第一号型駆潜特務艇

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第一号型駆潜特務艇
IJN auxiliary submarine chaser No1 class 1945.jpg
艇名不明、1945年1月10日撮影[1]
基本情報
種別 駆潜特務艇
運用者  大日本帝国海軍
同型艦 203隻(試作艇を含む)[2]
前級 -
次級 -
要目
排水量 基準:130英トン[2][3]
公試:135トン[3]
満載:139.1トン[3][注釈 1]
全長 29.20m[3]
水線長 25.85m[4][注釈 2][注釈 3]
垂線間長 26.00m[3][注釈 3]
全幅 5.65m[4][5] または 5.67m[3]
深さ 2.75m[3]
吃水 公試平均 1.97m[3]
満載平均 2.005m[3]
主機関 中速400馬力ディーゼル機関 1基[5]
推進器 1軸 x 500rpm、直径1.400m[6]
出力 400馬力[3]
速力 (約)11.0ノット[2][3]
燃料 重油 6.00トン[3]
航続距離 10ノットで 1,000海里以上[3]
乗員 計画乗員 32名[7]
兵装 7.7mm単装機銃1挺(当初)[8]
13mm機銃1挺[3] から 25mm機銃1挺[8][注釈 4]
13mm単装機銃2挺(外戦部隊[8])[9]
爆雷投下軌道2本[5]
爆雷 22個[5]
または爆雷10個(機銃2挺搭載の場合)[10]
搭載艇 5m通船1隻[11]
レーダー 13号電探(一部の艇)[12]
ソナー 吊下式水中聴音機(計画)[13]
九三式1型探信儀(計画)[13]
簡便探信儀 または三式2型探信儀[5]
特殊装備 五式二型掃海具(戦後)[2]
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第一号型駆潜特務艇
第一号型駆潜特務艇艦型図

第一号型駆潜特務艇(だいいちごうがたくせんとくむてい)は、日本海軍駆潜特務艇

開発[編集]

有事の局地用駆潜艇として木造艇が1939年(昭和14年)から計画され、試作として雑役船の公称1182号が横須賀工廠で、公称1183号が市川造船所で建造(艤装は横須賀)された。これを受け昭和16年度(1941年)からのマル急計画で第1号から第100号駆潜特務艇の100隻が各地の木造造船所で建造され1944年(昭和19年)までに竣工した。また昭和18年度(1943年)からのマル戦計画により更に第151号から第250号の100隻が建造され1945年(昭和20年)1月までに完成した。

マル急計画時は1隻780,000円で第70帝国議会で70隻、第81帝国議会で30隻の予算が成立し、計78,000,000円[14]。仮称艦名は第500号艦から第599号艦[15]。マル戦計画時は1隻866,000円で第84帝国議会で哨戒特務艇(木製100トン)[16]として100隻の予算が成立し[17]、計86,600,000円だった。こちらの仮称艦名は第2001号艦から第2100号艦だった[18]

艇型[編集]

用途としては、沿岸における哨戒と対潜攻撃を想定し、また港内での交通艇の用途や、曳船にも使えるよう考慮された[19]。設計は逓信省の木船規定に準拠し、戦時の急速建造を考慮して構造や工作方法を決定した[19]。実際の建造では計画より1年程度遅れたが、木材の入手困難と、それ以上の主機の量産の遅れが影響したという[20]。特に工事簡易化はされなかったが、艤装品の簡易化と最後の艇若干が垂直煙突とマストを採用した[8]。また操舵室、機械室などに防弾板を設置した[21]。これらにより復元性が若干低下したので、後期の艇はバラストを搭載した[21]

主機は飛行機救難船に搭載して好評だった中速400馬力ディーゼルを搭載、量産を考慮して1軸とした[22]。当時の漁船は7から8ノット、速い船でも9ノット程度であり、計画の11ノットは駆潜艇としては遅くても、漁船としては速いものだった[22]。これを実現するために船体の長さを増し、その構造を頑丈にして対処した[22]

発電機として15kwと6kwのディーゼル発電機を搭載した[8]。船の大きさの割には有力な装備であり[8]、後の磁気機雷掃海の際に掃海具にそのまま電流を流せ、本型が活躍できる一因にもなった[23]

爆雷は九五式爆雷18個搭載し、手動投下台一型6基、同二型2基を設置する計画だった[24]が、実際には5個載投下台(投下軌道)2組と爆雷庫内に12個の計22個を搭載した[8]

水測兵装(ソナー)は、吊下式水中聴音機と93式1型探信儀を各1組搭載する計画だったが、実際の探信儀は軽便探信儀を搭載し、後に三式2型探信儀に変更となった[8]

機銃は当初7.7mm機銃1挺だった[8]。試作艇の完成図によると船橋前に7.7mm機銃1挺を装備している[25]。機銃はその後1943年に13mm単装機銃、更に1945年に25mm単装機銃に変更された[10]。外線部隊の艇では爆雷の搭載量を10個に減らし、後部に機銃1挺を追加した[10]。「あ号作戦後の兵装装備の状況調査」で1943年から1944年の時点で第34,40,48,64,65,79,198号が13mm単装機銃2挺を装備したと記されている[9]

