紀伊中ノ島駅

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紀伊中ノ島駅*
駅舎(2005年5月3日)後方上部に阪和線の架線柱が見える
駅舎(2005年5月3日)
後方上部に阪和線の架線柱が見える
きいなかのしま - Kii-Nakanoshima
六十谷 (3.0km)
(1.1km) 和歌山
所在地 和歌山県和歌山市中之島391-4
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 阪和線
キロ程 60.2km(天王寺起点)
電報略号 ナシ
駅構造 高架駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
354人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1932年昭和7年)1月1日
備考 無人駅(自動券売機 有)
* 阪和線のりばは1936年まで阪和中之島駅(開業当初は中之島駅)
** 1974年までは和歌山線も乗り入れていた。
紀伊中ノ島駅旧和歌山線ホーム。後方上部は阪和線、左側の建物が駅舎。
(2007年6月30日)

紀伊中ノ島駅(きいなかのしまえき)は、和歌山県和歌山市中之島にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)阪和線である。

概要[編集]

和歌山駅が管理している無人駅である。簡易型自動改札機・自動券売機が設置されており、ICカード乗車券ICOCA」が利用することができる(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。

阪和電気鉄道時代には特急列車(一時期は超特急さえも)が、そして国有化し国鉄阪和線になった後も快速列車が停車していた。また、1993年までは一部の快速列車が停車していた。2011年3月のダイヤ改正で、紀州路快速の多くが日根野駅以南を各駅停車としたため、結果的に快速停車駅に戻っている。かつては和歌山線田井ノ瀬駅から当駅を通って紀和駅(旧和歌山駅)まで通じていたが1974年に廃止された。

駅構造[編集]

相対式2面2線のホームを持つ高架駅で、開業時からの古い駅舎が現在も残っている。分岐器絶対信号機を持たないため、停留所に分類される。

かつてこの駅が和歌山線との乗り換え駅であった名残で、駅舎から和歌山線ホームを通って阪和線ホームへ達する構造であるため、今でも和歌山線ホームの痕跡が残っており、駅舎は現在となっては単なる待合スペースとなっている。

ホーム 路線 方向 行先
1 阪和線 上り 日根野天王寺大阪方面
2 阪和線 下り 和歌山方面

駅周辺[編集]

利用状況[編集]

和歌山県統計年鑑[1]によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。

乗車人員推移
年度 一日平均人員
1998 312
1999 324
2000 296
2001 301
2002 276
2003 272
2004 285
2005 277
2006 273
2007 278
2008 274
2009 261
2010 295
2011 344
2012 354

歴史[編集]

大阪と和歌山を高速に結ぶことを目的として建設された阪和電気鉄道の中間駅として1932年(昭和7年)1月1日に開業した。当初から築堤上にある駅で、この駅のすぐそばで既存の鉄道省(国有鉄道)和歌山線の線路を乗り越えていた。この当時、国鉄和歌山線は東側の田井ノ瀬駅からまっすぐ西へ向かい和歌山駅(現在の紀和駅)へと通じていた。

その後、双方の連絡を行うために1935年(昭和10年)1月1日に両者の交点付近に国鉄が紀伊中ノ島駅を開業させ、同時に阪和電気鉄道の駅は102 m南の交点付近へ移転した。この時に国鉄が建設した駅舎が現存する駅舎で、またこの時に阪和電気鉄道が建設したホームが現存するホームである。この時から阪和電気鉄道側では特急も止まるようになった。国鉄・阪和電気鉄道がそれぞれ駅舎を設けていたが、1936年(昭和11年)9月25日に阪和電気鉄道の駅名を国鉄に合わせて紀伊中ノ島と改称するとともに、阪和電気鉄道側の駅舎は撤去され、駅を共同使用するようになった。その後阪和電気鉄道は南海鉄道を経て国鉄に買収され、国鉄阪和線となり阪和線と和歌山線の乗換駅となった。

