清水章夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
清水 章夫
OB-Akio-Shimuzu20100505.jpg
オリックス時代
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府豊中市
生年月日 (1975-09-09) 1975年9月9日(43歳)
身長
体重
186 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1997年 ドラフト1位
初出場 1998年5月6日
最終出場 2009年10月9日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

清水 章夫(しみず あきお、1975年9月9日 - )は、大阪府豊中市出身[1]の元プロ野球選手投手)。左投左打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学生から野球を始めるがライトで8番打者。中学でも野球は続けたが本人も下手くそだったと振り返る。大阪高校進学を期に野球を止めるつもりだったが、友人に誘われ見物した軟式野球部に入部し、ここで初めて投手を務めた。2年連続で大阪大会で優勝し注目を集めた[2]

しかし硬式野球への憧れは捨てがたく、名門の近畿大学セレクションを受け合格。一年目は二部(夜間部)に入学し二年目に一部に編入された[2]二岡智宏宇高伸次藤井彰人山下勝充らとチームメイトになり、4年時にはチームを全日本大学野球選手権大会優勝、明治神宮野球大会優勝などアマチュア五冠に導く。関西学生リーグ通算16試合登板、11勝1敗、防御率1.14。最優秀選手1回、最優秀投手2回、ベストナイン1回受賞。

ドラフト時は6球団の争奪戦の末、日本ハムファイターズ逆指名で獲得した(ドラフト1位)[1]

プロ入り後[編集]

入団後の2年間は左肩やひじの故障に泣いたが3年目の2000年先発投手として6勝を挙げる。しかしその後思うように勝ち星を増やせず、2003年中継ぎに転向し50試合に登板した。

2004年は42試合に登板したが防御率6.88と低迷。同年オフ、何かを変えたいと投球フォームをサイドスローに変更した。だがキャンプの投球練習中にひじを壊し[2]2005年は6年ぶりに一軍登板無しに終わった。

2006年にはオーバースローに戻した[2]。一軍で中継ぎとして出番を与えられ、4月1日のオリックス戦で約2年振りの白星を手にした。清水の日本ハム球団所属選手時代に球団は04・06の2度プレーオフ進出も清水自身は登板機会皆無。2007年6月28日歌藤達夫萩原淳との交換トレードで木元邦之と共にオリックスへ移籍した[1]

移籍先のオリックスではこの年一軍登板無しに終わった。しかし、この年二軍で二軍投手コーチの清川栄治の指導を受けてサイドスローに再転向した[2]

秋のフェニックス・リーグで好投をテリー・コリンズ監督に見せ好印象を与えたが、2008年の一軍キャンプには呼ばれなかった[2]。しかし腐らずに練習に打ち込み、二軍戦で13試合自責点2の好成績を挙げ、住友平二軍監督の推薦を受けて5月17日ロッテ戦で一軍昇格した[2]。さらにコリンズ監督が退陣して二軍コーチ陣が一軍の指揮を執ると重用されるようになり[2]、主に左のワンポイントとして34試合に登板。5月25日横浜戦で、移籍後初勝利を挙げた。8月14日、古巣の日本ハム戦で6年振りとなるセーブを挙げた。8月28日のソフトバンク戦では、2点リードの8回裏2死2,3塁の場面で登板したが、本多雄一に初球で内野安打を許して降板。その後、本多が決勝のホームを踏んだため、プロ野球史上22人目の1球敗戦投手を記録した。大阪ドームでの2008年のパシフィック・リーグクライマックスシリーズ1stステージ初戦で中継ぎ登板し自身の現役生活唯一のポストシーズン出場。

2009年もワンポイントリリーフとして一軍に定着し、共に自己最多となる58試合登板、11ホールドを記録した。8月25日の日本ハム戦では、2点リードされた10回表に登板し、稲葉篤紀を初球でレフトフライに仕留めると、その裏に味方打線が奮起して逆転サヨナラ勝利を収め、史上28人目の1球勝利投手を記録した。これに伴い、1球勝利投手と1球敗戦投手を両方記録した史上3人目の投手となった(落合英二林昌樹が過去に記録)。

2010年は肘の故障に苦しみ一軍出場無し。2010年10月2日付で、球団から戦力外通告を受け[1]、現役引退。

引退後[編集]

引退後は広島県福山市で、夫人の実家の自転車店「サイクルハウス ケンズ」で義父母と共にスタッフとして働いている[3][1]。球団スタッフとして、業界に残る道もあったが[1]、未練や悔しさを断ち切るために全く異業種への転向となった[1]。2013年には三原市で開催されたトライアスロンにも参加している[1]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1998 日本ハム 3 2 0 0 0 0 1 0 -- .000 47 9.2 16 1 5 0 0 7 0 1 9 8 7.45 2.17
2000 23 16 4 1 0 6 9 0 -- .400 513 115.1 104 10 69 3 7 67 4 0 61 52 4.06 1.50
2001 22 17 2 0 0 2 7 0 -- .222 478 108.1 113 16 48 1 7 87 1 0 62 59 4.90 1.49
2002 18 7 2 1 0 2 4 1 -- .333 204 48.1 47 7 11 0 6 32 2 0 27 23 4.28 1.20
2003 50 0 0 0 0 0 1 0 -- .000 177 42.1 34 4 21 0 2 21 1 0 21 18 3.83 1.30
2004 42 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 159 34.0 44 4 16 2 2 27 1 0 26 26 6.88 1.76
2006 29 0 0 0 0 1 3 0 3 .250 136 30.1 31 1 14 1 4 22 2 0 12 11 3.26 1.48
2008 オリックス 34 0 0 0 0 4 2 1 6 .667 106 24.0 29 2 4 0 3 14 0 0 13 13 4.88 1.38
2009 58 0 0 0 0 1 2 0 11 .333 167 34.2 41 3 17 4 7 18 1 0 25 19 4.93 1.67
通算:9年 279 42 8 2 0 17 29 2 20 .370 1987 447.0 459 48 205 11 38 295 12 1 256 229 4.61 1.49

記録[編集]

初記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 21 (1998年 - 2003年)
  • 19 (2004年 - 2007年途中)
  • 42 (2007年途中 - 同年終了)
  • 13 (2008年 - 2010年)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 走る楽しさ 初心者にも 中国新聞 備後版 2014年5月10日
  2. ^ a b c d e f g h 「野球が好きやし 清水章夫」 『週刊ベースボール』2009年8月10日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20442-8/10、43-47頁。
  3. ^ 「自転車店で第二の人生へ 元オリックス投手 清水さん」 山陽新聞・2011年12月1日。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]