アルファロメオ・ジュリア

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アルファロメオ・ジュリア(ベルリーナ)
1300TI
Alfa Romeo Giulia 1300 TI vr.jpg
1300TIリアビュー
Alfa Romeo Giulia Super 1.3 rear.jpg
ヌォーヴァ・スーパー
Alfa Romeo Giulia-2.JPG
販売期間 1962年 - 1977年
デザイン ベルトーネ
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン・5ドアライトバン
エンジン 直4 8バルブ DOHC ガソリン 1290cc/1570cc
ディーゼル 1760cc
変速機 5速MT
駆動方式 FR
サスペンション 前:独立 ダブルウィッシュボーン コイル
後:固定 トレーリングアーム センターリアクションメンバー コイル
ホイールベース 2,510mm
車両重量 1,020kg
先代 アルファロメオ・ジュリエッタ(初代)
後継 アルファロメオ・ジュリエッタ(2代目)
-自動車のスペック表-
アルファロメオ・ジュリア(GT系)
ジュリア・スプリントGTV
1967 Giulia Sprint GT Veloce.jpg
GT1300ジュニア(段付きでなくなった中期型)
1972alfaromeo1300gtfront.jpg
GT1600ジュニア(2000GTと共通ボディの後期型)
Alfa Romeo Giulia Sprint 1600 ca 1975.jpg
販売期間 1963年 - 1977年
デザイン ベルトーネ
乗車定員 4人
ボディタイプ 2ドアクーペ/2ドアカブリオレ
エンジン 直4 8バルブ DOHCガソリン 1290cc/1570cc
変速機 5速MT
駆動方式 FR
サスペンション 前:独立 ダブルウィッシュボーン コイル
後:固定 トレーリングアーム センターリアクションメンバー コイル
ホイールベース 2,350mm
車両重量 1,040kg
先代 アルファロメオ・ジュリア・スプリント
後継 アルファロメオ・アルフェッタGTV1.6
アルファスッド・スプリント
-自動車のスペック表-

アルファロメオ・ジュリア (Alfa Romeo Giulia)(105系)はイタリアの自動車メーカー・アルファロメオ社が、1962年から1977年まで生産した乗用車である。1950年代に成功した前身のジュリエッタ(初代) の後継車として、小型軽量な車体にスポーツカー並みのDOHCエンジンを搭載する高性能でスポーティな小型車として人気を博した。

新型車として当初登場したのは社内デザインの4ドアセダン(ベルリーナ)のみで、クーペ(スプリント2種)やオープンモデル(スパイダー)は、先代のジュリエッタ(初代)のマイナーチェンジ版であったが、1963年9月にはベルトーネ社のチーフスタイリスト・ジョルジェット・ジウジアーロのデザインした2ドアクーペの「スプリントGT」系が誕生、GT系はベルリーナ以上に好評で、1960年代を代表するスポーツカーの一つとなっている。また、シャシーは別物ながら、レーシングモデルの「TZ」「TZ2」にもジュリアの名が冠されていた。

スパイダーは1966年に、先代同様ピニンファリーナのデザイン・車体製造による「1600スパイダー・デュエット」にそれぞれモデルチェンジされ、エンジン・シャシーはジュリア系と同一ながら、「ジュリア」として販売されたことはなく、終始別車種として扱われた。

概要[編集]

ベルリーナ(1962年-1977年)[編集]

最初に登場したジュリアは「TI」と呼ばれた、DOHC1570ccシングルキャブ92馬力/6500rpm、最高速度160km/hのモデルであった。TIの名称は国際ツーリングカーレース・「Turismo Internazionale」の略称である。これまで1900ジュリエッタ(初代) の高性能版に与えられていた名称で、シングルキャブエンジン車には似つかわしくなかったが、後に「TIスーパー」と「スーパー」が追加され、1600ccの基本モデルという位置付けが明確となる。DOHCエンジンに加え、早くも5速ギアボックスを標準装備し、一見すると単純な箱のように見える車体も当時まだ珍しかった風洞実験を用いてデザインされるなど、ジュリアには当時最先端の技術が注ぎ込まれていた[1]。その一方で、ギアチェンジはコラム式(1964年にフロア化)、ステアリングホイールは大径でホーンリング付き、ブレーキは当初4輪ドラム(段階的に4輪ディスクに改良)、という旧式な面も残していた。

