幸福会ヤマギシ会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヤマギシ会から転送)
移動: 案内, 検索

幸福会ヤマギシ会(こうふくかいヤマギシかい)とは農業・牧畜業を基盤とした理想社会をめざす活動体。通称は「ヤマギシ会」「ヤマギシ」。1953年(昭和28年)、山岸巳代蔵の提唱する理念の社会活動実践母体「山岸会」として発足し、1995年(平成7年)に名称を「幸福会ヤマギシ会」と変更。 「無所有一体」の生活を信条としている。

目次

[編集] 沿革

1950年代後半のヤマギシ会会員

[編集] 草創期

1953年山岸巳代蔵(1901年 - 1961年 滋賀県出身)によって作られた養鶏改良の団体「山岸式養鶏普及会」(通称:山岸会)が始まり。山岸巳代蔵は鶏糞による米の増産と、そのころまだ貴重であった鶏卵の増産を目指す篤農家であった。

1956年に後述する第一回の特別講習研鑽会が行われ、1958年に活動の拠点として三重県伊賀市に位置する春日山実顕地の開拓が始まり、農業系共同体としての基礎が形成された。

[編集] 成長期

1958年「百万羽科学工業養鶏」構想が発表され28名が参画する。その3ヵ月後には三重県阿山郡春日村にて「ヤマギシズム生活実践場春日山実験地」が発足。

1959年7月、幹部12名が監禁・脅迫の疑いで逮捕され、受講者を監禁したり、ニセ電話で家族を呼び出して強制的に受講させていたことが明らかになる[1]

1961年「ヤマギシズム中央調整機関」発足。「ヤマギシズム研鑽学校」開設。その後1968年頃より始まった全共闘時代にコミューン運動としてヤマギシが捉えられ、従来の農家出身者に代わり、学生運動経験者などの先鋭的な左翼思想を持った若者が多数加入した。 特講を受講した哲学者の鶴見俊輔は、ヤマギシ会にベトナム戦争の脱走アメリカ兵を長い間預かってもらったと語っている。

1980年代は、子育て問題や環境問題などに関心の高い人たちに農村体験、循環型社会のモデルとして受け入れられ、急速に発展し世界最大の農業系共同体とも表現され注目をあびる。1980年代、日本をはじめ世界各地からの教育熱心な人々、食に関する問題や、都会での閉鎖的な子育てに疑問や不安を抱く親たちからも注目された。

現在、日本各地に30箇所、ブラジルスイス韓国オーストラリアアメリカ合衆国タイモンゴルなどの日本以外の国に7箇所の合計37箇所の地に実顕地がある。 その国の天候、地質、特徴に合った野菜や果物、家畜などを育て、地域一体となり社会へ供給するシステムを形成している。

アーミッシュと並べて例えられる場合もある。

[編集] 活動

特講と呼ばれる特別講習研鑽会は一週間の合宿形式で、ヤマギシズムの理念や思想を体験的に知るために参加者全員が車座になってひとつのテーマを深く議論する「研鑽会」が主であり、特講を受講しヤマギシ会[2]会員の資格を得た人々は、各自の意思でヤマギシ会会員となり、幸福社会を共につくる活動を全国各地で繰り広げている。

特講でヤマギシズムの思想に共鳴し、研鑽学校を経て参画を決意した場合、ヤマギシズム生活実顕地[3]に「参画」することができる。実顕地における生活は私財をひとつ財布に入れ共に研鑽生活を営むことが柱となっている。

実顕地の経済は、各実顕地で生産された農産物の販売による利益が中心である。1988年に設立したブラジル実顕地では1991年から開拓が始まった1000haに及ぶオレンジ園があり、秋田県大潟村では水稲栽培、80万羽規模の採卵養鶏など大規模農業にシフトしている。

