クチナシ

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クチナシ
Gardenia jasminoides
クチナシの花(2008年6月13日、岐阜県八木山)
左側でキアゲハが吸蜜している
分類APG III
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
階級なし : コア真正双子葉類 core eudicots
階級なし : キク類 asterids
階級なし : 真正キク類I euasterids I
: リンドウ目 Gentianales
: アカネ科 Rubiaceae
亜科 : サンタンカ亜科 Ixoroideae
: クチナシ連 Gardenieae
: クチナシ属 Gardenia
: クチナシ G. jasminoides
学名
狭義: Gardenia jasminoides Edwards[1] f. grandiflora (Lour.) Makino (1949)[2]

標準: Gardenia jasminoides Edwards[3] (1761)[4][5]

シノニム
英名
common gardenia
変種
  • G. j. var. grandiflora
  • G. j. var. jasminoides
  • G. j. var. ovalifolia
  • コクチナシ G. j. var. radicans

クチナシ(梔子[10]学名: Gardenia jasminoides)は、アカネ科クチナシ属常緑低木である。庭先や鉢植えでよく見られる[11]。乾燥果実は、生薬漢方薬の原料(山梔子・梔子)となることをはじめ、着色料など様々な利用がある。

名称[編集]

和名クチナシの語源には諸説ある。果実が熟しても裂開しないため、口がない実の意味から「口無し」という説[11][12][13]。また、上部に残る萼を口(クチ)、細かい種子のある果実を(ナシ)とし、クチのある梨の意味であるとする説[11]。他にはクチナワナシ(クチナワ=ヘビ、ナシ=果実のなる木)、よってヘビくらいしか食べない果実をつける木という意味からクチナシに変化したという説もある。

漢名(中国植物名)は山梔(さんし)であり[14]、日本では漢字で、ふつう「梔子」と書かれる。

八重咲きの栽培品種が多く、属名の英語読みからガーデニアともよばれる[15][16]。花にはジャスミンに似た強い芳香があり[17]、学名の種小名jasminoidesラテン語で「ジャスミンのような」という意味である[18][16]

分布・生育地[編集]

東アジア朝鮮半島中国台湾インドシナ半島に広く分布し[19][18]日本では本州静岡県以西・四国九州南西諸島の森林に自生する[20]。日なたから半日陰に生える[21]。野生では山地の低木として自生するが、むしろ園芸用として栽培されることが多い[20][18]

日本に自生する植物の中では、コーヒーノキに最も近縁であるとされる[22]

形態・生態[編集]

樹高1 - 3メートル (m) ほどの常緑の低木で株立ちする[11][20][18]

対生で、時に三輪生となり、長楕円形で全縁、長さ5センチメートル (cm) から12 cm、皮質で表面に強いつやがある[20]葉身には、並行に並ぶ筋状の葉脈が目立つ[15]。筒状の托葉をもつ。枝先の芽は尖っている[15]。古い葉は、春先や秋に鮮やかな黄色に黄葉して散るが、下のほうの葉のためあまり目立たない[23]

花期は6 - 7月で、葉腋から短い柄を出し、一個ずつ芳香があるを咲かせる[20]。花の直径は5 - 8 cmで[16]、開花当初は白色だが、徐々に黄色がかるように変化していく[20][16]花冠の基部が筒状で、先は大きく6裂または、5 - 7片に分かれる[11][20]。花はふつう一重咲きである。八重咲きのものがあるが、実はならない[19]

秋(10 - 11月)ごろに、赤黄色の果実をつける[11]。果実は液果で、長さ約2 cmの長楕円形[16]、側面にはっきりした5 -7本の稜が突き出ており、先端には6個の萼片が残り、開裂せず針状についている[20][24]。多肉の果皮の中に90 - 100個ほどの種子が入っており、形は卵形や広楕円形をしている[24]。液果は冬に熟す[24]。八重咲きの品種では、種子はできない[25]

スズメガに典型的な尻尾(尾角)をもつイモムシがつくが、これはオオスカシバ幼虫である[26]奄美大島以南の南西諸島に分布するイワカワシジミシジミチョウ科)の幼虫は、クチナシのつぼみや果実等を餌とする[27]。クチナシの果実に穴が開いていることがあるが、これはイワカワシジミの幼虫が中に生息している、または生息していた跡である。

栽培[編集]

