張家口市

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中華人民共和国 河北省 張家口市
20060416050427.jpg
河北省中の張家口市の位置
河北省中の張家口市の位置
中心座標 北緯40度46分 東経114度53分 / 北緯40.767度 東経114.883度 / 40.767; 114.883
簡体字 张家口
繁体字 張家口
拼音 Zhāngjiākŏu
カタカナ転写 ヂャンジャーコウ
モンゴル語キリル文字 Чуулалт Хаалга
モンゴル語ローマ字転写 Čūlalt Hālga
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
河北
行政級別 地級市
面積
総面積 36, 829 km²
人口
総人口(2004) 449 万人
人口密度 84 人/km²
市区人口() 2004 万人
経済
電話番号 0313
郵便番号 075061
行政区画代碼 130700
公式ウェブサイト http://www.zjk.gov.cn/

張家口市(ちょうかこうし、満州語:Imiyangga jase)は、中華人民共和国河北省北西部に位置する地級市。かつてはモンゴル語で万里の長城の「門」をあらわすハルガhālga またはカルガ kālga(その元の形はkaghalga)から、カルガン(Kalgan)の名でも知られていた。『北京の北門』とも呼ばれ、北京の北を取り巻く万里の長城の主要な門「大境門」のすぐ外側に位置し、ここを制したものは北方から北京を攻める場合にも、北京を守る場合にも有利になるという。

地理[編集]

張家口市は河北省西北の山間の盆地に位置する。北は内モンゴル自治区、南は万里の長城をへだてて首都・北京市と河北省保定市、東は河北省承徳市、西は内モンゴル自治区山西省に隣接する。市域は南北300km、東西228kmに渡って広がり、張家口市街のはるか北、張北県・康保県にまで広がっているが、逆に南側の懐来県・宣化県・涿鹿県にも広がっており、これらは北京から20kmも離れていない。

市域北部は高原で、南部は洋河の谷間になる。

蔚県と涿鹿県の境にある小五台山山地は太行山脈の北部に当たり平均海抜2000mで、その主峰・東台は2,882mの高さとなり、河北省の最高峰である。

張家口市の市街地は清水河の両岸に広がり、東、西、北の三面を山に囲まれ市街地は南北に細長く、南面にわずかな平原がある。万里の長城の支線が北の山をうねりながら伸び、市内から見ることができる。気候のせいもあり市外を囲む山々は緑が少ないが、市民の長年の努力で、いくつかの森林公園が完成した。

土地のうち、耕地が30%、牧草地が15%、森林が20%を占める。特に牧草地面積は河北省では承徳市に次いで第二位で、康保、尚義、張北、沽源の北部4県に集中している。これら北部地域は牧畜が主産業で、河北省の牧畜基地である。

南部を流れる桑干河洋河潮白河の沿岸は肥沃な平野になっており、穀物や果物を産する。川や地下水が多く水資源は豊かで、127のダムのほか地下水くみ上げ施設などがあり、その水は灌漑に使われる。ダムのほとんどは小型ダムだが、大型ダムが2基存在する

北京市と包頭市を連絡する鉄道のほか、近年高速道路ネットワークが急速に建設されている。河北省と内モンゴル、中国西北部・モンゴル国と北京とを結ぶ、交通の要衝であり、物資の集散地であり、軍事的な要地でもある。

気候[編集]

