北大阪急行電鉄南北線

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北大阪急行電鉄 南北線
桃山台駅にて
桃山台駅にて
基本情報
日本の旗 日本
所在地 大阪府吹田市豊中市
起点 江坂駅
終点 千里中央駅
駅数 4駅
路線記号  M 
開業 1970年2月24日
所有者 Kitakyu-logo.svg 北大阪急行電鉄
運営者 Kitakyu-logo.svg 北大阪急行電鉄
車両基地 桃山台車庫
使用車両 北大阪急行電鉄#車両の節を参照
路線諸元
路線距離 5.9 km
軌間 1,435 mm標準軌
線路数 複線
電化方式 直流750 V 第三軌条方式
閉塞方式 自動閉塞式
保安装置 WS-ATC
最高速度 70 km/h
路線図
Kitaosaka.png
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南北線(なんぼくせん)は、大阪府吹田市江坂駅から大阪府豊中市千里中央駅までを結ぶ北大阪急行電鉄鉄道路線である。

全線が立体交差化されており、千里中央駅付近を除いて新御堂筋の上下車線の間を通っている。実質的には大阪市営地下鉄御堂筋線を延長した路線である。千里ニュータウン1970年に開催された日本万国博覧会の会場アクセスのために開業した。本項では、会場アクセス線として営業していた会場線東西線万博線とも呼ばれた)についても述べる。

車両については会社の記事を参照のこと。

路線データ[編集]

運行形態[編集]

深夜の千里中央発江坂行き最終列車以外は、全列車が江坂駅から大阪市営地下鉄御堂筋線相互直通運転している。直通するほぼ全列車が中百舌鳥駅発着であるが、朝ラッシュ時に数本新金岡駅始発の千里中央行きが運行されている。また始発の千里中央ゆきは天王寺駅始発であり、2015年3月のダイヤ改正以降は休日ダイヤのみ、夕方に天王寺駅始発の千里中央行きが1本存在している。かつては平日朝ラッシュ後に千里中央発新金岡行き(中百舌鳥検車場へ入庫を兼ねた運転)1本、また我孫子駅始発の千里中央行きが数本設定されていたが2015年3月のダイヤ改正で廃止された。なお、運転士車掌については、江坂駅で大阪市交通局の職員との交代が行われている。

この線内のみ運転の千里中央発の最終列車は、自社線のみの営業運転にもかかわらず、基本的に大阪市交通局の車両が充当されているが、それはこの列車がそのまま回送として大国町駅へ向かうからである。

また、自社の車両が70両と少なく、御堂筋線の車両のほうが目立ち(過去の2000形車両は御堂筋線を走る大阪市営地下鉄30系とほぼ同仕様であった)、直通運転を行っているため沿線住民でも江坂以北が大阪市営地下鉄御堂筋線とは別会社の別路線であることを意識することは、運賃が別立てとなることにより意識される程度であり、御堂筋線の一部として認識されている面が大きい。また正式の路線名「南北線」での案内は一切なされていないため、その認知度はさらに低い。

ちなみに、江坂駅を除く行先案内は南行きを「大阪市内行」としているが、列車は堺市内まで運行されており、北花田駅、新金岡駅、および中百舌鳥駅は堺市北区にある。列車の行先では「新大阪・梅田・なんば・天王寺方面なかもず行き」のように表現されている。

乗り入れ先の御堂筋線とともに、平日は6号車に女性専用車両を終日設定している。

編成図
←中百舌鳥・江坂 千里中央→
1号車 2号車 3号車 4号車 5号車 6号車 7号車 8号車 9号車 10号車
北大阪急行電鉄の車両

利用状況[編集]

輸送実績[編集]

南北線の輸送実績を下表に記す[1]