温暖地でやや湿った半日陰を好む[20]。繁殖は梅雨時期に挿し木にて行われる[20]。冬期は、ビニール覆いをするなど、乾燥と寒さを防ぐ[20]。種蒔で繁殖する場合は、実を潰して種子を取り出し、春か秋に蒔く[20]

栽培されることが多く、庭や公園に植えたり、生け垣にもされる[28]品種改良によりバラのような八重咲き品種も作り出されている。ヨーロッパでは、八重の大輪花など園芸種の品種改良が盛んに行われてきた[18]

利用[編集]

果実は薬用になり、カロテンイリノイド配糖体ゲニポシドゲニポシド酸フラボノイドガーデニンや、精油などを含んでいる[11]。カロテンはプロビタミンAとも呼ばれ、人間の体内で吸収されてビタミンAに変化する[29]。また、果実にはカロチノイドの一種・クロシンが含まれ、乾燥させた果実は古くから黄色の着色料として用いられた。また、同様に黄色の色素であるゲニピン米糠に含まれるアミノ酸と化学反応を起こして発酵させることによって青色の着色料にもなる。花も食用になる。

薬用[編集]

果実を水で煮だしたエキスには、胆管や腸管のせばまりを拡張させる作用があるといわれている[11][注釈 1]。このゲニピンはクチナシのゲニポシドの腸内細菌代謝により生成されるとされる。[30]

10 - 11月ころに熟した果実を採取し、2 - 3分熱湯に浸したあと、天日または陰干しで乾燥処理したものは、山梔子(さんしし)または梔子(しし)とも称され、日本薬局方にも収録された生薬の一つである[11][14][21]漢方では、消炎利尿止血鎮静鎮痙(痙攣を鎮める)の目的で処方に配剤されるが、単独で用いられることはない[11][20]。煎じて解熱、黄疸などに用いられる[18]黄連解毒湯竜胆瀉肝湯温清飲五淋散などの漢方方剤に使われる。民間療法では、1日量2 - 3グラムの乾燥果実を400 ccの水に入れて、とろ火で半量になるまで煎じて服用する用法が知られている[14]。ただし、妊婦や、胃腸が冷えやすい人への服用は禁忌とされている[31]

外用による民間療法では、打撲捻挫腰痛などに、乾燥果実(山梔子)5 - 6個の粉末(サンシシ末)に、同量の小麦粉を混ぜてで練り、ガーゼなどに厚く塗って冷湿布し、乾いたら交換するようにしておくと、熱を抑えて炎症が和らぐと言われる[11][20]。これに、黄柏末(キハダ粉)を加えると、一層の効果があるとされる[11][20]ひびしもやけには、熟した果実の皮をむき、患部にすり込む[25]

着色料[編集]

奈良県の下池山古墳から出土した繊維片から、クチナシの色素成分が検出されるなど、日本における染色用色素としてのクチナシの利用は、遅くとも古墳時代にさかのぼる[32]

乾燥果実の粉末は奈良時代から使われ、平安時代には十二単など衣装の染色で支子色と呼ばれた。江戸時代には「口無し」から不言色とも記されている。

現代でも無害の天然色素として[19]、正月料理の栗金団をはじめ、料理の着色料としても使われている[11][17]。食品に用いられるものには、サツマイモ和菓子たくあんなどを黄色若しくは青色に染めるのに用いられる。大分県臼杵の郷土料理黄飯や、静岡県藤枝の染飯(そめいい)も、色づけと香りづけにクチナシの実が利用される[18]。また、木材の染料にしたり[18]繊維を染める染料にも用いられる。クチナシの果実に含まれる成分、クロシンはサフラン色素の成分でもある。一例として、インスタントラーメンの袋などの原材料名の記載欄に明記があれば、「クチナシ色素」と書かれている[13]

食用[編集]

クチナシの花は食用にもでき、萼を取り除いて軽く茹で、三杯酢甘煮ドレッシング和え物などに調理できる[11][21]。食用では、一重咲きと八重咲きのどちらも利用できる[21]黄飯(きいはん、おうはん、きめし)は、クチナシの実で色を付けた黄色い郷土料理

愛知県名古屋市周辺(きいはん)、大分県臼杵市(おうはん)、静岡県東伊豆町稲取(きめし)。

生け花[編集]

クチナシの花は、見た目の美しさと香りが抜群によいため、生け花の切り花として使われる[17]

文化[編集]