冷帯の大陸性の乾いた気候であり、年平均降水量はわずか406mm、年平均気温は8.8℃である。

張家口市 (1971−2000)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 9.7
(49.5)
18.2
(64.8)
22.6
(72.7)
31.5
(88.7)
36.8
(98.2)
37.7
(99.9)
39.2
(102.6)
36.0
(96.8)
33.5
(92.3)
27.7
(81.9)
20.4
(68.7)
14.0
(57.2)
39.2
(102.6)
平均最高気温 °C (°F) −2.2
(28)
1.5
(34.7)
8.4
(47.1)
17.9
(64.2)
24.8
(76.6)
28.5
(83.3)
29.4
(84.9)
27.7
(81.9)
23.2
(73.8)
16.3
(61.3)
6.6
(43.9)
−0.4
(31.3)
15.1
(59.3)
日平均気温 °C (°F) −8.3
(17.1)
−5.0
(23)
2.0
(35.6)
10.9
(51.6)
17.8
(64)
22.1
(71.8)
23.7
(74.7)
22.0
(71.6)
16.6
(61.9)
9.6
(49.3)
0.5
(32.9)
−6.2
(20.8)
8.8
(47.8)
平均最低気温 °C (°F) −12.9
(8.8)
−10
(14)
−3.6
(25.5)
4.6
(40.3)
11.2
(52.2)
16.0
(60.8)
18.7
(65.7)
17.2
(63)
11.2
(52.2)
4.3
(39.7)
−4
(25)
−10.5
(13.1)
3.5
(38.4)
最低気温記録 °C (°F) −24.6
(−12.3)
−21.9
(−7.4)
−16.5
(2.3)
−7.7
(18.1)
−1.3
(29.7)
5.1
(41.2)
12.5
(54.5)
7.2
(45)
1.1
(34)
−9.1
(15.6)
−17.5
(0.5)
−22.2
(−8)
−24.6
(−12.3)
降水量 mm (inch) 2.0
(0.079)
4.1
(0.161)
9.1
(0.358)
14.0
(0.551)
33.1
(1.303)
60.6
(2.386)
109.9
(4.327)
100.5
(3.957)
45.0
(1.772)
16.9
(0.665)
6.3
(0.248)
2.1
(0.083)
403.6
(15.89)
平均降水日数 (≥ 0.1 mm) 1.7 2.5 4.6 4.8 7.6 10.2 13.4 12.8 9.1 4.3 2.6 1.7 75.3
出典: Weather China[1]

歴史[編集]

市域の北部は歴史的には遊牧民族の支配地域、市域南部は漢民族らによる農耕地域であった。しばしば遊牧民族による征服を受けたが、次第に農耕地域が拡大し遊牧は廃れていった。

春秋時代、北部は匈奴東胡の居住地で、南部は燕国代国の領土であったとされていた。

秦朝が中国を統一すると郡県制を施行し、市域は代郡及び上谷郡に属するようになった。漢代になると中原の統治権が弱体化し、北方民族である烏桓・匈奴・鮮卑らが進出し、魏晋南北朝時代を通じて北方民族の支配を受ける地域となった。

隋朝が成立すると市域も中原支配を受けるようになり、東部は涿郡、西部は雁門郡の管轄とされるようになり、唐代になると河北道に属し媯州及び新州、一部が蔚州に属した。

五代十国時代石敬瑭によりこの地域はに割譲され、遼代には武州、蔚州、奉聖州帰化州儒州、媯州に属した。後にはの領土となった。やがて成立した元朝は市域に中書省上都路宣徳府を設置、市西北部は共和路(現在の張北県一帯)に属した。

明代になると延慶州保安州雲州、蔚州および万全都指揮使司十二衛の地となった。1429年宣徳4年)には張家口堡を築き、京師宣府鎮に属させた。1449年正統14年)には土木堡で土木の変が発生している。1613年万暦41年)には来遠堡が設置され、モンゴルとの間の貿易拠点とされている。清代になると1724年雍正2年)に遊牧民族を管理する口北三庁(多倫諾爾庁、独石口庁、張家口庁)が設置され、張家口市域の大部分は張家口庁に属していた。南部は宣化府(今の宣化区)に属していた。

中華民国が成立すると当初は宣化府万全県に属したが、1913年民国2年)の府制廃止に伴い直隸省察哈爾(チャハル)特別区口北道の管轄とされた。1928年(民国17年)以降は直隸省から分離し新設された察哈爾省(チャハル省)の省都とされた。1937年(民国26年)9月、日中戦争が勃発すると対日協力政権である察南自治政府が成立、その首都となる。1939年(民国28年)には蒙古聯合自治政府の首都となり、張家口特別市が設置された。ソ連対日参戦の際はソビエト連邦モンゴル人民共和国の連合軍が侵攻して日本軍との激戦地となり、ソ連モンゴル連合軍烈士記念塔が建てられている。戦後は中国共産党の影響下に置かれ、ウランフによる内モンゴル統治の拠点となった。

