Sd Kfz 234

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Sd.Kfz. 234/2 プーマ
画像は模型
基礎データ
全長 6.8 m
全幅 2.33 m
全高 2.38 m
重量 11.74 t
乗員数 4 名
装甲・武装
装甲 5.5〜30 mm
主武装 5cm KwK39/1
副武装 7.92mm MG42
機動力
速度 80 km/h
エンジン タトラ103型
空冷ディーゼルエンジン
210hp
懸架・駆動 リーフスプリング 装輪式
行動距離 900~1000 km
  

Sd Kfz 234 とは、1943年12月から1945年の間に生産された、ナチス・ドイツ8輪重装甲偵察車系列である。

[編集] 概要

もともとは植民地(即ち熱帯)用重装甲偵察車として、Sd Kfz 231系の後継を目指して1940年8月に計画が開始された。このため水の入手が困難な砂漠地帯での運用を意識して、チェコスロバキアタトラ社製V12空冷ディーゼルエンジン103型を搭載しているのが特徴である。ビュッシング-NAG社により設計された車体は、前作であるSd Kfz 231系を洗練したような形状で、後方に向けた操縦席があるのも同様だった。

従来の装甲車と異なり、シャーシはそれ単体で独立しているのではなく、モノコック構造の装甲の一部として構成されていたのが特徴であった。

リーフスプリング式独立懸架の8輪駆動で、それぞれステアリングを切れるが、他のドイツ装甲車同様に防弾ではないバルーンタイヤを使っている。しかしこの車輌に対する要求が変更されたため、50mm対戦車砲を搭載するタイプが最初に完成した。乗員数は各型ともに4名。

[編集] バリエーション

Sd Kfz 231系と異なり、装備が異なっても同じ234の制式番号が与えられている。なお、それぞれのニックネームは正式なものではない。
Sd Kfz 234/2 "プーマ"
II号戦車L型の発展型であるレオパルト偵察軽戦車が不採用となり、その設計をもとにダイムラー・ベンツ社により開発された手動旋回式の密閉型砲塔に、ラインメタル社の60口径の5cm KwK39/1と同軸に7.92mm MG42機銃を搭載した重装甲偵察車タイプ。
当初の計画ではSd Kfz 231系のように、威力偵察用に20mm機関砲を搭載するはずであったが、ある程度の対戦車戦闘能力を持つこの型が101輌生産された。5cm砲弾55発と、7.92mm弾を2850発搭載し、副武装のMP40機関短銃用の弾倉が6個搭載されていた。半数近くは中距離用のFuG12無線機を増設しており、これにはシュテルン(星型)アンテナが装備された。
7.5cm K51を搭載したSd.Kfz.234/3
Sd Kfz 234/1
生産順としては二番目になってしまったが、当初の計画どおりに20mm機関砲を搭載した重装甲偵察車タイプ。
Sd Kfz 231及び232の後継であるため、おそらくは本来密閉型の砲塔を装備する予定だったと思われる(ルクスの砲塔を搭載した試作車の写真も確認されている)が、実際は38(t)偵察戦車やSd Kfz 250/9Neu等と同型のヘンゲラフェッテ38が搭載された。これは2cm KwK38と同軸の7.92mm MG42機銃を揺動式に装備するオープントップの手動全周旋回式砲塔で、俯仰角は-4~+70度で対空射撃も可能であった。2cm砲弾250発(10発入り弾倉が25個)と、7.92mm弾を2500発搭載し、副武装のMP40機関短銃用の弾倉が6個搭載されていた。
この型にも一部は中距離用のFuG12無線機を増設しており、やはりシュテルンアンテナが装備された。生産数は約230輌。
Sd Kfz 234/3 "シュトゥンメル"
8輪重装甲車の火力支援タイプであるSd Kfz 233の後継車輌。オープントップの車体にSd Kfz 250/8NeuやSd Kfz 250/9後期型と共通の24口径の7.5cm K51を搭載している。この砲の射界は左右20度ずつ、俯仰角は-5~+16度で、脇にMG42機銃が装備可能であった。また7.5cm砲弾50発と、7.92mm弾を1950発搭載し、副武装のMP40機関短銃用の弾倉が6個搭載されていた。途中でSd Kfz 234/4に切り替えられたため、生産数は88輌で終了した。
7.5cm PaK40を搭載したSd.Kfz.234/4
Sd Kfz 234/4 "パックヴァーゲン"
1944年10月28日の会議でヒトラー自身の提案による、ハーフトラックや8輪重装甲車にも長砲身の75mm砲を搭載するという案に応え、翌々週には早くも7.5cm PaK40を搭載するタイプの図面が完成した。
軍需省は車格に対し過大な装備であるとして有効性を疑っていたが、ヒトラーの強い要望により量産されることとなった。これによりSd Kfz 234/3用の車体を流用し改修した対戦車自走砲型として、1944年12月からSd Kfz 234/4が生産開始された。
PaK40はオリジナルの砲架と防盾の一部を切断したものが、車体に設置されたL型鋼やC型鋼で作られた台座にボルトで固定され、射界は左右20度ずつ、俯仰角は-5~+12度であった。しかし車内に余裕が無く、砲弾ラックにはわずか12発しか搭載できなかった。生産数は89輌。

[編集] 関連項目


他の言語