日本センチュリー交響楽団

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日本センチュリー交響楽団(にほんセンチュリーこうきょうがくだん、Japan Century Symphony Orchestra)は、大阪府豊中市服部緑地公園内)に本拠を置くプロのオーケストラ日本オーケストラ連盟正会員。1990年に大阪府運営のプロ吹奏楽団(当時、都道府県運営の唯一の吹奏楽団)の大阪府音楽団を発展的に解消する形で、大阪センチュリー交響楽団として設立された。2011年4月1日に現在の名称となった。

目次

[編集] 沿革

1989年に設立された財団法人大阪府文化振興財団の下で運営されている。1990年に、デビューコンサートと第1回定期演奏会を行う。2管、55人規模の編成である。

発足時は、常任指揮者にウリエル・セガル、指揮者に岡田司小田野宏之梅田俊明が配された。その後、常任指揮者にセガル、首席客演指揮者に小泉和裕(のちに佐渡裕も加わる)となる。1997年から常任指揮者高関健体制になった。2003年からは組織の改編があり、首席指揮者に小泉、専任指揮者に金聖響が就任した(金の任期は2006年3月で終了)。2008年4月から小泉は音楽監督になり、沼尻竜典が首席客演指揮者に就任した。セガルは名誉指揮者となっている。

現在はザ・シンフォニーホールで定期演奏会を開催している。小泉が首席指揮者に就任以降、3回の定期演奏会は「二都物語」と銘打って、各地のオーケストラと共演した。

この楽団が大阪府民に根付いているかどうかを疑問視する意見もあり、2008年には橋下徹大阪府知事が「府民に根付いたオーケストラ」にすることを条件に翌年度以降の存続を認めるという状況となった。[1]

[編集] 存続の危機

大阪府文化振興財団が運営する当楽団の2005度予算は7億円程度であるが、うち約4億5000万円を府の文化振興基金からの補助金で賄っている。しかし財団の基金が10年度末には底をつく見通しであり、このままではオーケストラの存続は厳しい状況である。

関西経済連合会秋山喜久会長は2006年4月の定例記者会見で、この状況を念頭に、他のオーケストラとの統合を求めることを表明した。これに対して、主要紙が「在阪4オケ統合」を取り上げた。

2008年には橋下大阪府知事が運営補助金の大幅縮減案を発表した。2011年度からは、府からの補助金が完全になくなることが決まっており、民営化に向けたスポンサー探しがおこなわれている。[2]

[編集]

  1. ^ 特集:橋下知事「大阪維新プログラム案」(その2止) 住民に痛みじわり
  2. ^ 大阪センチュリー響、民営化に苦闘 府が補助金廃止

[編集] 外部リンク

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