ジンチョウゲキンモクセイと並んで「三大芳香花」[33]「三大芳香樹」[18]「三大香木」[34]の一つに数えられる植物で[18]渡哲也のヒット曲『くちなしの花』で、その香りが歌われている[33]。多くの人が親しみを感じている植物であり、日本の多くの「市の花」に選ばれている[13]。埼玉県八潮市、静岡県湖西市、愛知県大府市、奈良県橿原市、沖縄県南城市などで「市の花」としている[13]

足つき将棋盤碁盤の足の造形は、クチナシの稜のある果実を象っている[12]。「打ち手は無言、第三者は勝負に口出し無用」、すなわち「口無し」という意味がこめられている[12][35]

花言葉は、「優雅」[18]「喜びを運ぶ」[18]「幸せを運ぶ」「清潔」「私は幸せ」「胸に秘めた愛」。

ジャズ歌手のビリー・ホリデイは、しばしばクチナシの花を髪に飾って舞台に立った。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 上記へ重要なリスク情報として、クチナシ(サンシシ)の生薬としての用量での利用を原因とするクチナシ由来ゲニピンによる腸間膜静脈硬化症との関連示唆がある。

出典[編集]

  1. ^ William Henry Edwards or シデナム・エドワーズ
  2. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Gardenia jasminoides Ellis f. grandiflora (Lour.) Makino クチナシ(狭義)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2023年4月18日閲覧。
  3. ^ William Henry Edwards or シデナム・エドワーズ
  4. ^ Flora of Japan”. 2014年1月23日閲覧。
  5. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Gardenia jasminoides Ellis クチナシ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2023年4月18日閲覧。
  6. ^ William Henry Edwards or シデナム・エドワーズ
  7. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Gardenia jasminoides Ellis var. grandiflora (Lour.) Nakai クチナシ(シノニム)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2023年4月18日閲覧。
  8. ^ William Henry Edwards or シデナム・エドワーズ
  9. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Gardenia jasminoides Ellis var. longisepala (Masam.) Metcalf クチナシ(シノニム)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2023年4月18日閲覧。
  10. ^ 田中潔 2011, p. 70.
  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n 田中孝治 1995, p. 138.
  12. ^ a b c 辻井達一 2006, p. 196.
  13. ^ a b c d 田中修 2009, p. 128.
  14. ^ a b c 貝津好孝 1995, p. 28.
  15. ^ a b c 林将之 2011, p. 67.
  16. ^ a b c d e 亀田龍吉 2013, p. 93.
  17. ^ a b c 辻井達一 2006, p. 198.
  18. ^ a b c d e f g h i j k l 田中潔 2011, p. 71.
  19. ^ a b c 平野隆久監修 1997, p. 96.
  20. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 馬場篤 1996, p. 48.
  21. ^ a b c d 高野昭人監修 世界文化社編 2006, p. 104.
  22. ^ 『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』講談社ブルーバックス。 
  23. ^ 亀田龍吉 2014, p. 36.
  24. ^ a b c 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 2018, p. 90.
  25. ^ a b 川原勝征 2015, p. 99.
  26. ^ 森上信夫、林将之『昆虫の食草・食樹ハンドブック』文一総合出版、2007年、46頁。ISBN 978-4-8299-0026-0 
  27. ^ 福田晴夫、二町一成 著「イワカワシジミ」、鹿児島県環境生活部環境保護課企画・編集 編『鹿児島県の絶滅のおそれのある野生動植物 : 鹿児島県レッドデータブック. 動物編』鹿児島県環境技術協会、2003年、225頁。ISBN 4-9901588-0-6 
  28. ^ 林将之 2011, p. 72.
  29. ^ 馬場篤 1995, p. 138.
  30. ^ 副作用モニター情報〈464〉 山梔子(サンシシ)含有漢方製剤の長期投与に伴う腸間膜静脈硬化症 全日本民医連”. www.min-iren.gr.jp. 2020年8月7日閲覧。
  31. ^ 貝津好孝 1995, p. 138.
  32. ^ 佐藤昌憲「文化財染繊品の科学的研究方法の進歩」『繊維学会誌』第55巻第7号、繊維学会、1999年、P216-P221、doi:10.2115/fiber.55.7_P216ISSN 0037-9875NAID 130004206219 
  33. ^ a b 田中修 2009, pp. 127–128.
  34. ^ 林将之 2011, p. 66.
  35. ^ 田中修 2009, pp. 128–129.

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]