佐渡裕
クラシック音楽 |
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佐渡 裕(さど ゆたか、1961年5月13日 - 、63歳)は日本のクラシック音楽の指揮者。京都市右京区太秦出身。既婚者。
来歴・人物
京都市立堀川高等学校音楽課程(現在の京都市立京都堀川音楽高等学校)を経て京都市立芸術大学音楽学部フルート科卒業。
京都市立芸術大学在学中に指揮活動を開始。1980年頃に京都光華中学校・高等学校のブラスバンド[1]をはじめアマチュアオーケストラ、関西二期会副指揮者などを経てタングルウッド音楽祭オーディションへの参加許可を得る。同音楽祭で小澤征爾、レナード・バーンスタインに師事。二人のスポンサーの協力を得てウィーンに渡り、バーンスタインのアシスタントを務め、1989年にブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し指揮者としてプロデビューする。その後数多くのオーケストラ、吹奏楽団を指揮。その他「1万人の第九コンサート」や「ヤング・ピープルズ・コンサート」など多方面で活動。
兵庫県西宮市に2005年10月22日に開館した兵庫県立芸術文化センターの建設にあたり、2002年より(財)兵庫県芸術文化協会芸術監督(音楽)に就任した(現在は同センター芸術監督)。
兵庫県立芸術文化センターを拠点とする新設の楽団「兵庫芸術文化センター管弦楽団」を通じて、活力ある若手音楽家の育成に意気込んでいる。
音楽教育活動にも積極的な姿勢を持ち、バーンスタインの流れを汲むヤング・ピープルズ・コンサートを開催する他、2008年4月6日からテレビ朝日の『題名のない音楽会』(シリーズ)第5代目司会者を務めている。
著書に『僕はいかにして指揮者になったのか』などがある。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に客演指揮者として招かれ、日本時間の2011年5月21日から5月23日の3日間開催された定期公演で指揮を取った。
年譜
- 1961年 京都市右京区に生まれる
- 1984年 京都市立芸術大学音楽学部を卒業
- 1986年 龍谷大学学友会学術文化局吹奏楽部を指揮して全日本吹奏楽コンクールに出場し銀賞受賞
- 1987年 タングルウッド音楽祭に参加
- 1989年 ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝
- 1990年 - 1997年 パシフィック・ミュージック・フェスティバルのレジデント指揮者
- 1992年
- 出光音楽賞
- フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団第一客演指揮者
- 1993年 - 2010年 コンセール・ラムルー管弦楽団首席指揮者
- 1994年 - 1997年 大阪センチュリー交響楽団首席客演指揮者
- 1995年 レナード・バーンスタイン・エルサレム国際指揮者コンクールで優勝
- 1999年
- ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団首席客演指揮者
- 現在 毎年12月に大阪で開かれる「1万人の第九コンサート」総指揮
- 2001年 モンブラン国際文化賞、ベストドレッサー賞学術・文化部門受賞
- 2002年 シエナ・ウインド・オーケストラ首席指揮者。兵庫県芸術文化協会芸術監督(音楽)就任
- 2003年 渡邉曉雄音楽基金音楽賞
- 2005年
- 2006年 わくわくオーケストラ開催
- 2008年 題名のない音楽会5代目司会者(4月8日放送分より)
- 2011年 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期公演で初めて指揮。近年で日本人としては恩師の小澤征爾以来
テレビ出演
レギュラー番組
過去の出演番組
- その他ゲスト出演多数。
出版物
著書
