S-300 (ミサイル)
S-300(С-300、NATOコードネーム:SA-10 「Grumble」およびSA-12A/B 「Gladiator/Giant」。艦載型はSA-N-6 「Grumble」)は、ロシア連邦軍の長距離地対空ミサイルシステム。ソビエト連邦時代に開発され、同時多目標交戦能力を持つ。アメリカ合衆国のスタンダードミサイルに相当する。
2022年ロシアのウクライナ侵攻においては、ロシア連邦軍により地対地ミサイルとしても使われている[1]。
概要
[編集]老朽化したS-25(SA-1 「ギルド」)、S-75(SA-2 「ガイドライン」)、S-125(SA-3 「ゴア」)の後継として、1969年に開発が決定。1970年代半ばにS-300Pが実用化され、その後も改良が続けられた。また、1980年代前半にアメリカが配備したMGM-31 「パーシングII」準中距離弾道ミサイルを迎撃するために、S-300Vが開発された。
S-300と呼ばれるミサイルシステムは大きくS-300P(SA-10 Grumble)とS-300F(SA-N-6 Grumble)とS-300Vに分けられる。S-300P(S-300F)とS-300Vはミサイル本体の設計局が異なる全くの別物である。S-300PはAlmaz設計局、S-300FはAltair設計局、S-300VはAntey設計局による。
S-300Pは航空機や巡航ミサイル迎撃を目的としており、限定的な弾道ミサイル対応能力のみを持つ。S-300Vは弾道ミサイル迎撃を目的とした本格的なミサイル防衛(MD)システムである。
S-300Pで使われるミサイル本体には5V55系列と48N6系列と9M96系列がある。
S-300FはS-300Pを艦載化した物である。S-300PとS-300Fは元より陸海共用ミサイルとして開発されている。長距離のエリア防空ミサイルであるS-300F(射程75~90km)とその発展型のS-300FM (SA-N-20 Gargoyle)は、中距離の艦隊防空ミサイルである3K90(射程30km)もしくは3K37(射程50km)、短距離の個艦防空ミサイルである3K95(射程12km)とともに、多層的防空システムを構成している。
S-300V(ミサイルと発射機を含むシステム全体の形式名は9K31)には9M82(SA-12B Giant)系列(対中距離弾道ミサイル)と9M83(SA-12A Gladiator)系列(対短距離・準中距離弾道ミサイル)がある。
ロシア国防省系テレビ局ズベズダは2020年12月1日、S-300V4が択捉島(ロシアが実効支配中)に配備されたと伝えた。射程は400kmで、弾道ミサイル、巡航ミサイル、航空機の迎撃が可能とされる[2][3]。
S-300シリーズの後継として、発展型のS-400(SA-21 Growler)が開発されている。
防空システムの構成
[編集]ミサイルは、メンテナンスフリーの発射筒(キャニスター)に格納され、車両に搭載・輸送される。陣地展開時は、発射筒を垂直にする。ミサイルはコールドローンチ方式で垂直発射が行われる。
発射機、多機能レーダー車輌、指揮通信車輌、整備車輌、補給車輌などで防空システムを構築している。
発射機は大きく装輪式と装軌式に分けられ、装輪式にはウラル-375トラックで牽引される5P85T牽引式発射機と、スカッドB短距離弾道ミサイル用のMAZ-543トラックを改造した5P85S自走式発射機、装軌式にはT-80戦車と同型のシャーシを利用した9A82/9A83装軌式自走発射機がある。
5P85T/5P85S発射機はS-300P(SA-10)用、9A82/9A83発射機はS-300V(SA-12A/B)用である。
5P85T/5P85S発射機には4発、9A82発射機には9M82が2発、9A83発射機には9M83が4発搭載される。
設置型デコイとして各車両のシルエットを模した膨脹式のダミーも存在する。
性能一覧
[編集]索敵レーダー | 36D6 | 76N6 | 76N6 | 64N6 | 96L6E | 9S15 | 9S19 | MR-75 | MR-800 |
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NATOコードネーム | ティンシールド | クラムシェル | ビッグバード | ビルボード | ハイスクリーン | トップスティール | トップペア | ||
用途 | 低高度検出用 | 全高度対応型 | 追跡用 | 海軍 | |||||
索敵範囲 | 180〜360km | 120km | 300km | 250km | 300km | 200km | |||
同時索敵目標 | 120 | 300 | 300 | 200 | 16 |
追跡レーダー | 30N6 | 30N6E1 | 30N6E2 | 9S32-1 | 3R41 |
---|---|---|---|---|---|
NATOコードネーム | フラップリッドA | フラップリッドB | グリルパン | トップドーム | |
索敵範囲 | 200km | 140〜150km | 100km | ||
