復員輸送艦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
復員輸送艦となった元敷設艦「若鷹」(1947年)。兵装が撤去され、識別用の日章旗と艦名のローマ字表記が書かれている。

復員輸送艦(ふくいんゆそうかん)は、太平洋戦争終結後、海外に残された日本人本土に帰還させるために使用された艦船のこと。復員輸送船とも言われる。正確には第二復員省特別輸送艦/特別輸送船に指定された艦船を指すが、一般には復員輸送艦(船)または単に復員船と言われている。

概要[編集]

大戦終結後にはアジア各地や太平洋の島々に約600万人以上[1]軍人軍属、一般人が残されており、それらの人々の日本への帰還は急務の問題だった。任務には客船が当たるのが一番良いのだが、当時の日本商船隊は戦時中の徴用や、それに伴う任務中の撃沈・沈没でほぼ壊滅状態であったので、大日本帝国海軍に所属していた艦艇のうち航行可能なものに加え、アメリカ海軍から供与されたリバティ船LST各100隻も動員された。旧海軍艦艇に関しては兵装を撤去したうえ、上甲板の空いた場所に仮設の居住区やトイレを設けて使用された。例えば丙型海防艦では便乗者443人収容、復員艦中最大の艦船である空母「葛城」の場合は格納庫を改造して1回に約5,000人が収容された[2]

復員輸送は1945年(昭和20年)10月から始められ、翌1946年(昭和21年)春から8月がピークとなった。その後は艦船数を徐々に減らし1947年(昭和22年)夏ごろまで続けられた。任務中に座礁などの事故で喪失した艦は、第20号輸送艦、第116号輸送艦、海防艦「国後」、駆逐艦「神風」、雑役船「光済」がある。

任務を終了した艦船のうち軍艦の多くは解体された。航行可能な駆逐艦以下の小艦艇は仮設設備を撤去のうえ特別保管艦となり、呉港などに係留保管、後に連合国に引き渡されている。少数ながら「宗谷」など戦後も国内で使用された例もある。

復員輸送艦船一覧[編集]

復員輸送艦となった「夏月」(1945年)。2番砲塔が撤去され、側面にローマ字表記が書かれてある。
復員輸送に使用された艦船[3]。(*は戦後完成の艦船)
特別輸送艦に指定されたが復員輸送には使用されなかった艦艇。
  • 巡洋艦「北上」 : 航行不能のため鹿児島湾工作艦として使用される。
  • 駆逐艦「冬月」 : 終戦直後に触雷し艦尾切断のため航行不能。門司港で工作艦として使用される。
  • 第97号海防艦* : 戦後竣工したが主機不良のため博多港で工作艦として使用される[25]
  • 砕氷艦大泊」 : 機関の不調のため復員輸送に使用せず、そのまま解体[25]
復員輸送艦として戦後に建造を再開したが竣工に至らなかった艦艇。
  • 第62号海防艦 : 呉で艤装前に原因不明の浸水により沈没。
  • 海防艦「蔚美」「室津」 : 終戦時浦賀船渠で未成。戦後に工事再開の許可を得て特別輸送艦となるが、復員が予想以上に進展したため工事は再開されずそのまま解体。

参考文献[編集]

  • 海軍歴史保存会『日本海軍史 第7巻』(第一法規出版、1995年)
  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』(光人社、1990年) ISBN 4-7698-0463-6
  • 福井静夫『昭和軍艦概史 III 終戦と帝国艦艇』出版共同社、1961年
  • 珊瑚会編『あゝ復員船 引揚げの哀歓と掃海の秘録』騒人社、1991年。 ISBN 4-88290-011-4

脚注[編集]

  1. ^ 厚生省『引揚と援護30年の歩み』によると1976年末までの引き揚げ者総数は6,290,702人(『あゝ復員船』の表紙裏に記載あり)。
  2. ^ 1回に約5,000人収容は『あゝ復員船』p174による。『昭和軍艦概史 III 終戦と帝国艦艇』によると約3,000人が収容可能。
  3. ^ 『昭和軍艦概史 III』p87に記載されている特別輸送艦船(昭和21年4月15日現在)の表を元に『あゝ復員船』等で艦を追加し作成する。
  4. ^ 「酒匂」は1945年12月1日特別輸送艦指定、復員輸送に従事。1946年2月25日特別輸送艦の指定解除、横須賀でアメリカ海軍に引き渡し。『日本海軍史第7巻』p280による。
  5. ^ a b c d e f g h i j k 昭和20年12月1日付 第二復員省内令第6号。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 昭和21年9月1日付 復員庁第二復員局 復二第210号。いずれも「掃海艦」からの転籍。
  7. ^ a b c d 昭和22年6月26日付 復員庁第二復員局 復二第462号。いずれも「掃海艦」からの転籍。
  8. ^ a b c d e f g h 昭和21年8月1日付 復員庁第二復員局 復二第139号。いずれも「掃海艦」からの転籍。
  9. ^ a b c d 昭和21年9月5日付 復員庁第二復員局 復二第229号。いずれも「掃海艦」からの転籍。
  10. ^ 昭和21年2月10日付 第二復員省 内令第25号。
  11. ^ 第174号輸送艦は『昭和軍艦概史 III』には記載があるが、『あゝ復員船』には記載がない。『日本の軍艦第13巻』p261には復員輸送、主機械損傷とある。
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al 昭和22年8月1日付 復員庁第二復員局 復二第544号。いずれも「掃海艦」からの転籍。
  13. ^ a b c d e 昭和22年7月11日付 復員庁第二復員局 復二第522号。いずれも「掃海艦」からの転籍。
  14. ^ 昭和21年12月15日付 復員庁第二復員局 復二第496号。「掃海艦」からの転籍。
  15. ^ 昭和22年9月15日付 復員庁第二復員局 復二第652号。「掃海艦」からの転籍。
  16. ^ 昭和21年9月15日付 復員庁第二復員局 復二第251号。「掃海艦」からの転籍。
  17. ^ 『昭和軍艦概史 III』には25号とあるが、掃海特務艇25号は存在せず、おそらく20号の間違い。『あゝ復員船』では20号となっている。
  18. ^ a b c d 昭和22年1月12日付 復員庁第二復員局 復二第22号。いずれも「掃海艦」もしくは「掃海船」からの転籍。
  19. ^ 昭和22年2月8日付 復員庁第二復員局 復二第108号。「掃海艦」からの転籍。
  20. ^ 昭和22年1月27日付 復員庁第二復員局 復二第75号。「掃海艦」からの転籍。
  21. ^ 昭和22年1月11日付 復員庁第二復員局 復二第21号。「掃海艦」からの転籍。
  22. ^ a b 昭和21年12月16日付 復員庁第二復員局 復二第466号。
  23. ^ a b c 昭和22年1月10日付 復員庁第二復員局 復二第18号。
  24. ^ 昭和22年1月6日付 復員庁第二復員局 復二第2号。
  25. ^ a b 『昭和軍艦概史 III』による。

関連項目[編集]