とり天

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
とり天
Toriten.JPG
主な地域 大分県大分市別府市周辺
発案時期 昭和初期説、1962年説など
諸説あり(#起源参照)
発案店・発案者 諸説あり(#起源参照)

とり天(とりてん)は、鶏肉をつけて揚げ大分県中部の郷土料理である。鳥天鶏天と表記されることもある。

概要[編集]

調理法は様々だが、概ね以下のような共通の特徴がある。

大分県では、レストラン・定食屋・喫茶店・居酒屋・弁当屋などで供される定番料理の一つとなっている。大分県民にとってあまりにも一般的な料理であるため、日本全国どこにでもある料理だと思っている県民も多い[3]。全国展開の外食チェーンでも、大分県に本社を置くジョイフルがグランドメニューとしてとり天定食を供している[7]ほか、やよい軒[8]などでも期間限定メニューとして採用されている。モスバーガーロッテリアからは、とり天を使ったハンバーガーが地域限定・期間限定で発売されている[9][10]

起源[編集]

別府市1926年大正15年)に開業した「レストラン東洋軒」に残る、昭和初期のメニューによると「炸鶏丸」という料理が「鶏ノカマボコノ天麩羅」と説明されている[11][12]。別府市内の洋食店「三ツ葉グリル」(現「グリルみつば」)が1953年(昭和28年)に開業した当時のメニューにもとり天が載っており[13]、この店が元祖として紹介されることも多い。しかし、「三ツ葉グリル」の創業者は「レストラン東洋軒」出身であり、現店主も「レストラン東洋軒」が起源であるとしている[14]

大分市や大分市観光協会のウェブサイトでは、1962年(昭和37年)に大分市内の食堂で誕生したと紹介しており[15][1]、大分市では定食店「キッチン丸山」や「いこい」が元祖として紹介されることが多い。年代としては別府市の方が古いが、「キッチン丸山」の店主は、1960年頃に「いこい」の店主と共同で考案した独自のもので、以前からある鳥の天ぷらとは異なるものであるとしている[14]。なお、大分市観光課が発行したパンフレットでとり天が大分市内の食堂で生まれたと紹介されたことに対し、別府市観光まちづくり室は2007年8月16日に大分市観光課長に対して異議を申し入れている[13]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d とり天 一般社団法人大分市観光協会
  2. ^ a b c d e recipe 040 大分名物 とり天 Archived 2011年4月14日, at the Wayback Machine. 大分合同新聞
  3. ^ a b c d e おおいた暮らし - 大分の郷土料理(16)とり天”. 大分県観光・地域局集落応援室. 2013年2月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月6日閲覧。
  4. ^ 大分の郷土料理を食べよう!! 大分市
  5. ^ とり天物語 レストラン東洋軒
  6. ^ やわらかくジューシー 大分県名物“とり天”を作ろう - 元気!ふるさと発信 47NEWS、2012年6月16日
  7. ^ ファミリーレストラン・ジョイフル|メニューのご案内|定食 Archived 2013年4月6日, at the Wayback Machine. - ファミリーレストラン・ジョイフル
  8. ^ 「やよい軒」とり天とだんご汁の定食発売開始のお知らせ|ニュースリリース (PDF) 株式会社プレナス、2016年2月8日
  9. ^ ザンギやとり天、沖縄島野菜を使ったご当地メニューを発売 - モスバーガー マイナビニュース、2010年7月26日
  10. ^ ロッテリアから、新発想のチキンバーガーメニュー登場!~ 『さくさくとり天バーガー』 2011年11月10日(木)より全国発売! ロッテリア
  11. ^ これが東洋軒とり天物語[リンク切れ] 今日新聞 2007年10月13日、2008年5月31日閲覧
  12. ^ 別府とり天 / ワードBOX Archived 2014年2月3日, at the Wayback Machine. 西日本新聞、2008年6月25日
  13. ^ a b とり天の元祖はこちら Archived 2008年4月29日, at the Wayback Machine. 今日新聞 2007年8月17日、2008年5月31日閲覧
  14. ^ a b 大分市?別府市? 鳥天ルーツで火花[リンク切れ] 大分合同新聞 2007年8月18日夕刊、2008年5月31日閲覧(47NEWS掲載の同記事
  15. ^ レシピ集 とり天 (PDF)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]