- 『僕はいかにして指揮者になったのか』(1995年 はまの出版、2010年新潮文庫 ISBN 978-4-10-133591-9)
- 『見聞塾・オーケストラの鼓動』(1998年 ベネッセコーポレーション ISBN 4-8288-8920-5) 注:ビデオブック
- 『感じて動く』(2006年 ポプラ社 ISBN 4-591-09269-0) - 聞き手:辻秀一
- 『バーンスタイン名盤100選』(2008年 新潮社 ISBN 978-4-10-602177-0) - 高橋敏郎との共著
その他
- 『河合先生との対話』 佐渡裕〈著〉 (2009年『臨床家河合隼雄』 岩波書店 ISBN 978-4-00-025564-6に収録)
- 『誰からも愛されるジャガイモ』 佐渡裕〈述〉 (2010年『仕事力. 金版』 朝日新聞社 ISBN 978-4-02-261663-0に収録)
指揮の特徴
- 身長187センチ、靴のサイズ30センチという大柄な体格で指揮台の上で飛び跳ねたり激しく腕を振り汗を飛び散らす情熱的な指揮であることが多い。演奏全体では緩急があり、スローテンポの繊細な表現も得意としている。
- 指揮中に指揮棒を折ってしまうことが時々ある。例として、読売日本交響楽団のカルメンを指揮した際は、最初の振り始めで指揮棒を折ってしまった(演奏自体は中断することなく続け、アンコールのファランドールでは、新しい指揮棒で指揮している)。なお、現在の指揮棒はグラスファイバー製の物が多く、簡単に折れるものではない。また演奏後に洋服のボタンが数個無くなっているという事があるという。
- そのため指揮棒は楽器屋に売っている1500円ぐらいのものを使用しているとのこと[2]。
エピソード
- 司会を務める「題名のない音楽会」にて、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」を振ったことが無い、と自ら語った(2008年6月放送)。
- バーンスタイン作曲「キャンディード」を演奏会で選曲(演奏)することが多い。現在、『題名のない音楽会』のテーマ曲も佐渡が指揮をしたテンポが速い「キャンディード」序曲が使われている。
- 『サドラー』と呼ばれる熱狂的なファンが全国各地に存在する。サドラーは佐渡のファンクラブや応援団ではなく、佐渡の個人ファンの総称として呼ばれる。
- 初めて買ったレコードはバーンスタインが指揮したマーラーの交響曲第1番「巨人」ということになっているが、実のところは笑福亭仁鶴の「男・赤壁周庵先生」であることをテレビ番組でカミングアウトなど、剽軽な一面も持ち合わせている。
- 笑福亭鶴瓶の大ファンで、海外では往年の名物番組「鶴瓶上岡パペポTV」の録画をよく見ていたという。2011年には「鶴瓶の家族に乾杯」に出演、修学旅行で立ち寄った宮崎市を訪問先に選んだものの、当時、実際に立ち寄ったのは小倉だったことが分かり、勘違いから縁もゆかりもない土地を選んだことを明かしている。また、その番組内で寂しがりやだという事と、嫌いな食べ物がピーマンである事も明かしている。
- さだまさしと親交があることから、NHKの深夜番組「今夜も生でさだまさし」へ葉書やメッセージを何度も投稿するほど、番組のヘビー・ウォッチャーである。
- 子供の頃に習わせられていたピアノが嫌いでしょうがなかったが、縦笛は大好きだった。本人曰く「学校ではリコーダーを上手く吹けるとヒーローになれた」ため、皆が競ってその腕を磨く中、佐渡は「タイガーマスクの歌」を完全にマスターして一躍人気者になったという。
- 1993年に前妻と離婚しており、直後に長女が誕生している[3]。
