穀物

穀物(こくもつ)は、植物から得られる食材の総称の1つで、澱粉質を主体とする種子を食用とするもの。狭義にはイネ科作物の種子(米や麦など)のみを指し、広義にはこれにマメ科作物の種子(豆)や他科の作物の種子を含む[1][2]。世界各地で農作物として大規模に栽培され、主食として利用されている[3]。
イネ科作物の種子を禾穀類(かこくるい、Cereals、シリアル)[1]といい、マメ科作物の種子を菽穀類(しゅこくるい、Pulses)[1]という。広義の穀物のうち、禾穀類の種子(単子葉植物であるイネ科作物の種子)と似ていることから穀物として利用される双子葉植物の種子をまとめて擬禾穀類あるいは擬穀類(疑似穀類、Pseudocereals)と呼ぶ[2][4][5]。擬穀類には、ソバ(タデ科)、アマランサス(ヒユ科)、キヌア(キノア、アカザ科)などが含まれる[2][6]。
概要[編集]
穀物は、その栽培の容易さと保存性の高さから、多くのものは生活に必要なエネルギーを得る主食の材料として用いられている。イモ類などの根菜類やバナナなどを主食とする地域を除く、世界中の大半の地域において穀物は食糧の中心部分を占めている。特に生産量の多い小麦・イネ(米)・トウモロコシは世界三大穀物と呼ばれている[7]。また、特に生産量が多く主食として扱われることも多いイネ、ムギ類、トウモロコシを主穀と呼び、その他の穀物を雑穀と呼んで区別することもある。中国や日本においては、特に主要な五種の穀物を五穀と呼び重視してきた。この五穀の内容は時代や書物によって様々であり、主要穀物の総称としての意味合いが強かった。現代日本においては、コメ、ムギ、アワ、マメ、キビまたはヒエを指して五穀と呼ぶことが多い[8]が、古来日本の主食として神聖視されてきたコメと他の4種、特に雑穀扱いされるアワ、キビ、ヒエとの扱いの差は大きく、同格とみなされているわけではない。
穀物は炭水化物のみならず、タンパク質も含んでいる。穀物のアミノ酸のバランスは理想的ではないが、多くの国での伝統的な組み合わせで欠けたアミノ酸を補い合い良好なタンパク質の品質となり、たとえば、アジア地域における米と豆、中近東における小麦と豆、アメリカにおけるトウモロコシと豆である[9]。また脂肪も含まれており、現代では一部穀物からつくられる食用油(米油、コーン油など)は産業上重要である。
起源[編集]

現代において世界で栽培される穀物はほぼ、中国北部、中国雲南省~東南アジア~インド北部、中央アジア、近東、アフリカ(サヘル地帯及びエチオピア高原)、中央アメリカ、南米のアンデス山脈の7地域を起源としている。これらの地域は農耕文明の発祥地と重なっている。中国北部においてはキビ、ヒエ、ダイズ、アズキが、中国雲南省~東南アジア~インド北部においてはイネを筆頭としてソバやハトムギが、中央アジアではソラマメ、ヒヨコマメ、レンズマメが栽培化されている。近東地域は穀物の栽培化が世界で最も早かった地域で、コムギ、オオムギ、ライムギ、エンバクといった世界でも重要な地位を占める穀物が栽培化された地域である。アフリカのサヘルからエチオピア高原にかけては、世界に広まったモロコシをはじめ、シコクビエやトウジンビエ、フォニオやテフなどが栽培化された。中央アメリカにおいてはトウモロコシが栽培化された。南アメリカ・アンデスにおいては、アマランサスやキノアの栽培化が行われた[10]。
栽培化される前は、穀物の多くは播種のために熟すると種子が穂から脱落する性質を持っていた。人類が野生の穀物を利用し始めた際には逆にそれを利用し、穂の下に容器を置いて穂をゆすり身を振るい落としたり、種子がまだ固定している未熟なうちに刈り取ったりするなどの手段を取っていた。しかしこうした方法には限界があり、やがて人類は穂が熟しても種子の脱落しない個体を選抜して栽培するようになり、穀物は非脱落性を獲得していった。このほかにも、可食部分の肥大化など、選抜によってより利用しやすい形へと植物自体の性質が変化していった[11]。