1963年にはレーシングモデル・「TIスーパー」が登場する。有名な「クワドロフォリオ・ヴェルデ」のステッカーがフロントフェンダーに貼られ、ホモロゲーション獲得のためわずか501台が生産された。ウェバー45DCOE型ツインキャブレターが与えられた1570ccエンジンは112馬力/6500rpmに強化され、車体の軽量化、フロアシフト、4輪ディスクブレーキの採用、軽合金ホイールや後のGT系にも似たスポーティーなダッシュボードが与えられるなど、大人しいTIに対して、アルファロメオらしいスポーツ性が詰め込まれており、今日ではコレクターズアイテムとして高値で取引されている。

1964年には廉価版の「1300」が登場、ジュリエッタ(初代) から引き継いだDOHC1290ccシングルキャブエンジンで78馬力/6000rpmを発生、シリーズでは唯一ギアボックスが4速となっている。ブレーキは4輪ディスクを装備していた。

1965年には「ジュリア・スーパー」が登場した。「TI」にホモロゲーション獲得用の限定生産車「TIスーパー」のエッセンスを注入したモデルで、1570ccエンジンはウェバー40DCOEツインキャブで98馬力/5500rpmを発揮、最高出力を発生する回転域が下げられ、低~中回転域のトルクも増強されて扱いやすさと高性能を両立させた。ダッシュボードも一新され、ステアリングホイールもスポーティーなデザインとなり、4輪ディスクブレーキはサーボ付きとなった。スーパーは好ましいスポーツサルーンとして人気を博し、成功作となった。1968年にはエンジンの102馬力へのパワーアップ(最高速度170km/h)、後輪サスペンションへのロールバー追加、タイヤサイズ変更(155/15から165/14に)が行われた。また、1967年にはジュリア系をベースに車体の前後を延長し、各部を改良した上級車・1750がデビューしている。

1965年には「スーパー」と共に「1300TI」も登場、エンジンはジュリア系のものに改められ、同じ1290ccながら82馬力/6000rpmにパワーアップした。ギアボックスも5速となり、1968年以降は「スーパー」同様にスポーティーなインテリアが与えられた。同年には1962年以来の「TI」が1570cc95馬力/5500rpmの中間モデル「1600S」に改められた。

各車種とも、1970年にはサイドブレーキがダッシュボード下のアンブレラ型からセンターコンソール中央のステッキ型に、左ハンドル車のペダルは吊り下げ式となり、ブレーキも二系統式となった。また、1300のエンジンをGT系のものに強化した「スーパー1300」が追加され、1600Sは消滅した。

1972年になって車種体系が見直され、「スーパー1.3」「スーパー1.6」の二種類に整理された。アルファロメオのボトムレンジとして前年にアルファスッドがイタリア南部で生産開始され、上級の 1750はこの年、アルフェッタ にモデルチェンジするなど、そろそろ世代交代の波が訪れようとしていた。

1974年、ベルリーナは最後のマイナーチェンジを受け、「ヌォーヴァ・スーパー1.3/1.6」となった。プラスチック製の新しいフロントグリル、平らなボンネット、そして4灯式ヘッドライトで印象は大きく変わり、従来の個性は失われた。1976年には1760cc55馬力のディーゼル版が登場し、約6500台が生産された。

パネルバンなどの商業車版も少数ながら生産されていた。

ジュリア系ベルリーナの生産は1977年で終了、ジュリエッタ(二代目)に世代交代した。

初期のスポーツモデル(1962年-1966年)[編集]

