなかったとも言われるほどの技師であった。

モデル名の由来[編集]

モデル名である、62や57などの二桁のナンバーは、この車のユーザー層にもなじみのあるヨット(本来の帆装ヨットのほか、日本でプレジャーボートと呼ばれるもの)などと同様、その全長を示したものである。ただし、その単位はボートで一般的なフィートではなく、メートル法での表記に由来しており、実寸は、57が5,723 mm、62が6,165mm となる。

出典[編集]

  1. ^ 【レポート】超高級車「マイバッハ」が2013年で廃止! 代わりに「S600プルマン」が登場!?autoblog
  2. ^ 【ロサンゼルスモーターショー14】メルセデス-マイバッハ Sクラス…復活の極上サルーン[詳細画像]”. Response.jp (2014年11月21日). 2014年11月23日閲覧。

参考文献[編集]

  • Wikipedia 英語版
  • 日刊自動車新聞社 輸入車ガイドブック 2010
  • 日刊自動車新聞社 輸入車ガイドブック 2011
  • auto motor und sport AUTO KATALOG 2009/2010
  • response.jp ニューモデル 2010年7月22日(木) 21時14分
  • Goo-net カタログ

外部リンク[編集]