経営形態は、野菜や各種畜産から販売を組み合わせた複合農業であり、農事組合法人の形をとっている。

ヤマギシズム実顕地は、点在する海外6カ国と国内合わせて36の実顕地によって構成されている。 各地の実顕地は、ヤマギシズム理念のもとに「金の要らない仲良い楽しい村」として、真の人間社会を営むための精神性を重視した農村建設に着手し、その地域に適した産業や社会活動[4]を行い、それぞれの実顕地ごとの特性を活かして相互に交流しながら経営・運営している。

[編集] トラブル

[編集] ヤマギシズム学園

広島弁護士会が広島県三次市のヤマギシズム学園花見山初等部に対して、「憲法や子どもの権利条約で保障された人権が侵害されている」として警告書を提出した。これに対し学校サイドは「子供を預かっている学校が、担任が子供たちを見ているときに、おなかがすいて輪ゴムを食べたりとか、あるいは体が悪くないのに長期に休ませるとか、放課後部活もできない、そういうことを見て、これは子供が普通じゃないんじゃないか」と、広島弁護士会の方に相談し、広島弁護士会も、「平手打ちなどの体罰、あるいは反省させる名目で数時間から数日間も狭い一室に一人で閉じ込めた。また、通学日に朝食を与えず、十八時間も食事をさせなかった、子供の手紙を無断で開封し閲覧した、無断で私物を検査し、取り上げた、家族との交流は月一回に制限され、休日も学園のスケジュールどおりで、テレビ、新聞の視聴、閲覧を制限した」と警告書を出した。同様の事例が過去に岐阜県の武並小学校でもあったと広島弁護士会はしている。岐阜では食事を抜く、雨の中裸で外へ出す、登校させない、会の中での暴力行為がある等が子供たちの様子から感じられて警告書を提出するに至ったとしている。[5]

[編集] 裁判

2004年11月5日、ヤマギシ会の集落を離れた女性が入村時に放棄したとされた財産の返還を求めた裁判において、最高裁第二小法廷(滝井繁男裁判長)は二審東京高裁判決を支持し女性側の上告を棄却した。これで女性が請求した一部の1億円の返還を命じてヤマギシ会を敗訴とした東京高裁の判決が確定した。

[編集] ドイツ

1996年、ドイツ連邦政府はすべての州と協力し、パンフレット"ドイツ連邦共和国のいわゆる若いカルトと精神異常グループ"(Sogenannte Jugendsekten und Psychogruppen in der Bundesrepublik Deutschland)を作成し、当時増加傾向にある新宗教団体などをあげた。その中にヤマギシ会が掲載された。[6] ヤマギシ会は、「ヤマギシ (スピリチュアルと環境の要素を持った日本の新宗教)」 Yamagishi (Japanische Neureligion mit spirituellen und ökologischen Elementen)と紹介された。

[編集] 脚注

  1. ^ 昭和毎日:山岸会幹部逮捕 毎日jp
  2. ^ http://www.koufukukai.com/
  3. ^ http://www.yamagishi.or.jp/
  4. ^ http://www.mula-net.com/
  5. ^ 第145回衆議院予算委員会第11号 池坊保子
  6. ^ Bundestags-Drucksache 13/4132: Antwort der Bundesregierung auf die Kleine Anfrage Drucksache 13/3712 (1.Welche Gruppierungen zählt die Bundesregierung zu den sog. Jugendsekten oder Psychogruppen, und welche dieser Gruppierungen treten z.Z. verstärkt in Deutschland in Erscheinung?) AGPF(Aktion für Geistige und Psychische Freiheit; 精神的・心理的自由のためのアクション) 1996年3月15日 2009-9-19閲覧 "ドイツ連邦政府はすべての州と協力し、パンフレット"ドイツ連邦共和国のいわゆる若いカルトと精神異常グループ"(Sogenannte Jugendsekten und Psychogruppen in der Bundesrepublik Deutschland)を作成した。以下のグループ、団体を含む:"(Die Bundesregierung hat in Kooperation mit allen Bundesländern den Entwurf einer Informationsbroschüre »Sogenannte Jugendsekten und Psychogruppen in der Bundesrepublik Deutschland« erarbeitet, in den u. a. die nachfolgenden Gruppierungen und Organisationen aufgenommen wurden:)

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語