試作艇の要目[編集]

試作艇の要目は後の量産艇と若干違いがある[20]。相違点のみを以下に列挙する。

  • 排水量:基準約122英トン、公試126トン
  • 全長:29.300m
  • 吃水:公試平均1.910m

運用[編集]

試作艇の2隻と樺太庁警備船として建造された1隻を含めて、203隻もの同型船が建造された[2]太平洋戦争中は、北は千島から南はソロモン諸島まで活動を広げ、戦没した艇は81隻に上った。

終戦後は、木造船体であることを買われ、第一号型哨戒特務艇とともに掃海艇として用いられることとなり、発電機と掃海具の搭載や、前部甲板への退避室設置などの改装を経て、日本近海にアメリカ軍が散布した磁気機雷掃海作業に当たった。海上保安庁航路啓開部で35隻が運用された後に、1952年(昭和27年)8月1日に創設された保安庁傘下の警備隊に25隻が転属し、1954年7月1日に発足した海上自衛隊で引き続き運用された[2]。海上保安庁と警備隊では「掃海船」と呼ばれていたが、海上自衛隊では掃海艇(艦種記号はMSI=Minesweeper, Inshore=内海掃海艇)と呼称された[2]

海上保安庁と海上自衛隊で運用された本級は、長期に渡り掃海や救難警備に従事し、最後まで残った海上自衛隊の「いわつばめ」(旧称・第99号駆潜特務艇)は1964年(昭和39年)に退役した。退役した後にも、漁船となって使われ続けた船もあり、そのため「小型とはいえ名艦と称すべき艇である」(『世界の艦船 日本海軍護衛艦艇史』p118)とする意見もある。

同型艇[編集]

  • 艇番号:竣工日(船体建造所/兵装艤装工廠)。喪失日と原因(場所)、または戦後の状況。は所属変更を表す。

船体建造所は、市川=市川造船所(宇治山田市)、強力=強力造船所(宇治山田市)、小柳=小柳造船所(静岡市)、佐賀=佐賀造船鉄工所(新湊市)、四国=四国船渠工業所(高松市)、自念=自念造船鉄工所[26]門司市)、徳島=徳島合同造船[27]徳島市)、西井=西井造船所(宇治山田市)、林兼=林兼重工業(下関市)、福岡=福岡造船鉄工(福岡市)、福島=福島造船鉄工所(松江市)、船矢=船矢造船鉄工所[28]函館市)、三保=三保造船所(清水市)、村上=村上造船所(石巻市)、山西=山西造船鉄工所(石巻市)、米子=米子造船所(米子市)。
兵装艤装工廠は横須賀=横須賀海軍工廠=呉海軍工廠佐世保=佐世保海軍工廠舞鶴=舞鶴海軍工廠

