宇高伸次

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宇高 伸次
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府門真市
生年月日 (1976-08-24) 1976年8月24日(41歳)
身長
体重
175 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1998年 ドラフト1位
初出場 1999年4月25日
最終出場 2001年5月4日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

宇高 伸次(うだか しんじ、1976年8月24日 - )は、大阪府門真市[1]出身の元プロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

小学4年から野球を始め、中学時代はボーイズリーグで投手をつとめ、中学2年の時にアンダースローとなる[1]

PL学園高校時代は同校初のアンダースローのエースとして、1994年第66回選抜高等学校野球大会でベスト4[1]。全日本選抜にも選ばれた[1]。同期には大村三郎(サブロー)がいる。

近畿大学時代もエースとして、史上初のアマ五冠(春秋のリーグ戦・大学選手権明治神宮大会全日本アマチュア野球王座決定戦の優勝)の達成、翌年の春秋のリーグ戦・大学選手権2連覇に貢献[1]。3年春の京都大学戦でノーヒットノーラン、3年秋から4年春にかけて40イニング連続無失点を記録。関西学生リーグ通算30試合登板、20勝4敗、防御率1.45、172奪三振。1998年ドラフト1位(逆指名)で大学でバッテリーを組んでいた藤井彰人(2位)とともに近鉄バファローズに入団[1]

プロ入り後[編集]

ルーキーイヤーの1999年は、一軍で先発4試合を含む12試合に登板し2勝をあげるも、制球力や決め球に課題がありそれらを改善できずに以後は登板数が減少。

2000年2001年は中継ぎで比較的安定した成績を残すも、2002年2003年は一軍登板なし。

2004年には門倉健と共に福盛和男矢野英司との交換トレードで横浜へ移籍したものの一軍登板はなく、同年限りで戦力外通告を受け現役を引退[1]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1999 近鉄 12 4 0 0 0 2 2 0 -- .500 150 33.2 36 3 13 0 4 16 1 0 21 18 4.81 1.46
2000 8 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 50 11.1 11 2 5 1 0 6 0 0 7 3 2.38 1.41
2001 11 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 48 11.1 8 0 6 0 1 5 0 0 4 1 0.79 1.24
通算:3年 31 4 0 0 0 2 2 0 -- .500 248 56.1 55 5 24 1 5 27 1 0 32 22 3.51 1.40

記録[編集]

背番号[編集]

  • 29 (1999年 - 2003年)
  • 52 (2004年)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、82ページ