同時追跡目標 | 4 | 12 | 100 | 12 | |
同時攻撃目標 | 4 | 6 | 36 | 6 | |
特徴 | フェーズドアレイレーダー |
ミサイル | 5V55K/KD | 5V55R/RM | 5V55U | 48N6E | 48N6E2 | 9M82 | 9M83 | 9M83ME | 9M96E1 | 9M96E2 | 40N6 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
配備年 | 1978 | 1984 | 1992 | 1984 | 1990 | 1999 | 2000 | ||||
射程 | 47 km | 90 km | 150 km | 195 km | 100 km | 75 km | 200 km | 40 km | 120 km | 400 km | |
最高速度 | 1700 m/s | 2000 m/s | 2500 m/s | 1800 m/s | 900m/s | 1000m/s |
派生型
[編集]- S-300P(NATOコードネーム:SA-10A)
- 初期生産型。
- S-300PMU(NATOコードネーム:SA-10B)
- Pの改良型。
- S-300PMU1
- PMUの改良型。
- S-300PMU2
- PMU1の改良型。中国では、中国人民解放軍空軍の地対空ミサイル部隊によって運用され、主に中国沿岸に配備されている。
- S-300F フォールト(NATOコードネーム:SA-N-6)
- S-300Pを艦載化した艦対空ミサイルシステム。
- S-300FM フォールトM(NATOコードネーム:SA-N-20)
- S-300PMU1を艦載化した艦対空ミサイルシステム。
- S-300V(NATOコードネーム:SA-12)
- S-300Pとは別系統のMDシステム。
- S-300VM
- S-300Vの輸出用ダウングレード版。
- HQ-9(紅旗9)
- S-300PSを参考に中国が独自開発した長距離地対空ミサイル。艦載型にHHQ-9A(海紅旗9A)がある。
- 詳細は「HQ-9 (ミサイル)」を参照
- HQ-10(紅旗10)
- S-300PMU1の中国でのライセンス生産名。
- HQ-15(紅旗15)
- HQ-10を元に射程を延長した中国での独自改良型。
- HQ-18(紅旗18)
- 中国に輸出されたS-300V1 type2(9M83)のライセンス生産名。
- HQ-19(紅旗19)
- S-400相当。詳細は不明。
- S-400
- S-300Pの発展型で後継。当初はS-300PM3もしくはS-300PMU3とされていた。
- 詳細は「S-400 (ミサイル)」を参照ポンゲ5
- S-300をもとに開発した北朝鮮の地対空ミサイル
- 詳細は「ポンゲ5」を参照
S-300 システム 系図
[編集]S-300 ファミリー | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
S-300V | S-300P | S-300F | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
S-300V1 | S-300V2 | S-300PT | S-300PS | フォールト | リフ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
S-300VM | S-300PT-1 | S-300PM | S-300PMU | フォールト-M | リフ-M | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファボリート-S | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
S-300VM1 | S-300VM2 | S-300PT-1A | S-300PM1 | S-300PMU1 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Antey 2500 | S-300PM2 | S-300PMU2 | ロシア軍仕様 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファボリート | 輸出仕様 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
S-300VMD | S-400 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
使用国
[編集]- アルメニア[4]
- アゼルバイジャン[5]
- ベラルーシ[6]
- 中華人民共和国[7]
- アルジェリア[8][9]
- ブルガリア[10]
- ギリシャ
- イラン