ジュリア・スパイダー

ジュリアTIの登場に際し、既存のジュリエッタ(初代)のスポーツモデルである2ドア4座クーペの「ジュリエッタ・スプリント」、2座オープンの「スパイダー」、2座クーペの「SS」(Sprint Speciale)はマイナーチェンジを受け、TIと同じ1570ccエンジンを112馬力/6500rpmにチューンして搭載し、車名が「ジュリア」に変更されて1964年まで継続生産された。

ジュリエッタとの外観上の相違はエンブレム程度であったが、スパイダーのみ僅かに背が高くなった新しいエンジンに合わせてボンネットにパワーバルジが与えられたので識別が容易である。また、従来からの1300cc車もスプリント版のみ「アルファロメオ・スプリント1300」として継続生産され、「GT1300ジュニア」登場後の1966年まで存続した。

GTスプリント(1963年-1977年)[編集]

1963年9月、10年近くにわたって生産されてきた旧スプリントに代わる2ドア4座クーペが「ジュリア・スプリントGT」としてデビューした。デザインは旧型同様カロッツェリアベルトーネが担当したが、チーフスタイリストは先代のフランコ・スカリオーネではなく、新進気鋭のジョルジェット・ジウジアーロに交代した。1960年に先行してデビューしていた2000/2600スプリントのテーマをより発展させたデザインは、ジウジアーロの代表作となっている。

ベルリーナ同様、車種体系は何度も整理された。当初デビューした「スプリントGT」(106馬力/6000rpm 最高速度180km/h)に続き、翌年にはカロッツェリアトゥーリングがオープンに改造した「スプリントGTC[2]1965年には109馬力となりトルクも増強された高性能版の「スプリントGTV(Veloce)」が順次追加され(翌1966年にオリジナルのGTは消滅)、1967年1750GTVに世代交代するまで生産された。

一方、GTV登場と同じ1965年には、旧「スプリント1300」の後継版あるいはスプリントGTの廉価版として、1290cc89馬力の「アルファロメオ・GT1300ジュニア」が登場、1750GTV登場後も継続生産されたが、1970年には特徴的だった「段付き」と呼ばれるフロントノーズが1750GTV同様の形状に変更され、多くの愛好家を嘆かせた。なお、GTジュニアと1750/2000の車体は、リアホイールアーチが大きくなっており、ジュリア・スプリント系との識別ポイントとなっている。

1972年、1750GTVが2000GTVに発展すると、1300とのギャップを埋めるべく1570cc版も「GT1600ジュニア」として復活した。1974年には2000GTVと同じ4灯式ヘッドライトのフロントグリルに改められ、形式も105から2000と同じ115系に変更された。1300が1977年、1600は1976年まで生産され、アルファスッド・スプリントアルフェッタGT1.6にそれぞれバトンタッチした。

GTA(1965年-1973年)[編集]

ジュリア・スプリントGTAストラダーレ

スプリントGTのボディをそっくりアルミニウム製にして軽量化したレース向けホットモデルが、1965年に登場した「ジュリア・スプリントGTA」である。「A」はイタリア語の"Alleggerita"(軽量化された)の略である。1570ccエンジンも新しいツインプラグを持つシリンダーヘッド、「ジュリアTIスーパー」と同じウェバー45DCOE型ツインキャブレター、マグネシウム製オイルサンプ・カムカバー・クラッチハウジングなどでチューンアップ・軽量化され、車両重量は750kgほどにまで軽量化されていた。「ストラダーレ」と呼ばれたロードバージョンも少数作られたが、大半はアルファロメオのレース部門・アウトデルタに持ち込まれてレース用に改造され、1966年から1969年まで4年連続でヨーロッパツーリングカー選手権のチャンピオンとなり、アメリカのSCCAツーリングカーレースでも活躍した。

1968年には1290ccの「GTA1300ジュニア」も 追加され、1969年にジュリアGTAが生産を終了した後も1973年まで存続した。エンジンは通常の1300GTジュニアのものではなく、ジュリアGTAのエンジンのストロークを82mmから67.5mmに短縮したものが用いられた。車体は1300GTジュニアがベースで、同様に大き目なリアホイールアーチを持つ。

TZ/TZ2(1963年-1967年)[編集]

