シュコダ RSO

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シュコダ RSO
Škoda RSO
シュコダ RSO
種類 砲兵トラクター
原開発国 ナチス・ドイツの旗 ドイツ国
運用史
配備先 ナチス・ドイツの旗 ドイツ国
関連戦争・紛争 第二次世界大戦
開発史
開発者 フェルディナント・ポルシェ
開発期間 1941年
製造業者 シュコダ
製造期間 1942年-1944年
製造数 206両
諸元
重量 7,000 kg
全長 6.220 m
全幅 2.330 m
全高 3.065 m
要員数 2名

エンジン 直列4気筒ガソリンエンジン
搭載容量 5,000 kg
行動距離 120 km
速度 16 km/h
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シュコダRSO、: Škoda RadSchlepper Ost、東部用装輪式牽引車)またはポルシェ Typ 175としても知られる本車は、第二次世界大戦中に開発、運用されたドイツの大型四輪駆動砲兵トラクターである。 1941年フェルディナント・ポルシェによって設計され、シュコダ社によって生産された。 1942年から1944年の間に約206台の車両が生産された。

概要[編集]

シュコダ RSOは、東部戦線への物資補給・砲牽引を主な用途とした多目的トラクターとして、1941年、フェルディナント・ポルシェによって設計された。 この車両は、排気量6023ccのポルシェ独自設計の空冷直列4気筒ガソリンエンジンを搭載していた。スターターとして、2気筒ガソリンエンジン( KdF-Wagenエンジンの半分)が使用された [1]

開発と生産は、シュコダ自動車工場で行われた。 最初の試験が1942年に行われたが、結果は期待外れだった。重量が大きく、車輪が狭いため、接地圧が高くなり、比較的固い路面でも走行は困難だった。また凍結した路面では、車両を操縦することはほとんど不可能だった。さらに燃費もかなり悪かったが、これらの問題にもかかわらず、1942年から1944年の間に約200台のトラクターが生産された。しかしそれらの欠点のため、シュコダ RSOは東部戦線に配備されることは無かった。代わりに本車は西部戦線に配備され、一部の車両はバルジの戦いノルマンディーでの戦いに従事した[2] [3]

脚注・出典[編集]

  1. ^ Spremo 1991, p. 114.
  2. ^ Spremo 1991, p. 115-116.
  3. ^ Cedrych 2007, p. 265.

参考文献[編集]

  • Spremo, Milan (1991). "Atlas našich automobilů 1937–1963", NADAS, Praha.
  • Cedrych, Mario; Nachtmann, Lukáš (2007). "Škoda - auta známá i neznámá", Grada, Praha.

関連項目[編集]