野生の穀物の粒は小さく、収穫しにくく、さらに加工しなければ消化もしにくいため、広く穀物を利用するようになるには石器の登場が必要であった[12]。石を原料とした器は旧石器時代のうち、4万年から1万2千年ほど前の間に出現したが、定期的な穀物の収穫は1万2千年前のナトゥフ文化にみられる[12]。ナトゥフ文化では野生の小麦、大麦、ライ麦を収穫し、ヤンガードリアス期に畑を作り穀物を蔵に保管するようになると、穀物を守るようにして野生の猫もそこに集まるネズミを狙った[13]。
穀物の栽培化においては、もともと栽培化されていた穀物とは別に、それらの穀物の栽培の過程において畑に紛れ込んだ雑草が、本来の穀物に紛れて、または押しのけて成長する中で穀物として栽培されるようになっていったものがある。これらは二次作物と呼ばれ、コムギの栽培過程で作物化していったライムギやエンバクなどがあてはまる[14]。強勢雑草として忌み嫌われるものもあり、なかでもイネの水田におけるヒエはその例として知られる。
栽培化後も、農法の進歩は続いていた。たとえば上記のとおり穀物が非脱落性を獲得したばかりの場合、穀物の成熟度はその穂ごとに異なるため、熟した穂を選んで収穫する穂刈りが行われていた。しかしやがて農法の進歩によって同じ農地の穀物の成熟度をほぼ同じに調整することが可能となると、穂ではなく茎を根元から収穫する根刈りが主流となっていった。
栽培化された穀物はやがて起源地から広がっていくが、この過程において、コムギ、イネ、トウモロコシの三種の穀物が突出して栽培されるようになっていった。コムギは栽培化当初は加工のしやすいオオムギに比べ二義的な穀物だったと考えられているが、やがて粥ではなくパンを製造するようになると、グルテンを持つコムギは他の穀物のパンよりはるかに美味なパンを作ることができ、また加工の幅もほかの穀物とは比べ物にならないくらい広がったため、旧大陸のパン食文化圏においてはほぼどこでもコムギが第一の穀物とされるようになっていった。寒冷な地域でライムギやエンバクの栽培が主流である地域においても、コムギのパンは最も価値の高いものとされることが多かった。アワを主食としていた中国北部においても、コムギ伝来後は徐々にコムギが第一の穀物となっていった。コムギはやや乾燥した地帯で主穀となったが、これに対し、温暖で降雨の多い地域においてはイネが圧倒的に多く栽培されるようになっていった。イネの伝来した地域においてはそれまでバナナや、タロイモなど根菜の栽培が主力だったが、イネ伝来後はこうした旧来の主食作物を押しのける形で急速にイネの普及が進んだ。イネは旧来の主食作物に比べて収量が高く、調理が容易なうえ食味に優れていたためである。こうした状況はイネとともに穀物農耕の伝わった日本においても顕著であり、イネ栽培の北限に近いにもかかわらずイネの栽培は非常に重視された。イネとコムギは旧大陸の二大穀物であるが、これに対し新大陸においてはトウモロコシが唯一の主穀となっていた。特にアステカ文明やマヤ文明においてはトウモロコシが大量に生産され、巨大な文明を築き上げる基盤となった。南アメリカのインカ帝国においてはジャガイモが食糧作物の中心であったが、トウモロコシはチチャという醸造酒を作るための原料として大量に栽培されていた。1492年のコロンブスの新大陸到達後、いわゆるコロンブス交換によってこれらの穀物は新旧両大陸に広がるようになり、北アメリカ大陸内陸部が広大なコムギ生産地域となり、またアフリカ大陸の半乾燥地域においてモロコシにかわりトウモロコシが多く栽培されるようになるなど、栽培地域に大きな変遷が起きた。
穀物は多くの国家において食糧生産の根幹であり、そのため栽培化以降も各地で品種改良の努力が続けられてきた。19世紀以降には農法の改善によって農業革命が起き、またこの頃から科学的な品種改良の理論が確立して各地で近代的な育種が行われるようになり、穀物の収量は激増した[15]。特に20世紀後半に入ると、肥料の多用に耐えられる穀物品種の開発などによっていわゆる緑の革命が起き、穀物の反収は激増して世界人口の急増を支えることに成功した。
精製加工[編集]