  • 第1号:1943年3月27日竣工(市川/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省海上保安庁巡視船「ちどり」、1960年10月25日除籍。
  • 第2号:1943年3月15日竣工(山西/横須賀)。1944年10月6日「タリ・ホー」(ペナン西方)。
  • 第3号:1943年4月4日竣工(佐賀/舞鶴)。終戦時ラバウルに所在。
  • 第4号:1943年4月18日竣工(市川/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「きじ」>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1956年4月1日除籍。
  • 第5号:1943年2月26日竣工(林兼/佐世保)。1943年8月18日「ニコラス」などの砲撃(ベララベラ島北方)。
  • 第6号:1943年3月12日竣工(西井/呉)。1944年7月7日米潜(ラバウル沖)。
  • 第7号:1943年3月12日竣工(強力/呉)。1944年10月14日米空母機で損傷(高雄)。
  • 第8号:1943年4月17日竣工(山西/横須賀)。1944年9月9日触雷(スマトラ島バラワン港)。
  • 第9号:1943年5月10日竣工(市川/横須賀)。1944年9月9日触雷(スマトラ島北岸)。
  • 第10号:1943年4月9日竣工(佐賀/舞鶴)。1944年3月18日米艦艇の砲撃、米軍機の爆撃(ウエワク沖)。
  • 第11号:1943年3月12日竣工(四国/呉)。終戦時香港に所在、1948年払い下げ「第一舞鶴丸」となる。
  • 第12号:1943年4月6日竣工(自念/佐世保)。1943年8月18日米駆「ニコラス」などの砲撃(ベララベラ島北方)。
  • 第13号:1943年3月12日竣工(福岡/佐世保)。1943年11月1日座礁中に米軍機の攻撃で大破放棄(ショートランド島西方)。
  • 第14号:1943年5月8日竣工(小柳/横須賀)。1944年1月30日米空母機、艦艇の攻撃(マーシャル諸島ミレ島)。
  • 第15号:1943年3月6日竣工(福島/呉)。1944年10月22日座礁中に米空母機の攻撃(フィリピンマエストデカンポ島沖)。
  • 第16号:1943年5月10日竣工(西井/呉)。1944年2月16日米陸軍機の爆撃(カビエン付近)。
  • 第17号:1943年5月10日竣工(強力/呉)。1944年2月18日米陸軍機の爆撃(カビエン付近)。
  • 第18号:1943年4月30日竣工(佐賀/舞鶴)。1944年1月30日米空母機、艦艇の攻撃(マーシャル諸島クェゼリン島)。
  • 第19号:1943年4月24日竣工(三保/横須賀)。1944年1月30日米空母機、艦艇の攻撃(マーシャル諸島ミレ島)。
  • 第20号:1943年4月15日竣工(四国/呉)。1945年7月22日触雷擱座(神戸港)。1947年払い下げ。
  • 第21号:1943年5月5日竣工(福島/呉)。1944年1月30日米空母機、艦艇の攻撃(マーシャル諸島クェゼリン島)。
  • 第22号:1943年6月20日竣工(市川/横須賀)。1944年3月30日米空母機の攻撃(パラオ諸島)。
  • 第23号:1943年6月5日竣工(村上/横須賀)。1944年7月9日ニュージーランド機の爆撃(ラバウル)。
  • 第24号:1943年7月8日竣工(自念/佐世保)。終戦時香港に所在。
  • 第25号:1943年5月14日竣工(米子/舞鶴)。1944年1月31日米空母機の攻撃(マーシャル諸島ナウル島)。
  • 第26号:1943年6月1日竣工(三保/横須賀)。1944年3月30日米空母機の攻撃(パラオ諸島)。
  • 第27号:1943年7月10日竣工(小柳/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「つばめ」、1950年10月28日座礁大破(島根県五十猛村沖)。
  • 第28号:1943年5月26日竣工(佐賀/舞鶴)。1944年1月30日米空母機、艦艇の攻撃(マーシャル諸島ミレ島)。
  • 第29号:1943年8月5日竣工(船矢/横須賀)。1944年2月22日米陸軍機の爆撃(カビエン付近)。
  • 第30号:1943年7月10日竣工(村上/横須賀)。1943年11月4日米軍機の攻撃(ブーゲンビル島キエタ付近)。
  • 第31号:1943年6月10日竣工(四国/呉)。1943年10月16日米陸軍機の爆撃(ニューブリテン島ラムバート岬沖)。
  • 第32号:1943年6月15日竣工(山西/横須賀)。1944年9月24日米空母機の爆撃(ミンダナオ島南方)。
  • 第33号:1943年5月21日竣工(林兼/佐世保)。1944年1月31日米軍機の攻撃(マーシャル諸島ナウル島)。
  • 第34号:1943年8月14日竣工(市川/呉)。1944年2月19日米陸軍機の爆撃(カビエン南方)。
  • 第35号:1943年8月17日竣工(山西/横須賀)。終戦時トラックに所在(推定)。
  • 第36号:1943年8月5日竣工(西井/呉)。終戦時スラバヤに所在。1946年8月3日シンガポールで英軍に引き渡し。
  • 第37号:1943年8月5日竣工(強力/呉)。1945年7月5日米潜「リザードフィッシュ」(バリ島南西)。
  • 第38号:1943年6月28日竣工(林兼/佐世保)。1944年4月30日米空母機の攻撃(トラック島付近)。
  • 第39号:1943年7月24日竣工(福岡/佐世保)。1944年9月21日米空母機の攻撃(シブヤン海東方)。
  • 第40号:1943年8月20日竣工(福島/呉)。1944年1月22日米陸軍機の攻撃(アドミラルティ諸島マヌス島北方)。
  • 第41号:1943年7月15日竣工(四国/呉)。終戦時スラバヤに所在。1946年8月3日シンガポールで英軍に引き渡し。
  • 第42号:1943年8月27日竣工(自念/佐世保)。1945年6月23日米潜「ハードヘッド」(ジャワ海)。
  • 第43号:1943年8月24日竣工(三保/横須賀)。1944年2月15日雑役船に編入「公称第1648号」、終戦時横須賀に所在、1947年まで使用。
  • 第44号:1943年9月15日竣工(小柳/横須賀)。1944年2月15日雑役船に編入「公称第1649号」、終戦時横須賀に所在、1946年火災沈没。
  • 第45号:1943年10月5日竣工(市川/呉)。終戦時シンガポールに所在。1946年7月末英軍に引き渡し、売却。
  • 第46号:1943年7月20日竣工(佐賀/舞鶴)。1944年4月4日米空母機の攻撃(ウェーク島)。
  • 第47号:1943年9月22日竣工(米子/舞鶴)。1944年3月20日米陸軍機の爆撃(ニューギニア島ホーランディア東方)。
  • 第48号:1943年9月30日竣工(福島/呉)。1944年2月21日米陸軍機の爆撃(アドミラルティ島ニューハノーバー西端)。
  • 第49号:1943年10月20日竣工(船矢/横須賀)。終戦時新潟に所在。1945年8月23日触雷沈没(新潟港灯台沖)。
  • 第50号:1943年8月9日竣工(四国/呉)。1945年7月9日米潜「ブルーフィッシュ」(シンガポール北東)。
  • 第51号(II):1943年8月4日竣工(林兼/佐世保)。1944年6月13日米空母機の爆撃(マリアナ諸島)。
  • 第52号(II):1943年10月19日竣工(自念/佐世保)。1944年10月25日米軍機の爆撃(パラオ諸島)。
  • 第53号(II):1943年10月5日竣工(西井/呉)。1944年3月30日米空母機の攻撃(パラオ)。
  • 第54号:1943年10月5日竣工(強力/呉)。1944年6月17日米空母機の爆撃(マリアナ諸島ロタ島)。
  • 第55号:1943年11月15日竣工(市川/呉)。終戦時シンガポールに所在。1946年7月末英軍が接収、後売却。
  • 第56号:1943年10月15日竣工(福岡/佐世保)。1944年6月17日米空母機の爆撃(マリアナ諸島ロタ島)。
  • 第57号:1943年10月30日竣工(三保/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「かわせみ」、1956年7月5日除籍。
  • 第58号:1943年11月16日竣工(小柳/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「うずら」、1960年1月16日除籍。
  • 第59号:1943年8月28日竣工(四国/呉)。1945年7月米潜水艦(シンガポール沖)。
  • 第60号:1943年10月18日竣工(山西/横須賀)。終戦時下関に所在。1945年9月台風で浸水擱座、1948年解体。
  • 第61号:1943年9月11日竣工(佐賀/舞鶴)。終戦時シンガポールに所在。1946年7月末英軍が接収、後売却。
  • 第62号:1943年8月27日竣工(林兼/佐世保)。1944年3月20日米陸軍機の爆撃(ニューギニア島ホーランディア東方)。
