粉河駅

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粉河駅
駅舎(2008年5月3日)
駅舎(2008年5月3日)
こかわ - Kokawa
名手 (2.8km)
(1.2km) 紀伊長田
所在地 和歌山県紀の川市粉河870
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 和歌山線
キロ程 66.0km(王寺起点)
電報略号 コワ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
1,066人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1900年明治33年)11月25日*
備考 業務委託駅
POS端末設置
* 本開業日。前身として粉河仮停車場が、同年8月24日から本駅開業前日まで存在していた。
ホーム

粉河駅(こかわえき)は、和歌山県紀の川市粉河にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)和歌山線である。

概要[編集]

運行上の境界駅であり、和歌山方面からやってくる列車が一部折り返す。1日に2往復しかない快速列車が停車し、当駅から橋本方面は各駅に停車する。 紀の川市の代表駅は、当駅ではなく2駅隣の打田駅である。 かつて和歌山線経由で運行されていた急行「紀ノ川」の停車駅でもあった。

歴史[編集]

当初粉河駅は、現在地の東側の前田という字に設置が計画されていた。しかしこの場所では東側に偏している上に土工量が多くなることから、現在地に変更されることになった。これに対して道路を東側に迂回しなければならないこと、学校に近すぎて当時の規定に抵触すること、水路を線路下の土管に変更すると水利上の問題があることなどから地元から反対があり、その説得に67日間の協議が必要だったとされる[1]

年表[編集]

戦前は阪和電気鉄道(現在のJR阪和線)や水間鉄道が、この駅までの路線敷設計画を持っていたが、いずれも開業しなかった。

駅構造[編集]

単式・島式の複合型2面3線のホームを持つ、行違い可能な地上駅である。駅本屋側の単式ホームが橋本・五条高田方面、跨線橋を渡った反対側の島式ホームが、岩出・和歌山方面行きである。コンクリート造りの大きめの駅舎が特徴的。

ジェイアール西日本メンテックによる業務委託駅であり、橋本駅が当駅を管理している。発券はPOS端末による。早朝と夜間、および昼間の一部時間帯は無人となる。ホーム間は跨線橋で連絡する。

粉河駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1 和歌山線 上り 橋本五条方面
2・3 和歌山線 下り 和歌山方面

上り本線は1番のりば、下り本線は3番のりばであり、2番のりばは上下共用の待避線(中線)である。下り列車については、橋本駅方面から来る列車が3番のりば、当駅折り返しの列車が2番のりばを使用するのが基本であるが、僅かながら橋本駅方面からの下り列車に2番のりばへ入線するものもある。また、深夜の当駅止まりの列車は1番のりば・3番のりばで夜間滞泊し、翌朝に同一方向の当駅始発列車となる。

駅周辺[編集]

バス[編集]

利用状況[編集]

1日の平均乗車人員は以下の通りである。[2]

乗車人員推移
年度 1日平均人数
1998 1,341
1999 1,268
2000 1,191
2001 1,159
2002 1,041
2003 1,026
2004 1,071
2005 1,039
2006 1,064
2007 1,052
2008 1,068
2009 1,007
2010 1,011
2011 1,026
2012 1,066

列車本数の面でも、和歌山駅方面への流れがほとんどである。昔は県北部でも有数の町で、粉河と言えば他県の人でもわかるくらい有名な中心的な駅だったが、現在は岩出駅がある岩出市が有名になっている。年々人口とともに利用客が減少しており、利用客の大半が他市などからの通学の学生や粉河寺への参拝客である。

鉄道唱歌[編集]

1900年(明治33年)に大和田建樹が作詞した鉄道唱歌第5集(関西・参宮・南海篇)49番の歌詞にて、当駅が登場する。

親のめぐみの粉河より 叉乗る汽車は紀和の線舟戸田井ノ瀬うちすぎて 和歌山みえし嬉しさよ

なお、歌詞中の「和歌山」は、現在の紀和駅のことである。

作詞された当時は、粉河駅開業後であったものの橋本まで未開通であったため、橋本から当駅に飛ぶ形となっている。

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
和歌山線
快速(当駅から名手方の各駅に停車)
名手駅 - 粉河駅 - 打田駅
普通
名手駅 - 粉河駅 - 紀伊長田駅

脚注[編集]

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  1. ^ 『紀和鉄道沿革史』pp.142 - 143
  2. ^ 『和歌山県統計年鑑』及び『和歌山県公共交通機関等資料集』

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]