工業革命以前は小麦粉などを粉にするには石臼が使われ、手で選別処理をしなければふすま(表皮)や胚芽を完全に除去することは不可能であった[12]。19世紀後半には、そうした処理が自動化され高度に精製された穀物が広く消費されるようになった[12]。しかし工業の発達は穀物の精製技術を向上させる一方で、食物繊維、ビタミンやミネラルを損失させることで摂取量を減少させており、健康に影響を及ぼしていることが考えられる[12]。
1970年代後半には、クロマトグラフィー果糖濃縮技術の出現で異性化糖(高果糖コーンシロップ、HFCS)の大量生産を可能とした[12]。
用途[編集]

食用[編集]
穀物の最も重要な用途は、そのまま、あるいはいったん粉などに加工してから食用とすることである。食用とされる場合、主にエネルギー源となる炭水化物を供給するために主食として大量に消費されることが多かった。その後、近代化が進むにつれ食生活が多様化し、炭水化物の重要性が低下するのに伴って穀物の食卓に占める割合も低下していったが、現代においても最も基本的かつ重要な食料であることにかわりはなく、イモ類などで炭水化物を代わりに摂取できる場合を除けば、穀物および穀物加工物の存在しない食事は非常に珍しいものである。主食用としての用途が特に大きな割合を占める穀物として、コメとコムギが挙げられる。
ただ、穀物はその性質から、乾燥状態からある程度は加工しないと食料としては利用しにくい側面もある。このため、穀物を使った料理では様々な様式が発達し、以下に述べる様々な種類の穀物には、それぞれの、地域によっても多種多様な食べ方も見出されてきた。近年では雑穀の栄養価が主穀に対しやや高いことから健康食品として注目されるようになり、さまざまな雑穀商品が開発されている。ただし雑穀も炭水化物を主成分とすることには変わりはない。
ほとんどの穀物は、脱穀をして外皮を取り除かないと食べることができない。脱穀をしても、果皮、種皮、胚、胚乳表層部といった部分は食味が劣るため、たいていは取り除かれる。これを精白という。精白された穀物は、主にそのまま穀粒を食べる粒食タイプの穀物と、主に挽いて粉にしてから整形して食する粉食タイプのものに大きく分かれる。イネは粒食タイプであり、トウモロコシやコムギは粉食タイプに属する[16]。特に後者のタイプにおいては製粉は企業が行うことが多く、多くの製粉企業が存在する。なお、精白によって取り除かれた部分も食べることは可能であり、しかも精白後の胚乳部分に比べてビタミンやミネラル、食物繊維が多量に含まれているため、この部分を含めた穀物、いわゆる全粒穀物も製造され、健康に良いとして玄米やオートミールなどのこうした穀物製品を消費する人々も存在する。ただし、取り除かれた部分(糠やふすまと呼ばれる)を単体で食べることはほぼなく、こうした糠は飼料など様々な形で直接の食用以外に使用されることが多い。
粉食タイプの穀物を粉のまま食べることはほとんどなく、何らかの形で粉をまとめ成形して食べることになる。ほとんどは、まず水を加えて練り上げ、必要に応じ塩などを混ぜて生地を作る。この生地をそのまま、あるいは発酵させて火を通したものがパンであり[17]、粉食タイプの穀物を食べる際に最も一般的な食べ方である。パンはコムギから作るものがもっとも一般的であるが、トウモロコシやライムギなどから作られるパンも根強い人気がある。また、この生地を細長く切って成形したものを麺と呼び、これも世界中で広く食される。麺もやはりコムギから作るものが最も一般的であるが、コムギの出来ない東南アジアにおいては麺はコメから作られるものが多い。また日本ではソバを麺にして食べるが、ソバ単体の場合麺状にした場合ちぎれやすくなるため、つなぎとしてコムギを使用することも多い。ただし麺は作るのに手間がかかるため、近代において製麺機が実用化されるまではどの文化圏においてもかなりのごちそうとされていた[18]。こうした伝統的な調理法のほか、19世紀後半に穀物をローラーで圧搾しフレーク状にする技術が開発されたため[19]、これ以後、穀物を加熱加工して長期保存に適するようにした、いわゆるシリアル食品が開発され、朝食を中心に広く利用されている。
