紀伊駅
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| 紀伊駅 | |
|---|---|
駅舎
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| きい - Kii | |
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◄山中渓 (8.1km)
(3.9km) 六十谷►
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| 所在地 | 和歌山県和歌山市北野441 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | ■阪和線 |
| キロ程 | 53.3km(天王寺起点) |
| 電報略号 | キイ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
4,104人/日(降車客含まず) -2009年- |
| 開業年月日 | 1930年(昭和5年)6月16日 |
| 備考 | 直営駅 みどりの窓口 有 |
紀伊駅(きいえき)は、和歌山県和歌山市北野にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)阪和線の駅である。
目次 |
[編集] 概要
和歌山駅が管理している直営駅で、阪和線としては、和歌山県の最北端にある駅である。みどりの窓口も設けられ、ICカード乗車券「ICOCA」が利用することができる(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。
[編集] 駅構造
島式ホーム2面4線を持つ、待避設備を備えた地上駅。駅舎と二つのホームとはみな同じ高さにあり、この三つを結ぶ跨線橋がある。のりばは駅舎側から1番のりば、2番のりば、3番のりば、4番のりばである。
駅舎やホームはみな駅前の道路などから見ると少し高い場所にあり、そのため駅舎と駅前とは階段で結ばれている。駅舎は狭い敷地に建てられているためL字型をした変わった構造である。トイレは改札内にあり、男女別の水洗式となっている。
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1・2 | ■阪和線 | 下り | 和歌山方面 |
| 3・4 | ■阪和線 | 上り | 関西空港・日根野・鳳・天王寺・大阪方面 |
- 2番・3番のりばが主本線、1番・4番のりばが待避線である。
[編集] 利用状況
和歌山県統計年鑑によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。
- 3,972人(1998年度)
- 3,967人(1999年度)
- 3,955人(2000年度)
- 3,895人(2001年度)
- 3,873人(2002年度)
- 3,910人(2003年度)
- 3,924人(2004年度)
- 3,980人(2005年度)
- 4,007人(2006年度)
- 4,029人(2007年度)
- 4,112人(2008年度)
- 4,104人(2009年度)
また、この駅は岩出市在住者の利用が多いことが特色で、駅近くには紀泉台などの大規模なニュータウンが開発されている。これは、市街の中心部にあるJR岩出駅は和歌山線沿線であり、大阪へ行くには一旦和歌山駅を経由するため遠回りなのに対し、紀伊駅を利用すれば乗り換え無しで大阪の中心地に行けるからである。
[編集] 駅周辺
この辺りには紀伊国の国府があった。駅の西にある府守神社は国府の跡と伝わり府中の地名も残っている。
[編集] 路線バス
- 和歌山バス那賀
-
- 紀伊粉河線
- 紀泉台、近畿大学(生物理工学部)、根来寺、粉河方面
- 紀伊粉河線
[編集] 歴史
- 1930年(昭和5年)6月16日 - 阪和電気鉄道の和泉府中駅 - 阪和東和歌山駅(現・和歌山駅)間延伸により開業。
- 1940年(昭和15年)12月1日 - 阪和電気鉄道が南海鉄道に吸収合併され、南海山手線の駅となる。
- 1944年(昭和19年)5月1日 - 山手線が国有化され、国有鉄道阪和線の駅となる。
- 1968年(昭和43年)9月1日 - 貨物扱い廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
- 1988年(昭和63年)3月13日 - 朝夕の一部快速停車駅となる。
- 1992年(平成4年)11月 - みどりの窓口営業開始。
- 1999年(平成11年)5月10日 - 紀州路快速運転開始により、終日快速停車駅になる。
- 2003年(平成15年)11月1日 - ICカード「ICOCA」供用開始[1]。
[編集] 隣の駅
- 西日本旅客鉄道
- ■阪和線
[編集] 脚注
- ^ 「ICOCA」いよいよデビュー! 〜 平成15年11月1日(土)よりサービス開始いたします 〜(インターネット・アーカイブ) - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2003年8月30日
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 紀伊駅|駅情報:JRおでかけネット - 西日本旅客鉄道
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