中華人民共和国が成立すると1952年、察哈爾省は解体され、張家口市は河北省に編入された。1955年には宣化市を併合、宣化区とした。中ソ対立時代はソ連の侵攻に備え張家口の陸軍が増強された。1993年には周囲の張家口地区と合併し、地級市・張家口市が誕生した。

2022年冬季オリンピックでは、ノルディックスキーフリースタイルスキースノーボードバイアスロンの開催が予定されている[2]

張家口市街地全景

民族[編集]

民族は漢族が主であるが、遊牧民族との境にあるため、また中国各地からの工場などへの流入があるため、民族構成は複雑である。回族満族モンゴル族チベット族朝鮮族ペー族(白族)、ウイグル族イー族(彝族)、リー族(黎族)、チワン族(壮族)、トン族(侗族)、プイ族(布依族)、高山族トゥチャ族(土家族)、ミャオ族(苗族)、カザク族(哈薩克族)、ダグール族(達斡爾族)、オロス族(俄羅斯族)、ヤオ族(瑶族)、ハニ族(哈尼族)、タイ族(傣族)、シェ族(畲族)、ラフ族(拉祜族)、シボ族(錫伯族)、エヴェンキ族(鄂温克族)など26の少数民族が住む。

行政区画[編集]

張家口市行政区画

4区13県を管轄する。なお、市内の行政区を再編する計画(県を市に変える、区を分割するなど)がある。

    • 橋西区:面積141平方キロ、人口23万。
    • 橋東区:面積113平方キロ、人口25万。
    • 宣化区:面積276平方キロ、人口29万。
    • 下花園区:面積315平方キロ、人口7万。
    • 宣化県:面積2,095平方キロ、人口30万。県人民政府所在地は張家口市宣化区。
    • 張北県:面積4,232平方キロ、人口37万。県人民政府所在地は張北鎮。
    • 康保県:面積3,365平方キロ、人口28万。県人民政府所在地は康保鎮。
    • 沽源県:面積3,601平方キロ、人口23万。県人民政府所在地は平定堡鎮。
    • 尚義県:面積2,621平方キロ、人口19万。県人民政府所在地は南壕塹鎮。
    • 蔚県 :面積3,216平方キロ、人口46万。県人民政府所在地は蔚州鎮。
    • 陽原県:面積1,834平方キロ、人口28万。県人民政府所在地は西城鎮。
    • 懐安県:面積1,706平方キロ、人口25万。県人民政府所在地は柴沟堡鎮。
    • 万全県:面積1,158平方キロ、人口22万。県人民政府所在地は孔家庄鎮。
    • 懐来県:面積1,793平方キロ、人口34万。県人民政府所在地は沙城鎮。
    • 涿鹿県:面積2,799平方キロ、人口33万。県人民政府所在地は涿鹿鎮。
    • 赤城県:面積5,238平方キロ、人口28万。県人民政府所在地は赤城鎮。
    • 崇礼県:面積2,326平方キロ、人口12万。県人民政府所在地は西湾子鎮。

年表[編集]

察哈爾省張家口市[編集]

  • 1949年10月1日 - 中華人民共和国察哈爾省張家口市が発足。一区から四区までの区が成立。(4区)
  • 1952年11月15日 - 察哈爾省の分割により、河北省張家口市となる。

察哈爾省宣化市[編集]

  • 1949年10月1日 - 中華人民共和国察哈爾省宣化市が発足。一区二区下花園鉱区龐家堡鉱区が成立。(4区)
  • 1952年11月15日 - 察哈爾省の分割により、河北省宣化市となる。

察南専区[編集]