表中、輸送人員の単位は万人。輸送人員は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

年度別輸送実績
年度 輸送実績(乗車人員):万人/年度 特記事項
通勤定期 通学定期 定期外 合計
1985年(昭和60年) 3409.4 ←←←← 2305.8 5715.2
1986年(昭和61年) 2924.4 628.2 2370.5 5923.1
1987年(昭和62年)
1988年(昭和63年)
1989年(平成元年) 3839.9 ←←←← 2400.8 6240.7
1990年(平成2年) 3842.3 ←←←← 2590.7 6433.0
1991年(平成3年) 3921.5 ←←←← 2758.3 6679.8
1992年(平成4年) 3967.8 ←←←← 2813.7 6781.5
1993年(平成5年) 3923.9 ←←←← 2838.5 6762.4
1994年(平成6年) 3849.4 ←←←← 2846.4 6695.8
1995年(平成7年) 3856.0 ←←←← 2903.8 6759.8
1996年(平成8年) 3750.4 ←←←← 2917.4 6667.8
1997年(平成9年) 3706.1 ←←←← 2842.2 6548.3
1998年(平成10年) 3076.9 525.5 2751.2 6353.6
1999年(平成11年) 3493.1 ←←←← 2706.4 6199.5
2000年(平成12年) 3381.9 ←←←← 2671.8 6053.7
2001年(平成13年) 3316.3 ←←←← 2623.9 5940.2
2002年(平成14年) 3225.4 ←←←← 2597.9 5823.3
2003年(平成15年) 3195.3 ←←←← 2534.3 5729.6
2004年(平成16年) 2707.2 462.7 2455.2 5625.1
2005年(平成17年) 3166.6 ←←←← 2461.2 5627.8
2006年(平成18年) 3070.9 ←←←← 2549.3 5620.2
2007年(平成19年) 3046.8 ←←←← 2594.6 5641.4
2008年(平成20年) 3025.0 ←←←← 2630.2 5655.2
2009年(平成21年) 2927.6 ←←←← 2572.5 5500.1
2010年(平成22年) 2862.3 ←←←← 2596.3 5458.6

収入実績[編集]

南北線の収入実績を下表に記す。

  • 表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
年度別収入実績
年度 旅客運賃収入:千円/年度 運輸雑収
千円/年度
総合計
千円/年度
通勤定期 通学定期 定期外 手小荷物 合計
1985年(昭和60年) ←←←←
1986年(昭和61年) 1,272,019 ←←←← 1,561,105 0 2,833,124 219,296 3,052,420
1987年(昭和62年)
1988年(昭和63年)
1989年(平成元年)
1990年(平成2年)
1991年(平成3年)
1992年(平成4年)
1993年(平成5年)
1994年(平成6年)
1995年(平成7年)
1996年(平成8年)
1997年(平成9年)
1998年(平成10年) 1,896,100 201,113 2,867,255 0 4,964,468 354,850 5,319,318
1999年(平成11年)
2000年(平成12年)
2001年(平成13年)
2002年(平成14年)
2003年(平成15年)
2004年(平成16年) 1,671,372 174,716 2,577,749 0 4,423,837 387,612 4,811,449
2005年(平成17年)
2006年(平成18年)


歴史[編集]

千里丘陵で開催された日本万国博覧会の会場アクセスのため1970年に江坂 - 万国博中央口間が開業。万博会場最寄駅の万国博中央口駅は、大阪モノレール万博記念公園駅のすぐ北側の現在の中国自動車道上の位置にあった。

また、開業当時の千里中央駅は現在位置ではなく、桃山台駅 - 現・千里中央駅間で分岐していた会場線上に設けられた仮設駅(現在の千里阪急ホテル前付近にあった)で営業していた。万博終了後、会場線の分岐点 - 万国博中央口間が廃止され、現在の千里中央駅が正式開業した。会場線の跡地には中国自動車道が通っている(正確には中国自動車道を暫定的に下り線用の敷地に対面2車線で開通させ、上り線用の敷地を借用していた。また万国博中央口駅は中国吹田ICに挟まれた上下本線道路部分にあった)。

延伸計画[編集]

駅一覧[編集]

営業中の区間[編集]

  • 全駅大阪府に所在。
  • 駅番号順に記述。正式には江坂駅が起点。駅番号は相互直通運転する大阪市営地下鉄御堂筋線との通し番号となる。
駅番号 駅名 駅間キロ 営業キロ 接続路線 所在地
M08 千里中央駅 - 0.0 大阪高速鉄道大阪モノレール線 (15) 豊中市
M09 桃山台駅 2.0 2.0   吹田市
M10 緑地公園駅 2.0 4.0   豊中市
M11 江坂駅 1.9 5.9 大阪市営地下鉄M 御堂筋線中百舌鳥駅まで直通運転) 吹田市

豊中市と吹田市を交互に行き交うのは両市の市境の屈曲のため(もともとは豊中市の千里中央と吹田市の桃山台が旧三島郡新田村、豊中市の緑地公園は旧豊能郡小曽根村、吹田市の江坂が旧豊島郡榎阪村→豊能郡豊津村だった)。北大阪急行電鉄南北線の線路はほぼ直線的である。

廃止区間(会場線)[編集]

(分岐点) - 千里中央駅 - 万国博中央口駅

  • 路線免許は閉幕日の翌々日を以って失効するとされており、正に万博輸送のためだけに存在した路線であった。
  • 線路跡地は中国自動車道として利用されている(「歴史」節を参照)。
  • 当時の千里中央駅は仮設。分岐点は桃山台 - 千里中央間(千里中央駅に進入するトンネルの途中)にあった。現在でも分岐していく会場線のトンネルを車窓から見ることができる。
  • 駅番号制無し。

脚注[編集]

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関連項目[編集]