藤江均

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
藤江 均
横浜DeNAベイスターズ #19
Hitoshi Fujie at Meiji Jingu Stadium 2010.jpg
2010年4月3日 明治神宮野球場
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府堺市
生年月日 1986年1月27日(28歳)
身長
体重
177 cm
77 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 ドラフト2位
初出場 2009年5月7日
年俸 3,100万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

藤江 均(ふじえ ひとし、1986年1月27日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

大阪府堺市出身。上宮太子高等学校卒業後、2004年から父の勧めでNOMOベースボールクラブに入部。昼はチームスポンサー企業のマルハンでアルバイトをして夜に練習するという生活を送る。入部1年目に野茂英雄から直々にフォークボールを教わり、実力が開花。

在籍2年目の2005年にはチームのエースとなり、都市対抗野球の近畿2次予選で松下電器を相手に5-3で完投勝ちを収めるなどの活躍し、NOMOクラブの都市対抗初出場に大きく貢献。同年全日本クラブ野球選手権大会でも初出場初優勝に貢献して最優秀選手賞を獲得、2006年にはチームを社会人野球日本選手権初出場に導いた。

2007年からは東邦ガスに移籍。主に抑えを務めたが、2008年都市対抗野球では先発して2試合を1人で投げ抜き、投球回数20回1/3で2失点、奪三振27と好成績を残し、チームの66年ぶりの都市対抗勝利に貢献。優秀選手賞(投手部門)を獲得した。この年のドラフト会議横浜ベイスターズに2位で指名され入団。

2009年5月5日、救援失敗が続いていた守護神石井裕也と入れ替わりで初の一軍昇格。7日の読売ジャイアンツ戦でプロ初登板先発。6回2/3を被安打6、奪三振4、自責点1と先発の役目を果たし、勝利投手の権利を持ったまま降板。しかし後続した山口俊が8回に逆転を許し、初登板初勝利はならなかった。奇しくも山口本人は「巨人戦初登板初先発初勝利」を達成している。なお、この試合では細山田武史との新人バッテリーで先発したが、これは横浜では1989年10月16日谷繁元信石井忠徳が組んで以来であった[1]。 シーズン終盤には好投することが増えていったが結局この年は未勝利に終わった。

一方、二軍の湘南シーレックスでは防御率1.97、勝利数9、勝率.750の好成績を残し、日本プロ野球コンベンション2009において、最優秀防御率投手賞・最多勝利投手賞・勝率第一位投手賞・優秀投手賞の四冠受賞を成し遂げた。

2010年3月28日の対阪神タイガースとの開幕3戦目の先発を任され、5回1/3を3安打1失点に抑えてプロ初勝利。

2011年は開幕二軍スタートとなったが、6月に昇格後は、中継ぎとして安定した投球を見せ、勝ちゲームのセットアッパーとして定着しシーズン最後まで一軍に残った。WHIPは1点を切り、抑えの山口俊を上回る成績を残した。

2012年は、開幕メンバーに入ったが、インフルエンザによって4月1日に登板機会なしのまま登録抹消となった。一軍復帰後は主に中継ぎ要員として登板し、10月3日のヤクルト戦ではプロ初セーブをマーク。しかし10月7日、東京ドームでの対読売ジャイアンツ最終戦で10回裏に登板し、その初球を矢野謙次にサヨナラ本塁打を打たれ、日本プロ野球史上25度目(24人目)の1球敗戦投手となり、同時にこの年チームの東京ドームにおける巨人戦未勝利を決定させている[2]。結果的に自己最多の52試合に登板したものの、3勝5敗、防御率3.26と昨年に比べやや安定感を欠いたシーズンとなった。

2013年は前年のフル回転による疲労から、防御率1点代ながら5月に二軍降格。8月に再昇格した後は主にセットアッパーとして安定した投球を見せ、登板数は25と激減したが防御率は1.27・WHIP0.88を記録した。

プレースタイル[編集]

ストレートの平均球速は平凡であるが被打率.213を記録(2011年)[3]スライダーシュート、2種類のスプリットを持つ[3]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2009 横浜
DeNA
9 7 0 0 0 0 4 0 0 .000 178 37.1 54 8 10 1 1 24 3 0 31 27 6.51 1.71
2010 15 7 0 0 0 2 3 0 1 .400 185 40.2 54 10 11 0 3 34 1 0 36 34 7.52 1.60
2011 47 0 0 0 0 3 0 0 15 1.000 181 45.2 33 2 12 2 3 41 2 0 8 8 1.58 0.99
2012 52 0 0 0 0 3 5 1 21 .375 202 49.2 37 4 18 2 2 42 2 2 18 18 3.26 1.11
2013 25 0 0 0 0 3 1 0 7 .750 109 28.1 20 0 5 0 1 21 1 0 5 4 1.27 0.88
通算:5年 148 14 0 0 0 11 13 1 44 .458 855 201.2 198 24 56 5 10 162 9 2 98 91 4.06 1.26
  • 2013年度シーズン終了時
  • 横浜(横浜ベイスターズ)は、2012年にDeNA(横浜DeNAベイスターズ)に球団名を変更

タイトル[編集]

  • イースタン・リーグ最優秀防御率(2009年)
  • イースタン・リーグ最多勝(2009年)
  • イースタン・リーグ最高勝率(2009年)

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 19 (2009年 - )

登場曲[編集]

  • Timati and La La Land ft Timbaland And Grooya 「Not All About The Money」
  • DJ Khaled ft Akon and B.O.B. My Life

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 藤江逃した!初登板初勝利ならず…横浜 - ウェイバックマシン(2009年5月10日アーカイブ分) - スポーツ報知(2009年5月8日)
  2. ^ 週刊ベースボール2012年10月22日号95ページ
  3. ^ a b 『野球小僧 プロ野球&世界野球選手名鑑2012』 白夜書房、2012年、143頁。ISBN 978-4-86191-872-8
  4. ^ a b 神奈川新聞、2009年5月8日。
  5. ^ 神奈川新聞、2010年3月29日。
  6. ^ 神奈川新聞、2010年7月18日。
  7. ^ 神奈川新聞、2012年10月4日。
  8. ^ 神奈川新聞、2012年10月8日。
  9. ^ 神奈川新聞、2010年10月8日。

関連項目[編集]