  • 1949年10月1日 - 中華人民共和国察哈爾省察南専区が成立。宣化県万全県竜関県赤城県四海県延慶県懐来県涿鹿県蔚県陽原県天鎮県懐安県が発足。(12県)
  • 1949年10月 (12県)
    • 河北省通県専区昌平県の一部(董家溝村・里長溝村・景児溝村・慈母川村・鉄炉子村・露破石村・沙塘溝村)が延慶県に編入。
    • 延慶県の一部(三堡地区)が河北省通県専区昌平県に編入。
  • 1950年1月 - 陽原県、雁北専区広霊県の各一部が蔚県に編入。(12県)
  • 1951年 - 四海県が延慶県・赤城県、熱河省灤平県に分割編入。(11県)
  • 1952年8月 - 宣化県・万全県・竜関県・赤城県・延慶県・懐来県・涿鹿県・蔚県・陽原県・天鎮県・懐安県が省直轄県級行政区となり、察南専区廃止。

察北専区[編集]

河北省張家口市(第1次)[編集]

  • 1953年2月 - 一区・二区・三区の各一部が四区に編入。(4区)
  • 1953年4月29日 - 張家口専区万全県の一部が四区に編入。(4区)
  • 1955年8月8日 - 宣化市(4区)を編入。(6区1鎮)
  • 1955年12月8日 (5区1鎮)
  • 1956年4月5日 - 下花園区が鎮制施行し、下花園鎮となる。(4区2鎮)
  • 1957年12月5日 - 張家口専区竜関県の一部が龐家堡区に編入。(4区2鎮)
  • 1958年4月28日 - 張家口市が張家口専区に編入。

河北省宣化市[編集]

  • 1952年12月4日 (4区)
    • 張家口専区宣化県の一部が二区・龐家堡鉱区に分割編入。
    • 張家口専区竜関県の一部が龐家堡鉱区に編入。
  • 1953年3月17日 - 張家口専区竜関県の一部が龐家堡鉱区に編入。(4区)
  • 1953年6月4日 (4区)
    • 下花園鉱区の一部が張家口専区懐安県に編入。
    • 龐家堡鉱区の一部が張家口専区竜関県に編入。
  • 1953年6月 - 張家口専区宣化県の一部が二区に編入。(4区)
  • 1955年8月8日 - 宣化市が張家口市に編入。

張家口専区(1952年-1959年)[編集]

  • 1952年11月15日 - 察哈爾省赤城県竜関県延慶県懐来県宣化県涿鹿県万全県懐安県陽原県蔚県、察哈爾省察北専区崇礼県張北県沽源県康保県尚義県商都県を編入。河北省張家口専区が成立。(16県)
    • 宣化県の一部が涿鹿県に編入。
  • 1952年12月4日 (16県)
    • 宣化県の一部が宣化市二区・龐家堡鉱区に分割編入。
    • 竜関県の一部が宣化市龐家堡鉱区に編入。
  • 1953年3月17日 - 竜関県の一部が宣化市龐家堡鉱区に編入。(16県)
  • 1953年4月29日 - 万全県の一部が張家口市四区に編入。(16県)
  • 1953年5月30日 - 崇礼県の一部が張北県に編入。(16県)
  • 1953年6月4日 (16県)
    • 宣化市下花園鉱区の一部が懐安県に編入。
    • 宣化市龐家堡鉱区の一部が竜関県に編入。
  • 1953年6月9日 - 崇礼県の一部が赤城県に編入。(16県)
  • 1953年6月 (16県)
    • 宣化県の一部が宣化市二区に編入。
    • 竜関県の一部が懐来県に編入。
  • 1953年7月1日 - 蔚県の一部が保定専区淶水県に編入。(16県)
  • 1953年7月 - 涿鹿県の一部が宣化県に編入。(16県)
  • 1954年12月20日 - 内モンゴル自治区平地泉行政区興和県の一部が尚義県に編入。(16県)
  • 1955年3月14日 - 赤城県の一部が通県専区懐柔県に編入。(16県)
  • 1956年1月23日 - 保定専区淶水県の一部が蔚県に編入。(16県)
  • 1956年2月21日 - 赤城県の一部が沽源県に編入。(16県)
  • 1956年4月13日 - 竜関県の一部が懐来県に編入。(16県)
  • 1956年4月18日 - 赤城県の一部が延慶県に編入。(16県)
  • 1956年7月2日 - 沽源県の一部が張北県に編入。(16県)
  • 1956年8月2日 - 懐来県の一部が涿鹿県に編入。(16県)
  • 1956年9月18日 - 通県専区懐柔県の一部が延慶県に編入。(16県)
  • 1957年2月20日 - 赤城県の一部が延慶県に編入。(16県)
  • 1957年12月2日 - 商都県の一部が尚義県に編入。(16県)
  • 1957年12月5日 - 竜関県の一部が張家口市龐家堡区に編入。(16県)
  • 1958年4月28日 - 張家口市を編入。張家口市が県級市に降格。(1市16県)
  • 1958年8月5日 - 張家口市の一部が竜関県に編入。(1市16県)
  • 1958年10月20日 - 延慶県が北京市に編入。(1市15県)
  • 1958年12月20日 (1市5県)
    • 沽源県・康保県・尚義県・商都県が張北県に編入。
    • 万全県が懐安県に編入。
    • 陽原県が蔚県に編入。
    • 宣化県が張家口市・蔚県に分割編入。
    • 涿鹿県が懐来県に編入。
    • 赤城県が竜関県に編入。
    • 崇礼県が張家口市に編入。
  • 1959年5月13日
    • 張家口市が地級市の張家口市に昇格。
    • 張北県・竜関県・蔚県・懐安県・懐来県が張家口市に編入。

