田中英道
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田中 英道(たなか ひでみち、1942年2月20日 - )は、日本の美術史家、東北大学名誉教授。
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[編集] 経歴
東京出身。1964年東京大学文学部仏文科卒業、1966年同美術史学科卒業、ストラスブール大学に留学、1969年「ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品」で博士号取得。1970年国立西洋美術館研究員、1973年東北大学講師、1976年助教授、1992年教授。1996年「ミケランジェロ・システィナ礼拝堂天上画の研究」で東北大文学博士。2006年定年、名誉教授。この間、ボローニャ大学客員教授などを務める。2006年酒田市より阿部次郎文化賞を受賞。
[編集] 活動
新しい歴史教科書をつくる会で会長を務めた。
2005年『新しい日本史観の確立』で、日本近代史にのみ熱意を燃やす「つくる会」の運動に疑問を呈し、もっと幅広い歴史観の見直しの必要性を指摘している。
[編集] 著書
- 冬の闇 夜の画家ラ・トゥールとの対話 新潮選書、1972
- ラ・トゥール 夜の画家の作品世界 造形社 1972
- 文学の転身 泰流社 1976
- 『微笑の構造 レオナルド・ダ・ヴィンチの二重人物像』小学館 1977.6
- レオナルド・ダ・ヴィンチ 芸術と生涯 新潮社 1978.6/講談社学術文庫 1992
- 若き日のミケランジェロ 講談社 1980.5/「ミケランジェロ」 講談社学術文庫 1991
- ルネサンス像の転換 理性と狂気が融合するとき 講談社 1981.9
- 画家と自画像 描かれた西洋の精神 日本経済新聞社 1983.3/講談社学術文庫 2003
- フォルモロジー研究 ミケランジェロとデューラー 美術出版社 1984.9
- 光は東方より 西洋美術に与えた中国・日本の影響 河出書房新社 1986.3
- イタリア美術史 東洋から見た西洋美術の中心 岩崎美術社 1990.8
- 美術にみるヨーロッパ精神 弓立社 1993.7
- 支倉六右衛門と西欧使節 丸善ライブラリー 1994.1
- 日本美術全史 世界から見た名作の系譜 講談社 1995.6
- 天平のミケランジェロ 公麻呂と芸術都市・奈良 弓立社 1995.9
- 運慶とバロックの巨匠たち 『仁王』像は運慶作にあらず 弓立社 1998.6
- ミケランジェロの世界像 システィナ礼拝堂天井画の研究 東北大学出版会 1999.3
- 『実証 写楽は北斎である―西洋美術史の手法が解き明かした真実』 祥伝社 2000.8
- 『歴史のかたち 日本の美―論争・日本文化史』徳間書店 2001.12[1]
- 法隆寺とパルテノン 西洋美術史の眼で見た新・古寺巡礼 祥伝社 2002.4
- 『国民の芸術』 新しい歴史教科書をつくる会編 扶桑社、2002.10
- まとめて反論―『新しい歴史教科書』の思想扶桑社、2002
- 日本美術傑作の見方・感じ方 PHP新書 2004.7
- 聖徳太子虚構説を排す PHP研究所、2004
- 『レオナルド・ダ・ヴィンチの世界像』 東北大学出版会 2005.3
- 新しい日本史観の確立 文芸館 2006.3
- 支倉常長 武士、ローマを行進す ミネルヴァ日本評伝選 2007.5
- モナ・リザは、なぜ微笑むのか レオナルド・ダ・ヴィンチ傑作の構造 PHP研究所 2008.5
- 「やまとごころ」とは何か 日本文化の深層 ミネルヴァ書房、2010.8
- 日本と西洋の対話 一文化史家のたたかい 講談社出版サービスセンター 2010.10
- 戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」 二段階革命理論と憲法 展転社 2011.7
[編集] 翻訳
- 古典主義美術 F.G.パリゼ 岩崎美術社 1972
- ディッケンズ エンツォ・オルランディ編 田中俊子共訳 カラー版世界の文豪叢書 評論社 1976.11
- ダンテ 同
- ミケランジェロ 彫刻家・画家・建築家 シャルル・ド・トルナイ 岩波書店 1978.11
- ジョットー エンツォ・オルランディ編 田中俊子共訳 評論社 1980.6
- デューラー エンツォ・オルランディ編 評論社 1980.6
- ルネサンス画人伝 ジョルジョ・ヴァザーリ 平川祐弘・小谷年司共訳 白水社、1982
- ルネサンスの異教秘儀 エドガー・ウイント 加藤雅之・藤田博共訳 晶文社 1986.12
[編集] 脚注
- ^ 本書で大泉光一の『支倉常長―慶長遣欧使節の悲劇』を“支倉を褒めた文章を引用していない”と批判しているが、実は“褒めた文章”自体が田中の捏造であると大泉は主張している(大泉『捏造された天正遣欧使節記』雄山閣、2008.pp. 96-99)田中は『西洋と日本の対話』で大泉に触れているがこの点については何も書いていない。