ハンムラビ法典
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ハンムラビ法典(ハンムラビほうてん、ハムラビ法典、Code of Hammurabi)はバビロニアの王ハンムラビ(ハムラビ)が発布した法典。
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[編集] 概要
ハンムラビ法典は、完全な形で残る世界で2番目に古い法典である(現存する世界最古の法典はウル・ナンム法典)。
「前書き・本文・後書き」の3部構成となっている。本文は慣習法を成文化した282条からなり、13条及び66~99条が失われている。前書きにはハンムラビの業績が述べられており、後書きにはハンムラビの願いが記されている。
これは後になって石柱に書き写され、バビロンのマルドゥク神殿に置かれた。以後の楔形文字の基本となった。
1901年、閃緑岩に刻まれたものがイランのスサで発見された。現在はパリのルーヴル美術館が所蔵し、レプリカを三鷹市の中近東文化センター[1]岡山市立オリエント美術館[2]でみることができる。
モーセの律法書の元になったとみなす学者もいるが、内容的に大きく異なる。
アッシリア学研究者ジャン・ボテロの見解では、ハンムラビ法典はバビロニア王ハンムラビの所信表明の意味合いが強いと主張している。根拠は、法典内容と、実際にバビロニアから発掘された粘土板による記録を精査すると、必ずしも法典内容と実際の判決が一致していないことによる。このことからハンムラビ法典の内容そのものは、ハンムラビ王が即位する前後に王としてどのような法改正を行うかを表明したもので、「実際の法改正・司法制度の制定、運用にあたっては法典内容よりも訂正が加えられた」とする意見もある。
[編集] 「目には目を、歯には歯を(タリオの法)」
「目には目を、歯には歯を」との記述は、ハンムラビ法典196・197条にあるとされる(旧約聖書、新約聖書の各福音書にも同様の記述がある。)。195条に子がその父を打ったときは、その手を切られる、205条に奴隷が自由民の頬をなぐれば耳を切り取られる といった条項もあり、「目には目を」が成立するのはあくまで対等な身分同士の者だけであった。
ハンムラビ法典の趣旨は犯罪に対して厳罰を加えることを主目的にしてはいない。古代バビロニアは多民族国家であり、当時の世界で最も進んだ文明国家だった。多様な人種が混在する社会を維持するにあたって司法制度は必要不可欠のものであり、基本的に、「何が犯罪行為であるかを明らかにして、その行為に対して刑罰を加える」のは現代の司法制度と同様で、刑罰の軽重を理由として一概に悪法と決めつけることはできない。ハンムラビ法典の内容を精査すると奴隷階級であっても一定の権利を認め、条件によっては奴隷解放を認める条文が存在し、女性の権利(女性の側から離婚する権利や夫と死別した寡婦を擁護する条文)が含まれている。後世のセム系民族の慣習では女性の権利はかなり制限されるのでかなり異例だが、これは「女性の地位が高かったシュメール文明の影響」との意見がある。
[編集] ハンムラビ法典と律法
ハンムラビ法典を揶揄する旧約聖書・新約聖書を奉じるヘブライ人は男尊女卑が基本で、レビラト婚などの結婚制度も存在する。「奴隷を行使する権利は神に選ばれた民族だけが有する」といった選民思想に基づいた主張をする宗派も存在する。もちろんこれは古代イスラエルと原始ユダヤ教の教義なので、現代の常識で一概に断じることはできないが、ハンムラビ法典の指向と相反する部分が多々あるのは事実である。
ユダヤ人とキリスト教徒がハンムラビ法典と古代バビロニアを批判し続けたのは、宗教的教義に反する政治思想・司法制度が一因と言える。
[編集] 現代における評価
現代では、「やられたらやりかえせ」の意味で使われたり、復讐を認める野蛮な規定の典型と解されることが一般的である(イエス・キリストなどがハンムラビ法典を批判している)が、「倍返しのような過剰な報復を禁じ、同等の懲罰にとどめて報復合戦の拡大を防ぐ」すなわち予め犯罪に対応する刑罰の限界を定めること(罪刑法定主義)がこの条文の本来の趣旨であり、刑法学においても近代刑法への歴史的に重要な規定とされている。
現代人の倫理観や常識をそのまま当てはめることはできないが、結果的にこれらの条文は男女平等や人権擁護と同類の指向を持つ条文である。また犯罪被害者や遺族に対して、加害者側に賠償を命じる条文も存在し、かつ被害の軽重に応じて賠償額(通貨の存在しない物々交換の時代なので、銀を何シェケルという単位だが)まで定めてある。賠償の内容を司法によって定めることの可否については一概に断じることはできないが、現代日本の刑事裁判制度において「犯罪被害者がないがしろにされている」という世論が昂まっている現状と比較しても、古代バビロニアの司法制度は現代人の目から見て見劣りするものではない。また「ハンムラビ法典は太陽神シャマシュからハンムラビ王に授けられた」という形で伝えられるが、特定の宗教的主観に偏った内容ではなく、むしろ宗教色は薄い。身分階級の違いによって刑罰に差がある点は公平と言えないが、当時の社会情勢を鑑みると奴隷制廃止は不可能であり、何らかの形で秩序を定める必要があったことから当然の帰結と言える。但し、身分差別を除いて、人種差別、宗教差別をした条文はみられない。この点に関しては中世ヨーロッパの宗教裁判に比して、遙かに公平と公正さにおいて優れており、先進的と言える。司法の歴史上非常に価値の高いものである。
あとがきに「強者が弱者を虐げないように、正義が孤児と寡婦とに授けられるように」の文言がある。社会正義を守り弱者救済するのが法の原点であることを世界最初の法典が語っていることは現代においても注目される。