また、多めの水で穀物を煮た粥も一般的な穀物調理法の一つである。粥は調理が簡単であり、穀物でも最も古い調理法の一つである。また、粥はそのまま煮るだけなので粒食タイプ向きの調理法であるが、アフリカのウガリのように一度粉にしたものを粥にして食することもある。この場合、水分が多ければ普通の粥となるが、水分が少なければ粥というよりペースト状の固体となる。
一部の穀物には、アミロースを含む粳(うるち)性のものと、アミロースを全く、あるいはほとんど含まない糯(もち)性のものの二つに分かれているものがある。本来、穀物は粳性であり、糯性のものはそこから変異して誕生したため、なかには糯性の品種が存在しない穀物も存在する。また、糯性はうるち性に比べて劣性遺伝であるうえ交雑しやすいため、自然状態では存続が難しく、糯性を好む人々が品種維持の努力を継続して初めて品種として継続するものである[20]。糯性品種が存在するものとしては、コメ(もち米)を筆頭に、トウモロコシ、オオムギ(もち麦)、アワ(もち粟)、キビ、モロコシ、アマランサスなどがある。糯性の穀物は調理すると粘性が高くなるため、これを利用して、蒸したもち米をついて作る餅のような様々な食品が生み出された。
また、トウモロコシやソルガムなど一部の穀物には、火を通すと大きくはじける爆裂種(ポップ種)が存在し、ポップコーンなどに加工される[21]。
加工用[編集]

穀物はそのまま食料として用いるほか、様々な食品に加工されても使用される。主食用以外の穀物用途で最も重要なものは、穀物を発酵させて醸造し、酒を造ることである。穀物は果実と並び醸造酒の原料として最も広く用いられるものであり、オオムギを原料とするビールやコメを原料とする日本酒などをはじめ、様々な種類の酒が各民族によって作られてきた。穀物の中で醸造用としての用途が特に大きな割合を占める穀物としては、ビールの原料であるオオムギが挙げられる。
穀物は酢酸の原料として用いることも可能であり、例えば米酢のように実際に穀物から作られている酢も存在する。このように、穀物は調味料の原料として用いられることもある。
飼料用[編集]
穀物は飼料としても古くから盛んに使用されてきた。穀物は飼料としては、牧草などの粗飼料と対比して濃厚飼料と呼ばれ、栄養価が高く近代的な畜産には不可欠なものである。飼料用としてもっとも重要な穀物はトウモロコシである。トウモロコシは中南米やアフリカにおいては主食としても使用されるものの、主な用途は消費の64%を占める飼料用である[22]。この他、かつてはウマの飼料としてエンバクが非常に重要な飼料用作物であったが、第一次世界大戦後に軍用や輸送用のウマの需要が激減し、これにともなって飼料作物としてのエンバクの需要も激減して、栽培も少なくなった。ただし、現代においてもウマの飼育においてはエンバクはもっとも重要な飼料の一つである[23]。この他、モロコシもアフリカや南アジアを除いては飼料用の利用がほとんどを占める。また、オオムギの飼料向け割合も高い。
その他[編集]
上記のように穀物からは酒(エタノール)を作ることができるため、こと近年ではこういった穀物を醸造して得られるエタノールをアルコール燃料(バイオマスエタノール)として、機械装置の動力に利用する研究と実用化も進んでおり[24]、人間の活動全般にわたって、様々な方面で利用されている。種を収穫した後の茎部分である藁も麦米ともに、自給自足生活をしていた時代から多様な用途に用いられている資材であるが、他の資材が容易に手に入るようになったことから利用は減少傾向にある。
生産[編集]
国連食糧農業機関(FAO)の穀物の世界需給予測によると、2021年度の生産量は28億2090万トンと初めて28億トン台に乗り、需要は28億2570万トン、貿易量は4億6930万トンである[25]。以下に1961年(FAO統計が利用可能な最初の年)と2008年、2009年、2010年の穀物生産量とその推移を示す[26]。2003年にはトウモロコシ、コメ、コムギの3大穀物で世界の穀物生産の87%、世界の食物カロリーの43%を占めていた[26]。緑の革命の影響を受けた3大穀物の生産量が爆発的に増加しているのに対し、ライムギとエンバクの生産量は1960年代に比べて大幅に減少している。