  • 第63号:1943年12月25日竣工(自念/佐世保)。1945年6月10日衝突沈没(朝鮮半島木浦西方)。
  • 第64号:1943年11月20日竣工(山西/横須賀)。1945年1月6日米軍機の爆撃(仏印プロコンドル島沖)。
  • 第65号:1943年12月4日竣工(四国/呉)。終戦時大湊に所在。1945年12月14日擱座破壊(青森県三沢海岸)、1948年青森県に払下げ。
  • 第66号:1943年10月24日竣工(林兼/佐世保)。1945年8月7日米陸軍機の爆撃(トラック島付近)。
  • 第67号:1943年12月27日竣工(福島/呉)。終戦時海南島楡林に所在。
  • 第68号:1943年12月9日竣工(三保/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「かもめ」、1957年1月31日除籍。
  • 第69号:1943年12月30日竣工(市川/呉)。終戦時で行動不能、1948年解体。
  • 第70号:1943年9月30日竣工(四国/呉)。終戦時ペナンに所在。
  • 第71号:1943年10月30日竣工(佐賀/舞鶴)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「ほおじろ」、1963年12月25日除籍。
  • 第72号:1943年12月20日竣工(西井/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS07号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「うみつばめ」と命名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1961年「掃海雑船22号」、1964年3月31日除籍。
  • 第73号:1943年12月22日竣工(強力/呉)。1945年6月26日米駆逐艦「ビアーズ」他の砲撃(千島列島温弥右丹島南方)。
  • 第74号:1943年11月17日竣工(林兼/佐世保)。終戦時基隆に所在。
  • 第75号:1944年2月8日竣工(福岡/佐世保)。終戦時基隆に所在。
  • 第76号:1944年1月29日竣工(福島/呉)。1944年12月11日米潜水艦「シーオウル」(対馬海峡)。
  • 第77号:1943年12月20日竣工(小柳/横須賀)。1944年8月28日米陸軍機の爆撃(千島列島幌筵島沖)。
  • 第78号:1943年10月15日竣工(四国/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「おおとり」>保安庁警備隊(海上自衛隊)、1956年特務艇「特務7号」>1960年「特務雑船27号」、1961年5月1日除籍。
  • 第79号:1944年2月26日竣工(市川/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS08号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「ゆうひばり」と改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1956年4月1日除籍。
  • 第80号:1943年12月15日竣工(佐賀/舞鶴)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「せきれい」、1963年12月16日除籍。
  • 第81号:1944年1月11日竣工(船矢/横須賀)。戦後掃海艦指定、1947年2月21日火災、座礁(石川県羽昨郡)、1948年解体。
  • 第82号:1943年12月22日竣工(村上/横須賀)。1944年10月22日米軍機の爆撃(フィリピン・バラバック島)。
  • 第83号:1943年12月22日竣工(林兼/佐世保)。終戦時馬公に所在。
  • 第84号:1944年1月19日竣工(三保/横須賀)。1944年11月12日米軍機の爆撃(ボルネオ島サバン沖)。
  • 第85号:1944年3月23日竣工(米子/舞鶴)。1945年7月8日米潜の雷撃(済州島から麗水の間)。
  • 第86号:1943年12月20日竣工(山西/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS09号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「はやたか」と命名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1956年特務艇「特務3号」、1960年「特務雑船26号」、1962年3月31日除籍。
  • 第87号:1944年2月13日竣工(林兼/佐世保)。1944年10月12日米空母機の攻撃(台湾東港付近)。
  • 第88号:1944年2月25日竣工(村上/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS10号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「ゆうかり」と命名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1961年特務艇「特務4号」、1962年3月31日除籍。
  • 第89号:1943年11月5日竣工(四国/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>1948年鹿児島水産専門学校に払い下げ。
  • 第90号:1944年2月12日竣工(自念/佐世保)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS11号」後に「はくおう」と命名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1956年特務艇「特務4号」、1957年3月31日除籍。
  • 第91号:1944年3月13日竣工(船矢/横須賀)。1945年1月25日米潜の雷撃(佐多岬沖)。
  • 第92号:1944年1月27日竣工(山西/横須賀)。1944年10月4日座礁放棄(ルソン島サブタン水道入口)。
  • 第93号:1944年3月1日竣工(福島/呉)。戦後掃海艦指定>海上保安庁掃海船「MS12号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「みやこどり」と命名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1956年特務艇「特務5号」、1957年「特務雑船7号」、1958年6月1日除籍。
  • 第94号:1944年3月9日竣工(小柳/横須賀)。1944年7月24日座礁、後に台風で沈没(ルソン島サブタン水道入口)。
  • 第95号:1944年3月29日竣工(三保/横須賀)。1944年10月18日米空母機の攻撃(高雄)。
  • 第96号:1944年3月10日竣工(市川/呉)。終戦時馬公に所在。
  • 第97号:1944年2月10日竣工(西井/呉)。1945年4月19日米潜「セネット」(紀伊水道)。
  • 第98号:1944年2月20日竣工(強力/呉)。1945年7月24日米空母機の攻撃(大阪)。
  • 第99号:1944年3月11日竣工(林兼/佐世保)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS13号」朝鮮戦争で掃海に従事、後に「いわつばめ」と命名>保安庁警備隊(海上自衛隊)、1961年「掃海雑船23号」、1963年3月31日除籍。
  • 第100号:1944年2月10日竣工(佐賀/舞鶴)。終戦時鎮海に所在。
  • 第151号:1944年3月14日竣工(山西/横須賀)。1945年4月15日座礁放棄(澎湖島南東)。
  • 第152号:1944年2月10日竣工(四国/呉)。1944年末台湾沖で喪失。
  • 第153号:1944年4月19日竣工(佐賀/舞鶴)。1945年7月6日触雷擱座(新潟港灯台沖)、1947年払い下げ。
  • 第154号:1944年4月24日竣工(福岡/佐世保)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「うぐいす」、1960年12月24日除籍。
  • 第155号:1944年4月25日竣工(山西/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「しぎ」、1956年5月31日除籍。
  • 第156号:1944年3月31日竣工(四国/呉)。1945年3月29日米陸軍機の爆撃(高雄北方)。
  • 第157号:1944年4月20日竣工(福島/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「あおさぎ」、1962年2月10日除籍。
  • 第158号:1944年4月24日竣工(自念/佐世保)。戦後掃海艦指定>運輸省、函館水産専門学校に払い下げ。