- 核開発疑惑がある同国への配備は、イスラエルやアメリカによる核関連施設攻撃にとって大きな障害となるため、両国は神経を尖らせてきた。2007年にイランとロシアの間で結ばれたS-300の購入契約は、イスラエル及びアメリカの抗議により契約履行が引き延ばされてきたが、2010年4月の軍事パレードで独自にイラン国内で製造したS-300が初登場した(画像)。また2010年5月、イスラエルのデブカ(DEBKA)サイトは、イランのイスラム革命防衛隊要員がS-300ミサイルシステムの操作訓練をロシア軍基地で受けていると報じた。2010年8月4日、イランのファルス通信はS-300を4基ベラルーシなどから入手したと報じた[12]。2016年4月、イランの外務報道官はロシアからの購入契約が実行に移されたと記者会見で言明[13]。同年8月、イラン国営テレビが同国中部フォルドゥの原子力施設付近に配備したとするS-300の映像を流した[14]。2017年3月4日、イラン軍はS300の発射実験を実施し、成功したと発表した[15]。
- カザフスタン[16] - 2023年時点で、カザフスタン防空軍が40基以上のS-300PSを保有している[17]。
- スロバキア[18]
- シリア
- エジプト[20][21]
- ロシア
- ウクライナ
- 以前からの保有分に加えて、2022年ロシアのウクライナ侵攻で防空力を強化するためスロバキアから供与を受けた[22]。
- アメリカ合衆国
- S-300Pを1994年にベラルーシから購入[23]。さらにロシアからも直接購入したとされ、このため、後に同国内で「軍事機密の流失」として問題視されたといわれる。
- ベネズエラ[24][25]
- ベトナム[26]
- インド[27][28]
- 北朝鮮(北朝鮮は、S-300をもとに開発したポンゲ5を製造している。)
実戦において
[編集]ナゴルノ・カラバフ紛争
[編集]- 2020年ナゴルノ・カラバフ紛争においてアゼルバイジャンは、アルメニアのS-300網を突破するために無人の複葉機(An-2)を飛ばしてレーダー網をあぶりだした後、大型ドローン(ハーピー)で防空システム自体を攻撃するという、安価で人的損耗が生じない攻撃方法を用いて防空網を無力化する実績をあげた[29]。
ウクライナ侵攻
[編集]- 2022年ロシアのウクライナ侵攻において、多数のS-300が実戦投入された。
- 2022年6月、ルハンシク人民共和国所属軍隊が発射したS-300ミサイルが、発射直後に突然Uターンして発射台に落下する映像が拡散した[30]。ウクライナ側によるハッキング、操作する兵士の未熟さなどが考えられるが、誤作動の明確な原因は不明。
- 2022年11月15日未明に、S-300とみられるミサイルがウクライナの国境から数km離れたポーランド東部のプシェヴォドゥフ村に着弾した。当時、ロシアはウクライナ全土へ巡航ミサイル等90発による攻撃を行っており、ポーランドによると、このS-300とみられるミサイルはウクライナ側が迎撃のため発射したものである可能性が高いとされる[31]。詳しくは2022年ポーランドでのミサイル爆発を参照。
脚注
[編集]- ^ 露「多様なミサイル」ウクライナ分析 兵器不足背景か『読売新聞』夕刊2023年3月10日4面(2023年3月19日閲覧)
- ^ 「択捉にミサイル配備 露報道/北方領土 軍備増強進む」『毎日新聞』朝刊2020年12月3日(総合面)同日閲覧
- ^ 「地対空ミサイル 配備先は択捉島 露が映像」『読売新聞』朝刊2020年12月3日(国際面)
- ^ “News from Armenia, Events in Armenia, Travel and Entertainment | Armenia Confirms Possession of Sophisticated Missiles”. ArmeniaDiaspora.com (20 December 2010). 7 July 2011時点のオリジナルよりアーカイブ。14 November 2011閲覧。
- ^ RFE/RL (2010年12月20日). “Armenia Confirms Possession Of Sophisticated Missiles”. armeniadiaspora.com. 2011年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月14日閲覧。
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- ^ “missilethreat.com”. missilethreat.com. 11 November 2011時点のオリジナルよりアーカイブ。14 November 2011閲覧。
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- ^ “「あれがなぜUターンするのか」…ロシア軍が撃ったミサイル、空中で戻ってきて発射台を襲った”. 中央日報 (2022年6月23日). 2023年5月19日閲覧。
- ^ “ウクライナ電力施設狙った露軍ミサイル迎撃で着弾か…ポーランド大統領「不運な出来事」”. 読売新聞 (2022年11月17日). 2022年11月17日閲覧。