ブダペスト覚書

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ブダペスト覚書とは、ウクライナ核兵器保有国(アメリカ合衆国ロシアイギリスなど)が結んだ安全保障に関する覚書のことである。1994年12月5日ブダペストで開催された欧州安全保障会議(CSCE)の首脳会議の場で結ばれた。

概要[編集]

ソビエト連邦の崩壊により、ウクライナなどの独立国家共同体の諸国には、大量の核兵器(核弾頭)が残置されることとなった。一方で、連邦崩壊に伴う混乱(ロシアとウクライナはクリミア半島の領有と黒海に駐留していた艦隊(黒海艦隊)の処遇で対立した)の過程で核拡散の懸念が高まったことから、アメリカなどの諸国は、弾頭数の多かったウクライナに対して、核拡散防止条約(NPT)への加入を迫った。ウクライナは、核兵器を手放す代償として安全保障体制の確約を要求、各国がそれに応えてNPTへの正式加盟にこぎつけた。この過程の覚書が、後にブダペスト覚書と呼ばれるようになった。

2005年以降のガス紛争[編集]

ほぼ無用の長物と化していた覚書だが、2005年に発生したロシア・ウクライナガス紛争にて、ロシア側に燃料供給を絶たれそうになったウクライナ側が、当時の安全保障を確約した覚書を楯にアメリカ、イギリスなどに介入を行うよう要請し、意外な形で陽の目をみることとなった(結果的には介入せずにロシアとウクライナが和解)。

2014年のウクライナ騒乱[編集]

2014年ウクライナ騒乱に伴い生じた、クリミア自治共和国に関するロシアの圧力に対して、ブダペスト覚書が引き合いに出されるようになった[1]

出典[編集]