  • 第159号:1944年5月17日竣工(西井/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「ひなづる」、1963年1月25日除籍。
  • 第160号:1944年5月3日竣工(林兼/佐世保)。終戦時下関に所在。1945年9月18日台風により座礁着底、1948年払い下げ。
  • 第161号:1944年7月3日竣工(強力/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「こたか」、1954年台風で大破(名古屋)。
  • 第162号:1944年5月26日竣工(佐賀/舞鶴)。戦後掃海艦指定>運輸省、1948年払い下げ。
  • 第163号:1944年6月23日竣工(山西/横須賀)。1945年1月4日米空母機の爆撃で擱座(台湾海峡海口沖)。
  • 第164号:1944年6月22日竣工(市川/横須賀)。終戦時下関で小破。戦後掃海艦指定>運輸省、1948年舞鶴汽船に払い下げ。
  • 第165号:1944年4月25日竣工(四国/呉)。1944年9月11日米潜水艦「アルバコア」(深島沖)。
  • 第166号:1944年6月10日竣工(福島/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「はと」、1963年2月5日除籍。
  • 第167号:1944年6月13日竣工(林兼/佐世保)。1945年8月15日触雷沈没(広島県猫瀬戸)。
  • 第168号:1944年7月6日竣工(米子/舞鶴)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS57号」、朝鮮戦争で掃海任務、後に「にしきどり」に改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1956年特務艇「特務6号」、1957年3月31日除籍。
  • 第169号:1944年5月31日竣工(自念/佐世保)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「やませみ」、1954年台風で大破。
  • 第170号:1944年5月5日竣工(三保/横須賀)。終戦時多度津で行動不能、1948年払い下げ。
  • 第171号:1944年5月11日竣工(小柳/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS01号」、朝鮮戦争で掃海任務、後に「ちよづる」に改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1961年「特務雑船28号」、1962年3月31日除籍。
  • 第172号:1944年6月15日竣工(佐賀/舞鶴)。1945年5月26日触雷沈没(伏木港灯台付近)、1948年解体。
  • 第173号:1944年5月30日竣工(福岡/佐世保)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「しらたか」、1959年2月28日除籍。
  • 第174号:1944年6月22日竣工(西井/横須賀)。戦後掃海艦指定、1946年9月1日火災沈没(大竹)、1948年解体。
  • 第175号:1944年8月9日竣工(山西/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「かささぎ」、1959年2月10日除籍。
  • 第176号:1944年8月9日竣工(市川/横須賀)。1945年1月4日米空母機の爆撃(台湾海峡海口沖)。
  • 第177号:1944年5月18日竣工(四国/呉)。終戦時高雄に所在。
  • 第178号:1944年7月7日竣工(福島/呉)。1945年8月から11月触雷中破(関門海峡)。1948年払い下げ。
  • 第179号:1944年5月30日竣工(林兼/佐世保)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「やまがら」、1961年1月24日除籍。
  • 第180号:1944年7月17日竣工(村上/横須賀)。1946年3月25日から26日火災沈没(大阪港)、1948年解体。
  • 第181号:1944年6月15日竣工(船矢/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「ひばり」、1962年2月20日除籍。
  • 第182号:1944年7月3日竣工(強力/横須賀)。1945年7月30日米空母機の攻撃で大破(伊東)、終戦時横須賀で航行不能、1948年東京都に払い下げ。
  • 第183号:1944年7月3日竣工(三保/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「べにづる」、1954年6月15日除籍。
  • 第184号:1944年7月14日竣工(佐賀/舞鶴)。戦後掃海艦指定、1948年払い下げ。
  • 第185号:1944年9月3日竣工(山西/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「はやぶさ」、1956年12月1日除籍。
  • 第186号:1944年9月4日竣工(市川/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「はつかり」、1959年台風で大破。
  • 第187号:1944年6月3日竣工(四国/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「やまどり」、1958年2月28日除籍。
  • 第188号:1944年7月10日竣工(徳島/呉)。1945年7月2日触雷沈没(関門海峡)。
  • 第189号:1944年7月31日竣工(林兼/佐世保)。1945年3月29日米陸軍機の爆撃(高雄北方)。
  • 第190号:1944年7月25日竣工(自念/佐世保)。終戦時高雄に所在。
  • 第191号:1944年7月28日竣工(福岡/佐世保)。終戦時香港に所在。
  • 第192号:1944年6月30日竣工(小柳/横須賀)。1945年3月29日米陸軍機の爆撃(高雄北方)。
  • 第193号:1944年8月20日竣工(西井/横須賀)。終戦時大湊に所在、掃海作業中に浸水着底、1947年浮揚後払い下げ、漁船に改造。
  • 第194号:1944年8月21日竣工(三保/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「みずどり」、1953年4月1日除籍。
  • 第195号:1944年8月18日竣工(佐賀/舞鶴)。1945年6月6日触雷沈没(七尾湾)、1947年払い下げ。
  • 第196号:1944年10月15日竣工(山西/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「わかたか」>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1956年特務艇「特務8号」、1961年「特務雑船31号」、1964年3月31日除籍。
  • 第197号:1944年10月14日竣工(市川/横須賀)。1945年6月18日触雷沈没(関門海峡)。
  • 第198号:1944年6月26日竣工(四国/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「わかさぎ」、1963年12月16日除籍。
  • 第199号:1944年8月17日竣工(福島/呉)。1945年4月(推定)触雷沈没(関門海峡)、1948年解体。
  • 第200号:1944年7月25日竣工(林兼/佐世保)。1945年3月29日米空母機の攻撃(佐多岬西方)。
  • 第201号:1944年9月1日竣工(林兼/佐世保)。1946年2月24日座礁(済州島南端)、現地で払い下げ。
  • 第202号:1944年9月1日竣工(村上/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS14号」、朝鮮戦争で掃海任務、1950年10月17日触雷沈没(朝鮮半島永興湾)。
  • 第203号:1944年10月14日竣工(船矢/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「ひよどり」>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1965年3月31日除籍。
  • 第204号:1944年9月18日竣工(米子/舞鶴)。終戦時廈門に所在。
  • 第205号:1944年9月30日竣工(自念/佐世保)。1945年3月29日米空母機の攻撃(口之永良部島湾)。
  • 第206号:1944年8月25日竣工(強力/横須賀)。1945年6月26日米駆逐艦の砲撃(千島列島温弥右丹島南方)。
  • 第207号:1944年8月17日竣工(福岡/佐世保)。終戦時佐世保に所在、1946年解体。