河北省張家口市(第2次)[編集]

  • 1959年5月13日 - 張家口専区張家口市が地級市の張家口市に昇格。橋東区橋西区崇礼区宣化区茶坊区下花園鎮が成立。(5区5県1鎮)
  • 1959年5月25日 - 下花園鎮が区制施行し、下花園区となる。(6区5県)
  • 1959年5月 - 懐安県の一部が宣化区に編入。(6区5県)
  • 1960年2月16日 - 張北県の一部が分立し、商都県が発足。(6区6県)
  • 1960年3月7日 (4区6県1鎮)
    • 茶坊区が橋東区・橋西区に分割編入。
    • 下花園区が鎮制施行し、下花園鎮となる。
  • 1960年4月20日 - 懐安県の一部が橋西区に編入。(4区6県1鎮)
  • 1960年4月26日 (4区6県1鎮)
    • 橋東区の一部(老鴉荘人民公社の一部)が橋西区に編入。
    • 橋西区の一部(東窯子人民公社の一部)が橋東区に編入。
  • 1960年5月12日 - 竜関県が赤城県に改称。(4区6県1鎮)
  • 1960年5月23日 - 懐安県の一部が橋西区に編入。(4区6県1鎮)
  • 1960年5月26日 - 宣化区・下花園鎮および赤城県の一部が合併し、宣化市が発足。(3区1市6県)
  • 1960年6月12日 - 懐安県の一部が宣化市に編入。(3区1市6県)
  • 1960年7月15日 - 赤城県の一部が宣化市に編入。(3区1市6県)
  • 1961年5月23日 - 張家口市が張家口専区に降格。

張家口地区(1961年-1993年)[編集]