穀物 | 生産量 (100万t) | 備考 | |||
---|---|---|---|---|---|
2010 | 2009 | 2008 | 1961 | ||
トウモロコシ | 844 | 820 | 827 | 205 | 中南米やアフリカでは主食、その他の地域では主に飼料として利用されることが多い。やや乾燥した地域で主に栽培される。 |
コメ[27] | 672 | 685 | 689 | 285 | 熱帯から温帯地域にかけて多く栽培される。多雨地域向け。東アジアから東南アジア、インドにかけての広い地域を主産地とするほか、ブラジルやアフリカなど広い地域で主食とされる。 |
コムギ | 651 | 687 | 683 | 222 | 温帯地域を中心に栽培される。やや乾燥した地域での栽培が向いている。ヨーロッパや北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、中東、華北、インドなどで主食とされる。 |
オオムギ | 123 | 152 | 155 | 72 | ビール醸造用の麦芽、および飼料用の栽培が多い。非常に寒冷なチベットにおいては主食となっている。 |
モロコシ | 56 | 56 | 66 | 41 | アジアやアフリカにおいて広く栽培されるほか、アメリカでの栽培も多い。乾燥にやや強い。アフリカおよび南アジアにおいては重要な主穀であるが、その他の地域においては飼料用としての利用がほとんどである。 |
雑穀 | 29 | 27 | 35 | 26 | この表に表記されていない各種穀物の総計。アジアやアフリカでの栽培が多い。 |
エンバク | 20 | 23 | 26 | 50 | 以前のスコットランドの主食。世界的には特に馬の飼料としての利用が多い。 |
ライコムギ | 13 | 16 | 14 | 12 | ライムギとコムギのハイブリッド。 |
ライムギ | 12 | 18 | 18 | 35 | 北欧やドイツ、ロシアなど寒冷な地域において主食となっている。 |
ソバ | 1.5 | 1.8 | 2.2 | 2.5 | イネ科ではなくタデ科に属する。ユーラシア全域で栽培され、パンケーキや蕎麦、粥など様々な方法で食される。 |
フォニオ | 0.53 | 0.46 | 0.50 | 0.18 | 西アフリカで栽培される。 |
キノア | 0.07 | 0.07 | 0.06 | 0.03 | アンデスで栽培される。 |
雑穀とみなされる穀物は全般に需要が低調であり、換金性もそれに伴って低いために栽培が減少する傾向が目立つが、雑穀のなかでも例えばエチオピア高原におけるテフのように地元のアムハラ人などによって強く嗜好され、主食の座を保っている穀物も存在する。このためテフの換金性は高く高価で取引されており[28]、栽培も減少してはいない。また、アンデス地域で栽培されるキノア(キヌア)のように、健康食品として栽培地域外で注目され、世界的人気となって栽培が増加した穀物もある。
穀物は世界の人口のかなりを支えており、その生産様式は多岐にわたる。乾燥地域においては天水に頼る粗放的な穀物農業のほか、水路を整備しての灌漑農業も盛んに行われている。東アジアから東南アジア、南アジアにかけては狭い土地に多くの労働力を投入し高い収穫を上げる労働集約型の穀物生産が行われている。なかでもアジアのコメ生産地域においてはこの傾向が強い。このため、土地生産性が非常に高くなっている。ヨーロッパにおいては食用となる穀物と飼料作物を栽培する混合農業が主流である。この場合、数年単位で耕地を移動させながら栽培する輪作を行い、地力の消耗を防ぐ。この輪作は、中世以来ヨーロッパで行われていた三圃式農業が18世紀のノーフォーク農法の開発によって発展したものである。その後も農業技術の開発が進んだこともあり、西ヨーロッパ諸国の穀物反収は東アジア諸国と肩を並べるほど高い。