  • 第208号:1944年10月6日竣工(三保/横須賀)。1945年8月から11月触雷中破(関門海峡)、その後浸水沈没。1948年払い下げ。
  • 第209号:1944年7月28日竣工(小柳/横須賀)。1945年6月26日米駆逐艦の砲撃で大破(千島列島温弥右丹島南方)。
  • 第210号:1944年8月29日竣工(佐賀/舞鶴)。1945年5月5日爆撃(広東省媽宮)。
  • 第211号:1944年9月20日竣工(西井/横須賀)。1945年7月18日米空母機の攻撃で擱座(横須賀)。
  • 第212号:1944年10月25日竣工(山西/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省、1948年払い下げ。
  • 第213号:1944年11月28日竣工(市川/横須賀)。終戦時横須賀で航行不能。1948年払い下げ。
  • 第214号(I):未成(四国/呉)。竣工前に樺太庁へ譲渡。
  • 第214号(II):1944年12月8日竣工(四国/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS15号」、朝鮮戦争で掃海任務、後に「はやとり」に改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1965年3月31日除籍。
  • 第215号:1944年8月15日竣工(徳島/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS16号」、朝鮮戦争で掃海任務、後に「ともづる」に改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1962年3月31日除籍。
  • 第216号:1944年9月13日竣工(林兼/佐世保)。1945年1月9日米空母機の爆撃で大破着底(台湾新竹南西方)。
  • 第217号:1944年12月6日竣工(三保/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「つぐみ」、1961年1月24日除籍。
  • 第218号:1944年11月25日竣工(佐賀/舞鶴)。戦後掃海艦指定、1948年払い下げ。
  • 第219号:1944年11月9日竣工(山西/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「しらさぎ」>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1956年特務艇「特務9号」、1957年「特務雑船8号」、1962年3月31日除籍。
  • 第220号:1944年12月28日竣工(市川/横須賀)。終戦時上海に所在。1945年国府が接収「カオミン(Kaoming)」と命名、1949年中共所属、1971年頃除籍。
  • 第221号:1944年8月28日竣工(四国/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS02号」、朝鮮戦争で掃海任務、後に「よしきり」に改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1961年「掃海雑船29号」、1962年3月31日除籍。
  • 第222号:1944年11月1日竣工(福島/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS03号」、朝鮮戦争で掃海任務、後に「はつたか」に改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1965年3月31日除籍。
  • 第223号:1944年11月25日竣工(自念/佐世保)。終戦時基隆に所在、1945年国府が接収「クァンクオ(Kuangkuo)」と命名、1949年中共所属、1971年頃除籍。
  • 第224号:1944年10月5日竣工(福岡/佐世保)。1945年3月5日米空母機の攻撃(馬公付近)。
  • 第225号:1944年8月31日竣工(小柳/横須賀)。1945年7月18日米空母機の爆撃(横須賀)。1948年解体。
  • 第226号:1944年11月14日竣工(強力/横須賀)。1945年7月24日触雷により中破、航行不能(徳山)、1948年払い下げ。
  • 第227号:1944年10月24日竣工(西井/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「おしどり」、1956年1月31日除籍。
  • 第228号:1944年9月21日竣工(林兼/佐世保)。終戦時佐世保に所在、1945年9月18日台風で浸水沈没、1948年払い下げ。
  • 第229号:1945年1月11日竣工(三保/横須賀)。終戦時呉に小破で所在。
  • 第230号:1944年10月25日竣工(佐賀/舞鶴)。1945年6月5日「あずさ丸」と衝突沈没(朝鮮半島摂島南方)。
  • 第231号:1944年12月7日竣工(山西/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS17号」、後に「しらとり」に改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1962年3月31日除籍。
  • 第232号:1944年12月31日竣工(西井/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「おおたか」>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1956年特務艇特務10号、1957年3月31日除籍。
  • 第233号:1944年11月10日竣工(四国/呉)。1945年3月31日米空母機の攻撃(天草諸島下島西方)。
  • 第234号:1944年11月1日竣工(福島/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省、1948年払い下げ。
  • 第235号:1944年9月18日竣工(林兼/佐世保)。終戦時香港に所在。
  • 第236号:1944年10月26日竣工(村上/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「こまどり」、1953年12月31日除籍。
  • 第237号:1945年1月15日竣工(船矢/横須賀)。1945年6月11日米陸軍機の爆撃(伊良湖岬東方)。
  • 第238号:1944年11月25日竣工(米子/舞鶴)。終戦時基隆に所在。
  • 第239号:1945年1月12日竣工(自念/佐世保)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「かり」、1953年12月31日除籍。
  • 第240号:1945年1月9日竣工(小柳/横須賀)。終戦時上海に所在、国府が接収。
  • 第241号:1944年10月22日竣工(小柳/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS04号」、朝鮮戦争で掃海任務、後に「ふるたか」に改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1956年特務艇「特務1号」、1960年「特務雑船25号」、1962年3月31日除籍。
  • 第242号:1944年12月19日竣工(佐賀/舞鶴)。戦後掃海艦指定、1948年払い下げ。
  • 第243号:1944年11月1日竣工(福岡/佐世保)。終戦時基隆に所在。
  • 第244号:1944年12月1日竣工(西井/横須賀)。1945年5月20日米空母機の爆撃(沖縄南方)。
  • 第245号:1944年11月5日竣工(強力/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁巡視船「まなづる」、1962年2月20日除籍。
  • 第246号:1945年1月22日竣工(村上/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS05号」、朝鮮戦争で掃海任務、後に「やまばと」に改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1956年特務艇「特務2号」、1957年「特務雑船6号」、1958年6月1日除籍。
  • 第247号:1944年12月11日竣工(強力/横須賀)。戦後掃海艦指定>運輸省、1948年払い下げ。
  • 第248号:1944年11月11日竣工(四国/呉)。1946年1月25日触雷沈没(壱岐水道)。
  • 第249号:1944年11月14日竣工(福島/呉)。戦後掃海艦指定>運輸省>海上保安庁掃海船「MS06号」、朝鮮戦争で掃海任務、後に「かもづる」に改名>保安庁警備隊(海上自衛隊)掃海艇、1962年3月31日除籍。
  • 第250号:1944年10月6日竣工(林兼/佐世保)。戦後掃海艦指定、1948年払い下げ。