  • 1961年5月23日 - 張家口市が張家口専区に降格。(2市6県)
    • 橋東区・橋西区・崇礼区が合併し、県級市の張家口市が発足。
  • 1961年5月23日 - 張家口市の一部が宣化市に編入。(2市6県)
  • 1961年6月5日 - 宣化市の一部が張家口市に編入。(2市6県)
  • 1961年7月4日 - 宣化市の一部が赤城県に編入。(2市6県)
  • 1961年7月9日 (2市13県)
    • 張北県の一部が分立し、康保県沽源県が発足。
    • 商都県の一部が分立し、尚義県が発足。
    • 蔚県の一部が分立し、陽原県が発足。
    • 宣化市の一部が分立し、宣化県が発足。
    • 懐来県の一部が分立し、涿鹿県が発足。
    • 張家口市の一部が分立し、崇礼県が発足。
    • 張家口市の一部が宣化県に編入。
  • 1962年1月1日 - 張家口市の一部が宣化市に編入。(2市13県)
  • 1962年1月29日 - 宣化県の一部が宣化市に編入。(2市13県)
  • 1962年2月1日 - 蔚県、保定専区易県の各一部が涿鹿県に編入。(2市13県)
  • 1962年3月7日 - 商都県が内モンゴル自治区ウランチャブ盟に編入。(2市12県)
  • 1962年3月27日 - 懐安県の一部が分立し、万全県が発足。(2市13県)
  • 1962年8月27日 - 陽原県の一部が山西省雁北専区広霊県に編入。(2市13県)
  • 1963年2月23日 - 宣化市が張家口市に編入。(1市13県)
  • 1964年12月21日 - 張家口市の一部が万全県・宣化県・崇礼県に分割編入。(1市13県)
  • 1965年6月16日 - 張家口市の一部が崇礼県に編入。(1市13県)
  • 1967年12月 - 張家口専区が張家口地区に改称。(1市13県)
  • 1983年11月15日 (12県)
    • 張家口市が地級市の張家口市に昇格。
    • 宣化県が張家口市に編入。
  • 1993年6月19日 - 張北県・康保県・沽源県・尚義県・蔚県・陽原県・懐安県・万全県・懐来県・涿鹿県・赤城県・崇礼県が張家口市に編入。

河北省張家口市(第3次)[編集]

経済[編集]

産業はとうもろこしコーリャン小麦そら豆ジャガイモなどの農業の区域と、牛・馬・羊など牧畜業が盛んな区域の境目に位置し、食品製造産業、皮革毛皮毛織物産業が立地する。 そら豆については最高級品が栽培されている。

また、石炭鉄鉱石リンゼオライトグラファイトなど鉱業も盛んであり、精錬機械工業もある。

交通[編集]

北京と包頭を結ぶ鉄道京包線沿線の重要な都市である。ほかいくつかの支線(豊沙線、沙蔚線、大秦線)、鉱山鉄道(宣龐線、宣煙線)がある。張家口駅沙城駅などが市内にある。

高速道路は北京~張家口を結ぶ京張高速公路、張家口市宣化~山西省大同市を結ぶ宣大高速公路、丹東ラサを結ぶ丹拉高速公路が走る。包頭~フフホト~張家口を結ぶ高速道路も2005年夏に開通した。

また、軍民共用である張家口寧遠空港が2013年6月17日に開港している。

教育[編集]

河北北方学院

高等教育機関:

  • 張家口教育学院
  • 河北北方学院
  • 河北建築工程学院
  • 張家口職業技術学院
  • 北方機電工業学校

古跡・観光地[編集]

万里の長城の主要な門「大境門」や、古い城壁都市・宣化城などがある。宣化と蔚県は省級歴史文化名城に、蔚県の暖泉鎮は中国歴史文化名鎮に、懐来県・雞鳴駅郷の雞鳴駅村は中国歴史文化名村に指定されている。

崇礼县紅花梁区には、中国国内で最初(2004年)に誕生したスノーリゾートであるとされる万龍スキーリゾートがある。

このほかに清遠楼鎮朔楼水母宮賜児山雲泉寺張世卿壁画墓泥河湾遺跡土木堡などの名勝古跡がある。

脚注[編集]

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  1. ^ 张家口城市介绍以及气候背景分析” (Chinese). Weather China. 2013年4月29日閲覧。
  2. ^ Venues Indtroduction”. 2015年8月15日閲覧。

外部リンク[編集]


中国地名の変遷
建置 1429年
使用状況 張家口市
涿郡雁門郡
偽州新州蔚州
北宋/ 武州蔚州奉聖州帰化州儒州偽州
宣徳府
張家口堡
来遠堡(1613年)
張家口庁
中華民国 万全県
張家口市
現代 張家口市