船戸駅
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| 船戸駅 | |
|---|---|
駅舎(タクシー乗り場から)
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| ふなと - Funato | |
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◄岩出 (1.1km)
(2.3km) 紀伊小倉►
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| 所在地 | 和歌山県岩出市船戸204-1 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | ■和歌山線 |
| キロ程 | 75.3km(王寺起点) |
| 電報略号 | フナ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
247人/日(降車客含まず) -2010年- |
| 開業年月日 | 1899年(明治32年)1月1日* |
| 備考 | 無人駅(自動券売機 有) |
船戸駅(ふなとえき)は、和歌山県岩出市船戸にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)和歌山線の駅。
目次 |
駅構造 [編集]
相対式2面2線のホームを持つ行違い可能な地上駅。上りホーム側に駅舎があり、下りホームへは無蓋跨線橋で連絡している。
昔は有人駅で改札業務が行われていた。現在も駅係員室は残っているが、閉鎖されており無人駅である(橋本駅管理)。自動券売機も650円区間(和歌山線内37km以内、和歌山駅乗換時は運賃換算キロ40km以内)しか対応していないほか、発券されたきっぷは自動改札機に対応していない。
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | ■和歌山線 | 上り | 粉河・橋本方面 |
| 2 | ■和歌山線 | 下り | 和歌山方面 |
駅周辺 [編集]
田畑が広がる。
- 岩出市役所
- 大宮神社
- 岩出市立岩出小学校
- 近畿地方建設局和歌山工事事務所船戸出張所
- 和歌山地方法務局岩出出張所
- ホテルいとう
- 大和街道 - 駅のすぐそばを通っていて、和歌山市から三重県松阪市まで続いている。
- 紀ノ川と貴志川の合流点 - 昔は船により紀ノ川の対岸まで人を渡していた。周辺には船をしまっておくための小屋(→戸)がたくさんあったため「船戸」の地名が名付けられた。
- 船戸山古墳群
- 和歌山線紀ノ川橋梁
- 和歌山電鐵貴志川線貴志駅 - 当駅から南へ約4Km
利用状況 [編集]
和歌山県統計年鑑によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。
| 乗車人員推移 | |
|---|---|
| 年度 | 一日平均乗車人員 |
| 1998 | 303 |
| 1999 | 290 |
| 2000 | 296 |
| 2001 | 276 |
| 2002 | 246 |
| 2003 | 242 |
| 2004 | 240 |
| 2005 | 243 |
| 2006 | 256 |
| 2007 | 252 |
| 2008 | 260 |
| 2009 | 244 |
| 2010 | 247 |
岩出市にある駅であるが市の端に位置し、快速列車が停まらないので岩出駅を利用する人のほうが多い。利用者数の多くは紀の川市(旧貴志川町)に住む人である。
歴史 [編集]
- 1898年(明治31年)5月4日 - 紀和鉄道の和歌山駅(現・紀和駅) - 船戸仮停車場間開業時に、暫定的な終着として船戸仮停車場(現在の場所より西側にあった)が設置される。
- 1899年(明治32年)1月1日 - 現在の船戸駅が開業。同時に船戸仮停車場は廃止される。
- 1900年(明治33年)8月24日 - 紀和鉄道が当駅から粉河仮停車場まで延伸。途中駅となる。
- 1904年(明治37年)8月27日 - 関西鉄道が紀和鉄道の路線を買収。関西鉄道の駅となる。
- 1907年(明治40年)10月1日 - 鉄道国有法により関西鉄道が国有化。国有鉄道の駅となる。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。和歌山線の所属となる。
- 1984年(昭和59年)10月20日 - 無人駅化。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道の駅となる。
鉄道唱歌 [編集]
1900年(明治33年)に大和田建樹が作詞した鉄道唱歌第5集(関西・参宮・南海篇)49番の歌詞にて、当駅が登場する。
親のめぐみの粉河より 叉乗る汽車は紀和の線舟戸田井ノ瀬うちすぎて 和歌山みえし嬉しさよ
なお、歌詞中の「和歌山」は、現在の紀和駅のことである。
隣の駅 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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