バアル

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シリア パルミラ遺跡 バール寺院

バアルウガリット語b‘l [ba‘alu])とは、カナン地域を中心に各所で崇められた嵐と慈雨の神。その名はセム語で「主」を意味する。「バール」「ベール」の表記も。

もともとはハッドゥhd [haddu])という名であった。この名は恐らく雷鳴の擬音と考えられる。しかしハッドゥが主神、すなわちバアルと呼ばれ崇められているうちに、その呼称が固有名詞化し、後にはもっぱらバアルと呼ばれるようになった。

本来、カナン人の高位の神だったが、その信仰は周辺に広まり、旧約聖書列王記下などにもその名がある。また、エジプト神話にも取り入れられ同じ嵐の神のセトと同一視された。フェニキアやその植民地カルタゴの最高神モロクをバアル・ハンモンと結びつける説もある。さらにギリシアでもバアル(Βάαλ)の名で崇められた。足を前後に開き右手を挙げている独特のポーズで表されることが多い。

ルーブル美術館蔵 バール像

目次

[編集] ウガリット神話におけるバアル

ウガリット神話では最高神イルと全ての神々の母アーシラトまたはアスタルトの息子と呼ばれる。またダゴンの子バアル(b‘l bn dgn)とも呼ばれる。勝利の女神アナトの兄にして夫。またアスタルトを妻とする解釈もある。

彫像などでは、右手で矛を振りかざし、左手に稲妻を握る戦士の姿で表される。豊穣神として崇められ、竜神ヤム・ナハルや死の神モートの敵対者とされる。 ヤムとの戦いは彼が荒々しい自然界の水を征する利水・治水の神である事を象徴し、モートとの戦いは彼が慈雨によって実りをもたらし、命を養う糧を与える神であることを象徴する。

[編集] 聖書におけるバアル

旧約聖書の列王記下では、預言者エリヤがバアルの預言者と争い、神の偉力をもってバアル信者を打ち滅ぼしたことが書かれている。バアルは旧約聖書の著者達から嫌われており、もともと「バアル・ゼブル」(崇高なるバアル)と呼ばれていたのを「バアル・ゼブブ」(蝿のバアル)と呼んで嘲笑した。新約聖書では蝿の姿をした悪魔の王ベルゼブブとなる。

また、人身供犠を求める偶像神として否定的に描かれ、「異教の男神」一般を広く指す普通名詞としてバアルの名が使われる場合もある。

コラン・ド・プランシー著『地獄の辞典』の挿絵におけるバエルの姿

[編集] グリモワールにおけるバアル

バアルは旧約聖書に現れる異教の神として悪魔学でも重視される。

ソロモンの小さな鍵』の第一書とされる『ゴエティア』ではバエルBaël)の名で現れる。ソロモン72柱の魔神の1柱で、東方を支配する。66の軍団を率いる序列1番の大いなる王とされる。

『大奥義書』でも、6人の上級精霊に仕える18の下位精霊に名前を挙げられており、ルキフゲ・ロフォカレの支配下にあるという[1]

さまざまな姿で現れ、カエル、または人間に似た姿、もしくはこれら全てを併せ持った姿を取るという[2]コラン・ド・プランシー著『地獄の辞典』の挿絵では、ネコ、王冠を被った人間、カエルの頭をもった蜘蛛の姿で描かれている。しわがれた声で話し、人を透明にしたり、知恵を与えたりする力を持つという[3]。戦いに強いと言われることもある[4]

また、一説にはあらゆる秘術の創造主で、本や書物に力を与えるとされている。[要出典]

[編集] 脚注

  1. ^ Arthur Edward Waite, The Book of Ceremonial Magic(1913), p187
  2. ^悪魔の偽王国』では、カエル、ネコ、人間の3つの頭を持った姿で現れると書かれている。
  3. ^ Johann Weyer, Pseudomonarchia Daemonum
  4. ^ コラン・ド・プランシー著 床鍋剛彦訳 『地獄の辞典』 講談社 1990年、p216-217 「バエル」の項

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

外部リンク