こうした土地生産性の高い諸国に対し、アメリカのグレートプレーンズやオーストラリア、アルゼンチンのパンパなどでは、広大な土地で穀物を大規模に栽培する企業的穀物農業が行われている。こうした企業的穀物農業においては土地生産性が低く、例えばコムギにおいてはアメリカでは290㎏、オーストラリアでは190㎏と反収が低くなっている[29]かわりに、少ない労働力で大規模に生産できるために労働生産性が非常に高くなっていることが特徴である。またこうしたことから、穀物の反収は先進国と発展途上国の間には必ずしも明確な差はなく、また穀物の種類によっても大きく左右される。例えばコムギの反収においてはもっとも高いのは西ヨーロッパ諸国であるが、ナイル川沿いの肥沃な土地を擁するエジプトや、ロバート・ムガベ政権によって穀物生産が崩壊する以前のジンバブエなどもそれに劣らない反収を誇っていた[30]。また、日本においてはコメの反収は世界最高レベルにあるが、コムギの反収は384㎏[29]と世界中位レベルであり、労働集約型農業としては低いレベルにとどまっている。
農業革命や緑の革命によって品種改良や農法の改善が進んだコメ、コムギ、トウモロコシの三大穀物の収量は激増したが、雑穀などはそれらが進んでおらず、収量も低いレベルにとどまっているものがほとんどである。また、品種改良の進んだ穀物においても、たとえばトウモロコシやソルガムのように世界中で需要の多い飼料用としての改良は大幅に進んだものの、主食用としての改良が進んでいない穀物もあり、これらの穀物を飼料用として栽培するアメリカなどの企業的穀物農業の諸国と、アフリカや中南米などの自給用としてトウモロコシやソルガムの生産を行う諸国との反収の差の一因となっている[31]。
穀物は人類社会において多くの人類が毎日必ず食するものであり、古くから重要な交易品の一つだった。穀物交易が特に重きをなしていた交易圏としてバルト海があり、ハンザ同盟やその後のオランダによるバルト海交易において穀物は重要な商品の一つとなっており、またこの穀物輸出(主にライムギ)の中心であったポーランド王国の黄金時代を現出させる経済的な要因となった。現代においても穀物交易の重要性は変わらず、アメリカやカナダ、オーストラリアやアルゼンチンといった企業的穀物農業を行う国々からは大量の穀物が輸出され、世界各国に販売されている。なかでも世界最大の穀物輸出国はアメリカであり、コムギやトウモロコシに限らず、ソルガムなども大量に栽培し輸出を行っている。逆に輸入額が多いのは日本やアフリカ諸国である。中華人民共和国は生産量も多いが、人口が膨大であるため人口の伸びに穀物生産が追い付かず、飼料用を中心に大量の穀物を輸入している。この穀物流通において大きな割合を持っているのがカーギルやアーチャー・ダニエルズ・ミッドランドといった穀物メジャーと呼ばれる商社群である。穀物貿易の上で数量的に大きな割合を占めるものは主食用のコムギと飼料用のトウモロコシである。コメは生産量は多いものの、ほとんどの主要生産国において自給用生産の割合が非常に高く、企業的生産があまり行われていないこともあって、穀物貿易における割合は高くない。大規模生産があまり行われておらず貿易量も少ないことから、コメの国際価格はコムギより高めになる傾向がある。
種類[編集]
禾穀類(イネ科)[編集]
- 米(イネ)
- トウモロコシ(トウキビ)
- 麦類
- キビ
- アワ
- ヒエ
- モロコシ(タカキビ、コウリャン、ソルガム)
- シコクビエ
- トウジンビエ
- テフ
- フォニオ
- コドラ(コードンビエ)
- マコモ(野生植物と栽培植物の中間)
菽穀類(マメ科)[編集]
- ダイズ
- アズキ
- リョクトウ
- ササゲ
- インゲンマメ
- ライマメ
- ラッカセイ
- エンドウ
- ソラマメ
- レンズマメ
- ヒヨコマメ
- レンズマメ(ヘントウ)
- ベニバナインゲン
- ケツルアズキ
- モスビーン
- テパリービーン
- タケアズキ
- フジマメ
- ホースグラム(英: Macrotyloma uniflorum)
- バンバラマメ
