伊藤あしゅら紅丸

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いとう あしゅら べにまる
伊藤あしゅら紅丸
生誕 1950年12月25日(63歳)
日本の旗東京都 文京区
職業 漫画家
イラストレーター
CGクリエイター
ギター・アナリスト
ミュージシャン

伊藤 あしゅら 紅丸(いとう あしゅら べにまる、1950年12月25日 - )は、日本漫画家イラストレーターCGクリエイターギター・アナリストミュージシャン。肩書きは多数。元クリーチャーズ取締役ゲーム業界のみならず、アニメ漫画など様々な分野に精通し、広い人脈を持つ。自らを“業界の”と評す。豹柄をこよなく愛す。

概要[編集]

1950年東京都文京区生まれ。

高校生の頃から漫画イラストを発表し、それからもずっと漫画家イラストレーターとして活躍している。

糸井重里が社長を務めていたエイプ制作の攻略本にイラストレーターとして参加。 その後、Nintendo of Americaが発行しているゲーム誌「NINTENDO POWER」で『スターフォックス』や『スーパーメトロイド』の漫画を連載。さらにこの頃、スーパーファミコン用ソフト「マリオペイント」にハマって、クオリティの高い作品を数多く作り、それが石原恒和に目に留まってゲーム制作に携わるようになる。ゲーム制作で最初に関わった作品は『サウンドファンタジー』。

エイプが休眠状態に陥って以降は、石原恒和と共にクリーチャーズの発起メンバーとなり、自身は取締役に就任した。

クリーチャーズでは、モデリングチームのディレクターとして、『ポケモンスタジアム』シリーズのモデリングアニメポケットモンスター』のエンディングCGを手掛けた。

2000年秋からアメリカのいくつかの新聞に、ポケモン四コマ漫画を連載。

この漫画は、小学館の米国子会社Viz Communicationsによって、全米で20紙以上の新聞に配給され、その合計発行部数は1200万部以上にもなる。2001年に開業したPokemonCenter NYコンセプトデザインも担当。

2002年クリーチャーズを退社。

その後『星のカービィ 夢の泉デラックス』や『カービィのエアライド』の開発に参加、HAL研究所の開発ソフトに携わる。

現在は、ゲーム開発会社数社のアートディレクションを努めながら、フリーランスとして活動。作品のテイストは玉石混交、融通無碍。

森羅万象古今東西テイストを自家薬籠に採り入れ、自分のものとしてアウトプットしたいと常に願っている。』とは、本人談である。

デヴィッド・リンドレージェニ・マルダーなどの海外アーティストのアルバムジャケットデザインや、公演ポスターなどの音楽関係のアート作品を中心に描くと同時にバンド活動も積極的に展開している。

略歴[編集]

  • 1965年 15歳でゴルフ場の会員誌に寄稿、初めて原稿料をもらう。 以後、企業PR誌などにイラストを寄稿。 高校生の頃から漫画やイラストを発表し、以来、現在も漫画家イラストレーターとして活動している。
  • 2008年 プローグ(ゲーム開発ディベロッパー)の顧問に就任。後進のクリエイターを育てる社内講座を開設。 1978年当時、オフィスをシェアしていた友人が急逝。彼が参加していたバンド「東京ボンバース」に後釜として参加することになる。
  • 2012年 自身のバンド『Poison Biscuits』結成。

作品[編集]

ゲーム関連[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]