松尾潔

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松尾 潔
基本情報
別名 松尾“KC”潔
出生 1968年1月4日
血液型 A
学歴 早稲田大学
出身地 日本の旗 日本 福岡県福岡市
ジャンル POPR&B
職業 ソングライター
音楽プロデューサー
活動期間 1988年 -
事務所 Never Too Much Productions
影響 ルーサー・ヴァンドロス
マーヴィン・ゲイ
ジェイムス・ブラウン
池波正太郎など
公式サイト Never Too Much Productions

松尾 潔(まつお きよし、1968年1月4日 - )は音楽プロデューサー作詞家音楽ライター福岡県出身。福岡県立修猷館高等学校早稲田大学第二文学部卒業。Never Too Much Productions代表。

通称はKC。本名「松尾潔」名義での作詞・作曲活動の他に、「小山内舞」及び「立田野純」名義での作詞も多数ある。

目次

[編集] 人物・略歴

日本を代表するブラックミュージック研究家、ライター、ラジオDJ、ミュージック・フリークであり、多くのブラックミュージシャン、シンガーと友人関係を結び、日本への紹介者・窓口となっている。

早稲田大学在学時からライターとしての仕事を始め、取材の為の渡米を繰り返す中で、非常に困難とされた故ジェイムス・ブラウンへの密着インタビューに成功。テンプテーションズクインシー・ジョーンズルーサー・ヴァンドロスの対面取材や、ジャネット・ジャクソンM.C.ハマーの自宅訪問など大物アーティストのインタビューを多数経験。2008年初夏にスイスで行われた「クインシー・ジョーンズ75歳アニヴァーサリー・セレブレーション」には日本を代表して鷺巣詩郎と参加。

現代黒人音楽の研究者、紹介者であると同時に、プロデューサー、ソングライターとして音楽制作にも直接関わる稀有な存在である。

ライター時代の久保田利伸との交流をきっかけに音楽制作に携わることとなる。SPEEDMISIA宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。その後プロデューサーとして平井堅を大ブレイクに導く。

ASAYAN」の企画「男子ボーカリストオーディション」にてCHEMISTRYを発掘、名付け親となり、彼らの大ヒットした初期楽曲をプロデュース。

2002年に開催された日韓共催FIFAワールドカップの2002 FIFA ワールドカップ公式アルバムの曲『Let's Get Together Now』(Voices of KOREA/JAPAN)で作詞及びプロデュースを手がけ、 韓国で公式に放送された初めての日本語詞の歌として歴史的な1位を獲得し話題となった。

2007年発表のEXILEのシングル「Lovers Again」を作詞・プロデュースし、同曲の作詞家として2007年度JASRAC賞銅賞を受賞。

2008年発表の作詞・共作曲・プロデュースを手掛けたEXILEのシングル「Ti Amo」が、第50回日本レコード大賞を受賞したほか、同曲の作詞・作曲家として2009年度JASRAC賞銀賞を受賞。

[編集] 代表作

[編集] アルバム

トータル・プロデューサーとして関与しているものを記す。

[編集] シングル

[編集] プロデュース・リミックス・楽曲制作で関わった主なアーティスト

[編集] 日本人アーティスト

[編集] 海外アーティスト

[編集] 出演番組

[編集] ラジオ

[編集] テレビ

[編集] 著書

  • 『TOKYO LONELY WALKER』(週刊SPA!連載)
  • 『夢のカケラ CHEMISTRY完全ドキュメント』
  • 『学食巡礼』(週刊SPA!連載)
  • 『サクセスの秘密 中原昌也対談集』(対談参加)
  • 『アフロ・ディズニー2 MJ没後の世界』(対談参加)
  • 『US ブラック・ディスク・ガイド』
  • タワーレコード『NO MUSIC, NO LIFE』写真集
  • 『bounce book R&B STANDARDS』

[編集] その他の活動

2008年西寺郷太(NONA REEVES)、アレンジャー毛利泰士 とのバンド「エキゾチックJAPAN 」を結成。リーダーとして、みうらじゅんのテレビ番組「シンボルず」(テレビ東京)の音楽を担当(2008年7月 - 9月)。

[編集] 関連人物

[編集] 外部リンク

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