参考文献[編集]

  • 『日本海軍護衛艦艇史』世界の艦船 1996年2月号増刊 第507集(増刊第45集)、海人社、1996年2月ISBN 4-905551-55-2
  • 『昭和造船史(第1巻)』明治百年史叢書 第207巻、(社)日本造船学会/編、原書房、1981年(原著1977年10月)、第3版。ISBN 4-562-00302-2
  • COMPILED BY SHIZUO FUKUI (1947-04-25). JAPANESE NAVAL VESSELS AT THE END OF WAR. ADMINISTRATIVE DIVISION, SECOND DEMOBILIZATION BUREAU. (COMPILED BY 福井静夫『終戦時の日本海軍艦艇』第二復員局、1947年04月25日)
  • 福井静夫 『写真 日本海軍全艦艇史』 ベストセラーズ、1994年ISBN 4-584-17054-1
  • 福井静夫 『日本補助艦艇物語』福井静夫著作集第10巻、光人社、1993年12月ISBN 4-7698-0658-2
  • 防衛庁防衛研修所戦史室 『海軍軍戦備<1> 昭和十六年十一月まで』戦史叢書第31巻、朝雲新聞社1969年
  • 防衛庁防衛研修所戦史室 『海軍軍戦備<2> 開戦以後』戦史叢書第88巻、朝雲新聞社1975年
  • 『海軍造船技術概要』 牧野茂福井静夫/編、今日の話題社、1987年5月ISBN 4-87565-205-4
  • 写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』 雑誌「」編集部/編、光人社、1990年8月ISBN 4-7698-0463-6
  • 「特務艇 一般計画要領書 附現状調査」