- 2007年3月28日に放送されたオーラの泉に出演した際には、「ストレス解消法は、夜な夜な冷蔵庫を開け、野菜をみじん切りにして炒めること」、「座右の銘は『自分はジャガイモ』。今は泥がいっぱい付いているが、その泥を綺麗に取ったら世界中の人が毎日、食べたくなるもの、だから、まだまだ泥は付いてると思うけど、多くの人に食べて欲しいと思っていること」、「指揮している自分を、オーケストラや、お客さんも含め、天井の上から見ていたことがあること」、「テレビはよく見ており、旅行が多いのでDVDに録って海外に行くと、かなり見ていること」、「原点は、小学生のとき休憩時間に縦笛で、いつもアニメソング吹いて皆を喜ばせていたこと」、「人の前で、わざとオナラすんのが好きでエレベーターの中で、よくオナラをすること」、「バーンスタインに連れられてアシスタントとしてウィーンに留学した際、二人でマクドナルドに行ったときに、バーンスタインが上機嫌で、マントを着て、頭にトレーを載せた姿で、店中で踊りまくっていたこと」などを明かしている。
- 小学校の卒業文集に「20年後の自分」として「オペラ歌手になって世界の歌劇場で歌うか、ベルリン・フィルの指揮者になる」と書いており、2011年5月のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期公演では大きな拍手と「ブラボー」の喝采が降壇後も鳴りやまず舞台へ呼び戻され、2400人の観客の前で大粒の涙をこぼしている[4]。また、2009年に公演が決まったときは武者震いしたと語っている[5]。ベルリンフィル定期公演の模様は、題名のない音楽会、毎日放送「夢のタクトを振る日」、NHK ハイビジョン特集「託されたタクト~指揮者・佐渡裕ベルリン・フィルへの挑戦~」 、NHK BSプレミアム プレミアムシアター「佐渡裕指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会」で放送された。
- 錦織健ほどではないと語りつつも20種類を超えるゲーム機を持っており、本人いわく「ほぼ全機種持ってる」というほどのゲーム好き。ゲーム音楽についても「僕にとっては青春と共に発展してきたゲーム音楽」と述べている。金聖響とは、よく一緒にゴルフのゲームをやるが、いつも勝っているとのこと。また、ドラゴンクエストにハマった理由を「勇者が剣を手に入れたり不思議な笛を手に入れたりするのがリヒャルト・ワーグナーのオペラみたいだから」と語っている[6][7]。ちなみに、プレイステーション2の天外魔境III NAMIDAではゲームに使用される楽曲、全17曲を演奏する新日本フィルハーモニー交響楽団を指揮しているが、指揮が決定した際のビデオメッセージでは、「指揮が決まるにあたり天外魔境II 卍MARUを最後までプレイしたが、音楽がとても素晴らしいと思った。この音楽に負けないくらい天外魔境IIIも素晴らしいものにする。かなり本気」と述べており[8][9]、収録の際にも「PCエンジン版から天外魔境シリーズを楽しんでいた。完成したゲームを早く遊びたい」と語っている[10]。
関連項目
外部リンク
参考資料
- 『トップランナー』「指揮者 佐渡裕」(NHKオンデマンド)
- 『鶴瓶の家族に乾杯』「佐渡裕 宮崎県宮崎市(後編)」(NHKオンデマンド)
脚注
- ^ 「情熱のタクト ~指揮者 佐渡裕 ベルリン・フィルへの挑戦~」NHK-BS、2011年6月11日
- ^ PON! 2011年6月27日。
- ^ 「失われた10年なんて……」 「熱血」ライター神山典士がゆく、2002年2月5日。
- ^ 佐渡裕氏「夢の」ベルリン・フィル指揮に男泣き スポーツニッポン、2011年5月22日。
- ^ ベルリン・フィルにデビューの佐渡裕 「今後も彼らの前に立つ指揮者に」 朝日新聞社、2011年6月1日。
- ^ 「マリオ・ドラクエ・FF~大人気ゲーム音楽SP」 題名のない音楽会、2010年8月29日。
- ^ 題名のない音楽会 佐渡裕の題名日記 「現代の音楽とは・・・」 、2010年08月29日
- ^ 天外魔境覚醒祭 ビデオメッセージ
- ^ 週刊ファミ通 2004年2月6日号。
- ^ 「ハドソン、「天外魔境III NAMIDA」楽曲のフルオーケストラ収録を完了」 GAME Watch、2003年12月25日。
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