ジュリアTZ
ジュリアTZ2

1963年に、ジュリエッタSZの後継者として登場したレーシングスポーツカーが「ジュリアTZ(Tubolare Zagato)」である。元フェラーリの技術者・カルロ・キティが率いるアウトデルタが、105系ジュリアをベースにしながらも鋼管チューブラーフレーム、SZ同様カロッツェリアザガートがデザイン・製造したアルミニウム製車体、後にGTAにも用いられるツインプラグシリンダーヘッド、専用の四輪独立サスペンションを持ち、車両重量は650kgに過ぎず、最高速度は216km/hに達した。この高性能には車体後部のコーダ・トロンカと呼ばれる空力的なデザインも貢献していた。GTクラスのツーリングカーレースに出場するため100台を作る予定であったが、結局112台が生産され、今日でも理想的なリーシングスポーツカーとして非常に人気が高い。

1965年には新しい車体が与えられ、「ジュリアTZ2」に発展した。車体はFRP製となり、車両重量は620kgへと軽量化された。ロードカーとしても販売されたTZと違い、TZ2はレース仕様しか生産されず、高度にチューンされた170馬力エンジンで、最高速度は245km/hに達した。TZ2は12台しか生産されなかった。GTカーレースはミッドシップエンジン車中心の闘いとなっており、フロントエンジンのTZ2には勝利のチャンスは乏しかった。アルファロメオはGTAによるツーリングカーレースに主力を移す決断をしたのだった。TZ2はTZ以上に貴重なモデルとして、ヒストリックカー市場では高値で取引されている。

TZ3コルサ/ストラダーレ(2010年 - 2011年)[編集]

画面奥がTZ3コルサ、手前がTZ3ストラダーレ

アルファロメオとカロッツェリア・ザガートの提携90周年、およびアルファロメオの創業100周年を記念して、TZの名を復活させたのが「TZ3コルサ」である。ドイツのアルファロメオ・コレクター、マルティン・カップの依頼により、レース出場車として1台のみ製造された。オリジナルシャーシにマセラティ用をベースとしたV型8気筒4200ccエンジンを搭載(420馬力)。アルミニウム製ボディはロングノーズ、コーダ・トロンカという往年のTZのデザインを再現している。

2010年4月にイタリア・コモ湖畔で開催されたコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラデステにて公開され、コンセプトカー・プロトタイプ部門の最優秀デザイン賞を獲得した[3]

2011年にはロードモデルの「TZ3ストラダーレ」が発表された。ベースはダッジ・バイパーACRで、V型10気筒8400ccエンジン(600馬力)を搭載する。ボディはカーボン製で、デザインもコルサとは違えている。生産予定台数は9台[4]

日本への輸入[編集]

当時の日本でもジュリア系は人気が高く、総代理店、伊藤忠オートによって、同社がアルファロメオの輸入代理店となった直後の1963年から1975年頃まで、比較的多数が輸入された。GTAもごく少数輸入された。その後も特にGT系を中心に、ヒストリックカーとして多数が中古車として並行輸入されている。特に初期の「段付き」の人気が高い。

参考文献[編集]

補足[編集]

  1. ^ ノーズ・テール・ボディサイド・ルーフ後端部などには細かな表面処理が施されており、空気抵抗係数は0.33と、1960年代の当時の最新鋭スポーツカー・ポルシェ・911にも勝る値を記録した。
  2. ^ スパイダー(デュエット)系が登場するまで2年間のみ生産。生産台数は1,000台と少ない。
  3. ^ 森脇稔 (2010年4月27日). “ザガートのアルファレーサー TZ3、最優秀デザイン賞に輝く”. レスポンス自動車ニュース. http://response.jp/article/2010/04/27/139769.html 2010年7月15日閲覧。 
  4. ^ 森脇稔 (2011年5月8日). “ザガートのアルファスポーツ、TZ3ストラダーレ…世界限定9台”. レスポンス自動車ニュース. http://response.jp/article/2011/05/08/155922.html 2011年8月22日閲覧。