阪和電気鉄道が乗りいれた東和歌山駅(現在の和歌山駅)が重要になるにつれて、和歌山線の田井ノ瀬駅から東和歌山駅へ乗り入れる線路(当時は貨物支線として設定)が1961年(昭和36年)に完成し、1968年(昭和43年)には従来の和歌山駅を紀和駅へ、従来の東和歌山駅を和歌山駅へ改称した。 この貨物支線経由の旅客列車は当初、準急列車だけであったが、やがて普通列車にもこちらを経由する列車が設定されるようになった。1972年(昭和47年)3月15日のダイヤ改正で和歌山線の定期列車がすべて和歌山駅へ直通するようになると、田井ノ瀬から当駅を経由して紀和へ向かう元来の和歌山線は支線へ転落し、1974年(昭和49年)9月30日限りで廃止となった。これにより、当駅は阪和線単独の中間駅となり、乗換駅としての機能を失った。

2008年(平成20年)8月に、この駅のホーム(阪和電気鉄道が建設したもの)の屋根を支える鉄骨が、八幡製鉄所が操業を開始した当初に製造したレールを転用したものであることが発見された。レールを転用したホーム屋根骨組みは各地に存在するものであるが、八幡製鉄所の創業当時のレールは珍しく、日本の重工業・鉄鋼史の面から貴重な産業遺産と評価され、2009年(平成21年)に産業考古学会の推薦産業遺産[2][3]として認定された。

年表[編集]

  • 1932年昭和7年)
    • 1月1日 - 阪和電気鉄道の六十谷駅 - 阪和東和歌山駅(現在の和歌山駅)間に中之島駅(なかのしまえき)として新設開業。
    • 1月15日 - 阪和中之島駅(はんわなかのしまえき)に改称。
  • 1935年(昭和10年)1月1日 - 102 m南側の国鉄線との交点へ阪和電気鉄道の駅を移転。国有鉄道和歌山線の紀伊中ノ島駅開業、超特急停車駅となる(その後、当駅停車列車は「特急」に格下げとなる)。
  • 1936年(昭和11年)
    • 6月10日 - 鉄道省(国有鉄道)と阪和電気鉄道の駅が共同使用となる。
    • 9月25日 - 阪和電気鉄道の駅が紀伊中ノ島駅に改称、阪和電気鉄道側の駅舎を撤去。
  • 1940年(昭和15年)12月1日 - 阪和電気鉄道が南海鉄道に吸収合併され、南海山手線と国有鉄道和歌山線の駅となる。
  • 1944年(昭和19年)5月1日 - 南海山手線が戦時買収私鉄指定され国有鉄道阪和線となり、国有鉄道単独駅となる。
  • 1974年(昭和49年)10月1日 - 和歌山線の田井ノ瀬 - 紀伊中ノ島 - 紀和間が廃止。阪和線のみの駅となる。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - 無人駅[4]
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
  • 1993年平成5年)3月18日 - ラッシュ時の快速停車が廃止される。
  • 2003年(平成15年)11月1日 - ICカード「ICOCA」供用開始[5]
  • 2009年(平成21年) - 「JR紀伊中ノ島駅のレール構築物」が推薦産業遺産に認定される。

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道(JR西日本)
阪和線
快速・直通快速
通過
紀州路快速(朝の一部は通過)・B快速・区間快速(上りのみ運転)・普通
六十谷駅 - 紀伊中ノ島駅 - 和歌山駅

かつて存在した路線[編集]

日本国有鉄道
和歌山線(旧線)
田井ノ瀬駅 - 紀伊中ノ島駅 - 紀和駅

脚注[編集]

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  1. ^ 和歌山県統計年鑑 - 和歌山県
  2. ^ 小山 徹・大島 一郎「産業考古学会 2009年度推薦産業遺産にJR紀伊中ノ島駅の初期官営製鉄所製レール構築物を認定」『鉄道ピクトリアル』No.824(2009年10月) pp.112 - 113 電気車研究会
  3. ^ 産業考古学会 推薦産業遺産 一覧 - 産業考古学会
  4. ^ 日本国有鉄道公示S60.3.12公181
  5. ^ 「ICOCA」いよいよデビュー! 〜 平成15年11月1日(土)よりサービス開始いたします 〜(インターネット・アーカイブ) - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2003年8月30日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]