- ゼオカルパマメ
- キマメ
- ナタマメ
- タチナタマメ
- グラスピー(英: Lathyrus sativus)
- クラスタマメ
- シカクマメ
- ハッショウマメ(英: Mucuna pruriens)
- イナゴマメ
- ルピナス
- タマリンド
その他擬似穀類[編集]
脚注[編集]
- ^ a b c 日本作物学会編『作物学用語事典』(農山漁村文化協会 2010年)p.241
- ^ a b c 『丸善食品総合辞典』(丸善 1998年)p.393
- ^ 世界各国の主食は何ですか。農林水産省(2021年6月27日閲覧)
- ^ 日本作物学会編『作物学用語事典』(農山漁村文化協会 2010年)p.242
- ^ 『丸善食品総合辞典』(丸善 1998年)p.268
- ^ 『食料の百科事典』(丸善 2001年)p.18
- ^ 農業・生物系特定産業技術研究機構編『最新農業技術事典』(農山漁村文化協会 2006年)p.105
- ^ 本山荻舟『飲食事典』(平凡社 昭和33年12月25日発行)p.197
- ^ 国際連合食糧農業機関、国際食糧農業協会訳・編集『たんぱく質の品質評価 : FAO/WHO合同専門家協議報告』国際食糧農業協会、1992年。 Quality Evaluation, Report of the Joint FAO/Who Expert Consultation, 1991 ISBN 978-9251030974
- ^ 国分牧衛『新訂 食用作物』(養賢堂 2010年8月10日第1版)p.3
- ^ 国分牧衛『新訂 食用作物』(養賢堂 2010年8月10日第1版)p.5
- ^ a b c d e f Cordain L, Eaton SB, Sebastian A, et al. (2005). “Origins and evolution of the Western diet: health implications for the 21st century”. Am. J. Clin. Nutr. 81 (2): 341–54. PMID 15699220 .
- ^ ジョン・ブラッドショー『猫的感覚―動物行動学が教えるネコの心理』早川書房、2014年
- ^ 中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』(岩波書店 1966年1月25日第1刷)154頁
- ^ 国分牧衛『新訂 食用作物』(養賢堂 2010年8月10日第1版)p.6
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- ^ 舟田詠子『パンの文化史』(講談社学術文庫 2013年12月10日第1刷発行)pp.37-38
- ^ 石毛直道『世界の食べもの 食の文化地理』(講談社学術文庫 2013年5月9日第1刷)p.234
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- ^ 井上直人『おいしい穀物の科学 コメ、ムギ、トウモロコシからソバ、雑穀まで』(講談社ブルーバックス 2014年6月20日第1刷)pp.34-35
- ^ 『FOOD'S FOOD 新版 食材図典 生鮮食材編』(小学館 2003年3月20日初版第1刷)p.313
- ^ 榎本裕洋、安部直樹『絵でみる食糧ビジネスのしくみ』(柴田明夫監修、日本能率協会マネジメントセンター〈絵でみるシリーズ〉、2008年8月。ISBN 978-4-8207-4525-9)pp. 24-25
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- ^ a b 農林水産技術会議/売れる麦に向けた新技術、6ページ。2016年8月6日閲覧[リンク切れ]
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- ^ 平野克己 『図説アフリカ経済』(日本評論社、2002年4月 ISBN 978-4-535-55230-2)42-43頁