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 「特務艇 一般計画要領書 附現状調査」p.2の重要寸法等では満載排水量139.10トン、p.20の重量比較表では139.07トンか139.09トンのどちらかだが印刷が不鮮明。
  2. ^ 「特務艇 一般計画要領書 附現状調査」p.2の重要寸法等にも記載があるが小数点以下1桁が不鮮明で25.35m、25.55m、25.85mのいずれにもとれる。
  3. ^ a b #日本海軍全艦艇史主要艦艇要目表p.57では水線長26.00m、垂線間長25.85mとしている。
  4. ^ 『世界の艦船 日本海軍護衛艦艇史』によると後期の艇が13mmもしくは25mm機銃1挺に増強。

出典[編集]

  1. ^ #日本海軍護衛艦艇史p.126
  2. ^ a b c d e f g 写真所蔵:海人社「【フォト・ドキュメント】戦後も活躍した帝国艦艇 海上自衛隊の「駆特」」『世界の艦船』803集(2014年9月号) 海人社
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n 「特務艇 一般計画要領書 附現状調査」p.2。
  4. ^ a b #昭和造船史1pp.794-795
  5. ^ a b c d e #日本海軍護衛艦艇史p.125
  6. ^ 「特務艇 一般計画要領書 附現状調査」p.14。
  7. ^ 「特務艇 一般計画要領書 附現状調査」p.16、准士官以上2名、下士官兵30名。
  8. ^ a b c d e f g h i #海軍造船技術概要p.686
  9. ^ a b #日本補助艦艇物語pp.367,369、「あ号作戦後の兵装装備の状況調査」図表の駆潜特務艇 第1号型の部分。
  10. ^ a b c #終戦時の日本海軍艦艇p.113
  11. ^ 「特務艇 一般計画要領書 附現状調査」p.18。
  12. ^ #終戦と帝国艦艇(復刻版)p.166下の画像120、駆潜特務艇160号(昭和23年4月17日撮影)、およびその解説。
  13. ^ a b 「特務艇 一般計画要領書 附現状調査」p.8。
  14. ^ #戦史叢書31海軍軍戦備1p.815
  15. ^ #戦史叢書31海軍軍戦備1p.817
  16. ^ #戦史叢書88海軍軍戦備2p.96
  17. ^ #戦史叢書88海軍軍戦備2付表第五その二「軍令部要求、予算成立、竣工実績一覧」
  18. ^ #海軍造船技術概要p.1536、表「太平洋戦争中の建艦計画」
  19. ^ a b #海軍造船技術概要p.684
  20. ^ a b #海軍造船技術概要p.685
  21. ^ a b #写真日本の軍艦第13巻p.167
  22. ^ a b c #海軍造船技術概要p.683
  23. ^ #海軍造船技術概要p.687
  24. ^ 「特務艇 一般計画要領書 附現状調査」p.6。
  25. ^ #昭和造船史1p.595、第13図「駆潜特務艇 第1号型(試作型) 一般配置図 完成図(昭16.11.30)」
  26. ^ 『世界の艦船 日本海軍護衛艦艇史』による。『昭和造船史』によると自念組造船鉄工所。
  27. ^ 『世界の艦船 日本海軍護衛艦艇史』による。『昭和造船史』によると徳島造船。
  28. ^ 『世界の艦船 日本海軍護衛艦艇史』による。『昭和造船史』によると船矢造船所。

関連項目[編集]