カール自走臼砲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Karl-Gerät 040
Karl6.jpg
カール自走臼砲
種類 自走臼砲
原開発国 Flag of German Reich (1935–1945).svg ナチス・ドイツ
運用史
配備期間 1941年~1945年
配備先 ナチス・ドイツ
関連戦争・紛争 第二次世界大戦
開発史
開発者 ラインメタル
製造業者 ラインメタル
製造期間 1940年~1942年
製造数 7
派生型 Gerät 041
諸元
重量 124t
全長 11.15m
全幅 3.16m
全高 4.38m
要員数 21名 (指揮官,射手x18名,運転手,副運転手)

砲弾 separate loading, cased charges
口径 60cm
砲尾 horizontal sliding wedge
反動 hydro-pneumatic
仰角 55° to 70°
旋回角
発射速度 1 発/10分
初速 220 m/秒 (sBetongranate)
有効射程 4320m

主兵装 Gerät 040
エンジン ダイムラー・ベンツ MB503A V型12気筒液冷ガソリンエンジン
ダイムラー・ベンツ MB507C V型12気筒液冷ディーゼルエンジン
580 hp
懸架・駆動 トーションバー
行動距離 42km (ガソリンエンジン)
60km (ディーゼルエンジン)
速度 6 km/h (3.72 mph) to 10 km/h (6.2 mph)
Karl-Gerät 041
Karl23.jpg
カール自走臼砲(54cm砲搭載)
諸元
重量 126350kg
全長 11.37m
全幅 3.16m
全高 4.38m

口径 54cm
初速 378 m/sec
有効射程 10060m

カール自走臼砲(カールじそうきゅうほう、Mörser Karl)は第二次世界大戦時にドイツで開発・製造された、60cmもしくは54cmという超大口径の臼砲を搭載する自走砲である。

概要[編集]

フランスのマジノ要塞線を始めとする要塞・城塞攻略を目的とし、1937年に開発を開始。そして1940年より翌41年までの間に6輛が製造された。なおこの6輛にもそれぞれ固有の名前(「アダム」「エーファ」「ロキ」「ツィウ」「トール」「オーディン」)がつけられていた。

自重が120トンを超えるため、時速10キロ程度でしか移動ができなかった。そのため、運搬用に専用の貨車が制作され、砲弾輸送用にはIV号戦車から改造された専用の車輌が用意された。独ソ戦セヴァストポリの戦いにおいてその威力を発揮、1944年のワルシャワ蜂起の際にも実戦投入された。

開発[編集]

1936年3月ラインメタル社はマジノ線を攻撃する為の超重榴弾砲の計画を立案した。この兵器の初期の着想では分割して複数の車両で輸送し、陣地にて組み立てることが計画されていたが、これでは射撃準備に非常に時間がかかるため、ラインメタル社は1937年1月、この砲を自走化することとした。1938年から39年にかけて多砲塔戦車NbFzとスケールモデルを用いた広範にわたる走行試験が行われ、巨大車両の極めて高い接地圧と操縦性に関する研究がなされた。1940年5月には実寸大車両の走行試験がウンターリュッセで行われた。砲の発射試験は1939年6月に行われた。1940年11月から41年8月にかけて6輛が製造され軍に引き渡された。なお「カール」の名は本砲の開発に携わったカール・ベッカー将軍に因む。

試作車も含め計7輛のカール自走臼砲が製造された。量産型の6輛にはそれぞれ「アダム」「エーファ」「ロキ」「ツィウ」「トール」「オーディン」と名づけられているが、試作型は無名である。1941年2月には射程を延ばすため検討が始まり、1942年5月、6輛に搭載する54cm砲身(Gerät 041)が発注された。1943年3月のヒトラーも参席した会議で、最初の54cm Gerät 041が納入されるのは1943年6月、三門めは8月中旬になるということが明らかになった。結局3門の54cm Gerät 041が完成し、I・IV・V号車がこれを搭載可能であった。またどの車両もより小型な砲に換装することができた。22輛の専用弾薬輸送・装填車両'Munitionsträger' も併せて装備された。これは通常のIV号戦車D・E・F型の車台を利用し、砲塔のかわりに4発の砲弾を運搬できる装備と専用のクレーンを設置したものであった。自走臼砲1輛につき2輛の'Munitionsträger'と1輛の予備車両が割り当てられた。

運用[編集]

124トンのカール自走臼砲は液冷12気筒ガソリンエンジンダイムラー・ベンツ MB 503 Aまたは同じくベンツ製の液冷12気筒ディーゼルエンジン、MB 507 Cを動力とした。しかし本車のエンジンはもっぱら照準する際、砲身が左右に4度ずつしか旋回できないのを補うのに使われた。このエンジンではわずか時速10キロしか出せない上、大量の燃料を消費したからである。長距離を移動する場合には鉄道を利用した。このとき用いられたのは5軸ボギー台車を使った特殊な大物車で、車台全体を固定台座を持つ二本の巨大な回転式アームで吊るして輸送した。目的地に到着すると車体は台座から外され、射撃する場所まで自走した。陣地に到着すると、射撃時の反動を緩和する為に、車台が接地するよう車高が下げられた。本車は通常の地質ならば問題なく走行できた一方で、柔らかい土の上での旋回は絶対に避けなければならなかった。また射撃時には迅速に移動できるよう車台を固定する陣地は正確な水平に整地されている必要があり、本車が走行する道路は溝や軟弱な部分を埋め固める必要があるなど、運用上の制約が多かった。また弾薬を装填する際には砲の仰角を0度にする必要があり、射撃毎に再照準する必要があった。なお、カール自走臼砲は第833重砲兵大隊が運用した。[1]

砲弾[編集]

砲弾種類 口径 重量 爆薬重量 初速 最大射程 貫通力
重ベトン弾 (schwere Betongranate) 60 cm 2170 kg 289 kg 220 m/sec 4320 m コンクリートで2.5m
軽ベトン弾 (leichte Betongranate) 040 60 cm 1700 kg 220 kg 283 m/sec 6640 m コンクリートで2.5m
軽ベトン弾 (leichte Betongranate) 041 54 cm 1250 kg 378 m/sec 10,060 m コンクリートで3~3.5m
高性能爆薬弾 (Sprenggranate) 041 54cm 不明 不明 不明 不明 不明

「アダム」[編集]

1944年赤軍鹵獲された「アダム」が、現在もロシアクビンカ戦車博物館に展示されている。

模型業界におけるカール自走臼砲[編集]

サイズ・重量から最大級と思われる当自走臼砲は、1970年代後半に日本のハセガワから1/72スケールで輸送用の車両付モデルと、砲弾補給用として改造された4号戦車を付属したモデルの2種が発売された。2000年代の半ばには中国のドラゴンモデルズトランペッターから相次いで1/35スケールのキットが発売された。 また、ポーランドのペーパーモデルメーカーGPMが量産スケールモデル最大の1/25スケールをリリースしている。

登場作品[編集]

ストライカーズ1945II彩京
第二次大戦直後の世界を舞台とするシューティングゲーム。ステージ6の中ボスとして登場する。
コンバットチョロQ
アリーナのボスクラスに3番目に登場する。

参考文献[編集]

  • 広田厚司『ドイツの火砲―制圧兵器の徹底研究』光人社、2002年、ISBN 4-769-82365-7

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 広田 厚司『ドイツの火砲』 p.97。

関連項目[編集]

画像[編集]